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15話 静かな闇の手前で



太陽が、雲のない空にやさしく光を落としていた。


小さな公園の木陰では、子どもたちが笑い声を上げて駆け回っている。

砂埃の舞う中で、明るい声がふわりと空に溶けていった。


ティアとニャエルはベンチに並んで座り、食後のひとときを静かに過ごしていた。


遠くで、教会の鐘がゆっくりと鳴り響く。


ティアはその音をじっと聞いていた。


「あの音……なに?」


ニャエルは目を閉じたまま、頬に陽を受けて、穏やかに口を開いた。


「あれは教会の鐘。祈りの合図だよ」


「教会……?」


「正教会っていうんだ。火、水、風、土の四つの精霊を祈る宗教でさ……この世界を創ったって言われてるんだよ」


ティアはつい身を乗り出し、ニャエルの横顔をのぞき込んだ。

その動きに気づいたのか、ニャエルは少しだけ微笑む。


一陣の風がふたりの髪を撫でて通り抜けていく。


「……そうなんだ。わたし、いつも風の声に助けられてるような気がするの」


ティアがぽつりとつぶやくと、ニャエルは一瞬考えるように目を伏せた。


「神秘的だね。このあたりは風の大精霊が守ってるらしいし……ティア、愛されてるのかもね」


その言葉に、きのう出会ったイフとシルのことを思い出す。

(また、会えるかな……)


「そろそろ行こうか」


ニャエルが立ち上がり、ガントレットを手早く腕にはめていく。


「うん」


ティアもうなずいて立ち上がる。


ふたりは公園を後にし、東門へと歩き始める。





街の外れに近づくにつれて、人通りはまばらになり、

空気は湿り気を帯びた静けさに包まれていく。


門のそばには、小柄だが筋肉質な門番が立っていた。

兜の隙間からのぞく茶色の髪と鋭い眼差し。

手にした槍は重く、ぴたりと周囲を見張っている。


「狼の討伐か? 身分証を見せてくれ」


ニャエルがすぐに証を差し出す。


「はい」


門番はそれを一瞥し、次にティアへ視線を移す。


「ふたりとも新人か……。森の奥までは行くな。土が黒くなってきたら、すぐ引き返すといい。……通ってよし」


ティアは小さく頭を下げ、ふたりは門をくぐった。


「……やさしい門番さんだね」


ぽつりと言うと、隣のニャエルが笑った。


「ふふ、ティアの発想がやさしいんだよ。……下手に死なれたら狼のエサになるからね」


さらりと言われた言葉に、ティアはぞっとして立ち止まる。


「そ、そっか……怖い……」


ニャエルは慌てたように、ティアの背をぽんぽんと軽く叩いた。


「大丈夫。ボクがいる。剣を構えていれば、そう簡単には飛びかかってこないよ」


その言葉に、ティアはほんの少し、肩の力が抜けた気がした。

緊張は消えないけれど、隣にいるその存在が、確かに安心をくれていた。





やがてふたりは森の入口にたどり着く。


陽はまだ高いのに、太い幹の木々が鬱蒼と重なり、道の奥はすでに薄暗い。

苔の匂いが湿った風に混じり、ひんやりと肌を撫でていく。

木々の間にぽっかり開いたその道は、まるで口を開けて待っているかのようだった。


ティアは小さく深呼吸をして、剣の柄にそっと手を添える。


(大丈夫、大丈夫……)


「……あっ」


ニャエルが声を上げた。


「えっ、なに……!?」


ティアは反射的に身を引いて、腰の剣に手を伸ばしかける。


(まさか、もう……!?)


「ティアの剣、ちょっと見せて」


「あっ、うん……」


少し戸惑いながら、ティアは鞘から剣を抜いて差し出す。


ニャエルはそれを受け取ると、陽にかざし、角度を変えながら興味深そうに眺めた。


鉄の刀身が、光を反射してきらりと瞬く。


(婆からもらった剣……伝説の剣だったりしたらいいな……)


そんな淡い期待を胸に、ティアは息を詰めて見つめていた。


「うん、普通の鉄剣だね。でも、刃こぼれも錆もない。よく手入れされてる。……これなら大丈夫」


ニャエルはそう言って、剣をティアに返す。


ほんの少し、がっかりした気がする。

けれど、胸に張りついていた緊張は、いつの間にか薄れていた。


(ニャエルは、やさしいな……きっと、この気持ちは間違ってない)


ふたりの背に、街の方からやわらかな風が吹き込んだ。


その風に押されるように、ふたりはそっと顔を見合わせる。


小さく笑い合って──

そして新しい闇の中へと、ゆっくりと歩を踏み入れていった。





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