90:覇王、兵士たちの装備を診る。
翌朝。
「…………いや、さすがに多くね?」
工房の前に集まった人数を見て、俺は開始早々ちょっとだけ後悔した。
「あなたが全員って言ったんでしょう?」
隣に立っていたザフィラが、呆れた顔でこちらを見る。
「言ったけどさぁ……」
「なら諦めなさい」
「いや、諦める気はないけど……改めて見ると結構いるなって」
昨日カレンに頼んで確認してもらったところ、現在アルセディアで正式に戦闘任務へ就いている兵士は、隊長格を除いて百八十人。
城門警備、城内警備、市街巡回、外周巡回、それから訓練中の新人まで含めた人数だ。
もちろん、全員を一度に呼びつけて街の警備を空にするような馬鹿なことはしていない。
今ここにいるのは、非番と訓練予定だった四十五人。
残りも警備や巡回に穴が開かないよう交代させながら、今日の午後に四十五人、明日の午前と午後にも四十五人ずつ来てもらう予定になっている。
それでも。
「四十五人でこれか……」
人数だけならまだいい。
問題は、その足元に並べられた装備だった。
さらに予備装備まで持ってきた奴もいるせいで、工房前の広場が完全に武器庫と化している。
「お前ら、引っ越しでもすんのか?」
俺が言うと、兵士たちの間から小さな笑いが起きた。
「リンドウ様が全部持ってこいと……」
「いや、言ったけどさ。ほんとに全部持ってくるとは思わねぇじゃん」
「全部と言われましたので」
「兵士って真面目だなぁ……」
「命令したのあなたでしょう?」
「ザフィラさぁ、今日ちょっと俺に厳しくない?」
「昨日一日甘やかしてあげたでしょ」
「甘やかした自覚あるんだ……」
昨日の朝を思い出しかけて、やめた。
こいつの前で変な顔すると絶対拾われる。
「リンドウ?」
「ほらみろ」
「何が?」
「なんでもないです」
笑うザフィラから逃げるように、工房の方を見る。
今日はジンたちにも来てもらっていた。
ジン、ラグ、バルド。
それに昨日会った三人。
剣と短剣を得意とするハル。
鎧や盾を中心に扱うマリカ。
量産品や交換部品に強いオルン。
計六人。
俺を入れれば七人で、そこへ何故か工房の若い見習いまで何人か混ざっている。
「……ジン」
「なんだ」
「見習いまで呼んだんか?」
「当たり前だろうが」
ジンが腕を組んだまま鼻を鳴らす。
「これだけ違う使われ方をした装備が一度に集まる機会なんざ、そうそうねぇ。見るだけでも勉強になる」
「なるほどねぇ」
「お前が勝手に全部直しちまったら、何も残らんからな」
「……昨日、俺も似たようなこと考えてたわ」
「なら最初からそう言え」
「それ昨日ザフィラにも言われた」
「お前、本当に言葉が足りねぇからな」
「二方向から刺すのやめてもらえる?」
ジンが鼻で笑う。
まあいい。
昨日武器屋でハルたちの仕事を見て、俺も思った。
俺一人で百八十人分を直すことはできる。
時間さえかければ、たぶんできる。
けど、それじゃあ駄目だ。
俺がいなくなった瞬間、また同じところで止まる。
「とりあえず、最初は点検な」
集まっている兵士たちへ声をかける。
「今日いきなり全部作り直すわけじゃない。まず今使ってる装備を見せてもらう。何が悪いか、どこを直すか、それともこのままでいいかを一人ずつ決める」
「はい!」
「あと、鑑定結果だけじゃ決めねぇから、使ってて困ってることがあったら言ってくれ。重いとか、握りにくいとか、ここが邪魔とか、なんでもいい」
何人かが顔を見合わせた。
「……そんなことでよろしいのですか?」
「そんなことが大事なんだよ」
答えながら、俺は近くに積まれていた剣を一本取った。
「性能高くても使いづらかったら意味ねぇだろ。俺が振るわけじゃないんだから」
昔の俺なら、たぶんこんなことは言わなかった。
剣士ならこれ。
槍使いならこれ。
盾役ならこれ。
ステータスと技能を見れば、最適な装備なんてある程度決められる。
そこから先は数値の話だ。
攻撃力。
重量。
耐久値。
属性。
補正。
どれが一番強いかを比較して、答えを出す。
ゲームなら、それでよかった。
でも、今目の前にいる奴らは、俺が操作するキャラクターじゃない。
だったら、俺にとっての最適解を渡したって仕方ない。
「じゃあ始めるか」
俺が袖を捲ると、ジンも作業台へ向かった。
「ハル、お前はリンドウについて武器を見ろ」
「はい!」
「マリカは防具。バルドもそっちだ」
「了解」
「分かったわ」
「オルン、お前は交換できそうな共通部品を拾え。ラグは――」
「分かってる。刃物と魔力回路だろ?」
「なら動け」
「相変わらず人使い荒いやっちゃなぁ……」
「お前が言うな」
工房が一気に騒がしくなった。
最初に俺の前へ来たのは、昨日カレンと一緒に巡回していた若い兵士だった。
「よろしくお願いします!」
「そんな緊張しなくていいって」
「はい!」
「名前」
「ロイドです!」
「ロイドな。じゃあ剣貸してみ」
「どうぞ!」
受け取る。
昨日も少し見た剣だった。
もう一度、今度はちゃんと確認する。
『鑑定』を使えば、素材も品質も耐久も一瞬で分かる。
けど、まずは使わない。
刃を光に当てる。
細かな欠け。
刃先よりも中腹に集中している。
鍔に少しだけ歪み。
柄革は左側の摩耗が強い。
「……お前、斬るより受ける方が多い?」
「え?」
「あと、正面じゃなくて左から」
ロイドが目を丸くした。
「どうして分かるんですか?」
「ここしか削れてねぇからだよ」
柄を見せる。
「この辺。左側だけ潰れてるだろ?」
「あ……」
「剣の欠けも同じ。刃のこの辺に集中してる。たぶん左から来た攻撃を剣で受けて、そのまま右へ流してんだろ」
「……はい」
「癖か?」
「そう、だと思います。盾も使っているのですが、咄嗟だと剣で受けてしまうことが多くて」
「盾があるのに?」
「すみません」
「怒ってねぇよ」
何で謝るんだ……。
盾も見せてもらう。
こっちは逆に、傷が少ない。
「なるほどな」
「直した方がいいでしょうか?」
「戦い方を?」
「はい」
「それはあとでカレンに聞け」
「え?」
「俺は鍛冶師だから」
盾を机へ置く。
「戦い方そのものを直した方がいいのか、それとも今の癖を活かした方がいいのかは、普段お前を見てる隊長の方が分かる。でも、少なくとも今の装備がお前の戦い方に合ってないのは分かる」
剣を振る。
少し前へ重い。
「これ、長時間持ってると右腕疲れるだろ」
「……はい」
「やっぱりな」
次に盾を持つ。
こっちは逆に少し大きい。
「盾も、お前には一回りデカいな」
「でも、防御するなら大きい方がいいかと思って」
「防御できてねぇじゃねぇの」
「…………」
「責めてないってば」
苦笑する。
「ロイド」
「はい」
「お前、どう戦いたい?」
質問すると、ロイドは少し戸惑った。
「どう……とは?」
「そのまんま。剣で受けて近くで戦いたいのか、盾をちゃんと使えるようになりたいのか」
「…………」
「好きな方でいいぞ」
しばらく考えて。
「……剣で」
ロイドが答えた。
「盾が嫌いなわけではないのですが、剣で受けて、そのまま相手の懐へ入る方が……自分には戦いやすいです」
「じゃあそれでいいな」
「え?」
「剣をそっちに合わせる」
思わず笑う。
「刃厚少し増やして、受けに使ってる部分を補強。重心も手元寄りにする。盾は一回り小さくして、完全に防ぐより補助に使えるようにするか」
「そんな……私一人のために?」
「百八十人全員にそれやるために集めたんだが?」
「…………」
「何その顔」
「いえ……ありがとうございます!」
「まだ作ってねぇよ」
横でハルが必死にメモを取っている。
「ハル」
「はい!」
「今の分かったか?」
「刃の中腹を厚くして、重心を――」
「違う」
「え?」
「最初に見るのはそこじゃねぇ」
ロイドの剣を指す。
「使い方を見る」
「使い方……」
「剣の形だけ見て直すなら、誰でもできるだろ。なんでそこが壊れたのかを見ろ」
「……はい」
「傷ってのは、そいつがどう使ったかの記録だから」
言ってから、なんとなく変な感じがした。
記録。
最近、その言葉に妙に縁がある。
まあ、今はいい。
「次!」
二人目。
今度は女性兵士だった。
槍の穂先は問題ない。
柄も丈夫――ただ。
「……靴見せて」
「靴、ですか?」
「うん」
困惑しながら足を上げてもらい、靴底を見る。
「やっぱり」
「何か?」
「右だけ外側が減ってる」
「……本当ですね」
「槍構えるとき、右足開きすぎてないか?」
「えっ」
本人がその場で構える。
右足が外へ逃げる。
「あー、そういうことか」
「そんなところまで分かるんですか?」
「装備全部持ってこいって言っただろ?」
「武器と防具だけだと思っていました……」
「靴も装備だよ」
槍を受け取る。
柄の中央より少し後ろだけ、磨かれたように滑らかになっている。
「持ち替え多い?」
「はい。突いたあと、近づかれたときに短く持ちます」
「なら、この位置だけ滑り止め加工しよう。あと右の靴底も調整だな」
「ですが、それだと癖が――」
「だから聞くんだよ」
俺は槍を返す。
「お前は、どう戦いたい?」
女性兵士が黙る。
「直したいなら、癖を直す方に合わせて装備を作る。今の動きを伸ばしたいなら、そっちに合わせる。どっちだ?」
「……今の戦い方を、もっと上手くしたいです」
「了解だ」
ハルを見る。
「書いたか?」
「はい!」
「じゃあ次いくぞ」
三人目は盾。
「お前、左で受けすぎ」
「なんで分かるんですか?」
「ここしか凹んでねぇからだよ」
「…………」
「あとたぶん、受けたあと押し返してるだろ」
「えっ!?」
「縁が潰れてる」
「そこまで!?」
面白いくらい反応してくれる。
「別に魔法じゃねぇぞ」
「十分魔法みたいですけど……」
「鍛冶師舐めんな」
四人目。
「お前、剣抜くとき鞘引っかかる?」
「……はい」
「腰の位置高すぎ。ベルトから直す」
五人目。
「弓の握り強すぎ」
「なぜ……」
「革が手の形に沈んでる」
六人目。
「お前、走りながら盾構える?」
「はい!」
「肩の留め具だけ伸びてる。そこ補強な」
七人目。
「これ槍じゃなくて棒になりかけてんじゃん」
「まだ使えます!」
「使えるのと安全は別だって昨日も言ったぞ俺」
工房のあちこちで笑いが起きる。
気づけば、最初にあった妙な緊張はなくなっていた。
兵士たちも自分から話すようになっている。
「実はここが当たって痛い」
「雨の日に滑る」
「盾を背負ったとき走りにくい」
「冬になると金具が冷たい」
「矢筒が座ると邪魔」
「予備の短剣を抜きづらい」
細かい。
本当に細かい。
ゲームの装備画面には絶対出てこないようなことばかりだ。
攻撃力にも。
防御力にも。
耐久値にも表示されない。
でも、毎日使うなら、全部大事なんだろう。
「……なるほど」
一本の剣を持ちながら、俺は笑った。
「何?」
いつの間にか近くへ来ていたザフィラが聞く。
「いやさ」
視線を上げる。
工房では、ジンが兵士の鎧を見ながらマリカへ何か説明していた。
オルンは何種類もの金具を床へ並べている。
バルドは盾の縁を叩きながら兵士本人と話し、ラグは弓兵の装備へ魔力を流して何やら細かく確認している。
ハルは俺の横で、もう紙を何枚使ったのか分からないくらい書き込んでいた。
「俺、今まで装備って、性能見りゃだいたい分かると思ってたんだよ」
「違った?」
「違うっぽい」
「珍しく素直ね」
「うるせぇな」
でも、本当にそうだった。
同じ剣を渡しても、同じようには減らない。
同じ鎧でも、傷がつく場所は違う。
歩き方。
受け方。
構え方。
怖いときに咄嗟にやること。
得意な距離。
苦手な方向。
全部が、装備に残る。
「面白ぇな、鍛冶」
思わず呟いた。
「今さら?」
「いや、今までも面白かったけど」
作りたい武器を作るのとは、また違う。
最強を目指すんじゃない。
世界に一つしかない神話級装備を作るわけでもない。
目の前の一人に、今より少しだけ合うものを作る。
それも結構、面白い。
「リンドウ様!」
「ん?」
次の兵士が俺の前へ来た。
まだ若い、たぶん新人だ。
新品に近い剣を抱えている。
「お願いします!」
「おう」
剣を受け取る。
ほとんど傷がない。
柄も綺麗。
靴も、鎧も。
「……お前、実戦まだ?」
「はい。三か月目です」
「そっか」
なら、装備から読めるものは少ない。
「どうしましょう?」
「別に無理に直す必要ないぞ」
「えっ」
「新しいし、お前自身もまだ戦い方決まってねぇだろ」
「……はい」
「なら今はそのまま使え」
剣を返す。
「で」
「はい」
「どんなふうに戦えるようになりたい?」
新人兵士が少し考えてから答えた。
「……誰かの前に立てるようになりたいです」
「前に?」
「はい。怖くても……後ろにいる人を守れるようになりたいです」
「そっか」
強くなりたい。
速くなりたい。
敵を倒したい。
そういう答えが返ってくると思っていた。
でも。
「じゃあ、今はその剣で頑張れ」
「はい!」
「傷だらけになったら、また持ってこい」
「……傷だらけ?」
「その頃には」
剣の柄を指で軽く叩く。
「お前がどう戦う奴なのか、こいつが教えてくれるだろ」
新人は一度、自分の剣を見た。
それから。
「はい!」
大きく頷いた。
「次!」
まだまだいる。
今ここに四十五人。
午後にも四十五人。
明日も午前と午後に四十五人ずつ。
全部で百八十人分だ。
武器だけじゃない。
防具も。
靴も。
予備も全部。
考えただけで、ちょっと笑えてくるくらいの量だ。
しかも、今日と明日で終わるのは点検だけ。
ここから実際に修理して、調整して、必要なら作り直していくことになる。
「……一週間で終わるか、これ」
思わず呟くと、近くにいたジンが鼻で笑った。
「言い出した奴が弱音吐いてんじゃねぇ」
「弱音じゃねぇよ。確認」
「同じだ」
「違ぇよ」
でも、不思議と嫌じゃなかった。
むしろ早く全部見たくなっている。
こいつらがどう戦って。
どういう傷を残して。
これから、どう戦いたいのか。
俺が答えを決めるんじゃない。
一人ずつ聞けばいい。
「お前は、どう戦いたい?」
その答えに合わせて、俺たちが作る。
百八十通りの正解を探すなんて、ゲーム時代だったら面倒だとしか思わなかったかもしれない。
でも今は、ちょっとだけ。
いや、かなり楽しみだった。
たぶんそれが。
今の俺が作るべき武器なんだと思った。
お読みいただきありがとうございます。
今回は、アルセディアの兵士たちの装備を一人ずつ見ていく回でした
同じ剣でも、受け方や構え方、怖いときに咄嗟に取る行動によって、残る傷はまったく違います。
これまで「強い武器」を作ることには慣れていたリンドウですが、今回は初めて、それぞれの兵士にとって「使いやすい武器」を考え始めました。
そして、装備に残った傷もまた、その人がどう戦ってきたのかを残す一つの“記録”なのかもしれません。
次回も引き続き、百八十人分の武具を工房総出で鍛え直していきます。
若い職人たちにも、少しずつ変化が出てくる予定です。
次話もよろしくお願いします。




