91:覇王、百八十人分の武具を鍛え直す。
それから一週間。
俺は、ほとんど工房から出なかった。
いや、正確には飯と風呂と睡眠のためには出たし、ザフィラから「ちゃんと寝ないなら工房から引きずり出す」と脅されたので最低限の生活はしていた。
ただ、それ以外の時間はほぼ全部ここだ。
「次、十三番!」
「はい!」
「剣と盾、こっち! 防具はマリカのところ!」
「分かりました!」
「革具はネリス! 槍なら柄もグレンに見せろ! 魔力回路入ってる装備は勝手に触るな、ラグに回せ!」
「リンドウ!」
「ん?」
「お前が一番勝手に触ってんだろうが!」
「俺はいいんだよ!」
「よくねぇ!」
朝からジンの怒鳴り声が飛んできた。
いつものことなので気にしない。
工房の中は、もはや工房というより小さな武器工場になっていた。
壁際には点検待ちの剣や槍が番号札を付けて並べられ、その反対側には作業が終わった武具が兵士ごとにまとめられている。
鎧だけでも数十着。
武器も全部合わせたら、いったい何点あるのか。
途中で数えるのはやめた。
少なくとも、二度と軽い気持ちで、『全員分持ってこい』なんて言わないようにしようとは思った。
「リンドウ、こっち確認してくれ!」
「今行く!」
声のした方へ向かう。
作業台の前にいたのはオルンだった。
元々は農具や荷車の金具を中心に扱っていた職人だけど、今では兵士用装備の共通部品をかなり任せられるようになっている。
「この三人、全員同じ型の槍なんだが、穂先の固定具だけ旧式なんだ」
「あー……これか」
三本を並べる。
確かに古い。
壊れてはいないけど、穂先を交換するたびに柄側まで調整しなければならない型だ。
「昨日作った新規格、使える?」
「少し削ればいける」
「じゃあ統一しよう。今後交換するとき楽になるし」
「了解」
「ただ、こいつだけ柄を五センチ短くして」
「何でだ?」
「使ってる奴、昨日見たけど小柄だったから。長さ余らせてた」
「ああ、あの女兵士か」
「そうそう」
オルンが頷き、すぐ作業へ戻る。
最初の二日くらいは、こんな判断まで全部俺がやっていた。
でも三日目を過ぎた辺りから、徐々に変わった。
オルンはもう共通規格の判断なら俺に聞かなくなったし、ハルは刃の摩耗を見るだけで、兵士がどんな受け方をしているのかかなり分かるようになってきた。
マリカなんて今では兵士が鎧を脱ぐ前から、
「あなた、右肩だけ動かしづらいでしょう?」
なんて言い当てている。
「なんで分かるんですか?」
「右だけ肩当てが浮いてるからよ。これ作った奴、寸法測るの下手ね」
「それ、三年前のマリカの仕事だぞ」
「…………」
横からバルドに言われ、マリカが固まった。
「……三年前なら仕方ないじゃない」
「さっき作った奴が下手だって」
「三年前の私は今の私じゃないの!」
「便利な理屈だな」
「うるさい!」
工房に笑いが起きる。
こういうのも、一週間で随分増えた。
最初はみんな俺やジンの顔色を窺っていた。
間違えちゃいけない。
失敗したら怒られる。
世界一の鍛冶技術を持っている俺の正解を当てなきゃいけない。
そんな雰囲気があった。
だから三日目くらいに、まとめて言った。
「別に俺と同じに作らなくていいぞ」
全員、ぽかんとしていた。
ハルなんて本気で、「……いいんですか?」と聞き返してきた。
「いいも何も、なんで俺と同じにすんの?」
「リンドウ様の方が、技術が上ですから」
「今はな」
「今は……?」
「だったら俺が間違ってると思ったら直せばいいし、もっといい形思いついたならそっち作れよ」
俺のやり方を覚えることと、俺のやり方しかできなくなることは、全然違う。
その話をした辺りから、工房の空気が変わった。
「リンドウ!」
今度は女の声。
「何ー?」
「ちょっと来て!」
呼んだのはネリスだった。
三十歳くらいの人族の女性で、本業は革職人。
今回、マリカが半ば強引に連れてきた。
鎧そのものを作る人間ではないけど、鞘、ベルト、靴、籠手の内張り、盾の腕帯なんかを扱わせたらかなり上手い。
その隣にいる大柄な男がグレン。
元々家具職人の家で育ったらしく、木材加工が専門で、今は弓や槍の柄を作っている。
さらにラグの隣では、若い女性が金属板へ細い線を刻んでいた。
エッダ。
細工師出身で、装飾と魔力導線の刻印を得意としている。
今回呼び集めた中では一番若い。
最初の日なんて俺が近づくだけで手が震えていたのに、今は普通に、
「そこ邪魔です」
とか言ってくる。
成長が早い。
「これ」
ネリスから差し出されたのは一足の軍靴だった。
「例の右足だけ外側が減る子の」
「ああ」
「底を厚くするって話だったけど、やめた方がいいと思う」
「なんでだ?」
「厚くしたら今度は足首が内側へ入る。長く歩けば膝を痛めるわ」
「…………」
靴を見る。
言われてみれば、その通りだ。
「じゃあどうする?」
「踵の形を少し変える。あと底全体を一度剥がして、右側だけ硬さを変える」
「そっちの方が手間かからないのか?」
「かかる」
「じゃあそれで」
「即決ね」
「そっちの方が本人にいいんだろ?」
「ええ」
「ならやろう」
ネリスが少し笑った。
「本当に、性能だけ見てないのね」
「昨日まで散々聞いたからな」
重い。
痛い。
滑る。
抜きづらい。
動きにくい。
ゲームだったらステータスに一行も表示されないような不満が、百八十人分も集まった。
最初は細かいと思った。
今も細かいとは思う。
でも、その細かいものを一つずつ潰した結果。
『鍛冶師のレベルが上昇しました』
『鍛冶師 Lv.78 → Lv.79』
初日の途中で、一つ上がった。
そして。
『鍛冶師 Lv.79 → Lv.80』
その日の夕方には、もう一つ。
「……早くね?」
思わず呟いた。
原因は分かる。
純粋に作っている数が多い。
それもただ同じ剣を百本量産しているんじゃない。
素材選定。
修復。
再鍛造。
魔力回路の調整。
重量配分。
形状変更。
個別設計。
一人ごとに違う作業を繰り返している。
鍛冶師として得られる経験値が、とんでもなく濃い。
翌日。
『鍛冶師 Lv.80 → Lv.82』
三日目。
『鍛冶師 Lv.82 → Lv.85』
「おいおい……」
四日目。
魔力を通しやすくするために十二本の剣の鍛え直しを終えた直後。
『鍛冶師 Lv.85 → Lv.89』
「四も上がんのか!?」
思わず声を上げる。
「何がだ?」
隣のジンが眉を上げた。
「いや、鍛冶師のレベル」
「今いくつだ」
「八十九」
「…………」
ジンが黙る。
「何その顔」
「お前、数日前まで七十八じゃなかったか?」
「そうだな」
「馬鹿じゃねぇのか」
「俺もそう思う」
「休め」
「ザフィラみたいなこと言い始めたな……」
「死なれたら困るから言ってんだ!」
「寝てるって!」
「一日平均六時間くらい。十分だろ……たぶん。」
「六時間!?」
工房の入口から声がした。
振り向くとそこにいたのはザフィラだった。
「……なんで聞こえた?」
「耳がいいから」
「獣人はずるいな」
「今夜は八時間」
「いや、あと――」
「八時間」
「……はい」
ジンが笑っていた。
覚えてろよ。
♢
一週間という時間は、思っていたよりあっという間だった。
百八十人分の装備を全部新品へ変えたわけじゃない。
そんな必要もなかった。
まだ十分使える剣なら、刃を整えて重心だけ直した。
丈夫な鎧なら、身体に合わない部分だけ調整した。
槍の柄が長いなら切り、短ければ作り替える。
盾の腕帯が合わなければ、ネリスが革を交換する。
靴底が滑るなら素材を変える。
弓の引きが強すぎれば、グレンが兵士本人の腕力に合わせて調整する。
魔力を流して使う装備なら、ラグとエッダが回路を見直す。
刃が完全に駄目なものだけは、ハルやジンと一緒に打ち直した。
俺が全部やったわけじゃない。
むしろ後半になるほど、俺が直接手を動かす時間は減っていた。
「リンドウ様、これお願いします」
ハルが設計を書いた板を持ってくる。
「どれだ」
「この剣です。受けに使うので刃厚を増やしたいんですが、全部厚くすると振りが遅くなるので、中腹だけ厚くしました」
「素材は?」
「黒鉄を少し足します」
「重くならないか?」
「柄頭を軽くするので全体ではほぼ同じです」
「いいじゃん。それでやってみろ」
「はい!」
そのまま俺のところから離れていく。
もう、作り方まで聞かない。
自分で考えて、最後の確認だけ持ってくる。
しばらくすると。
「リンドウ、こっち」
マリカだ。
「今度は何だ?」
「この鎧、胸当ての形変えたい」
「理由は?」
「着てる子、槍使いなの。前へ腕を伸ばすたびにここが当たる」
「じゃあ削るか?」
「駄目。薄くなるから別の板を重ねて形を変える」
「いいんじゃね?」
「でしょ?」
もう確認ですらない。
たぶん、同意を取りに来ただけだ。
オルンなんてさらに酷い。
「これ、共通規格に変えたから」
「はぁ?」
「駄目だったか?」
「いや、いいけどさ」
「ならいいだろ」
なんか昨日の俺みたいな奴が増えてきた。
「……ジン」
「なんだ」
「こいつら育つの早くない?」
「誰に似たんだろうな」
「俺じゃないと思う」
「間違いなくお前だ」
そうかなぁ。
俺、もっと可愛げあると思うんだけど。
そう言ったら全員に否定された。
納得いかない。
それでも作業は進んだ。
『鍛冶師 Lv.89 → Lv.92』
五日目。
『鍛冶師 Lv.92 → Lv.95』
六日目の夜。
『鍛冶師 Lv.95 → Lv.97』
そして七日目。
最後の一組になった盾の縁へアダマンタイトをほんのわずかに混ぜ、補強部分を叩き終える。
「よし」
水へ入れると白い蒸気が上がった。
冷却を終え、表面を確認する。
問題なし。
装着用の革帯をネリスへ渡し、最後の仕上げを任せた瞬間。
『鍛冶師のレベルが上昇しました』
『鍛冶師 Lv.97 → Lv.98』
「……あと二つ」
思わず口元が緩む。
まだまだやることはある。
予備装備の調整。
壊れた短剣の打ち直し。
弓の部品交換。
全部終わらせて――夕方。
『鍛冶師のレベルが上昇しました』
『鍛冶師 Lv.98 → Lv.99』
「…………」
金槌を持ったまま、止まった。
「どうした?」
ジンが聞く。
「九十九」
「何が」
「鍛冶師のレベル」
一瞬、工房が静かになった。
「……九十九?」
ハルが呟く。
「あぁ」
「一週間で?」
「そうだな」
「七十八から?」
「……うん」
「やっぱり馬鹿じゃない?」
マリカに言われた。
「なんで俺が怒られてんだ?」
「怖いのよ」
「レベルが上がっただけじゃねぇか、お前らも上がってんだろ?」
「その上がり方がおかしいんだよ!」
ラグまで混ざる。
「しょうがねぇだろ! 百八十人分やったんだから!」
「普通は百八十人分やっても二十一レベルも上がらねぇ!」
「知らねぇよ、システムに言え!」
工房が笑いに包まれた。
俺も笑った。
工房の外には、作業を終えた装備がずらりと並んでいる。
百八十人、全員分。
全部が伝説級になったわけでもない。
全部が神話級になったわけでもない。
そんなものを量産したら、むしろ頭がおかしい。
でも、一週間前よりは確実にいい。
強度。
重量。
使いやすさ。
本人への馴染み方。
それぞれが、一段上へ行った。
何より、この百八十人分を俺一人では作っていない。
「ハル」
「はい?」
「最初の頃より速くなったな」
「……はい」
「マリカも」
「当然でしょう?」
「オルンは勝手に規格変えるようになったし」
「必要だったからな」
「ネリスなんて俺より靴に詳しいし」
「当たり前でしょう。鍛冶師に靴で負けたら廃業するわ」
「グレンの弓も良かった」
大柄な男が照れくさそうに頭を掻く。
「エッダ」
「なんですか」
「初日、俺が横立つだけで震えてたよな」
「忘れてください」
「今は邪魔って言うもんな」
「本当に邪魔だったので」
「酷くない?」
また笑いが起きる。
百八十人の兵士の装備が強くなった。
それも嬉しい。
でも、それだけじゃない。
たぶん、次に百八十人分の装備を直すことになったとして。
もう俺が全部を見る必要はない。
ハルがいる。
マリカがいる。
オルンがいる。
ネリスも、グレンも、エッダも。
ジン。
ラグ。
バルド。
俺がいなくても、こいつらならできる。
「……いいな」
小さく呟いた。
俺の鍛冶師レベルは、九十九。
あと一つ、そこまで来た。
けど、それ以上にアルセディアの鍛冶そのものが、一週間前より確実に強くなった。
「リンドウさん!」
「ん?」
声をかけられて振り向く。
そこにカレンが立っていた。
「お疲れ様です!」
「おう。カレンもお疲れ」
「全員分、終わったそうですね」
「ほぼな。細かい仕上げは残ってるけど、明日には全部返せる」
「ありがとうございます!」
カレンが深く頭を下げる。
「いいって。俺だけでやったわけじゃないし」
「それでも、です!兵たちも喜んでいます!」
「なら良かった」
「……ところで」
カレンが少し困ったように笑った。
「私のものは、いつお返しいただけますか?」
「ん?」
カレンの腰を見る。
普段ならそこにあるはずの二本がない。
「あ」
一週間前、最後に見ようと思って預かったカレンの双剣。
「忘れてました?」
「いや!」
「今、一瞬『あ』と言いましたけど」
「忘れてない忘れてない!」
「本当ですか?」
「ちゃんと別にしてあるから!」
工房の奥へ向かい、布に包んで置いておいた二本を持ってくる。
「ほら」
「良かった……」
「俺の信用度低くない?」
「一週間で百八十人分を見ていましたので」
「まあ、それはそう」
作業台へ置き、布を外す。
「…………」
カレンの双剣を改めて見る。
最初に受け取ったときは、単純に補修と強化をするつもりだった。
刃を整えて。
魔力伝導を少し上げて。
握りを今の手に合わせる。
その程度でいいと思っていた。
けど、一週間百八十人分の武器を見たあとで、もう一度これを見ると。
「……違うな」
「何がですか?」
一本持って振る。
もう一本も同じ。
「カレン」
「はい」
「最近、これ使いづらくない?」
「……どうして分かるんですか?」
「やっぱり?」
刃を見る。
昔のカレンには合っていた。
でも、今は違う。
身体能力も。
踏み込みも。
剣速も。
魔力の扱いも。
全部、武器を作った頃より上がっている。
双剣の方が、持ち主に追いつけていない。
「修理じゃ駄目だな」
「……駄目?」
「うん」
カレンが少し不安そうな顔をする。
俺は二本の剣を並べた。
「これ」
一週間前なら、たぶん直していた。
でも今なら分かる。
「作り直そう」
「……え?」
「今のお前に合わせて、一から」
鍛冶師レベルは九十九。
あと一つ。
そして、目の前には今の持ち主にはもう合わなくなった二本の剣。
俺は思わず笑った。
「ちょうどいいじゃん」
「何がですか?」
「いや」
双剣へ手を置く。
「こっちの話」
どうせ最後の一つを上げるなら。
ただ適当に何かを打って終わるより、今のこいつのために。
一本――いや。
二本。
本気で作る方が、ずっといい。
さて――。
鍛冶師Lv100まで、あと一つ。
最後の仕事を始めようか。
お読みいただきありがとうございます。
今回は、百八十人分の装備を工房総出で鍛え直す一週間でした。
リンドウ自身の『鍛冶師』レベルも一気にLv99まで上がりましたが、それ以上に大きかったのは、ハルたち若い職人が「リンドウの正解を真似する」のではなく、自分たちで考えて作り始めたことかもしれません。
百八十人の兵士が強くなって、同時にアルセディアの鍛冶そのものも少しだけ先へ進みました。
そして最後に残ったのは、カレンの双剣。
壊れているわけでも、弱いわけでもない。
ただ、今のカレンに武器の方が追いつけていない。
次回は、そんな彼女のために『望月』『朔月』を一から打ち直します。
そして――鍛冶師Lv100へ。
次話もよろしくお願いします。




