11話 剣としっぽの出会い
一歩、ギルドの扉をくぐった瞬間、ひんやりとした空気と、ざわめきが耳を包んだ。
けれど今は、そのざわめきがどこか遠い景色のように感じられた。
ふいに、目の前で誰かの影が立ち止まる。
(……わたしより、背が高い)
その人の頭の上で、黒い耳がぴくりと動いた。
それだけで、胸がふいに跳ねた。
(……ネコ?)
そんな言葉が、とっさに胸に浮かぶ。
首を振ろうとしたのに、耳と髪のやわらかな質感に、どうしてか目が離せなかった。
「……いい?」
静かな声が耳に届く。
振り返ることなく発せられたそのひとことに、ティアの胸が跳ねた。
慌てて横へ一歩動き、受付の前を空ける。
「ど、どうぞ……」
その人は何も言わず、静かに前へ進んでいった。
「いらっしゃいませ。ご用件は?」
受付のセラが、落ち着いた声で応じる。
ティアはふと、その人の横顔に視線を向けた。
長くしなやかな尻尾が、自然と目に入る。
ゆるやかに揺れるその様子が、どこか楽しげに思えた。
ふわりと揺れたその動きに、胸の奥が、すうっとゆるんでいく。
「冒険者登録、お願い」
その声を聞いた瞬間、胸の内がふっと高鳴った。
セラと目が合い──彼女がわずかに頷いたような気がした。
(……この人、光ってる)
ティアにしか見えない淡い光が、彼女のまわりにふんわりと差していた。
(……なに、この感じ)
言葉にはならない感覚が、胸の奥で静かに広がっていく。
パーティを組みたい。でも、どう声をかければいいのか──
思い浮かんだ想いは、すぐに形になる前に霧のように消えてしまった。
登録を終えた彼女が、くるりと振り向く。
「早速、依頼を受けたいけど……」
「すみません。当ギルドでは、単独での依頼受注はできません。必ずパーティを組んでいただく必要があって……」
セラが、柔らかく説明する。
「え? そうなの? 困ったな……」
彼女が眉を寄せた瞬間、ティアの緊張は一気に高まった。
セラが静かに微笑む。
「そこで、ご提案があります。ティアさん、こちらへどうぞ」
名を呼ばれ、足がすくみそうになる。
けれど、勇気を振り絞って一歩踏み出す。
視線が、ふたたび交差した。
金色の瞳が、ほんのわずかに大きく見開かれる。
彼女──ニャエルは、すっと近づいてくると、ティアの剣と腕に視線を落とした。
「君、その細い腕でその剣、振れるの?」
胸が跳ね、顔に熱が昇る。
「ふ、振れますよっ……! 魔物と戦ったことも、ありますっ!」
ニャエルは「ふーん……」と小さく呟く。
少しのあいだティアを見つめていたかと思うと──突然、顔を近づけてきた。
(え……?)
鼻先が、そっとティアの額に触れる。
(……猫、みたい)
昔飼っていた猫のことを思い出す。
よく、こんなふうに匂いを嗅いでいた。
やがて離れたニャエルが、真顔のまま口を半開きにして見つめてきた。 その真剣な表情に、ティアは思わず吹き出しそうになる。
あたたかくて、懐かしくて、肩の力がふっと抜けた。
ニャエルは慌てて口元を押さえ、視線を逸らす。
「こ、これはクセなんだ……」
その声には、照れたような響きがあった。
(この子となら……)
迷いながらも、ティアは口を開いた。
「わたしも、さっき登録したばかりなんです。良かったら、パーティ、組みませんか?」
ニャエルはほんの少し目を細めて、それから静かに、手を差し出してきた。
「ニャエルだ。……うん、君となら、きっと楽しいと思う。よろしく」
顔がぱっと明るくなるのを、ティアは自覚していた。
その手を、両手でそっと包むように握りしめる。
「ありがとう! よろしくねっ!」
セラが席を立ち、拍手を送ってくれた。
「パーティ成立、おめでとうございます」
ギルド内のあちこちから、温かな拍手が湧き上がる。
ティアの手の中で、ニャエルの手がじんわりとあたたかくなっていくのを感じた。
ちらりと横目をやると、彼女の黒い耳が、ほんの少しだけ、ぴくりと動いたように見えた。
そのざわめきの中、ティアは胸の奥で、そっと確かめていた。
──この子となら、知らない景色の先へも、迷わず歩ける気がした。




