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REMNANT RECORD~ストーリー未読の世界一位の廃ゲーマーは、倒した敵の物語を知らない~  作者: 霜月ルイ
第五章:月華の満ちる夜編

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99:覇王、魔杖フュンを取り戻す。

 フュンの製作は、その翌日まで続いた。


 大まかな形そのものは昨日の時点で出来上がっていたけれど、魔杖というのは外見さえ完成すれば終わり、なんて単純な武器じゃない。むしろ内部へ複雑な魔力回路を抱えている以上、形ができてからの調整こそが一番面倒だった。


「エッダ、第三回路をもう一回見てくれ」


「さっき確認しましたけど?」


「俺も確認した。でも念のため」


「……これで三回目ですよ?」


「知ってるって」


「何か気になるところがあるんですか?」


「何もないから気になる」


「どういう理屈ですか、それ……」


「俺にも分からん」


 エッダは呆れたように息を吐いたものの、それ以上文句を言うこともなく、作業台の上に横たわる大杖へ慎重に魔力を流し始めた。


 そこにあるのは、ほとんど完成した黒い魔杖だった。


 全長は俺の身長に近く、一般的な魔術師が持つ杖と比べれば明らかに大きい。外装は黒を基調としていて、余計な装飾はほとんどなく、表面の艶も抑えてあるから、魔力を通していない状態だけ見れば、巨大な黒い金属塊にすら見える。


 ただし、先端だけは明らかに普通じゃない。


 大きな円環状の魔力制御機構から片側へ長く伸びた突起があり、その周囲には複数の小型導魔板が幾重にも配置されている。それらが重なることで、遠目から見れば巨大な鍵を思わせる独特の輪郭になっていた。


 もちろん、鍵を模して作ったわけじゃない。


 魔力を複数の術式へ分岐させ、必要な場所へ送り込み、放出が終わった直後には内部へ残った魔力を回収し、次の術式へ使えるよう即座に再配置する。


 その一連の処理を可能にするために必要な形が、結果としてこうなっただけだ。


 そして、その複雑な機構の中心には『月華晶《フル・ムーン》』が埋め込まれている。


 ほとんど透明な結晶の内部では青白い光がゆっくりと明滅していて、まるで杖そのものが静かに呼吸しているようにも見えた。


「……第三回路、異常ありません」


「第二回路との接続は?」


「問題ありません」


「『月華晶』側は?」


「正常です」


「ヒヒイロカネとの接合部は?」


「正常」


「魔力の逆流は?」


「ありません」


「じゃあ――」


「リンドウ様」


「ん?」


 エッダが魔力を止め、じっと俺を見る。


「もう大丈夫です」


「……本当に?」


「私が信用できませんか?」


「いや、そういう意味じゃないけど……」


「なら、完成させてください」


「……わぁったよ」


 そう言われると弱い。

 いつの間にか強くなったな、こいつ。


 最初の頃なんて、俺が作業を覗き込んでいるだけで緊張していたはずなのに、今じゃ完全に俺を止める側へ回っている。

 少し離れたところでは、ジンが腕を組みながら笑っていた。


「作った本人より、エッダの方がよっぽど冷静じゃねぇか」


「うるせぇな。最後だから慎重になってんだよ」


「昨日あれだけ魔力通して、何も問題なかっただろ」


「完成させてから問題出たら嫌じゃん」


「だから完成させて、そのあと実際に試すんだろうが」


「正論パンチやめろよ……」


 俺はもう一度だけフュン全体を見渡してから、ようやく諦めて作業台の前へ腰を下ろした。


 残っているのは外装の最終封止と、内部へ組み込んだ魔力回路の固定だけだ。

 ここまで来れば、作業そのものは難しくない。


 内部骨格が少しもずれないよう慎重に外装を閉じ、特殊な金属線を使って接合部を固定する。その上から一定量の魔力を流し続けながら、黒い外装と内部回路を少しずつ馴染ませていった。


 やがて、細い青白色の光が柄の内部を走り始める。


 光は持ち手から真っ直ぐ先端へ伸び、そこから環状制御機構を一周すると、その中心に据えられた『月華晶』へ吸い込まれた。


 一瞬だけ間を置き、今度は逆方向へ光が戻ってくる。


「……よし」


 もう一度魔力を流す。


 結果は同じだった。


 どこにも引っかかりはなく、逆流もなければ、無駄な魔力漏れもない。

 ゲーム時代、何度も握ったフュンと同じ感触が返ってくる。


「…………」


 俺は作業台から大杖を持ち上げた。


 重い。

 けれど、重すぎない。


 左手を添えて軽く横へ振れば、大きな先端機構がほんの少し遅れて追従してくる。その遅れも計算通りで、片手へ持ち替えて軽く回し、ぴたりと止めても重心が暴れることはなかった。


「……うん」


「どうだ?」


 ジンが聞いてくる。


「もうちょい」


「何がだよ」


「確認せんとな……」


「まだやんのか!?」


「これで最後だよ」


 柄を握る位置を少しだけ変え、大杖を持ち上げる。

 そして、魔力を流した。


 青白い光が、今度は一瞬でフュン全体を駆け抜けた。

 先端に埋め込まれた『月華晶』が強く輝き、その周囲へ複数の小さな魔法陣がほとんど同時に展開される。


「……速い」


 ハルが息を呑む。


「まだ何も撃ってないぞ」


「魔力を流してから、魔法陣が形成されるまでがです」


「お、偉い」


 そこに気づいたか。


「正解」


 普通の魔杖なら、術者から流れ込んだ魔力を受け取り、それを内部で整え、必要に応じて増幅してから術式へ送り込む。そしてようやく魔法陣が形成され、魔術を放てる状態になる。


 熟練した魔術師なら、その一連の動作を限りなく短くすることはできる。


 けれど、完全なゼロにはできない。

 そしてフュンは、その限りなく短いはずの“間”を、さらに削り潰すために作った魔杖だ。


「……完成」


 その言葉を口にした瞬間、視界の端へ見慣れた表示が浮かび上がった。


『武具製作が完了しました』

『魔杖――『フュン』』


「…………」


 表示された名前を見た瞬間、胸の奥に妙な懐かしさが込み上げてきた。


「フュン……」


 ハルも、その名前を小さく口にする。


「それが、この杖の名前ですか?」


「ああ」


 ゲーム時代の武器番号で言えば、五番目。

 けれど、この世界へ来てから俺が再び手にした武器として数えるなら、これで四本目になる。


『ツヴァイ』。


『ドライ』。


『フィーア』。


 そして今、そこへ『フュン』が加わった。

 ゲーム時代に何度も使っていた武器が、また一つ、この世界へ帰ってきた。


「……久しぶり」


 気づけば、小さくそう呟いていた。


「杖に話しかけてんのか?」


「……いいだろ、別に」


「寂しい奴だな、お前……」


「うるせぇよ!」


 ジンが豪快に笑い、結局俺も一緒になって笑った。


 ただ。

 完成したなら、次にやることなんて決まっている。


「……撃ちたいな」


「やめろ」


「まだ何も言ってないだろ」


「顔が言ってる」


「外でちょっと試すだけだって」


「工房壊すなよ」


「低級魔法しか使わねぇよ」


「お前の『ちょっと』は信用ならん」


「じゃあ、みんな一緒に来ればいいじゃん」


「なんでそうなるんだ!」


 なんだかんだ言いながら、結局全員来た。


♢


 工房の裏手には、製作した装備を試すための小さな試験場がある。


 兵士たちが使う訓練場ほど広くはないけれど、普通の剣や槍、魔術武器の性能を確認する程度なら十分な広さがあり、奥には耐久性の高い試験用の的もいくつか並べられていた。


「一応聞くけど」


 マリカが、いつもより少し遠いところから声をかけてくる。


「本当に低級魔法だけよね?」


「あぁ」


「建物は壊さない?」


「壊さない」


「爆発もしない?」


「しないぞ」


「絶対?」


「……たぶんな」


「戻りましょう」


「待て待て待て!」


 一斉に工房へ戻ろうとする連中を慌てて止める。


「本当に低級魔法だけだから! 『火弾』とか『水弾』とか、その程度!」


「それなら普通の杖でも使えるでしょう?」


「だからこそ意味があるんだよ」


 俺はエッダを見る。


「確認したいのは、魔法そのものの威力じゃない」


「……連続展開の速度ですね」


「そうだ」


 フュンの本質は、単純な火力じゃない。

 もちろん魔杖として最低限以上の増幅能力は備えているけれど、そんなものは本質じゃない。

 重要なのは、次から次へと異なる術式を繋ぎ続けられること。


「じゃあ」


 黒い大杖を片手で持ち上げる。


「やってみるか」


 魔力を流した瞬間、『月華晶』が青白く輝き、先端へ小さな赤い魔法陣が展開された。


「『火弾』」


 一発。


 小さな火球が真っ直ぐ飛び、正面の的へ命中する。


「……普通だな」


 ジンが言った。


「今のはな」


 続けて同じ『火弾』を放つ。


 その直後。

 放出によって乱れたはずのフュン内部の魔力が、ほとんど間を置かずに整い直した。


「…………」


 懐かしい――…これだ。

 この感覚は、身体が覚えている。


 俺は足元へ薄い風の術式を展開した。


「何だ?」


 青白い魔法陣を踏み込んだ瞬間、風が身体を押し出し、俺は地面を滑るように真横へ移動する。


「っ!?」


 後ろから誰かが息を呑む声が聞こえた。


 でも、止まらない。


 フュンを片手に持ったまま移動し、その最中に術式を展開する。


「『火弾』」


 右側へ一発。

 着弾するより先に、左へ新しい術式を組む。


「『水弾』」


 さらに正面へ。


「『風弾』」


 三つの魔法が、ほとんど間を置かず、それぞれ違う方向へ飛んでいく。

 足元の風術式を切り替えれば、身体はそのまま前方へ滑り、進行方向を変えながらさらに次の魔法を展開できた。


 普通の魔術師みたいに、いちいち杖を構えて狙いを定める必要はない。

 そもそもフュンの先端を、撃ちたい方向へ向ける必要すらなかった。

 大型の環状制御機構が魔力を複数に分岐させ、俺の周囲へ展開した術式へ直接送り込んでいく。


 右肩の横。

 左腰の後ろ。

 頭上。


 それぞれの位置へ小さな魔法陣が浮かぶ。


「『火弾』」


 三つの火球が、ほとんど同時に放たれる。

 命中した瞬間には、もう次の魔力が整っていた。


「『水弾』」


 今度は四つ。


 続けて。


「『風弾』」


 五つ。


「おい!」


 ジンの声が飛んでくる。


「低級魔法って言っただろ!」


「なんて数出してんだ!」


「全部低級魔法だろ!」


「そういう問題じゃねぇんだよ!」


 ……確かに。


 でも。


「っはは!」


 楽しい。


 思わず声を上げて笑った。


 足元の風術式を切り替えれば、身体は地面すれすれを滑るように方向を変える。

 止まる必要なんてない。


 魔術師だからといって、一箇所へ立ったまま杖を構える理由もない。


 動きながら撃つ。

 撃ちながら、また動く。

 背後へ振り返る必要すらなく、その場所へ魔法陣だけを展開して撃てばいい。


「……これだよ」


 ……懐かしい。

 俺がフュンを好きだった理由は、これだった。

 魔術師だから立ち止まらなきゃいけないなんて、誰が決めた?


 敵の攻撃を避けながらでも、走りながらでも、跳びながらでも、背中を向けた相手にだって魔法は撃てる。


 魔法一発ごとに戦いを区切るんじゃない。

 剣を振り、次の斬撃へそのまま繋ぐように。

 魔法そのものを連撃として繋げていく。


 それがフュンを使った、俺の魔法戦闘だった。


 もっとも、今やっているのはその入口でしかない。


 低級魔法を複数展開し、『月華晶』とヒヒイロカネによる再収束速度が想定通り働いているかを確認しているだけだ。


 本気で使うなら、こんなものじゃない。

 さらに速く術式を繋ぎ、異なる属性を連続で重ね、必要なら術式そのものを武装へ変換する。


 近距離でも、中距離でも、遠距離でも。

 全部、魔法だけで繋げられる。


 でも、それをここでやるのはさすがにまずい。


「よっと」


 最後に足元の風術式を解除すると、それまで滑るように動いていた身体がぴたりと止まった。

 そして、俺自身が止まったのとほぼ同時に、背後へ残していた最後の魔法陣から『火弾』が放たれる。

 振り返らないまま飛んだ火球は、そのまま的の中心へ命中した。


「…………」


 試験場が、妙に静かになった。


「どうだ?」


 振り返っても、誰も喋らない。


「……何?」


 最初に口を開いたのは、マリカだった。


「今の……全部、魔法なの?」


「全部」


「一回も止まってないわよね?」


「うん」


「詠唱は?」


「今回は詠唱が必要ないものしか使ってない」


「魔法陣、最大で何個出してた?」


「今?」


「ええ」


「五個くらいか?並列起動させてるからもっとか……?多分」


「くらい?」


「数えてない」


「…………」


 その隣では、エッダが何も言わずフュンを見つめていた。


「何?」


「……回路です」


「うん」


「今、一度も魔力の流れが止まりませんでした」


「そうだよ」


「普通なら二発目、遅くても三発目までには一度流れが乱れて、術式の再構築が必要になります」


「だから『月華晶』なんだよ」


「…………」


 その反応が少し嬉しくて、俺はフュンを軽く持ち上げた。


「分かったか?」


「はい」


「こいつのヤバさ」


「……嫌というほど」


「だろ?」


 杖を見る。


 さっきまで強く輝いていた『月華晶』はすでに落ち着きを取り戻し、内部回路にも異常はない。

 熱も問題なし。

 魔力損失も想定範囲内。


 つまり。


「もう一回やっていい?」


「駄目だ」


 ジンに即答された。


「なんで!?」


「今ので的が五個使えなくなった」


「……え?」


 言われて見てみる。


「…………」


 確かに。


「あぁ~……」


「『あぁ~』じゃねぇ!」


「いや、低級魔法しか撃ってないんだけど」


「数がおかしいんだよ!」


「でも壊れたの的だけじゃねぇか」


「次は壁まで行くだろうが!」


「行かねぇって、俺がそんなヘマするかよ」


「信用できるか!」


 職人たちから笑い声が上がった。

 俺はフュンを肩へ担ぎ、その手へ返ってくる重さをもう一度確かめる。


「……うん」


 これだ。

 間違いない。


「これこれ」


 剣を握るときとも、ドライを振り回すときとも、フィーアを投げるときとも違う。

 魔法そのものを、自分の手足みたいに次々と繋いでいく感覚。

 ゲーム時代、本気で魔法戦闘をするときに何度も味わったものが、確かに戻ってきていた。


「……帰ってきたなぁ」


「何がです?」


 ハルが聞いてくる。


「俺の魔杖」


 また一つ。

 ゲーム時代から使っていた武器が、この世界へ帰ってきた。


 ただ、実戦で使うなら、まだ確かめたいことがある。

 低級魔法を数発、十数発と連射した程度じゃ、フュンの本領なんて半分どころか入口しか見ていない。


「…………」


 そこで、ちょうどいい場所を一つ思い出した。


 広くて、多少暴れても誰にも迷惑がかからない。

 そして、的なら腐るほどいる。


「……『亡者の地下墓地』」


 無意識に呟くと、ジンが眉を上げた。


「なんだ?」


「いや、実戦で試すなら、あそこがちょうどいいかなって」


「また一人で行く気か?」


「一人じゃない」


「じゃあ誰を連れてくんだ?」


「…………」


 そこで、別のことを思い出した。


『神化』。


 鍛冶師Lv100へ到達したことで、ようやくこの世界でも使えるようになった極致技能。


 ゲーム時代にも何度も使っていたから、何ができる技能なのかは分かっている。

 未完成の武器を無理やり強くする技能じゃない。

 欠点まで含め、完成された武具の本質をそのまま上の段階へ押し上げる。


 だから、この世界で最初に『神化』させる武器も、ほとんど決めていた。


「……ちょうどいいな」


「何がだ?」


「せっかくフュンを実戦で試すなら、もう一つ一緒に持っていきたいものがある」


 俺は完成したフュンを背負い、工房の出口へ向かった。


「どこ行くんです?」


 ハルが聞いてくる。


「城」


「何しに?」


「ノア呼んでくる」


「ノア様を?」


「うん」


 頭に浮かんでいるのは、あいつが使っている一本の杖。


『冥杖ウロボロス』。


 あれは、今の時点ですでに十分すぎるほど完成している。


 だから壊す必要もなければ、一から作り直す必要もない。

 今のウロボロスが持っているものを、そのまま。


 ――もっと上へ。


「この世界で最初の『神化』は、あれにする」


 完成したばかりのフュンを軽く背負い直しながら、工房の扉へ手をかける。


 そして『神化』したウロボロスと、今完成したばかりのフュン。

 二本の魔杖を持って『亡者の地下墓地』へ行く。


 そこで今度こそ。


「……本物の魔法戦闘、やるか」


 低級魔法をばら撒くだけじゃない。

 ゲーム時代、俺がフュンを握っていた頃の戦い方を。


 今の俺なら、昔よりさらに先まで繋げられるはずだった。


お読みいただきありがとうございます。


今回は、ついに魔杖『フュン』が完成しました。

『月華晶《フル・ムーン》』とヒヒイロカネによって、魔法を放った直後から次の術式へ繋げていく――それがフュンの強みです。


今回は低級魔法だけの試運転でしたが、それでも工房の皆には十分すぎたようで。

そして次は、ノアの『冥杖ウロボロス』へ。


鍛冶師Lv100で得た極致技能『神化』を、この世界で初めて使います。

完成したフュンと、さらに上へ進むウロボロス。


次話もよろしくお願いします。

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