14話 陽だまりのテーブル
東門へ向かう足を止め、ふたりはにぎやかな市場へと足を向けた。
色とりどりの野菜や果物、干し肉が並ぶ屋台が通りにぎっしり。
昼が近いせいか、人の波は絶えず、喧騒と匂いがあちこちで交ざり合っている。
焼き立てパンの香りに、子どもの笑い声、店主の呼び声。
すべてが入り混じり、渦のように市場を満たしている。
ティアにはそのすべてが遠く感じられた。
「ふあぁ……人がいっぱい」
思わず漏れた声に、後ろからニャエルが近寄ってくる。
「ティアって、もしかしてお嬢様?」
からかうような声色に、ティアは思わず笑った。
「まさか。エリチェ村っていう、小さな村の出身だよ。村人全員集めても、ここの人よりずっと少ないと思う」
そう言いながら、ティアは山のように積まれた赤い果実に目を奪われ、思わず足を止めた。
そのすぐ背後から、ニャエルの声が静かに届く。
「へえ、いいね。村でどんな暮らしをしてるのか、見てみたいな」
柔らかな声に、ティアは頭の上で何かが触れたような感覚を覚え、くすぐったい気持ちになる。
ふと振り向くと、金色の瞳がわざとらしく視線を逸らすのが見えた。
「村、見たことないの? ……ニャエルこそ、お嬢様だったりして」
ちょっと意地悪な口調で言ってみると、ニャエルと目が合った。
深みのある黒い虹彩が、ふいにきゅっと大きくなって──
「どうかなあ。でも、私にドレスは似合わないよ」
そう言って、ニャエルは照れくさそうに笑い、そっと視線を落とした。
「……せっかくだし、食堂で食べない?」
「うん、いいね。でも……食堂って、高いかな」
ティアが少し不安げに言うと、ニャエルは答えず、その手をそっと取った。
「こっち」
雑踏のなか、軽やかに手を引かれる。
ティアは何も言わず、ただそのまま、あとをついていった。
(……引っ張られるって、なんか、いいな……)
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やがてニャエルが立ち止まる。
「よし、ここにしよう」
そこには、大衆向けながらどこか品のある食堂があった。
石造りの外観に、窓には花の鉢。扉の上には、小さな鐘。
思わずティアは声を漏らす。
「うわぁ……た、高そう……」
「こういうのは、経験だよ」
ニャエルは軽く笑いながら──また手を引いて中へと入っていく。
外の喧騒が遠のき、店内にはにぎやかでありながら、落ち着いた空気が流れていた。
「……わあ、いい雰囲気」
ティアが見渡している間に、ニャエルは窓際の丸テーブルに歩み寄り、椅子を引いて手招きする。
「どうぞ、お嬢様」
「ふふっ、ありがとう」
ティアは笑って席につく。
(こういうの……なんだか、楽しいかも)
ふたりが座ると、ちょうど良いタイミングでウェイターがやってきた。
「いらっしゃい。ご注文は?」
ニャエルはさらりと銀貨を二枚出して言う。
「いい水と、いいパン。それと──干してない肉はある?」
「もちろんでございます。焼きでよろしいですか?」
ウェイターは銀貨を受け取ると、口調が目に見えて丁寧になる。
「うん。ボクはそれで。ティアは?」
「あっ……じゃ、じゃあ、鶏肉がいいな……?」
ちょっと緊張しながら言うと、ウェイターはやわらかく微笑んでうなずく。
「今日はとても良い物が入っております。お任せを。」
優雅に一礼して去っていくその姿に、ティアはそっと息をついた。
「……ニャエル、絶対お嬢様でしょ」
小声で言うと、ニャエルは肩をすくめて笑う。
「ふふ、どうだろうね」
窓の向こうでは、市場の喧騒と陽の光がまだきらきらと動いている。
テーブルを挟む空気が、どこか、陽だまりのように感じられた。




