93:覇王、満月の約束をする。
『極致技能『神化』を取得しました』
視界に浮かぶ文字を眺めながら、俺はしばらくその場から動かなかった。
知らない技能だったからじゃない。むしろ逆で、あまりにも見慣れていた名前だったからこそ、妙に懐かしくて目を離せなかった。
「……やっと戻ってきたなぁ」
ゲーム時代の俺にとって、鍛冶師Lv100なんて特別な数字でもなんでもなかった。
欲しい装備を作るために必要だったから上げて、必要だったからカンストさせた。それだけの話で、その先にある『神化』だって、何度使ったのか覚えていないくらい当たり前の技能だった。
でも、この世界へ来てからは違う。
Lv1から全部やり直して、剣を打ち、素材を集め、ジンたちと工房へ籠もり、ドライを作った。百八十人分の武具を一つずつ見て、若い職人たちと一緒に直して、最後には今のカレンのためだけに『望月』と『朔月』を打ち直した。
そうして積み上げてきたものの先で、ようやく見慣れた数字へ戻ってきた。
「鍛冶師、Lv100……か」
口に出してみると、ゲーム時代にはなかった重みがある。
「そんなに嬉しいものなの?」
声をかけてきたのはマリカだった。
「そりゃ嬉しいよ」
「昔も到達していたんでしょう?」
「してたけど、昔できてたからって、今できるようになったことを喜んじゃ駄目な理由にはならなくね?」
「それは、まあ……そうだけど」
「しかも『神化』まで戻ってきたしな」
俺がそう言った途端、周りにいた職人たちが一斉にこっちを向いた。
ハルなんて、ついさっきまで完成した『望月』を食い入るように眺めていたくせに、もう完全に意識がこっちへ移っている。
「その『神化』というのは、そんなにすごい技能なんですか?」
「すごいっちゃ、すごい。ただ、何でもかんでも強くできる便利技能ってわけじゃねぇんだよ」
「そうなんですか?」
「うん。むしろ、使う武器を間違えるともったいない」
俺は作業台へ軽く腰を預けながら、視界に『神化』の詳細を開いた。
表示される内容は、ゲーム時代に見ていたものとほとんど変わらない。対象となる武具、使用する素材、その装備との適性、満たすべき条件、それから何より重要なのが、元となる装備が何を強みとして完成しているのかだった。
「例えば、昨日までカレンが使ってた『望月』と『朔月』な」
「私のですか?」
「ああ。あれに『神化』を使えば、今のカレンに最高の武器になったかっていうと、たぶんならなかった」
カレンが少し首を傾げる。
「どうしてですか?」
「そもそも土台から今のお前に合わなくなってたからだよ。刃の長さも、重心も、左右の役割も、全部変えた方がよかっただろ?」
「はい」
「そういう武器は、先に普通の鍛冶で作り直した方がいい。『神化』は、設計そのものを一から直してくれる技能じゃないからな」
完成したばかりの新しい『望月』を手に取る。
「逆に、こうやって武器としての方向性がちゃんと決まっていて、構造にも性能にも大きな欠点がないものなら話は別だ。剣なら剣のまま、杖なら杖のまま、その武器が元から持ってる性質や強みを、適した素材と条件を使って限界より上へ押し上げる」
「つまり、弱い武器を何でも強い武器へ変える技能ではない?」
ハルが尋ねてくる。
「できなくはないけど、効率最悪だな。元が駄目なら、駄目なところまでそのまま残るから」
「……例えば?」
「重心が終わってる剣を『神化』したら、重心が終わってる超高性能な剣が出来上がる」
「嫌ですね、それ」
「だろ? 性能だけは馬鹿みたいに高いのに死ぬほど振りづらいとか、俺なら絶対使いたくねぇ」
何人かが苦笑する。
「だから『神化』は、欠点を消して完成品にしてくれる技能じゃない。むしろ完成度の高い武器ほど、元から持ってる良さを馬鹿みたいに伸ばせる。ゲームでも、神化前提で作る装備は、その前段階の設計が一番大事だった」
「なら、今持ってる中で一番向いてるのはどれだ?」
少し離れたところから、ジンが口を挟んだ。
「ん?」
「お前、もう考えてんだろ」
「…………」
さすがというか、付き合いが長くなってきたというか。
「まあ、一つはな」
自分の装備にも『神化』と相性のいいものはあるし、今後それを前提に仕上げたい武器だってある。
ただ、最初に試すなら頭に浮かぶものは別だった。
「……ノアの『冥杖ウロボロス』かな」
「ノアの杖ですか?」
カレンが首を傾げる。
「うん。あれは元から完成度がおかしい」
冥属性との親和性、魔力循環、術式補助、死霊系統への適性、その全部が一つの方向へ綺麗にまとまっている。
弱点を直すために別物へ作り替える必要がなくて、むしろ下手に弄る方が怖いくらいだ。
「『冥杖ウロボロス』って、もう武器として完成してんだよな。やりたいことがはっきりしてて、そのための構造も出来上がってる」
「でしたら……」
「そう。『神化』との相性がいい」
そう考えると、自然と口元が緩んだ。
「あれ、今の時点でも性能イカれてるしな。神化させたらどこまで伸びるんだろうな」
「顔」
マリカが言った。
「何だよ?」
「悪い顔してる」
「職人の顔です~」
「絶対違う」
失礼な。
純粋な探究心だ。たぶん。
「今日やるのか?」
ジンに聞かれたけど、俺は首を振った。
「いや、今日はやらない」
「珍しいな」
「『神化』は適当に試すもんじゃないだろ」
ゲームなら、失敗したところで素材を集め直せばいいし、最悪の場合は装備そのものをもう一本用意すれば済んだ。
でも、今ここにある『冥杖ウロボロス』は一本しかない。
ノアがずっと使ってきた、あいつの武器だ。
「まずノア本人に話す。それから現物を改めて見て、どこを伸ばすのが一番いいか確認して、使う素材もちゃんと選ぶ。神化できるようになったからって、何も考えずぶち込む気はねぇよ」
「意外と慎重なのね」
「俺を何だと思ってんの?」
「勢いで伝説級素材を炉に放り込む男」
「そんなこと――」
ない、と言い切ろうとして、いくつか心当たりが浮かんだ。
「……今回は慎重にやる」
「今回は、ね」
「うるせぇな」
とはいえ、楽しみなのは間違いない。
『神化』を取り戻したということは、ただ既存の装備を強くできるようになっただけじゃなくて、ゲーム時代に使っていたクラフトの選択肢が一気に戻ってきたということでもある。
神化を前提にした素材構成も、極致技能を絡めた最終調整も、専用装備をさらに一段上へ押し上げる加工も、この世界ではまだほとんど試していない。
「…………」
考えていたら、なんか無性に作りたくなってきた。
「その顔やめろ」
ジンに言われる。
「まだ何も言ってないじゃん」
「何か作ろうとしてる顔だ」
「職人なんだからいいだろ」
「百八十人分終わったばっかだぞ。休め」
「最近みんな俺にそれ言うよな」
とはいえ、さすがに今から炉へ火を入れる気はない。
鍛冶師もLv100になったし、別に急ぐ理由もない。そう思いながら、俺は作業台の端へ置いてあった自分の武器へ目を向けた。
白と黒の双剣、ツヴァイ。
三節棍、ドライ。
巨大投剣、フィーア。
この世界へ来てから、もう一度作り直した俺の武器たちだ。
「…………」
こうして見ると、まだ足りない。
「そういや、まだ作ってねぇな」
「何をだ?」
ジンが聞いてくる。
俺は三つの武器を順番に眺めながら、ゲーム時代に愛用していたもう一本を思い出していた。
黒を基調とした大杖で、全長は俺の身長に近い。先端には大きな円環と張り出した魔力制御機構があり、遠目には巨大な鍵にも見える独特の形をしていた。
もちろん、物理で殴るための武器じゃない。
魔術を一発撃って終わるための杖でもない。
次から次へと術式を展開し、魔力を再収束させ、次の魔術へ切り替わるまでの空白を徹底的に削るための武器。
「……フュン、作るか」
「また増やすのかよ!」
「だって俺の武器番号で言えば五番目だぞ。まだこっちじゃ作ってねぇし」
「だってじゃねぇ!」
「いや、使い分けって大事だぞ?」
「そういう話をしてんじゃねぇ!」
ジンが頭を抱える一方で、周りにいた若い職人たちは逆に興味津々だった。
「フュンというのは?」
ハルが尋ねてくる。
「魔杖」
「リンドウ様、魔杖も使うんですか?」
「使うぞ」
「双剣も三節棍も投剣も使って、さらに杖ですか?」
「そう」
「何を目指してるんですか?」
「世界一位?」
「答えになってません」
エッダに真顔で返された。
「でも、本当に魔杖だぞ。形がちょっと変わってるだけで」
笑いながら、頭の中から昔の設計を引っ張り出す。
忘れていない。
主骨格の構成も、魔力回路も、重量配分も、内部構造も、必要になる素材も、全部覚えている。
ヒヒイロカネは必要だし、魔力伝導材もいる。細かな補助素材まで含めれば種類は多いけど、素材庫を探せばほとんど揃っているはずだった。
「ヒヒイロカネは……あるな」
素材庫へ視線を向ける。
残量に余裕があるとは言えないけど、フュン一本に必要な分なら問題ない。
他も確認していく。
これもある。
こっちもある。
補助素材も問題ない。
ただ、一つだけ。
「…………あ」
「今度は何だ」
「一個、足りねぇ」
「ほら見たことか」
「いや、本当に一個だけだって」
「何が必要なんです?」
ハルが聞く。
「『月華晶』」
「げっかしょう?」
「正式には『月華晶』。鉱石っていうより、特殊な条件で花に生成される結晶素材だな」
ジンたちの反応を見る限り、やっぱりこの時代ではそこまで有名な素材じゃないらしい。
「珍しいものなのか?」
「珍しい。昔もレアアイテムではあったけど、ほとんど観賞用とか換金用の扱いだった」
「観賞用?」
「普通に綺麗なんだよ。透明に近い青白色で、中に満月みたいな光が浮かんでる」
レムオンでも採取できるタイミングが限られていたうえに、普通に魔杖へ組み込んだだけでは、とび抜けて魔力を増幅してくれるような素材じゃなかった。
だから大半のプレイヤーは、宝飾品に加工するか、高値で売るか、その程度の扱いだった。
「でも、ヒヒイロカネと特定の比率、それから決まった加工条件で組み合わせると、話が変わる」
「どうなる?」
ラグが食いついた。
「次の魔術を撃つまでが、馬鹿みたいに速くなる」
「……どういう意味だ?」
「魔術を一発撃ったあと、次の術式を展開するまでには、魔力経路を切り替えて、再収束させて、また必要な形へ流し直す時間があるだろ?」
「ああ」
「そこが異常な速度になる」
魔法は、一発が強ければそれでいいわけじゃない。
大魔術を撃てたとしても、次の一発まで十秒止まるなら、その十秒は明確な隙になる。
フュンは、そこを徹底的に潰すための杖だ。
一発撃ったら、次。
次を撃ったら、さらに次。
魔術と魔術の間に存在する空白を限界まで削って、ほとんど剣戟みたいなテンポで魔術を繋いでいく。
ゲーム時代、俺が魔術戦をするときにフュンを愛用していた理由もそれだった。
「……久しぶりに使いたくなってきたな」
「なら取りに行けばいいだろ」
「そうなんだけど」
「場所は知らねぇのか?」
「知ってる」
「じゃあ何が問題なんだ」
「時期」
「時期?」
俺は工房の窓へ目を向けた。
まだ昼間だから、当然月は見えない。
「『月華晶』は、いつ行っても取れるわけじゃない。満月の夜じゃないと駄目なんだよ」
「採取時期が決まってんのか」
「あぁ。しかも、場所へ続く道自体が普段は霧に閉ざされてて、満月が高く昇る頃になるとようやく開く」
「……面倒だな」
「そうなんだよ」
その先にあるのは、山間に隠された小さな湖と、そこに群生している巨大な花だ。
普段は固く閉じている花が、満月の光を浴びる夜だけ一斉に開き、その中心にある雌しべへ月光と魔力が集まって、一晩だけ青白い結晶を作る。
それが『月華晶』。
「場所は?」
「アルセディアから歩いて一日くらい」
「近いじゃねぇか」
「まあな」
ゲーム時代にも何度も行った。
必要になるたびに最短ルートで移動して、満月になる時間だけ合わせて、花が開いたら素材を回収し、終わった瞬間に帰還する。
それだけだった。
景色なんて、ほとんど見ていない。
けど今は、別に最短で行く必要もなければ、高速移動する必要もないし、素材を取った瞬間に帰ってくる必要だってない。
それに、あそこにはもう一つ、ゲーム時代から知っているものがある。
「……温泉もあったな」
「何?」
「いや、なんでもない」
湖の近くに天然の温泉があった。
ゲームでは背景オブジェクトに近い扱いだったけど、満月の夜になると湖面へ月が映り、巨大な花が一斉に開いて、青白い光が辺り一面へ広がる。
景観目的でわざわざ訪れるプレイヤーもいたくらいには、有名な場所だった。
俺は素材しか見てなかったけど……。
だって採取しに行ってたんだから仕方ないだろ。
「…………」
ただ、今度は。
ちゃんと見てもいいのかもしれない。
なんとなく、そんなことを思った。
♢
その日の夜、俺は自室の窓を開けて空を見上げていた。
月は出ているけど、まだ満ちきってはいない。
「……あと何日だ?」
こっちへ来てから、月齢なんていちいち数えていない。ゲームだった頃なら画面を開けば一発で分かったんだけど。
「何が?」
「うぉっ!?」
背後から突然声がして、思わず身体が跳ねた。
「何よ、その反応」
振り向くと、そこにはザフィラがいた。
「いつ入ってきたんだ?」
「今」
「ノックは?」
「したわよ」
「聞こえなかったが」
「三回した」
「……ごめん」
「何をそんなに真剣に見てたの?」
ザフィラが隣へ来て、俺と同じように窓の外へ視線を向ける。
「月?」
「あぁ」
「珍しいわね」
「何が?」
「あなたが月そのものを眺めてるのが」
「俺だって月くらい見るわ」
「いつもなら月より、その横を飛んでる魔物とか見てそうだけど」
「俺を何だと思ってんだ」
「私の愛した人」
「答えになってない」
「ふふ」
二人きりだから、そういう呼び方も今ではもう自然になっていた。
ザフィラが少し身体を寄せてきて、肩が触れる。
「それで、月がどうしたの?」
「あー……」
考えてみれば、聞けば早い。
「次の満月っていつ?」
「満月?」
「うん」
ザフィラは少しだけ考えてから、空を見上げた。
「五日後ね」
「五日後か」
「どうして?」
「…………」
ちょうどいい。
フュンを作り始める前に、残っている細かな装備の調整も片づけられるし、ノアの『冥杖ウロボロス』も一度きちんと確認できる。必要になる材料を整理しておく時間も十分ある。
秘境までは普通に歩いて一日くらいだから、向こうで一泊して翌日に帰ってくればいい。
「…………」
「リンドウ?」
「ん?」
「また仕事の顔してる」
「してない」
「してるわ」
「してないって」
「素材?」
「…………」
鋭い。
「やっぱり」
「いや、まあ……素材もある」
「も?」
ザフィラが横から顔を覗き込んでくる。
近い。
「何よ」
「いや、何でもない」
「怪しい」
「怪しくないって」
「じゃあ教えて」
少し迷ってから、俺は聞いた。
「五日後、空いてる?」
「…………」
今度はザフィラが瞬きをする。
「私?」
「他に誰がいんだよ」
「空いてるけど」
「じゃあ、その日は空けといてくれ」
「だから、どうして?」
「ちょっと行きたい場所がある」
「どこ?」
「アルセディアから歩いて一日くらい」
「また遠征?」
「違う」
「魔物?」
「ほとんど出ない」
「遺跡?」
「ないよ」
「じゃあ素材採取?」
「…………」
ザフィラの金色の目が、分かりやすく細くなった。
「やっぱり素材じゃない」
「素材は取る」
「ほら」
「でも、それだけじゃないって」
「それだけじゃない?」
「まぁ……」
そこまで言って、急に妙な恥ずかしさが込み上げてきた。
なんだこれ……。
天災級へ真正面から突っ込むより緊張するんだけど……。
ザフィラは何も言わずに続きを待っていて、黒い尻尾だけがゆっくりと左右へ揺れている。
「……その場所さ、満月の夜になると霧が晴れて、道が開くんだよ」
「へえ……」
「その先に湖があって」
「えぇ」
「温泉もある」
尻尾の動きが止まった。
「……温泉?」
「あぁ」
「二人で?」
「いや、そこは別に……入りたくなきゃ無理にとは言わねぇけど」
「入りたくないとは言ってないわ」
「…………」
「…………」
「……今の俺が悪い?」
「知らない」
ザフィラが小さく笑った。
「それで?」
「巨大な花が群生してて、満月の光が当たると一斉に咲く」
「……綺麗なの?」
「……たぶん」
「たぶん?」
「……昔は、ちゃんと見てなかったから」
「…………」
「俺、採取ポイントしか見てなかったんだよ」
「あなたらしいわね」
「今はちょっと反省してる」
「ちょっとなのね」
「だって当時は素材取りに行ってたんだから仕方ないだろ」
また笑われた。
でも、今回はそれで終わりにしたくなかった。
「だからさ」
「うん?」
「今度は、ちゃんと見てみようかなって思ってる」
「…………」
「その……お前と、一緒に」
そう言った瞬間、ザフィラの耳がぴくっと立った。
「……私と?」
「うん」
「素材を取りに行くついでに?」
その言い方だけは、なんとなく違うと思った。
「……逆かな」
「逆?」
「素材採取の方がついで。せっかく行くなら、お前と見てみたいっていう方が先」
「…………」
今度こそ、ザフィラが黙った。
頬がほんの少しずつ赤くなっていく。
「何?」
「……別に」
「いや、なんか言えよ。恥ずかしい」
「だって、あなたからそんな誘い方されると思ってなかったから」
「俺も言うつもりなかったよ」
「じゃあ、やめる?」
「それは、……嫌だな」
即答してから、自分で何言ってんだと思った。
「…………」
ザフィラは数秒俺の顔を見てから、今度ははっきり笑った。
「……何だよ」
「嬉しくて」
「そう素直に言われると困る」
「どうして?」
「なんか……知らん」
「ふふ」
そのまま、ザフィラが俺の肩へ頭を預けてくる。
黒い耳が、頬のすぐ横で小さく揺れた。
「五日後ね」
「うん」
「一日歩いて、その場所まで行って」
「うん」
「温泉に入って」
「まあ、入りたければ」
「満月と花を見るの?」
「そのつもり」
「二人で?」
「……あぁ」
「へえ~……」
「何その言い方」
「別に?」
楽しそうに揺れ始めた尻尾が、今度は俺の腰へ巻きついてくる。
「おい」
「……嫌?」
「最近、それ聞けば何でも許されると思ってない?」
「嫌なの?」
「……嫌じゃないけど」
「でしょうね」
「くそがよぉ……」
昨日からずっとこれだ。
でも、不思議と悪くないどころか、かなり好きになってきている自分がいる。
「リンドウ」
「ん?」
「五日後、絶対に仕事入れないでね」
「入れないさ」
「ミラに何か頼まれても?」
「断るよ」
「工房に面白そうな素材が届いても?」
「……断る」
「今、一瞬迷った」
「断るって」
「天災級が来ても?」
「それはさすがに行くだろ!」
「冗談よ」
「……ったく、条件が極端なんだよ」
ザフィラが声を立てて笑い、俺もつられて笑った。
五日後。
たったそれだけ先の予定なのに、妙に楽しみだった。
月華晶を取れるからでも、フュンを作れるようになるからでもある。もちろん、それだって楽しみではあるんだけど、それだけじゃない。
五日後にザフィラと一緒に街を出て、一日歩いて、俺が昔は素材しか見ていなかった場所へ行く。
そこで今度は、ちゃんと景色を見る。
その予定そのものが、楽しみだった。
「……なあ、ザフィラ」
「なに?」
「五日後」
「ん……」
「空けといて」
「だから、空けるって言ってるでしょう?」
「いや、ちゃんと言っとこうと思って」
「何を?」
「…………」
少しだけ迷った。
けれど、さっきみたいに素材採取だとか、ついでだとか、そんな言葉に逃げるのはやめた。
誘った理由くらい、ちゃんと言えばいい。
俺はザフィラの顔を見て、今度は誤魔化さずに言った。
「……デート」
お読みいただきありがとうございます。
ついに『鍛冶師』Lv100へ到達し、極致技能『神化』を取り戻したリンドウ。
『神化』は、どんな武器でも無条件に強くする技能ではなく、完成した武器が元々持っている強みを、さらに上の領域へ押し上げる技能です。
今後どんな武器が『神化』していくのかも、楽しみにしていただければと思います。
そして今回は、久しぶりにリンドウ自身の武器の話も。
次に作るのは、ゲーム時代に愛用していた魔杖『フュン』。そのために必要な『月華晶』を求めて、満月の夜だけ辿り着ける秘境へ向かいます。
……ただし今回は、素材採取の方が“ついで”らしいです。
次回、五日後。
リンドウとザフィラ、二人で初めてのちゃんとしたデートへ。
次話もよろしくお願いします。




