かぜのちから
地の竜と呼ばれる竜をようやくみつけることができた。
リナミィナが街のはずれの崖にある洞窟まで、連れてきてくれた。
けれど、どこか竜の様子は変だ。
苦しそうな、そんな感じがする。
駆けていく。
「なに、どうした?」
ハッシュリシアスも、なにか変だと思ったのか一緒にくる。
「ちょっとみるわね」
首を伸ばし、身体も地面に近いし羽根もどこか力がない。
リナミィナは、驚いているらしい。
あまり近よってはこない。
「どうしたのかな」
「まだわからないけど、かなり元気ないわよ」
普段竜に乗っているのだから、竜の体調をみるのは慣れている。
わたしの竜は少し特殊ではあるのだけど、ここまでぐったりすることは、ほとんどない。
なにかあったのかもしれない。
「なにか手伝うか」
「待って……話せる? 怪我とか?」
竜にたずねてみる。
あまり慣れていないと大きな声で呼ばれたり、羽根をばたつかせる者もいる。
「……あぁ話しできる。しかし、みたことないな。旅の者か。怪我じゃない」
「通じるのね。よかった」
病気かどうかはわからないけれど、なにか飲んだほうがいい。
「それにしても、ぐったりだな」
「ライラリックュスって飲み水とか」
「ありますよ」
近くにきて、ボトルから水を分けてくれる。
そのコップの水を少し飲ませてみる。
特に魔力があるとか、栄養つきではないけれど、飲んだほうがいい。
どこか苦しそうだ。
「……水か。そういえば、あまり摂取しなかった」
「病気とか、なにか検査……」
「いやいい。疲れだろう」
「どこか」
羽根を動かしたため、少し位置を変える。
身体がかなり大きいことに気づく。
「あまり慣れてなかった」
「飛んできたんですか?」
「お祭りの時期には戻るはずが、けっこうぎりぎりだったな。もう少し」
「はい、お水!」
またコップから飲む。
喉が乾いているらしい。
三度ほど飲んでから、落ち着く。
リナミィナがゆっくり近づいたあと、話しかけている。
「呼び鈴にも応答なくて街の人は、声が聴こえないからだって、そういう話しでした」
「あっては、いるが、間違いだ」
「その……いま担当のリナミィナです」
「知っている」
「なにが間違いですか」
「あまり怯えてほしくはないな。街の人たちにも、そう伝えているはずだが」
「竜をみて、気楽にはなかなか話せないです」
「こちらのは?」
「わたしたちは竜の使いですから。契約もしてます」
「そうか」
なにかゆっくり話すのは、まだ疲れがあるらしい。
けれど、のそりと身体を起こす。
「動いても、平気なんですか」
「飛び過ぎた、だけだと思う。少し前に着いたばかりなんだ」
向きを変えようとするため、こちらも離れる。
「声が聴こえないと、話しを聞きました。なにかを探しにでかけていたのですか」
こちらをみる。
起き上がると、眼があう。
優しい眼だ。
「声か……泣き雨の話しは聴いたんだな」
「はい」
そのまま話しを促すように、洞窟に戻っていく。
ついていくので、いいらしい。
リナミィナが不安な表情だ。
「わたし、中に入ってもよろしいのですか?」
「……そのために来たのだろう」
あとは、のそりと戻っていく。
洞窟のなかは、びっくりするほどに広い。
入口が暗かったけれど、そのあとは竜が自身で灯りをつけていく。
リナミィナは一番後ろでずいぶんと、おどおどとしている。
洞窟のなかまでは、入っていくことはないらしい。
最深部まではまだ、ずっと先があるみたいだ。
その途中、竜が自身で掘ったような丸い形の空間にでると、真ん中の荷物をちらっとみる。
「通常は、水や食料を貯めてからでるんだが、急なことで、そういったものは持たなかった」
話しの続きをしてくれるらしい。
そのために竜からは距離をあけて、それぞれで聴きやすいように、立っている。
「水も……」
「座るといい」
灯りのつけられた広い洞窟の空間で、ハッシュリシアスをみると、すぐに座る。
向こうも座ったほうがいいという意思だから、わたしも座るけれど、リナミィナがなかなか動かない。
「どうしたの」
「わたし聴いていていいのかな。街の話しでは、洞窟の入口までが、わたしたちの相手だって」
「けれど、竜の話しを聴かなきゃ、お祭りもわからない」
「……わかりました」
すっと座るけれど、一番端の壁にいる。
喫茶店では、あんなにお祭りに関して好きそうな話しをしていたのに、いまはすごい遠慮している。
「水も食料も、持たないで飛んだのですか。すぐ近くなら」
「何日飛んでいたかは、わからない」
「そんなに……よく倒れませんでしたね」
「だから、いま倒れていた」
さきほどのことらしい。
ぐったりしていたのは、怪我ではなくて、飛び過ぎての空腹と水分不足だった。
まだ、竜の身体では物足りないだろう。
けれど、洞窟のなかにいまのところではほかに水場はない。
「ほかに食べものは……」
「あとで木の実でも、持ってくると」
「そんな」
ほかにはと、わたしがカバンを探しはじめると、ハッシュリシアスが自分のからクッキーの袋をだして、竜に差し出す。
「これで良さそうなら」
「よくそんなのを」
「お姫さまが、よく空腹ででかけるから」
「そうなんだ」
眼つきはともかく、食べるらしい。
受け取ると、そっと袋を開けてから食べはじめる。
なんだか、少し可愛い。
少しの間、竜が食べる音を聞いている。
ヒトの食べるものでは、量が足りていないのはわかっているのだけど、それでも食べおわると、おいしかったと言ってくれた。
「もう少し持ってくるんだったな」
「いや、だいぶいい」
眼をこちらに向けるため、話していいらしい。
「泣く石は、意思のことだと調べました。声は、聴こえてくる意思ですね。この時期に聴こえてくる意思のことなんですね」
リナミィナが、小さくなにかを言っている。
「どうしたの」
「石って、みつかる石のことじゃないんですか」
「それは、お祭りになると鳴るからみつかるだろ。でも、竜が撒くわけじゃない。ヒトが探すだけだ」
「意思か……意思とも呼べないものだ。なにを話そうか」
やはり腕輪の文字は読めた部分だけでも、あっているらしい。
「音にも、意思があるんですか」
「いや、いまあるのは、風にある意識のようなものだ」
よくわからなくなってきた。
風のなにを捉えていうのだろう。
「風や地、さまざまなものにも、意思がありますか」
「ヒトや竜にだけ意思があると思うか。いや批判ではないのだが。ヒトには視えていないものは、たくさんある。風が呼んでいた。竜は自然と相性がよい」
「どこまで、いってきたんだ」
ハッシュリシアスが先を促すけれど、竜は、少し点けてある灯りをみている。
「昔の知り合いだ。もう遠くの地にいるため、やり取りなど、何年も前のことだ。使い鳥ひとつこちらには、来ないやつだが、いい竜だ」
「会って、お祭りの時期にあわせて戻って来られたんですか」
少し眼を細めている。
「この地域の祭りは、竜の祭りだからな。ご利益などあるわけもないのだが、どうしてか、集まりたがる。声は……ヒトには聴こえないのだな」
泣き石、意思、声。
どこかバラけている話しなのに、竜は、当然のように話す。
「ここの地域の意思があるということですか。それともほかに」
「風の意思なんだ。ところでどこでそれを」
ライラリックュスが腕にして、遊んでる腕輪をみて、そうたずねる。
「アンティークです。泣き石があるとか」
「少し懐かしいな。その装飾は、前にあったものだ。いまは妖精王国文字というらしいが、同じことだな」
竜にとっては三百年は、少し前ということらしい。
少し疲れたと言って荷物をかこむように、丸くなってしまう。
話しをしてもいいのかもしれないけれど、遠慮して、わたしは外に向かう。
それぞれついてくる。
リナミィナは外にでて、ほっとしている。
やはり、竜の前にいると緊張するらしい。
「お話し、わかりましたか?」
「いいや、よくわからない」
「わたしは、わかる部分あります」
ライラリックュスが、また腕輪を触る。
「どういうのなの?」
「ウラナイしていると、よくない噂も数聞きます。ヒトだけでなく、自然や幻とか……」
「そうなの」
「ひとつひとつは、なにもなくても、やっぱり気にかけているヒトの噂などが入ってくると、ウラナイにも影響しますよね。竜にもあるのかも」
「そっか」
ふと、なにかの音がしたため後ろをみると、洞窟からさきほどの竜がでてきていた。
「そうだった。なにかを気にしてきたのだろう」
「地の竜がいれば、安心です。お祭り参加できますか?」
「あぁ、またうるさくなるな」
リナミィナは、それで満足したみたいだ。
ライラリックュスが腕輪を外すと、竜の前にでる。
「これ……あげます。懐かしいのでしょ?」
「買ったのでは、ないのか?」
「いいんです!」
「わかった。それなら少し待つんだな」
竜が一度引き返して、洞窟からなにかを持ってきた。
口にくわえている。
それを少しだけ投げるため、ライラリックュスが受け取る。
「すごい! 指輪ですか」
みるとアンティークになりそうな旧いものだけど、宝石がはめてある。
「風の魔力のこもるものだ。価値など知らないが、交換だ」
「高価そうなのに……」
「風の魔力って、もしかして」
「地の竜と略されるが、風の竜だ。受け取るといい」
「風の魔力の宝石」
「洞窟だからと、地の属性とは限らない。風が喚ぶならまた来るといい」
「ありがとうございます」
わたしが持ってきた指輪に似ている。
出してみると、宝石は違うようだけど、ふたつの指輪と同じような装飾になる。
「それは」
「竜に渡されました」
「そうか。その竜もどこかでは会っているのかもな」
「そうなんですね」
「騒がしいのさ。風がな。ヒトもかもしれない」
また引き返して洞窟のなかにいく。
回復したあとで、食事を探しにいくのだろう。
ハッシュリシアスが後ろ姿をみて、感心している。
「あれだけ話せるなら、すぐに回復するな。でも、腕輪よかったのか」
「いいです。竜にあげるほうがずっといい。だけど、こんな高価そうなのに、こちらこそよかったのかな」
指輪をみせてもらう。
やはり旧そうだけど、丁寧に手入れされている。
傷もほとんどない。
「装飾綺麗。だれかヒトに加工してもらったのかしら」
リナミィナが見送ったあと、来た道をまた戻る。
わたしも洞窟をみると、もう薄暗い入口しかない。
「風の喚ぶ声……」
わたしのも、たしか覚えがあった。
いつくらいのことだったか、いまは思い出せない。
それぞれリナミィナの案内で、また来た道に戻っていく。
空は晴れていて、少し風があるようだ。
森に入っていくと、風はわからなくなった。




