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REMNANT RECORD~ストーリー未読の世界一位の廃ゲーマーは、倒した敵の物語を知らない~  作者: 霜月ルイ
第五章:月華の満ちる夜編

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98:覇王、黒き大杖を打つ。

 アルセディアへ戻ったのは、翌日の夕方だった。


 帰り道も行きと同じように急ぐことはせず、途中で昼飯を食べ、道端で何度か休憩し、行きには気づかなかった小さな店へ寄ったりしながら歩いてきたせいで、ようやく城壁が見えてきた頃には、空が薄い橙色へ染まり始めていた。


「帰ってきたな」


「ええ」


 隣を歩いていたザフィラが、ほんの少しだけ名残惜しそうに後ろを振り返る。


 満月の秘境は、もうずっと遠い。

 それでも昨日見た景色は、不思議なくらい鮮明に頭へ残っていた。

 湖面に揺れていた満月も、青白い光を放ちながら咲いた巨大な花も、湯気の向こうに見えた湖も、そして泣きながら笑っていたザフィラの顔も。


「……また行くか?」


 何となく聞いてみると、ザフィラがこちらを見た。


「『月華晶』が必要になったら?」


「いや……」


「ん……?」


「普通に」


 それだけ答えると、ザフィラの黒い耳がぴくっと動いた。


「……行く」


「そっか」


「今度は、素材がなくてもね」


「はいはい、覚えてますよ」


「本当に?」


「約束しただろ」


「ならいいわ」


 満足そうに笑ってから、ザフィラは再び前を向いた。

 俺もつられて城門を見る。


 帰ってきた。


 楽しかった。


 正直、かなり。


 そして俺の鞄の中には、もう一つの目的だった『月華晶《フル・ムーン》』が入っている。


「…………」


 早く使いたい。

 いや、別にデートが終わった途端、素材のことしか考えていないわけじゃない。


 ないんだけど……。

 あれがあれば、作れる。

 ゲーム時代、本気で魔法戦闘をするときに何度も使っていた、あの大杖を――。


「ご主人様」


「ん?」


「今、鍛冶のこと考えてるでしょう?」


「…………」


 なんで分かるんだよ……。


「考えてない」


「嘘ね」


「なんで即バレしてんですかねぇ……」


「顔がもう鍛冶師だもの」


「鍛冶師の顔って何だよ……」


「このまま城へ戻らず、工房へ直行しようかなって考えてる顔」


「…………」


「当たり?」


「……ちょっとだけ」


 ザフィラが深くため息を吐いた。


「駄目よ」


「まだ何も言ってないけど」


「今日は寝なさい」


「いや、でも帰ったら素材の状態だけ確認して――」


「寝なさい」


「『月華晶』に変質がないか見るだけでも――」


「寝るの」


「炉に火を入れたりはしないから」


「ご主人様?」


「はい」


「二日歩いて、その間ずっと遊び回って、昨日だって夜遅くまで起きていたでしょう?」


「遊んでたなら休んでたことにならない?」


「ならないわね」


「厳しいなぁ……」


「明日の朝から、好きなだけやればいいでしょう?」


「…………」


 正論だった。


「明日の朝なら?」


「好きにしていいわよ」


「ほんとに?」


「ちゃんと今夜寝るなら」


「八時間?」


「八時間」


「六時間で――」


「八時間」


「……はい」


 最近、睡眠時間に関する俺の決定権が少しずつ失われている気がする。

 ……まあ、いいか。


「じゃあ明日な」


「そうしなさい」


「朝一で工房行く」


「朝ご飯を食べてから」


「……はい」


 ザフィラが満足そうに笑う。


 城門を潜りながら、俺は鞄の中にある『月華晶』へ意識を向けた。


 一晩。

 たった一晩だ。


 昨日までなら、少しでも早く使いたくて仕方がなかったかもしれないけど。

 今なら、それくらいは待てる。


 ……たぶん。


♢


 翌朝。


「……早ぇよ」


 工房へ入った瞬間、ジンに言われた。


「朝飯食ってきたぞ」


「誰も聞いてねぇんだが」


「八時間寝た」


「だから聞いてねぇって」


「ザフィラに報告しといて」


「自分でしろよ!」


 朝から元気だなぁ……。


 俺は笑いながら作業台へ鞄を置いた。

 今日はハルたちも工房へ来ている。

 兵士百八十人分の装備更新はひとまず片付いたものの、その間に通常の仕事がかなり溜まっていたらしく、工房では朝からあちこちで槌の音や金属を削る音が響いていた。


「で?」


 ジンが俺の置いた鞄を見る。


「何持ってきた?」


「これ」


 中から保存容器を取り出し、蓋を開ける。

 その瞬間、朝の工房へ淡い青白色の光が漏れ出した。


「……綺麗ね」


 少し離れたところで作業していたエッダが、思わず手を止める。

 容器の中に入っているのは、昨夜採取した『月華晶《フル・ムーン》』。

 ほとんど透明な結晶の中心に、まるで小さな満月を閉じ込めたような青白い光が浮かんでいて、夜の秘境で見たときほどではないにしても、昼間の工房で見ても十分に綺麗だった。


「これが例のやつか?」


「そう」


 ジンが顔を近づけ、結晶から漏れる魔力を探る。


「魔力は……あるにはあるが、そこまで突出してねぇな」


「単体だとそんなもん」


「こいつをヒヒイロカネと合わせるんだったな?」


「あぁ。ただ一緒にぶち込めばいいって話じゃないけど」


「比率か?」


「それもある。あとは温度、混ぜる順番、それと魔力を流し始めるタイミング」


「面倒臭ぇ素材だな」


「だから普通は観賞用だったんだよ」


 ゲーム時代でも、偶然でこの組み合わせへ辿り着くのはかなり難しかったと思う。


『月華晶』そのものは希少だけど、戦闘素材として見れば評価はそこまで高くない。そのくせ入手条件が面倒で、見た目が綺麗なせいもあって値段だけは高い。


 普通なら、そんな素材とさらに希少なヒヒイロカネを組み合わせ、正解する保証もないまま大量に実験しようなんて考えないだろう。


 でも、一度正しい条件が分かってしまえば話は別だ。


「それで、何を作るんです?」


 ハルが聞いてくる。


「魔杖」


「本当に杖なんですね」


「前も言っただろ」


「リンドウ様が使うと聞くと、途中で斬ったり投げたりしそうで」


「しねぇよ」


「三節棍は?」


「あれは最初から殴る武器だよ!」


「投剣は?」


「投げるための武器だ!」


「でしたら魔杖も――」


「魔法を撃つための武器だつってんだろ!」


 なんでこんなに信用ないんだ……。


 俺はぶつぶつ言いながら素材庫へ向かい、必要になるものを一つずつ作業台へ並べていった。


 ヒヒイロカネに、魔力伝導を補助する複数の素材、術式回路へ使う金属線、それから今回採ってきた『月華晶』。


 ただし、ヒヒイロカネを杖全体の主材として使うわけじゃない。

 そんなことをすれば、ただでさえ貴重な素材を馬鹿みたいに消費することになる。

 今回必要なのは、杖の内部を走る魔力回路、その骨格部分だった。


「意外ですね」


 ハルが俺の手元を覗き込む。


「何が?」


「ヒヒイロカネなら、そのまま杖の主材にするのかと思ってました」


「もったいないじゃん」


「リンドウ様からその言葉が出るとは」


「お前ら、最近俺に失礼じゃねぇの?」


「慣れてきたんでしょうね」


 近くで作業していたマリカまで、何でもない顔で会話へ参加してくる。


 まあいいか。


「フュンは、強度で戦う武器じゃない」


 俺は設計板を引き寄せ、一本の線を引いた。


「重要なのは、ここ」


 杖の中心部。

 持ち手から先端まで一本の魔力路を通し、その途中から複数の細い回路を枝分かれさせていく。


「普通の魔杖なら、魔力を集めて増幅し、術式へ流して放つ。そのあと、一度内部の流れが落ち着くのを待ってから次の術式へ移る」


「それが普通でしょう?」


 エッダが設計板を覗き込みながら言う。


「普通はな」


「フュンは違うんですか?」


「落ち着かせない」


「…………」


 エッダが眉を寄せる。


「危険ではないですか?」


「普通にやったら危険だな」


「でしたら、何故――」


「だから『月華晶』を使う」


 俺は保存容器の中にある結晶を指差した。


「こいつを回路の中心へ組み込んで、ヒヒイロカネと決められた条件で繋ぐと、放出直後に残った魔力を次の術式へ使える状態へ再整列させられる」


「再整列……」


「簡単に言えば、一度魔法を通した道を掃除して、次を通せる状態へ戻すのが異常に速い」


「……つまり?」


「魔法を撃つ。すぐ次を撃つ。また次。さらに次」


「なるほど」


「それを、馬鹿みたいな速度で繋げる」


「……本当に馬鹿みたいな武器ですね」


「褒めてる?」


「一応」


 たぶん最近、こいつらは俺の扱い方を完全に覚えてきている。

 俺は気にせず、さらに設計を続けた。


 フュンの基本形状そのものは、ゲーム時代から覚えている。

 全長は俺の身長に近く、一般的な魔杖と比べれば明らかに大きい。柄はほぼ真っ直ぐで、先端へ近づくにつれてわずかに太くなり、その先に大型の環状魔術制御機構が取り付けられる。


 ただの円じゃない。

 外側へ張り出した複数の突起と、片側だけ大きく伸びた構造を持つせいで、遠目から見れば巨大な鍵のようにも見える。


 もちろん、鍵を模しているわけじゃない。

 その形のすべてに、魔力を集め、分岐させ、再収束させるための意味がある。


「……それ、本当に杖か?」


 設計板を覗き込んだジンが言った。


「杖だけど」


「先っぽデカすぎるだろ」


「必要なんだよ」


「殴る気満々じゃねぇか」


「殴らねぇよ」


「これで殴ったら絶対強いぞ」


「だから殴らねぇって言ってんだろ!」


「勿体ねぇ」


「魔杖に物理性能求めんなよ!」


 ジンが豪快に笑う。


 まあ、言いたいことが分からないわけでもない。

 黒くて、大きくて、重量もそれなりにあって、先端の形もどう見ても普通の杖じゃない。


 ゲーム時代にも、初めてフュンを見た奴から「それ本当に杖?」と何度か聞かれた覚えがある。

 俺は、この見た目がかなり好きだったんだけど……。


「外装は黒にするんですか?」


 エッダが設計を追いながら聞いてくる。


「うん」


「何か性能上の理由が?」


「見た目の問題」


「…………」


「何その顔」


「そこは性能ではないんですね」


「専用武器なんだから、見た目も大事だろ」


「急に普通のこと言いますね」


「普段の俺どう思われてんの?」


 黒。


 それが、俺の覚えているフュンの色だった。


 内部にはヒヒイロカネを使うけど、赤金色を表へ出すつもりはない。外装は艶を抑えた黒で統一し、通常時は余計な光をほとんど反射させない。


 ただし魔力を流した瞬間だけ、内部へ張り巡らされた術式回路が淡く浮かび、その中央で『月華晶』の青白い光が灯る。


 ゲーム時代と同じ。


 ――いや。


「……少し、変えるか」


「何をです?」


「見た目」


 俺は設計された先端部へ一本だけ新しい線を加え、以前よりわずかに細く、全体のシルエットも少し鋭くなるよう修正する。


「昔と同じものを作るんじゃないんですか?」


「基本はな」


「でしたら、どうして?」


「今の俺が作るんだから」


 ゲーム時代の設計は、あの頃の俺にとって間違いなく完成形だった。

 だからといって、それを一から十までそのまま写す必要はない。


 今の俺は、あの頃の俺とは違う。


 鍛冶師としてLv100まで到達した。

 百八十人分の武具を一つずつ見て、その人間に合う形が何なのか考えた。

 ジンやラグたちと何本も武器を作り、ハルやマリカ、オルンたちが俺とは違う答えを出すところも見てきた。


 ゲーム時代の俺にはなかった経験が、今の俺にはある。


「性能は落とさない。むしろ上げる」


「……できるんですか?」


「できるかじゃねぇ、やるんだよ」


 ハルが小さく笑った。


「楽しそうですね」


「まぁな」


 そこは誤魔化す必要もなかった。


「めっちゃ楽しい」


♢


 最初に作るのは、杖の内部骨格だった。

 ヒヒイロカネへ慎重に熱を入れ、細く長く伸ばしながら、一本の芯へ成形していく。


 ただし、単純に均一な棒へすればいいわけじゃない。

 大量の魔力が流れ込む中心部は太く、そこから枝分かれしていく経路は細くし、さらに先端へ近づくほど複雑な分岐を持たせる。


「エッダ」


「はい」


「ここから先、頼める?」


「……私が?」


「こういう細工は、お前の方が上手い」


 エッダが目を瞬かせる。


「嫌か?」


「やります」


 答えは早かった。


「絶対に」


「なら任せた」


 細く成形されたヒヒイロカネの表面へ、エッダが慎重に魔力回路を刻み始める。

 俺は横から状態を確認し、必要なところだけ指示を出した。


 昔の俺だったら、たぶん全部自分でやった。

 他人へ任せるより、自分でやった方が早い。

 自分で作れば失敗もしない。


 そう考えていたと思う。


 でも今は違う。

 俺より上手いところは、任せればいい。


 ハルが外装用の素材を整え、ジンが内部骨格を収めるための溝を削り、ラグが定期的に魔力を通して歪みが生じていないか確認していく。

 バルドは先端へ取り付ける大型の制御部品を担当し、途中からマリカやオルンまで固定具や接合方法へ口を出し始めた。


「こっちの金具、もう少し薄くできるわよ」


「強度落ちないか?」


「この形なら平気」


「じゃあお願い」


「了解」


「リンドウ、ここの接合どうする?」


「完全固定じゃなくて二重噛み合わせ。魔力流したときに少し膨張するから」


「なら、こっちは一ミリ空けるぞ」


「頼んだ」


 一つの工房全体で、一本の武器を作っている。

 ゲーム時代にフュンを作ったときは、一人だった。


 素材を集め、必要な条件を揃え、メニューから製作を実行すれば完成する。

 それだけだった。


 でも今は。


「エッダ、そこちょっと深い!」


「分かってます!」


「ハル、外装まだ?」


「今やってます!」


「バルド、その形ちょっと違う!」


「うるせぇ! お前が描いた図が分かりづれぇんだ!」


「俺のせいかよ」


「半分はな!」


 騒がしい。


 何度も確認が必要だし、意見がぶつかることもある。

 当然、時間だってかかる。

 効率だけを比べれば、間違いなくゲーム時代の方がいい。


 でも。


「……こっちの方が好きだな」


「何か言ったか?」


「何でもねぇよ」


 俺は笑いながら金槌を握り直した。

 そして、最後まで手をつけずに残していた『月華晶《フル・ムーン》』を保存容器から取り出す。


 ここからが、一番重要だ。


「全員、一回止めて」


 声をかけると、それまで工房を満たしていた槌音や研磨音が一斉に止まった。


 俺は小型の炉の前へ腰を下ろし、そこへ必要量だけ切り分けたヒヒイロカネを入れる。

 ゆっくりと温度を上げる。


 高すぎれば駄目。

 低すぎても駄目。

 ゲームなら、必要な数値は全部表示されていた。


 今は違う。


 金属の色を見る。

 魔力の揺らぎを見る。

 ヒヒイロカネが次の状態へ移る、そのほんの一瞬を自分の目と感覚で読む。


「…………」


 赤金色だったヒヒイロカネが、熱の中で少しずつ白みを帯びていく。


 まだ――…もう少し。


 そして。


「……今」


 俺は『月華晶』の表面から、決められた量だけを慎重に削り取る。


 ほんのわずか。


 残った結晶本体は、あとでフュン中央部の制御核としてそのまま使う。

 削り出した青白い結晶粉を炉へ落とした瞬間、内部で強い光が弾けた。


「っ……」


 エッダが思わず一歩下がる。

 でも、俺は動かない。


「ラグ」


「おう」


「魔力、頼む」


 ラグの魔力が炉へ流れ込む。

 ヒヒイロカネと『月華晶』。

 異なる二つの魔力は、最初から素直に馴染むわけじゃない。


 最初は反発する。

 ここで流れを切れば失敗だ。


「まだ」


 魔力を流し続ける。

 赤金色の光と、青白い光が炉の中で何度も交差し、弾け、互いを押し返す。

 それでも条件さえ間違えていなければ、必ず瞬間は来る。


「…………」


 焦らない。


 色を見て、流れを見る。


 そして――。


「……来た」


 青白い光が、ヒヒイロカネの中へすっと溶け込んだ。


「…………」


 さっきまでの激しい反発が嘘だったみたいに、炉の中が静かになる。

 一見すれば、そこにあるのはただの金属だった。


 けれど、俺には分かる。

 内部を巡っている魔力の速度が、融合前とはまるで違う。

 流れた魔力が一度途切れても、即座に経路が整え直され、次を受け入れる準備へ移っている。


「……成功ですか?」


 ハルが聞く。


「あぁ」


 口元が自然と緩んだ。


「成功だ」


 懐かしかった。

 ゲーム時代から知っている組み合わせで、何度も扱ったことのある性質だ。


 でも、同じじゃない。


 数値を合わせて製作ボタンを押したわけじゃない。

 自分で炉の温度を読み、自分の手で素材を削り、ラグが魔力を流し、周りでは皆が完成を待っている。


 同じ素材で、同じ武器を作ろうとしているはずなのに。

 出来上がっていくものは、昔とまったく同じには思えなかった。


「じゃあ」


 俺は立ち上がった。


「ここから一気に組むぞ」


♢


 夕方。


 作業台の上にあるものは、まだ完成品とは呼べなかった。


 魔力回路の最終調整も残っているし、外装の一部もまだ仮留めのまま、先端の魔術制御機構にも仕上げなければならない部分がある。


 それでも、もう何が出来上がろうとしているのかは一目で分かった。


 俺の身長に近い、黒い大杖。

 長く太い柄の内部にはヒヒイロカネの魔力骨格が通り、その先端には、大きな鍵を思わせる複雑な環状制御機構が組み上がりつつある。


 そして、その中央。

 昨夜の満月の下でザフィラと一緒に見つめ、たった一つだけ持ち帰ってきた『月華晶《フル・ムーン》』が、黒い杖の中で静かな青白い光を放っていた。


「…………」


 ジンが腕を組んだまま、しばらくそれを眺める。


「やっぱり杖に見えねぇな」


「まだ言うか……」


「殴れよ、そのほうが強ぇだろ絶対」


「殴らねぇって言ってんだろうが」


「絶対強いぞ、これ」


「魔法撃つために作ってんの!」


「杖で殴りながら魔法撃てば――」


「それはフュンの使い方じゃねぇ!」


 工房中から笑い声が上がった。

 俺も、つられて笑う。


 ゲーム時代のフュンは、一人で作った。

 でも、今目の前にあるフュンは違う。


 俺が設計し、エッダが回路を刻み、ハルが外装を整え、ジンやラグ、バルドたちがそれぞれの技術を持ち寄っている。

 形だって、昔とまったく同じじゃない。

 あの頃の完成形を土台にして、その上へ今の俺たちが積み重ねたものがある。


 完成までは、あと少し。


 魔力回路の最終調整。

 外装の仕上げ。

 先端制御機構の固定。

 そして最後に、実際に俺の魔力を通して全体を合わせる。


 そこまで終われば――ようやく、帰ってくる。


 ゲーム時代、俺が本気で魔法戦闘をするときに使っていた、五番目の武器。


『フュン』。


「……久しぶりだな」


 まだ未完成の黒い大杖へ手を置く。


 懐かしい。


 でも、たぶんこれは、ただ昔の武器が戻ってくるだけじゃない。

 昔の俺が一人で作ったフュンを、そのまま取り戻すわけでもない。

 月華の夜に持ち帰った素材を使い、この世界で出会った連中の手を借りて、今の俺がもう一度作り直している。


 だから。


「次は、ちゃんと完成させてやるよ」


 青白く光る『月華晶』を見ながら、小さく笑った。


 かつてのフュンを。


 そしてきっと。


 昔とは少しだけ違う、今の俺のフュンを。


お読みいただきありがとうございます。


満月の秘境から帰還し、今回はいよいよ『フュン』の製作開始です。


ゲーム時代にもリンドウが使用していた、五番目の武器。

『月華晶《フル・ムーン》』とヒヒイロカネを特殊な条件で組み合わせ、魔法から次の魔法へ移るまでの“間”を極端に短くするための大杖です。


ただし、今回作っているのは昔のフュンをそのまま再現したものではありません。

百八十人分の武具を見て、ジンたちと何本もの武器を作り、ハルやエッダたちの技術にも触れた今のリンドウだからこそ、昔の完成形へさらに手を加えています。


そして何より、ゲーム時代のフュンは一人で作りました。

今回は違います。


リンドウが設計し、エッダが回路を刻み、ハルが外装を整え、ジンやラグ、バルドたちもそれぞれの技術を持ち寄って一本の武器を作っています。

効率だけなら、昔の方がずっと良かった。

それでも今のリンドウは、騒がしくて時間のかかるこの作り方を「こっちの方が好きだ」と思えるようになりました。


デートでも、鍛冶でも。

少しずつ、“最短で終わらせること”だけが正解ではなくなってきています。


そして次回――。

いよいよ、黒き大杖『フュン』完成へ。


昔とは少しだけ違う、“今のリンドウのフュン”がどんな武器になるのか。

次話もよろしくお願いします。

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