12話 借金って、なに?
「はいっ!」
受付のセラが勢いよく手を叩いた。
その明るい声に、ギルドの空気がふっとやわらぐ。
「おふたりに、オススメの依頼があります!」
ティアとニャエルは顔を上げ、セラの方を見る。
そのあいだも、ティアはまだニャエルの手を握っていた。
「ティアさん、そろそろ手を……」
ニャエルに言われ、ティアははっとして慌てて手を放す。
「あっ、ご、ごめんなさい……!」
セラは微笑みながら首を横に振り、話を続ける。
「なんと、今からご紹介する依頼は──前金が出ます!」
その言葉に、ティアは思わず前のめりになる。
(お金……そうだ、お財布の中、いま……)
「き、聞かせてくださいっ!」
セラはどこか得意げな笑みを浮かべて、説明を始めた。
「東門を出た先の森に、フォレストウルフっていう魔物が生息していまして。その討伐と、魔石の回収が目的の常設依頼です」
ニャエルが腕を組み、少し眉をひそめる。
「常設ってことは……いつでも受けられるの?」
「はい、ギルドが直接出している依頼です。そして前金として──銀貨50枚、お渡しできます!」
ティアはその額に、目を見開いた。
「ぎ、銀貨50枚……! や、やりたいですっ!」
目を輝かせてニャエルの方を向く。
「やろうよ、ニャエル!」
ニャエルは一瞬だけ考える素振りを見せ、それから小さく首を傾げた。
「前金が出るってことは……期限があるってこと?」
セラは指を五本、すっと広げて見せる。
「5日以内に、フォレストウルフの魔石を10個提出できなければ、前金は回収させていただきます」
「払えなかったら?」
「その場合は……借金、という形になります。でも、利子はつかないので、ご安心を」
ティアは「借金」の響きに首をかしげた。
「借金って、なに?」
ニャエルが、少し得意そうに答える。
「返さなきゃいけないお金。増えないってのは、利息がつかないって意味だよ」
「借金って、増えたりするの?」
「するよ。払わずにいると、どんどん増えてく。街の借金は、結構怖いよ」
「ま、街って……こわい……」
その言葉に、セラがぱっと両手を叩く。
「でも! ニャエルさまは獣人ですし、魔物討伐には慣れておられるかと!」
ティアは、隣に立つニャエルの横顔をちらりと見る。
黒い猫耳がぴこっと動いたのが、どこか嬉しく感じられた。
「まあ……そうだね。じゃあ、その依頼、受けるよ」
セラは嬉しそうに、深く丁寧なお辞儀をした。
「ありがとうございます! では書類の準備をしてまいりますので、少々お待ちください」
◇
ふたりは受付から少し離れて、窓際の静かな場所へ移動した。
ニャエルは壁に背を預け、ティアはその近くの椅子に腰を下ろす。
一拍の沈黙。
そのあとで、ニャエルがふとティアに声をかける。
「ねえ、ティアさん」
顔を上げると、ティアはやわらかく笑った。
「ティアでいいよ。ニャエル」
ニャエルは指先で頬をかいて、少しだけ視線をそらす。
「……じゃあ、ティア」
「なぁに?」
ティアは目を細めて、まっすぐ彼女を見つめる。
(ニャエル……かわいいな)
そんな想いが、胸のなかにそっと滲む。
ニャエルは少し気まずそうに目を逸らし、それでも言葉を選ぶようにして、口を開いた。
「……魔物、何体くらい倒したことある?」
ティアは、ぴたりと下を向く。
「い、一体も……ない、です……」
ふたりのあいだに、ぽつりと沈黙が落ちた。
ニャエルは何か言いかけたが、そのまま口を閉じる。
やがて、窓から射し込んできた光が、ティアの肩にそっと触れた。
ほんのり温かくて、そっと心を包んでくれるような光だった。




