15話 静かな闇の手前で
太陽が、雲のない空にやさしく光を落としていた。
小さな公園の木陰では、子どもたちが笑い声を上げて駆け回っている。
砂埃の舞う中で、明るい声がふわりと空に溶けていった。
ティアとニャエルはベンチに並んで座り、食後のひとときを静かに過ごしていた。
遠くで、教会の鐘がゆっくりと鳴り響く。
ティアはその音をじっと聞いていた。
「あの音……なに?」
ニャエルは目を閉じたまま、頬に陽を受けて、穏やかに口を開いた。
「あれは教会の鐘。祈りの合図だよ」
「教会……?」
「正教会っていうんだ。火、水、風、土の四つの精霊を祈る宗教でさ……この世界を創ったって言われてるんだよ」
ティアはつい身を乗り出し、ニャエルの横顔をのぞき込んだ。
その動きに気づいたのか、ニャエルは少しだけ微笑む。
一陣の風がふたりの髪を撫でて通り抜けていく。
「……そうなんだ。わたし、いつも風の声に助けられてるような気がするの」
ティアがぽつりとつぶやくと、ニャエルは一瞬考えるように目を伏せた。
「神秘的だね。このあたりは風の大精霊が守ってるらしいし……ティア、愛されてるのかもね」
その言葉に、きのう出会ったイフとシルのことを思い出す。
(また、会えるかな……)
「そろそろ行こうか」
ニャエルが立ち上がり、ガントレットを手早く腕にはめていく。
「うん」
ティアもうなずいて立ち上がる。
ふたりは公園を後にし、東門へと歩き始める。
◇
街の外れに近づくにつれて、人通りはまばらになり、
空気は湿り気を帯びた静けさに包まれていく。
門のそばには、小柄だが筋肉質な門番が立っていた。
兜の隙間からのぞく茶色の髪と鋭い眼差し。
手にした槍は重く、ぴたりと周囲を見張っている。
「狼の討伐か? 身分証を見せてくれ」
ニャエルがすぐに証を差し出す。
「はい」
門番はそれを一瞥し、次にティアへ視線を移す。
「ふたりとも新人か……。森の奥までは行くな。土が黒くなってきたら、すぐ引き返すといい。……通ってよし」
ティアは小さく頭を下げ、ふたりは門をくぐった。
「……やさしい門番さんだね」
ぽつりと言うと、隣のニャエルが笑った。
「ふふ、ティアの発想がやさしいんだよ。……下手に死なれたら狼のエサになるからね」
さらりと言われた言葉に、ティアはぞっとして立ち止まる。
「そ、そっか……怖い……」
ニャエルは慌てたように、ティアの背をぽんぽんと軽く叩いた。
「大丈夫。ボクがいる。剣を構えていれば、そう簡単には飛びかかってこないよ」
その言葉に、ティアはほんの少し、肩の力が抜けた気がした。
緊張は消えないけれど、隣にいるその存在が、確かに安心をくれていた。
◇
やがてふたりは森の入口にたどり着く。
陽はまだ高いのに、太い幹の木々が鬱蒼と重なり、道の奥はすでに薄暗い。
苔の匂いが湿った風に混じり、ひんやりと肌を撫でていく。
木々の間にぽっかり開いたその道は、まるで口を開けて待っているかのようだった。
ティアは小さく深呼吸をして、剣の柄にそっと手を添える。
(大丈夫、大丈夫……)
「……あっ」
ニャエルが声を上げた。
「えっ、なに……!?」
ティアは反射的に身を引いて、腰の剣に手を伸ばしかける。
(まさか、もう……!?)
「ティアの剣、ちょっと見せて」
「あっ、うん……」
少し戸惑いながら、ティアは鞘から剣を抜いて差し出す。
ニャエルはそれを受け取ると、陽にかざし、角度を変えながら興味深そうに眺めた。
鉄の刀身が、光を反射してきらりと瞬く。
(婆からもらった剣……伝説の剣だったりしたらいいな……)
そんな淡い期待を胸に、ティアは息を詰めて見つめていた。
「うん、普通の鉄剣だね。でも、刃こぼれも錆もない。よく手入れされてる。……これなら大丈夫」
ニャエルはそう言って、剣をティアに返す。
ほんの少し、がっかりした気がする。
けれど、胸に張りついていた緊張は、いつの間にか薄れていた。
(ニャエルは、やさしいな……きっと、この気持ちは間違ってない)
ふたりの背に、街の方からやわらかな風が吹き込んだ。
その風に押されるように、ふたりはそっと顔を見合わせる。
小さく笑い合って──
そして新しい闇の中へと、ゆっくりと歩を踏み入れていった。




