13話 匂いを覚えて、君の隣へ
ギルドの扉を出たあと、ティアはしばらく街の広場を歩いていた。
行き交う人々、色とりどりの屋台の布、焼きたてのパンの香り。
あちこちから響く子どもたちの笑い声。
でも──
その中に、どうしても馴染めない気がしていた。
(……わたし、浮いてる……)
ひとり、石畳の上に立ち尽くし、遠くの門を見つめる。
その先には、これから向かう森がある。
「……遅いなぁ」
小さな声が、風に流れた。
(やっぱり……足でまといになっちゃうのかな)
魔物討伐の経験がないことを、さっき正直に伝えた。
その後、ニャエルはあまり口をきかなかった気がする。
もしかして──今、中でパーティを解除しようとしているのかもしれない。
そう思っただけで、胸がきゅっと締めつけられた。
道行く人の話し声や、パン屋から漂う甘い匂いが、急に遠く感じられた。
そのとき。
ギルドの扉が、ぱたんと勢いよく開いた。
思わず肩をすくめて振り向くと、ニャエルがこちらへ駆け寄ってくるのが見えた。
「ごめん、お待たせ!」
明るい声。
その顔を見た瞬間、不思議と胸のなかの不安が、すっと溶けていくのを感じた。
(ニャエル……)
「……あれ、ティア。泣いてる?」
「え?」
言われて初めて、自分の目の端に涙がたまっていることに気づく。
「寝不足だから……かな。昨日、ひとりで野営してて」
そう言って、袖で目元を拭う。
笑顔のつもりだったけれど、きっと引きつっていた。
ニャエルは一瞬、目を丸くして──
それから真っ直ぐ、ティアを見た。
「……ひとりで野営できるの? すごいね」
金色の瞳が、まるで自分だけを見ているようで。
ティアは急に照れくさくなって、目をそらした。
「そ、そうかな……行こ?」
「うん、行こう」
ふたりは歩き出す──が、なぜか別々の方向へ。
「ティア、東門はこっちだよ」
「あっ、ごめんね。」
ニャエルはすぐに足を止めて、待ってくれる。
その自然な仕草が、なぜかとても頼もしく思えた。
ティアは小走りに戻って、ニャエルの隣に並ぶ。
「ねえ、ギルドで……何してたの?」
前を向いたまま、ニャエルが答える。
「ああ、フォレストウルフの魔石、嗅がせてもらってた」
「……嗅いだの? いい匂いだった?」
ティアが小さく首をかしげると、ニャエルは思わず吹き出した。
「あはは、違うよ。狼は警戒心が強いからね。匂い、覚えといたほうがいいんだ」
少し間をおいて、どこか演技めいた口調で続ける。
「あとね、言ってきたんだ。『こっちは新人ふたりなんだぞ! サービスしろー!』って」
ティアが目を丸くする。
「えっ?」
「そしたら、提出期限、一日延ばしてもらえたよ」
ニャエルは、ちょっと得意げに笑った。
その笑顔を見て、ティアの胸の奥がじんわりあたたかくなる。
(……ニャエルは、最初から……)
けれど、そのとき。
──ぐうぅ。
ティアは顔が一気に熱くなって、恥ずかしさのあまり下を向く。
ニャエルが、くすっと笑った。
「ふふ……じゃあ、先に何か食べようか」
ティアはそっと頷いた。
声にするのが恥ずかしかったけれど、それでも嬉しかった。
「……はい」
朝の街の光と匂いが、さっきより少し近くなった気がする。
ふたりの歩幅も、ゆっくりと重なっていった。




