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10話 ロスティアの街



ティアは、森の道を抜け、開けた街道を歩いていた。


木漏れ日の差す並木道の先に、石造りの外壁が静かに姿を現す。

朝の光を浴びた灰色の石は、古びた風合いのなかに、どこか柔らかな温もりを湛えていた。


ティアの肩から、ふわりと小さな影が離れる。

赤い服のイフと、緑の服のシル。ふたりの妖精が、そわそわとした様子で空を舞った。


「ね、ティア。あのね、ここから先は……ボクたち、ちょっと行けないんだ」


イフが言う。羽根が朝日にきらめきながら揺れた。


ティアは立ち止まり、ふたりを見上げる。

「……どうして?」


シルが少し困ったように眉を下げる。

「街にはね、“結界”があるんだ。人が作った、見えない壁みたいなもの……昔、悪さをする精霊がいたらしくて、それを防ぐためなんだって」


イフが続ける。

「ボクたちは別に悪いことなんてしないけど、それでも長くいると疲れちゃうんだ。だから……ここまで。……見えすぎるのも、けっこう面倒だからな」


ティアはふたりをじっと見つめる。


「じゃあ……また、どこかで?」


「もちろん!」とシルが明るく笑う。

「どこにいても、ティアのこと見つけられるよ」


イフもそっぽを向きながら、ぽつりと口にする。


「……気をつけろよ。ほんとに」


ティアは小さく微笑んだ。

「ありがとう、ふたりとも」


ふたりの妖精は、そっとティアの頬に触れるように羽ばたき、

そして、風に乗って、朝の空へと舞い上がっていった。


その温もりは、ふたりがいなくなったあとも、ティアの胸の中にやわらかく残っていた。







街の外壁の向こうからは、朝市の賑わい、羊の鳴き声、石畳を歩く人々の足音がかすかに届いてくる。

門前には旅人や商隊が列を作っていた。


ティアは、その流れに混じって門の前に立つ。

門をくぐる一歩手前で、胸がきゅっと締めつけられるような感覚に包まれた。


石畳の路地、賑やかな窓辺、香ばしいパンの匂い。

それらすべてがどこか懐かしく、それでいて自分とは遠い世界のもののようにも思えた。


門を守っていたのは、背の高い女性だった。

黒髪を短く刈り込み、鋼のような瞳を持ちながらも、その目元には静かなやさしさがあった。


「おはよう。旅の方?」


ティアはうなずく。

「……おはようございます、入れてもらえますか」


門番はティアを見つめ、首を少し傾げる。

「身分証は?」


ティアはスカートの裾をぎゅっと握った。

持っているのは、村でもらった小さな財布と古びた剣だけ。


「ありません。でも……」


門番はほんの少し目を細め、そしてふっと微笑んだ。

「なら、旅人税。銀貨一枚でいいよ」


ティアは財布から銀貨を一枚取り出す。

残りはわずか。でも、迷わず手渡す。


「ありがとう。身分証がないなら、北の“冒険者ギルド”で作ってもらって。通りをまっすぐ行って、広場を右。パン屋の角を曲がった先だよ」


ティアは丁寧に頭を下げた。


「ありがとうございます」


(……優しい人でよかった)


知らない場所、知らない人たち。

けれど、手を差し伸べてくれるそのことが、胸の奥をふわりと温めていた。





街の中は、活気に満ちていた。

花で飾られた窓辺、甘く香るパン、小さな犬が子どもと駆け回る姿。

果物や野菜の匂いが風にのって流れてくる。


ティアは、門番に教わった道をたどって歩く。

何度も立ち止まりたくなるような景色のなかを、胸に小さな鼓動を抱えて。


ほどなくして、大通りの突き当たりに、大きな看板の掲げられた建物が見えた。

『冒険者ギルドロスティア支部』。金の文字が陽に輝いていた。


ティアは、静かに扉を押す。


中は、広々とした石造りのホール。

掲示板には色とりどりの依頼書が貼られ、カウンターには受付係と、談笑する冒険者たち。


その一角に、柔らかな栗色の髪を持つ女性が座っていた。

グレーの制服に白いリボン。やさしい瞳と丸い顔立ちが印象的だった。


ティアは彼女の前に立つ。

名札には「セラ」と書かれていた。


「いらっしゃい。ご用件は?」


「身分証を……作ってもらいたくて」


セラは頷き、手際よく書類を差し出す。


「冒険者登録も一緒にできますが、どうされますか?」


「……お願いします」


セラは、ティアが記入に迷うとそっとペン先を指し示しながら言った。


「初めての登録、大変ですよね。でも、ゆっくりで大丈夫ですから」


その声に、ティアは少しだけ肩の力が抜けた。


銀貨を渡し、しばらくして小さな身分証と冒険者登録証が手渡された。


「これで、街でも困ることはないですよ。依頼も受けられます」


ティアは安心したように微笑んだ。


「では、何か依頼を……」


セラが少しだけ困ったような顔をする。


「すみません。当ギルドでは単独での依頼は受けられないんです。必ずパーティを組む必要があって」


ティアの表情が曇る。

「……そうなんですね」


(どうしよう……知り合いなんて、ひとりもいないのに)


そのとき──


ギルドの扉がかすかに開いた。


陽光の中、すらりとした背の高い少女が入ってくる。

黒髪のショート、金色の瞳、しなやかな身体。

猫の耳と長い尻尾。


ティアには、彼女のまとう空気が、淡くきらめく光のように見えた。


少女はまっすぐこちらを見て、戸口で立ち止まる。

まるで、ティアがそこにいることを知っていたかのように。


その金の瞳に見つめられた瞬間、ティアの胸の奥がふわりと高鳴った。


(……どうしてだろう、目が離せない)


知らない顔のはずなのに、なにか大事なことを思い出しかけているような、そんな感覚。

胸の奥がざわついて、息をするのを忘れそうになる。


少女は音もなく歩き出す。

人々のあいだを縫うように、視線を逸らさずに。


ティアの中で、何かがそっと動き出していた。


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