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REMNANT RECORD~ストーリー未読の世界一位の廃ゲーマーは、倒した敵の物語を知らない~  作者: 霜月ルイ
第五章:月華の満ちる夜編

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92:覇王、双月を打ち直す。

 百八十人分の装備更新が終わった翌日。

 工房の作業台には、二本の剣だけが残っていた。


『望月』


『朔月』


 カレンがこれまで使ってきた双剣だ。


 昨日、改めて見た時点で結論は出ている。


 壊れているわけじゃない。

 刃に多少の摩耗はあるし、柄も使い込まれているけど、補修すればまだ十分使える。

 品質だけで言えば、今のアルセディアで兵士に支給されている装備より上だ。


 だから普通なら、刃を研ぎ直して、柄を巻き直して、魔力回路を調整して。

 それで終わり。


 でも。


「……やっぱ違うよな」


 二本を作業台から持ち上げ、軽く振る。


 数回振っただけでも分かる。


 悪くない、むしろ双剣としてはよくできている。


 ただし、今のカレンが使うにはもう遅い。


「何がですか?」


 工房の横で見ていたカレンが聞いてくる。


「全部」


「全部……?」


「言い方悪かったな。武器が悪いって意味じゃない」


 二本を作業台へ戻す。


「むしろ今までのお前にはかなり合ってたと思う」


「では、どうして……」


「お前が強(・)く(・)な(・)り(・)す(・)ぎ(・)た(・)」


「…………私が?」


「そう」


 昨日一週間ぶんの武具を見終えてから、もう一度この二本を触って、ようやくはっきりした。


「昔のお前って、今より踏み込み浅かっただろ?」


「……はい、たぶん?」


「双剣も両方を同じように振るっていうより、片方で崩してもう片方で取る感じが強かったはずだ」


 カレンが少し驚いた顔をした。


「よく分かりますね」


「刃見りゃ分かる」


『望月』を持ち上げる。


「こっちは刃元の摩耗が強い。近距離で受けたり、相手の武器を流したりしてた」


 次に『朔月』。


「逆にこっちは中腹から先の減りが多い。仕留める方だな」


「……その通りです」


「でも最近は違うだろ?」


 カレンが黙った。


「両方で斬ってる。それも前よりずっと速く」


「…………はい」


「だから武器の方がついてきてない」


 俺は二本を並べる。


「昔はこの重量差でよかった。片方を受け、片方を攻撃に寄せるために若干性格が違う。でも今のお前は、左右を切り替える速度が上がりすぎてる」


「なら、同じ重量に?」


「それだけじゃ足りない」


 柄に手を置く。


「重心も変える。刃長も少しだけ短くした方がいい。たぶん今のお前なら、その方が連撃に繋げやすい」


「短くするんですか?」


「ほんの少しな。届かなくなるほどじゃない」


 それから俺は、カレンを見る。


「ただ」


「はい」


「これは俺が決める話じゃない」


 ここ一週間、百八十人の装備を見て何度も聞いた。


「カレン」


「はい」


「お前は、どう戦いたい?」


「…………」


 少し前の俺ならたぶん聞かなかった。


 技能。

 身体能力。

 戦闘履歴。

 武器。


 全部見れば、俺なりの最適解なんてすぐ出る。

 それを渡せばいいと思っていた。


 でも、使うのは俺じゃない。


「今までみたいに、片方で相手を崩してから仕留めたいなら、今の方向を伸ばす」


「…………」


「逆に、今みたいに両方を攻撃へ使いたいなら、完全に作り変える」


「完全に……」


「お前が決めていい」


 カレンは作業台の二本を見つめた。


 すぐには答えなかった。


 それでいい。

 自分の命を預ける武器なんだから。


 数秒。

 もう少し。

 やがて、カレンがゆっくり口を開いた。


「……昔は」


「うん」


「攻撃を受けるのが、怖かったんです」


「怖かった?」


「はい。だから『望月』で受けて、相手が崩れたところを『朔月』で斬る。そういう戦い方を覚えました」


 なるほど。


「片方は守るため」


「はい」


「片方は攻めるため」


「そうです」


 カレンが二本へ触れる。


「でも最近は、少し変わりました」


「どう変わった?」


「受けたあとに攻撃するんじゃなくて、相手が攻撃してくる前に自分から入れるようになりました」


 俺は黙って聞く。


「右で斬ったあと、そのまま左へ繋いで。左を避けられたら、また右へ。どちらが守りで、どちらが攻撃なのか……最近は、自分でもあまり意識していません」


「なら決まりだな」


「え?」


「両方とも、斬る剣にする」


 俺は笑った。


「今のお前なら、そっちの方がいい」


「……お願いします!」


「了解」


 さて、ならまずは。


「素材だな」


 工房の素材棚へ向かう。


 星骸鉄。

 魔銀。

 黒鉄。


 色々ある。


 その中から取り出したのは、淡い金色を帯びた金属塊だった。


「オリハルコン……」


 カレンが呟く。


「知ってるのか?」


「名前くらいは。非常に高価な素材だということくらいですけど……」


「まあ高い」


「そんなものを私の武器に?」


「素材は腐るほどあるんだ、使ってなんぼだろ」


「ですが……」


「ヒヒイロカネじゃないから安心しろ」


「そこは心配してません!」


「そっか」


 なんとなく言っただけなのに……。


 高純度オリハルコン。


 ゲーム時代なら最高級素材の一つ。


 ヒヒイロカネほど何でもできる万能素材じゃない。

 アダマンタイトみたいな馬鹿みたいな硬さもない。


 その代わり軽くて強い。

 しかも魔力がかなり通る。


 何より、加工次第で恐ろしく素直な刃になる。

 双剣には向いている。


「全部オリハルコンにするんですか?」


「いんや」


 首を振る。


「芯まで全部やると軽すぎる」


「軽い方がいいんじゃ?」


「軽けりゃいいってもんじゃねぇんだなぁこれが」


 剣には重さがいる。


 振るための重さ。

 切るための重さ。

 止めるための重さ。


「オリハルコンを主体にして、芯だけ少し重い素材を混ぜる」


「なるほど……」


「あと左右はほぼ同じ重量にするけど、完全に同じにはしない」


「なぜです?」


「右と左で筋力違うだろ?」


「あ……そうでした」


「ほんの少しだけ合わせる」


 百八十人を見たあとだからこそ、余計にそう思う。


 左右同じだから、同じ武器じゃない。


 カレンの右腕。

 カレンの左腕。

 踏み込む方向。

 身体の捻り。


 全部違う。


 だったら、同じ形をした二本でも、中身まで同じにする必要はない。


「ハル!」


「はい!」


 呼ぶと、奥で作業していたハルが駆けてきた。


「今日はどうする?」


「見たいです!」


「じゃあ来い」


「はい!」


「ジン!」


「聞こえてる」


 奥から面倒臭そうな声。


「ラグ!」


「俺もいるぞ」


「バルド!」


「いるいる」


 結局。


 いつものメンバーが集まってきた。


 マリカも。

 オルンも。

 ネリスも。

 グレンも。

 エッダまで。


「……お前ら今日仕事ないの?」


「ありますよ?」


「あるんかい」


 エッダが平然と言う。


「でも、リンドウ様が専用武器を一から作るところなんて滅多に見られませんから」


「仕事しろよ」


「あとでします」


「若いって怖ぇな」


「十七歳の人に言われたくありません」


「精神年齢は高ぇんだよ」


「それ何歳です?」


「……知らん」


 ほんとに分からない。


「始めるぞ」


 炉へ火を入れる。


 ♢


 まず、今の双剣をそのまま作り直すつもりはなかった。

 設計から全部変える。


 刃をわずかに短く。

 その代わり、刃幅を刃元から中腹にかけてほんの少しだけ広げる。


 重量を削るだけなら簡単だ。

 でも、軽すぎれば斬撃に乗る力が減る。


 だから刃そのものは軽くして。


 柄。

 鍔。

 芯材。


 全体で重心を調整する。


「ハル」


「はい」


「これ見てみろ」


 最初の設計を渡す。


「どう思う?」


「……かなり手元寄りですね」


「うん」


「振り抜く力が弱くなりませんか?」


「普通ならそうなるな」


「普通なら?」


「カレンが自分で振れるから」


「ああ……」


「武器に斬らせる必要がない」


 身体能力が足りない人間なら、武器の重量を使った方がいい。

 でもカレンにはもう必要ない。

 むしろ余計な慣性の方が邪魔になる。


「だったら、止めやすくする」


「連撃のために?」


「そう」


 今のカレンが欲しいのは、一発の威力じゃない。

 流れを切らない武器だ。


「なるほど……」


 ハルが設計を食い入るように見る。


「でも、右だけ重心が一ミリちょっとくらい前ですね」


「よく気づいたな」


「間違いですか?」


「間違いじゃない」


 俺は笑った。


「そっちは右手用」


「一ミリで変わるんですか?」


「分かる奴には分かる」


「……カレンさん、分かります?」


 振られたカレンが少し困った顔をした。


「分かるように頑張ります!」


「いや、無理に分からなくていいから」


 使って自然なら、それでいい。


 設計が決まれば、あとは打つ。


 オリハルコンを炉へ入れる。

 普通の鉄より温度管理が面倒だ。

 熱しすぎれば魔力伝導が落ちる。

 逆に足りなければ、鍛造したときに内部へ歪みが残る。


「……ここ」


 火を見る。


「今……」


 取り出し、金床へ。


 槌を振り下ろす。

 甲高い音が工房へ響いた。


 形を作るためだけに叩くんじゃない。

 内部の魔力経路を整えながら、繊維の向きを合わせる。


「ラグ」


「おう」


「魔力」


「分かってる」


 隣からラグが魔力を流す。

 熱されたオリハルコンの表面に、淡い光が走った。


「……ここ流れ悪いな」


「中央か」


「ほんの少し」


 叩いて、また流す。

 確認しながらまた叩く。


 単純な剣なら、こんなことしなくていい。

 でも、カレンの魔力を受けるなら少しでも引っかかる場所は消しておきたい。


「……楽しいですか?」


 横から声がした。

 振り向けば、カレンがいた。


「顔に出てたか?」


「かなり」


「マジ?」


「はい」


「……まあ、楽しいよ」


 隠す必要もない。


「専用武器作るの好きなんだよ」


「そうなんですね!」


「使う奴決まってる方が考えること多いから」


「普通は逆では?」


「普通はな」


 誰でも使える剣を作るなら万人に使いやすくする。

 でも専用武器なら、一人だけ見ればいい。


「お前にだけ合えばいい」


「…………」


「だから好きなんだ」


 カレンが少しだけ笑った。


「ありがとうございます!」


「まだ完成してないって」


「それでも、です!」


「……そっか」


 ♢


 完成まで、三日かかった。

 一本ずつ作ればもう少し早い。


 でも双剣だからこそ、二本を同時に調整した。

 片方だけ完成しても意味がない。


 左右を交互に持ち替え、重量確認、魔力確認を怠らない。

 カレン本人にも何度も握らせた。


「どう?」


「少しだけ、こちらが遅い気がします」


「右の方か?」


「はい」


「やっぱりか」


 削って、また振らせる。


「今度は?」


「……いいです」


「じゃあ次」


 柄の太さを、カレンの手に合わせる。


「少し細いです」


「分かった」


 巻き直す。

 鍔も最低限。

 大きすぎるものは、双剣では互いに干渉する。


 鞘はネリスが担当。

 左右で抜く角度が違うから、入口の形まで少し変える。


「普通の鞘じゃ駄目なの?」


「カレン、右抜いてみろ」


「はい」


 抜く。


「今度は左」


 抜く。


「ほら角度違う」


「……本当ね」


「だろ?」


「あなた、怖いわ」


「褒め言葉?」


「一応ね」


 三日目の夕方。

 最後の研磨を終える。


「……よし」


 二本を並べた。


 形は似ている。


 でも、以前の『望月』『朔月』とは別物だった。


 淡い金色を含んだ銀白の刀身。

 華美な装飾はない。

 あくまで実戦用。


 ただ、刀身の根元にはそれぞれ小さく。


 満ちた月。


 欠けた月。


 それを思わせる意匠だけを残した。


「銘」


 俺が聞く。


「どうする?」


「銘、ですか?」


「完全に作り直したから変えてもいい。専用武器だし、新しく付けてもいいぞ」


 カレンはしばらく二本を見ていた。


「リンドウさんなら、変えますか?」


「俺?」


「はい」


「俺なら……」


 少し考える。


「使ってた奴が気に入ってんなら残すかな」


「そうですか?」


「別物になったからって、今までまで無かったことにする必要ないだろ」


「…………」


 カレンが微笑む。


「じゃあ」


 二本へ手を伸ばす。


「『望月』と『朔月』のままで、お願いします!」


「了解」


 俺は刀身へ最後の刻印を入れた。


『望月』


『朔月』


 古い剣と同じ名前。


 でも、今のカレンのために打った、新しい二本。


「完成だ」


 カレンが受け取った。


『望月』と『朔月』。


 まず、何もせずに握る。


「…………」


「どうだ?」


「軽いです」


「軽すぎることはないか?」


「いえ」


 一歩下がる。


「少し振っていいですか?」


「そのために作ったんだけど」


「では」


 構える。


 それだけで空気が変わった。


 右足が半歩前へ、低く。

 以前よりも攻撃的な構え。


 カレンが踏み込んだ。


 銀白の刃が走る。


「……速っ」


 ハルが思わず声を漏らした。

 俺も笑う。


「まだいける」


 カレンの動きが加速する。


 一撃。

 二撃。

 三撃。


 以前なら、片方を振り切った瞬間にほんのわずかな間があった。

 武器の重さを止める時間。


 それも今はない。


 振り抜いた勢いを、もう一本へ繋ぐ。


 そして、左右の境目がなくなっていく。


「…………」


 カレン自身が一番驚いていた。


 一通り振ったあと、肩で少し息をする。


「どうだ?」


 カレンが二本を見る。


「……怖いです」


「え……」


 ……失敗した?


「何が?」


「今までより、思った場所で止まります」


「ああ、そういう」


「振ったあと、戻そうと思ったら……もう戻っているというか」


「それ狙ったんだ」


「それに」


『望月』を見る。


「どちらを防御に使うか、考えなくていい」


「そうだな」


 今まで。


『望月』は受け。

『朔月』は攻撃。


 でも、新しい二本にはそんな役割はない。


「両方、お前の剣だから」


「…………」


「好きな方で受けて、好きな方で斬れ」


「はい!」


 カレンが笑った。


「ありがとうございます、リンドウさん!」


「おう」


 その瞬間だった。


 視界の端に見慣れた文字が現れる。


『鍛冶師のレベルが上昇しました』


「…………」


 来た。


『鍛冶師 Lv.99 → Lv.100』


「……やっとか」


「リンドウさん?」


 まだ表示は終わらない。


『鍛冶師が最高レベルへ到達しました』


『条件達成を確認』


『極致技能を取得しました』


 そして、見慣れた名前が浮かび上がった。


『神化(しんか)』


「…………懐かしいな」


 思わず、そんな言葉が漏れた。


「何がですか?」


 カレンに聞かれて、俺は頷く。


「神化っつー鍛冶師にとっては必須の技能だ」


 むしろ、鍛冶師を百まで上げる理由の一つがこれだった。


『神化』。


 完成した武具をただ強化する技能じゃない。

 素材と条件を揃え、その武器が持つ性質そのものをさらに上の領域へ押し上げる、鍛冶師Lv.100の極致技能。

 俺がゲーム時代に使っていた装備の中にも、これを経なければ完成しなかったものがある。


 だから、何ができるのかは知っている。


 必要な素材も、条件も。


 どれだけ頭のおかしい武器を作れる技能なのかも。


「……ようやくここまで戻ったか」


 鍛冶師Lv.100。


 ゲーム時代なら、とうの昔に通過した場所。

 けれど、この世界へ来てからは違った。


 ジンたちと工房へ籠もり。

 ドライを作り。

 百八十人分の装備を見て。

 若い職人たちと一緒に武器を打って。

 最後に、今のカレンのためだけの『望月』と『朔月』を作った。


 そうしてようやく。

 もう一度、ここへ辿り着いた。


「リンドウさん」


「ん?」


「嬉しそうですね!」


「そりゃな」


 俺は笑って、視界に浮かぶ『神化』の文字を見る。


「これが使えると、作れるものが一気に増える」


「また、とんでもない物を作るつもりですか?」


「さてな」


 そう答えながら。


 一つ、頭に浮かんだ杖があった。


 作り直す必要なんてない。

 最初から性能がおかしくて、今でも十分すぎるほど強い。


 だからこそ、別の武器へ作り替えるんじゃなくそのまま上へ持っていける。


『冥杖ウロボロス』


「…………」


 あれ……神化したら、どこまで行くんだろうな。


 少し試してみたくなった。


 鍛冶師として――久しぶりに。

お読みいただきありがとうございます。


今回は、カレンの双剣『望月』『朔月』を一から打ち直しました。

昔のカレンに合わせて作られていた二本は、決して弱くなったわけでも、壊れたわけでもありません。

ただ、持ち主であるカレン自身が成長し、武器の方が今の彼女に追いつけなくなっていました。


これまで「受ける剣」と「斬る剣」だった二本も、これからはどちらもカレン自身の意思で自由に振るう剣へ。

名前はそのままですが、中身は今の彼女のために生まれ変わっています。


そしてついに、『鍛冶師』Lv.100へ。

ゲーム時代にも使っていた極致技能『神化』が、ようやくリンドウの手へ戻ってきました。


ここから、作れる武具の幅もさらに広がっていきます。


そしてリンドウが最初に思い浮かべたのは――『冥杖ウロボロス』。


次話もよろしくお願いします。

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