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王殺しの冒険録  作者: 鳳仙花
第一章・四人の勇者と剣士・後編
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絶体絶命

反抗組織の統括者リボルト・ウェルミス。

彼がミズキとスイセンの故郷であるドルチェ村へ来たのは、突然のことだった。

ふと現れては村を襲っていた魔物達を一人で退治し、元兵士ということで村に快く受けいれられて警護の任を(にな)う。

実はドルチェ村は特に辺境の地ということもあり、警備は不十分な環境だったのだ。

というのも、この村を襲う魔物というのは大陸を侵略する魔王軍の統率から流れてきた魔物だけで、人間からしても忘れ去られた田舎に等しかった。

タナトスには柑橘類が特産だとミズキは口にしていたが、それは何か特色を強いてあげるならの話だ。

食の街アルパと比べたら大したことないし、逆に言えば柑橘類による産業しかないというほどだ。

それほど何もなく(さび)れた村で、他の街と比べたら平穏に近い地でもあった。

そこでリボルトは外からやって来た人間として、ドルチェ村に多くの情報と知識を与えた。

街で使われている生活の知識から、人々がどうやって居場所を魔物から守っているのか、独学ではなく正式的な剣術の指導といずれ廃れるだけだった村に恵みが与えられた。

更に道の整備にも貢献して、彼のおかげで他の街からの物資の搬入が容易になったと言っても過言ではない。

次に病気に対する施しもリボルトは(おこな)い、子供達に予防注射という試みも初めてされた。


そしてミズキとスイセンがこの世に生を授かったのは、リボルトが村に来てまもなくのことだ。

当然彼はミズキとスイセンにも予防注射による疾患の対策をしていて、赤ん坊の頃からよく面倒を見ていた。

他の子と変わらない双子の姉妹は順調に成長し、女の子らしくなっていた。

でも彼女達が五歳のころ、悲劇が起きた。

魔物が警護と罠を掻い潜り、村に侵入して彼女達の両親を殺したのだ。

両親を目の前で殺された二人にとっては、とてつもない恐怖のできごとだ。

絶望し、悲観し、憎悪したことだろう。

そんな二人をリボルトが引き取った。


「この子達は私が面倒をみよう。今、彼女達に必要なのは立ち直る時間ときっかけだ。その時間ときっかけを私が与えたい」


そう村の人たちに言い、リボルトはまだ幼いミズキとスイセンの二人を育てた。

まるで本当の父親のように優しく、そして厳しく、彼女達に接して家族の温かみというのは確かにあった。

それにリボルトは二人のそれぞれの素質を見抜き、姉妹に言っていた言葉がある。

ミズキにはこう言っていた。


「ミズキ、お前は姉だが力が強いわけではない。その代わり、優しさと正しい心を持て。お前は誰よりも心が真っ直ぐで、折れない強さを持っている。その心で人々の想いを繋ぐんだ。決して力が無いからと言って、正しさを見誤ってはいけないよ」


そして隣にいたスイセンには、リボルトはこう話した。


「スイセンは姉妹とは思えないほどの運動神経において素質がある。それは他の人と比べても、特別と言っていい。だからお前は姉を守れるだけの力と知恵を持て。お前が姉を守り、姉がお前を守るために他人との繋がりを作る。そういう素晴らしい姉妹関係を築くんだ。お前たち二人は、世界で一番の姉妹だ」


二人はそう言われて、言われた通りのことを確かに身につけていった。

結果的には少し歪んでしまったのかもしれないが、根本的な間違いは起こさないでいた。

互いを愛し、互いを大切していて、互いを守れる姉妹。

そんな二人にリボルトは育てていた。

けれど、やがてリボルトも家族として一緒にいる時間は少なくなっていく。

どんどんと少なくなり、ミズキ達の年齢が12歳に達した頃には月一に会うこともなくなっていた。

それでも親子だと思い、二人は少女として成長して立派な人間となる。

しかし気づけば、ミズキとスイセンが一緒にいる時間も減っていた。

ミズキが知らない内にリボルトがスイセンを連れて反抗組織へと手引きしており、家族としての関係が確実に疎遠の一方を辿った。

普通ならここから狂い始めたのかと思えるが、本当は最初から狂っていたんだ。

今ならミズキはそう思ってしまう。

お義父さんのリボルトは最初から利用するつもりで、何か目的があってこそで、全部は自分のためだけだったのかもしれない。


「……キ…!…い……!」


家族は形だけで、お義父さんと思っていたのは私とスイセンだけの独りよがり同然だった。

お義父さんは娘としてではなく、手駒として見ていた。


「…ズキ!おき…ミ……!」


剣術を教えてくれたのも、私達姉妹のためではなくリボルト本人のためで思い上がりだ。

それが悲しくて、虚しくて、大きなショックを受けた。

生きてきたことが辛いほどで、これが思い違いだと信じたい。


「おいミズキ、起きろ!」


タナトスの精一杯の呼びかけに、ミズキは目を開けた。

体に力が入らない。

違う、足が地に着いていないんだ。

体が宙に浮いていて、下を見るとどこまでも続く底なしの暗闇が広がっている。

まるで状況が理解できない。

そのときミズキは右手に強い痛みを感じて、上を見上げた。

するとタナトスが彼女の右腕を力強く掴んでおり、右脇で刀身を剥き出しにしている魔剣を挟んでいる。

よく見れば魔剣の剣先は建物の瓦礫に刺さっており、タナトスも足が地に着いていないので魔剣が唯一の命綱となっていることに気づいた。

更に上は建物が影になっていて、外のはずなのに空が見えない。

ここがどこなのか分からないが、下が底なしの穴で、半壊した建物が崖の壁に引っかかっているのだけ分かった。

あとはミズキからの視界では理解できない。

妹のスイセンや平和の勇者シャウ、半獣人ポメラに正義の勇者アリストと他の兵士達はどうなっているのだろうか。

ミズキは掴まれている右手でタナトスの左腕を掴みなおし、何とか現状を維持しようとした。

でもこんな危機的状況、いつまでも保ってられない。

いつ下の巨大な穴に呑み込まれるか、分かったものじゃない。


「タナトスさん、これは一体…!?」


「地割れだ!地割れで建物ごと呑み込まれたんだ!今は建物が何とか引っかかっている状態だが、すでにだいぶ深く落ちていて、しかもいつ崩れるか分からない!何とか脱出するぞ!」


「脱出って言っても、こんなの……!」


今、タナトスは右腕が使えないために身動きは完全に取れない。

肩までは力が入るそうだが、とても状況を打破できるほど自由ではない。

私が何とかしなければとミズキは混乱しながらも慌てて、視線をめぐるましく動かして周りを見渡した。

すると更に下をよく見ると、スイセンが崩れた建物の上に倒れていた。

崩れた建物は地面として機能しているが、斜面となっていてスイセンが今にも滑り落ちそうだ。

それに彼女は建物の上に伏したまま動かず、気絶している様子が察せれた。


「スイセン…!スイセン起きて!スイセン!」


ミズキは力いっぱいに名前を呼びかけたが、スイセンからは反応がない。

このままではスイセンも危険だ。

ミズキは何とかしないと考えるが、何も思いつかない。

どうすれば助かるのか分からない。

あまりの危機に、冷静に思考することすら難しい。


「くそっ!」


さすがのことにタナトスまで怒声を口にしていた。

誰かに対する怒りを覚えたわけではないが、現状にただやつあたりに声をあげたくなる。

馬鹿げた状況としか言いようのない今の自分たちに、怒声をあげる以外に手の打ちようがなかった。

そのタナトスの様子を見て、ミズキは悟る。

このままだとタナトスも死んでしまうと。

父であるリボルトの全ては偽りだったかもしれない。

けれど教えてくれたことは確かなもので、今でも自分は他人を繋ぐ心でありたいと思っている。

他人を繋ぐということは、他人を生かすこと。

自分が生きるためにという目的で、他人を使う生き方じゃない。

ミズキは覚悟を決める。

自分は、他人の命まで使って生きたくない。


「タナトスさん……!」


ミズキは悲痛な声をかけては、もう片方の手を力づくに伸ばしてタナトスの左手を両手で掴む。

その行為と呼びかけにタナトスは気づき、ミズキに目線を下ろした。


「なんだ、ミズキ!?」


「タナトスさん、私を見捨ててください。このままだと、タナトスさんまで助からずに死んでしまいます…!」


突然の言葉にタナトスは驚く。

こんなときにも関わらず冗談でも口にしてるのかと思うほどで、タナトスは見上げてくるミズキの瞳を見た。

そしてすぐに本気の言葉だと知る。

ミズキの目には涙が溜まっていて、見ているだけで悲痛な想いに駆られそうなほどだ。


「何を言っているんだミズキ!こんなワケの分からないまま死んで納得できるのかよ!本当は生きたいんだろ!なら見捨てろなんて言葉を使うな!お前はただ助けてくれと口にしろ!」


「駄目なんです!私も助かりたい思いはあります!生きたいんです!でも…、このままだと私だけではなくタナトスさんまで死んでしまうんですよ!タナトスさんなら、自力で助かることができるのに!私のせいで誰か死ぬなんて堪えられません!」


「うるせぇ!そう簡単に諦めるんじゃねぇ!お前が俺に守ってくれと言った言葉、俺は忘れてねぇぞ!俺に守ってくれといったのは幸せな生活に戻るためだろ!スイセンと一緒に生きたいんだろ!たとえお前が死にたいと言っても、俺が必ず生かしてやる!どんなに生きるのが嫌になっても絶対に死なせねぇぇぇえぇぇえぇ!!」


タナトスは必死に叫んだ。

いつも余裕ばかり見せているのとは違い、ミズキに初めてみせる本気の態度だ。

このことに、彼は本気で私を生かしたいのだとミズキは思った。

なんて幸せなことなのだろうか。

そして同時になんて辛く悲しいことなのだろうか。

自分のワガママによるツケが今やってくるなんて、あまりにも酷い。

こんなに高潔に生きる彼を、道連れにするわけにはいかない。

ミズキは両手を使って、タナトスの左手を引き離そうとし始めた。

タナトスの力にミズキが敵うわけがない。

でもタナトスの左手を少しずつ滑らすには充分で、汗のせいもあって掴み損ないそうになる。

彼女のこの行動に、タナトスは悲痛に叫んだ。


「やめろミズキ!やめるんだ!俺がお前を守る!絶対に助ける!だから諦めないでくれ!」


「ごめんなさい、タナトスさん…。これが最後のワガママです。私を……死なせてください。そしてタナトスさんは生きて、みんなを救ってください。それとスイセン、こんな役立たずなお姉ちゃんでごめんね」


ミズキが涙をこぼしながら笑顔でそう言ったとき、タナトスの左手から彼女が滑り落ちた。

ミズキが落ちる。

暗闇に呑まれてしまう。

彼女が死んでしまう。

ここで死なしたら、自分はただの馬鹿だ。

心臓が冷えた思いを抱きながらもタナトスは咄嗟に左手で魔剣を掴み、体に反動をつけては回転をかけて上へと飛びあがった。

飛び上がると同時に魔剣を壁から引き抜き、天井となる建物の瓦礫に足を着けて魔剣を鞘に収める。

それから瞳を赤く染めて、全力で建物を蹴り出して落下に勢いをつけた。

タナトスの魔人と化した脚力は強く、地割れに引っかかっていた建物を崩壊させる。

その衝撃が伝わってか、スイセンが下敷きにしていた建物に振動が加わって崩れ始めた。

それにより気絶したままのスイセンも落ちていき、ミズキと共に落下していく。

落ちていく双子の姉妹。

タナトスはその双子の姉妹に向かっていき、手を伸ばした。


「俺はみんなを救いたいんじゃねぇ!お前たち二人を救いたいんだ!俺に助けさせろ!俺にお前たちの命を守らせやがれぇ!」


タナトスは落下しながら、まだ落下速度が加わっていない建物に足を着けては走って更に速度を上げていく。

角度を調整して蹴って跳びだし、ミズキとスイセンとの距離を縮めていった。

このままだと三人とも死ぬ。

しかしタナトスは一切死を恐れず、二人を救うことだけを考えて地割れの奥底へと落ちていくのだった。

そして不運なことに本来大陸の奥底にあるのは海水だが、彼ら三人が落下するところは岩の地面で、その着地点が見えてきた。


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