89:覇王、育っていく国を知る。
学校を出たあとは、そのまま東地区へ向かった。
朝の大通りはさっきよりも人が増えていて、荷車や馬車だけじゃなく、買い物袋を提げた住民や、依頼へ向かうらしい冒険者たちまで行き交っている。
さすがにこの人混みの中でずっと手を繋いでいるのも歩きづらくなって、ザフィラとは自然に手を離した。
……自然に、ってことにしておこう。
別に名残惜しくない。
絶対そんなことはない。
「東の市場って、こっちだっけか?」
「もう少し先よ」
「場所まで変わってんの?」
「前の市場もあるわ。新しい方ができただけ」
「増殖してんなぁ……」
「学校じゃないんだから」
「学校も増殖してたじゃん」
「必要だから増えたのよ」
朝からずっとこれだ。
俺が知らないのに、ザフィラは知っている。
そして俺が驚くたびに、こいつがちょっと得意げになる。
自分で作ったわけでもないくせに。
……まあ、俺より街を見ているのは間違いないんだけど。
やがて通りの先が大きく開けた。
「おお……」
思わず声が出る。
そこには、俺の記憶にはない市場ができていた。
屋根付きの露店が道の両側に並び、野菜や果物、肉、魚、乾物、香辛料まで種類ごとに売られている。
奥にはちゃんとした店舗もあって、朝っぱらから結構な人数が買い物をしていた。
「これ全部、新しくできたのか?」
「ええ。前の市場だけじゃ狭くなってきたから、商人組合がこっちにも作ったの」
「んだよ商人組合って、また俺知らねぇやつじゃん」
「そろそろ慣れたら?」
「まだ朝だぞ」
今日だけで何回驚かされるんだよ。
市場へ入る。
果物屋の前を通ったところで、見覚えのあるものが目に入った。
「……あれ?」
足を止める。
山積みにされていたのは、丸く赤い果実だった。
見た目だけなら林檎に近い。
でも、この辺りでは採れない。
……というか。
「これ、『食材の祠』のやつじゃん」
「そうよ」
「普通に売ってんのか?」
「普通に売ってるわね」
「いや、普通に売ってるわね、じゃなくて」
近づいて見ると、その隣にも見覚えのある食材が並んでいる。
香草。
根菜。
大きな茸。
少し離れた肉屋には、祠で手に入るモンスターの肉まで吊るされていた。
店先の木札には値段まで書いてある。
別に高級品でもないし、普通の家庭でも買えそうな値段だった。
「……どうなってんの、これ」
「だから昨日言ったでしょう? 定期便ができたって」
「定期便って、マジで定期的に行ってんの?」
「冒険者ギルドで依頼を出してるわ」
「ちょっと見に行こうぜ」
「市場は?」
「後で!」
俺が歩き出すと、ザフィラがため息をつきながら追いかけてきた。
「急に元気になるわね……」
「いや、気になるだろこれは」
「さっきまで仕事は禁止って言ってた人とは思えないわ」
「これは仕事じゃない。散歩の延長」
「便利な言葉ね」
「お互い様だろ」
冒険者ギルドまでは歩いて数分だった。
中へ入ると、朝の依頼を探している冒険者たちでそれなりに賑わっている。
何人かに気づかれて頭を下げられたけど、軽く手を上げて返し、そのまま依頼掲示板へ向かう。
……あった。
『食材の祠・定期採集依頼』
「……ほんとにあるんかい」
「嘘ついてどうするのよ」
内容を読むと、複数の依頼が日付ごとに並んでいた。
肉類。
野菜類。
果実。
香草。
保存に向いた食材。
目的ごとに必要量が設定されていて、一つのパーティーが全部持ち帰るのではなく、複数のパーティーが交代で担当する仕組みになっている。
依頼主は冒険者ギルドと商人組合の連名。
報酬も悪くない。
ただし、採取場所を荒らさないこと。
指定量以上を持ち帰らないこと。
危険区域には入らないこと。
いくつか細かい注意事項まで付いていた。
「……誰がこれ考えたんだ?」
「ギルドと商人組合でしょうね。最初は一組だけだったみたいだけど、需要が増えたから交代制にしたって聞いたわ」
「へぇ……」
ゲーム時代なら、食材の祠なんて俺にとっては便利な採取地点でしかなかった。
必要なものを取りに行って終わり。
でも今は、そこへ行くことそのものが仕事になっている。
冒険者が採って。
ギルドが管理して。
商人が買って。
市場へ並べて。
料理屋が使う。
その金で冒険者が飯を食ったり装備を整えたりして、また別の仕事へ行く。
「……ちゃんと経済回ってんじゃん」
「けいざい?」
「金と物がぐるぐる回ってるってこと」
「ああ、そういうことね」
「すげぇな」
「他人事ね」
「だって俺、何もしてねぇもん」
食材の祠そのものを使えるようにしたのは俺だ。
でも、こうしろとは一度も言っていない。
定期採集しろとも、流通させろとも、料理屋へ卸せとも。
必要だったから、誰かが始めた。
その誰かのやり方が便利だったから、別の奴が参加した。
そして、気づけば仕組みになっていた。
「また勝手に育ってる……」
「だから、その言い方やめなさいって」
「褒めてんだよ」
俺が笑うと、近くにいた冒険者の男がこちらへ顔を向けた。
「あ、リンドウ様。祠便、気になります?」
「祠便?」
「俺たち、そう呼んでます。明日うちのパーティーの番なんですよ」
男が指差した先には、四人組の冒険者がいた。
装備を見る限り、中堅くらいか。
「危なくないのか?」
「決められた場所までなら大丈夫ですよ。初回は先輩のパーティーについていきますし、採取地までの道も整備されましたから」
「道まで整備されてんのか?」
「はい。荷車が入れるところまでですけど」
「……知らねぇって、なんだそれ」
俺が呟くと、隣でザフィラが笑った。
「今日、それ何回目?」
「数えてねぇよ」
ギルドを出た。
今度こそ市場へ戻り、せっかくだから少し食べ歩いてみることにした。
さっき見た果実は、そのまま売られているだけじゃなかった。
砂糖で煮詰めたもの。
薄く切って乾燥させたもの。
果汁を混ぜた飲み物。
小麦粉と一緒に焼いた菓子。
俺が祠からそのまま持って帰ったときには存在しなかったものばかりだ。
「これ食うか?」
屋台で売っていた焼き菓子を指差す。
「朝も食べたでしょう?」
「それはそれ、これはこれ」
「太るわよ」
「動いてるから大丈夫」
「私にも一つちょうだい」
「結局食うんかい」
二つ買って、一つをザフィラに渡す。
表面は薄く焼かれていて、中にはさっきの果実を煮たものが入っていた。
一口齧る。
「……んまいな」
「最近人気よ」
「お前ほんと何でも知ってんな」
「だから街を歩いてるって言ってるでしょう?」
「そうだったな」
その先では肉を串に刺して焼いていた。
さらに奥には、香草を練り込んだパン。
スープ。
煮込み料理。
どれも食材の祠で採れるものを、この世界の人間が勝手に料理へ変えている。
俺がレシピを教えたわけじゃない。
「……俺より使いこなしてんなぁ」
「食べることに関しては、人間強いわよ」
「たしかに」
歩いているうちに、少し先から音楽が聞こえてきた。
笛と弦楽器。
広場へ出ると、三人組の演奏家が中央で曲を奏でている。
周りには人が集まっていて、その横では子供が帽子を置き、逆立ちしながら玉を放り投げていた。
「大道芸までいるのか」
「最近増えたわね」
「これで食えてんの?」
「ほら」
ザフィラが顎で示す。
演奏が一区切りすると、観客たちが置かれた箱へ硬貨を入れていた。
「……マジか」
誰も食料を配っていない。
武器も売っていない。
家を直しているわけでもない。
ただ音楽を聞かせて。
それに金を払う人間がいる。
少し先では、簡素な舞台まで作られていた。
「何やってんだ、あれ」
「お芝居よ」
「芝居?」
「見る?」
「ちょっとだけ行ってみるか」
舞台の前へ近づく。
ちょうど始まったところだった。
役者は五人。
兵士らしい格好をした男たちが慌てて舞台を走り回ったあと、妙に大きな黒い外套を羽織った男が登場した。
『恐れるな! この覇王リンドウが来たからには、すべて俺に任せておけ!』
「…………」
俺は止まった。
ザフィラも止まった。
「おい」
「……ふふっ」
「待て。何だこれ」
「覇王様じゃない?」
「俺そんなこと言ってねぇよ!」
周囲から笑いが起きる。
どうやら俺が本人だと気づいた奴もいるらしく、舞台の役者が一瞬こっちを見て固まった。
「続けろ! 気にすんな!」
とりあえず叫ぶ。
覇王役が恐る恐る芝居を続けた。
『我が剣の前に、悪しき者など敵ではない!』
「そんな喋り方もしねぇよ……」
「格好いいじゃない」
「どこがだよ」
「本物より威厳あるかも」
「喧嘩売ってんのか?」
ザフィラが肩を震わせている。
芝居そのものは、アルセディア奪還をかなり脚色したものらしい。
俺が一人で敵陣へ突っ込み。
よく分からない必殺技を叫び、最後は謎の光と共に勝利した。
「……誰がこれ書いたんだ」
「人気らしいわよ」
「割とマジでやめさせていいか……?」
「駄目」
「王権使おうかな」
「そんなことで使ったら軽蔑するわよ」
「じゃあ諦める……」
舞台を離れる。
だけど、嫌ではなかった。
恥ずかしい。
死ぬほど恥ずかしい。
今後もどうか俺の目の届かないところでだけやってほしい……。
それでも、芝居を見て笑って。
演奏を聞くために立ち止まって。
見た目を気にして服を選び、菓子を買う。
そんなことに金と時間を使える奴が増えている。
王都を取り戻した直後は、そんな余裕なんてなかった。
食う、寝る、働く、壊れた場所を直す。
まず明日を迎えることだけで精一杯だった。
でも、今は違う。
「……生き残るだけじゃなくなったんだな」
「なに?」
「いや、なんでもない」
服屋の前では、若い女の子たちが色違いの布を見比べていた。
必要だから服を買うんじゃなく、どっちが可愛いかで悩んでいる。
それでいい。
たぶん国って、こういうものなんだろう。
生きているだけじゃなくて。
生きている時間を、どう使うか選べる場所。
……少しだけ。
本当に少しだけ、置いていかれたような感じがした。
俺が外で走り回っている間に、ここでは知らない店が増えて、知らない文化が生まれて、知らない奴らが新しいことを始めていた。
俺の知らないアルセディアが、どんどん増えている。
でも、別に嫌じゃない。
むしろ、その方がいい。
俺がいないと何も変わらない国より、ずっと。
「次は?」
ザフィラに聞く。
「武器屋でも見てみる?」
「俺とか?」
「何よ」
「武器屋入ったら長いぞ、俺」
「知ってるわ」
「後悔すんなよ?」
「今日は付き合ってあげる」
「言ったな?」
近くにあった武器屋へ入る。
店内は意外と広かった。
色々な武器が壁一面に並んでいる。
そのうち一本が目に入り、俺は何気なく手に取った。
「…………」
「どうしたの?」
「これ、店売りか?」
「そうでしょうね。店にあるんだから」
「そういう意味じゃなくて」
鞘から抜く。
刃を見ると、均一で研ぎも悪くない。
握り心地、重心、魔力の通りも最低限考えられている。
レムオン基準なら、とんでもない逸品ってわけじゃない。
でも、アルセディア奪還直後なら、間違いなく上級兵士へ優先配備する品質だった。
「これいくら?」
店主に聞く。
「そちらなら銀貨十二枚です」
「十二?」
「はい」
「安くない?」
「以前より作れる鍛冶師が増えましたからね」
「作れる鍛冶師?」
「ジン親方たちが技術を惜しまず教えてくださいますので」
「……あいつ」
ああいうところあるんだよな。
口は悪いくせに。
「親方だけじゃありませんよ。ラグさんもバルドさんも若い職人をよく工房に入れてくださいますし、最近は独立する者も出てきました」
店主が奥を指差した。
「ちょうど三人おりますよ」
「三人?」
奥の作業場を覗くと、金属音が響いていた。
一人は細身の青年。
歳は二十代半ばくらいだろうか。
無言で剣の刃を確認しながら、ほんのわずかに削っては何度も重心を確かめている。
その隣には、袖を捲った赤茶色の髪の女。
こちらは鎧の胸当てを机へ置き、留め具を交換していた。
さらに奥では、四十代くらいの男が槍の穂先をいくつも並べ、同じ形の部品を次々組み上げている。
「おい、ハル。客だ」
店主が声をかける。
青年が顔を上げた。
そして俺を見て、固まった。
「…………」
「よっ。やってんな」
「リ、リンドウ様!?」
途端に残り二人もこっちを向いた。
「何!? リンドウ様!?」
「マジかよ……」
「そんな緊張しなくていいって」
とりあえず中へ入る。
「名前聞いていい?」
最初の青年が姿勢を正した。
「ハルです。主に剣と短剣を作っています」
「マリカよ……です。鎧と盾、それから金具関係を」
「無理に敬語にしなくていいぞ」
「じゃあ、マリカ。以上」
「急に雑だなおい」
思わず笑った。
奥の男も頭を下げる。
「オルンです。元は農具や荷車の金具を作っていました。今は槍や量産品を中心に」
「へえ」
三人の仕事を見る。
ハルの剣は派手さがない。
でも重心調整がかなり丁寧だった。
「これ、自分で変えたのか?」
「え?」
「ジンの作り方なら、もうちょい前重心だろ」
「あ……はい。兵士の方から、長時間持ってると腕が疲れるって聞いたので」
「いいじゃねえの」
青年の顔が明らかに明るくなる。
マリカの鎧も見る。
留め具の位置が変わっている。
「これも?」
「巡回兵は着たり脱いだりが多いから、片手でも外せるようにしたの。強度は落としてないわ」
「なるほどな」
オルンが作っている槍は、穂先の取り付け部分が全部同じ規格になっていた。
「これ面白いな」
「穂先が壊れても、柄まで捨てなくていいようにしてあります。逆も同じです」
「交換式か」
「はい。兵士の装備なら、同じ規格の方が修理も早いので」
「…………」
なるほど。
ジンたちから技術を教わった。
でも、そのまま真似しているわけじゃない。
自分たちが実際に使う人間の話を聞いて、もっと使いやすくしている。
「いいな、これ」
素直にそう思った。
「そら店売りの質が上がるわけだわ」
三人が顔を見合わせる。
「もっと上げられます」
ハルが珍しく強めに言った。
「ジン親方のところには、まだ全然届きませんが……」
「そりゃあいつと今比べる必要はねぇよ」
「でも――」
「昨日の自分より上手くなってりゃいいだろ。届くまでやればいいじゃん」
「……はい!」
……若いなぁ。
いや、今の俺も身体だけなら十七なんだけど。
変なところで年上みたいな気分になる。
体と精神が釣り合い取れてねぇ気がすんだよなぁ……。
店を出る。
「嬉しそうね」
ザフィラが言った。
「俺が?」
「ええ」
「そうか?」
「鍛冶の話してるとき、分かりやすいわよ」
「そうかなぁ」
「あと武器屋に入ってから、私のことほとんど見てない」
「……ごめんて」
「冗談よ」
「いやでもマジでごめん」
「そこまで謝られると腹立つわね」
「……どうしろってんだよ」
そんな話をしながら通りへ戻ったとき。
見知った声が聞こえた。
「リンドウさん?」
「ん?」
振り向く。
カレンだった。
数人の兵士を連れて巡回中らしい。
「あれ、カレンじゃん」
「戻ってるとは聞いていましたけど……」
「昨日な。今日は休み」
俺が言うと、ザフィラが横で妙な顔をした。
「何だよ?」
「自分で休みって言えるようになったのね」
「うるせぇ」
カレンが笑う。
「街の視察ですか?」
「そんな感じ。そっちは巡回?」
「はい!西門から市場を回って、これから城へ戻るところです!」
「お疲れ」
「ありがとうございます!」
何気なく。
本っっ当に何気なく。
カレンの後ろにいた兵士の腰へ目がいった。
「…………」
「リンドウさん?」
「ちょっと待てお前ら」
近づく。
「剣見せろ」
「え?」
「いいから」
兵士が戸惑いながら剣を渡す。
「……やっぱり」
刃そのものはまだ使えるが、細かい欠けがある。
鍔も少し緩んでいる。
柄革は擦れていて、握り方に癖が出ていた。
「最後に整備したのいつだ?」
「三週間ほど前です」
「三週間?」
「巡回が増えまして……訓練でも使っていますので」
「カレン、お前のも出せ」
「私のですか?」
「そうだよ」
受け取るも、こっちも同じだ。
壊れてはいない、でも。
「……使えるけど、良くはねぇな」
「まだ問題なく使えてますけど……」
「使えるのと、今のお前らに合ってるかは別だろ」
「今の……?」
他の兵士を見る。
「お前、その槍見せてみろ」
「はい!」
「盾もだ」
「は、はい」
一つずつ見る。
なるほどなぁ……。
街が発展した。
人も増えた。
巡回範囲も広がった。
訓練も増えた。
兵士たち自身も、奪還直後よりずっと強くなっている。
なのに。
「装備だけ追いついてねぇじゃん」
俺が呟くと、カレンが首を傾げた。
「十分な品質だと思いますけど?」
「昔ならな」
今さっき店で見た武器。
あれが普通に売られている。
だったら、命張って街を守ってる奴らが、何度も修理した古い装備を使い続ける理由なんてない。
「カレン」
「はい?」
「今日戻ったら、班の装備全部まとめといてくれ」
「え?なんですか急に」
「武器、防具、予備まで全部」
「修理ですか?」
「修理だけじゃない。見て、使えるやつは強化。合ってないやつは調整。駄目なら作り直す」
「全部……?」
俺は少し考える。
カレン班だけ……いや、違うな。
「……カレン」
「はい」
「全兵士に伝えろ」
「全兵士?」
「門番、巡回、訓練組、予備装備も含めて、アルセディアで戦闘任務に就く奴らの装備、一回全部見る」
カレンの目が丸くなった。
「ほんとに全員分ですか?わかってます?」
「分かってる」
「リンドウ」
横からザフィラ。
「今日は休みじゃなかった?」
「今日はやらん」
「本当に?」
「本当だって。見るのは明日から」
「今すぐ工房へ走っていきそうな顔してるけど」
「……ちょっとだけ行っちゃ駄目?」
「駄目」
「わぁってるよ……」
即答した俺を見て、カレンが笑いを堪えている。
「カレン」
「はい」
「笑ったな?」
「いえ」
「笑ったよな?」
「気のせいですって!」
まあいい。
「とりあえず明日。全部持ってこい」
「分かりました!」
「ああ、でも……」
一人じゃ無理だなぁ。
てか今兵士って何人いんだ?
いや、まぁやればできるけど、それじゃ意味がない。
さっきの工房を振り返る。
「ハル!」
店の中へ向かって声を張る。
「は、はい!?」
三人が揃って顔を出した。
「マリカ! オルンも!」
「何よ!」
「聞こえてるぞ!」
「明日空いてるか?」
三人が顔を見合わせる。
「仕事はありますけど……」
「依頼か?」
「いえ、店の分です」
「じゃあ店主と相談してくれ。アルセディアの兵士の装備、まとめて点検する」
「…………全部?」
「全部」
マリカの口がぽかんと開いた。
オルンは数秒固まったあと、頭を抱えた。
「何本あります?」
「知らんわ」
「知らない!?」
「だから調べるところから」
「あなたらしいわね……そんなところも」
ザフィラが呆れている。
「あとジンにも声かける。ラグとバルドも」
「親方も?」
「俺一人でやったら、お前ら何も覚えねぇだろ」
ハルが目を見開いた。
「俺たちも、やらせてもらえるんですか?」
「そのつもりだけど」
「……はい!」
「マリカは防具。オルンは共通部品と修理系、ハルは俺と武器見て。細かい役割は明日決める」
「分かったわ」
「了解です」
よっしゃ、生贄ゲット。これならいけるべ。
俺一人で全部作る必要はねぇ。
むしろ、やらない方がいい。
ジンが技術を教えて。
そいつらが自分なりに工夫して。
その技術が店へ流れて。
街の武器の質が上がった。
だったら今回も、その続きをやればいいだけだ。
「……なんか分かってきたわ」
俺が呟く。
「何が?」
ザフィラが聞く。
「国が勝手に育つ理由」
「だから勝手って言わないの」
「いや、ちゃんと褒めてるって」
二人して笑う。
学校も。
市場も。
食材の祠も。
芝居も。
鍛冶屋も。
全部、俺が作ったわけじゃない。
誰かが必要だと思って。
誰かが始めて。
別の誰かがもっと良くして。
そうやって俺の知らないところで増えていく。
だったら、今回の装備更新だって同じでいい。
俺が全部作るんじゃなく。
俺が知っていることを渡して。
こいつらが作って。
そのうち俺が知らない武器を、こいつらが作るようになる。
それはたぶん、かなり面白い。
「よっしゃ」
「何よ」
「明日から忙しくなりそうだな」
「今日休ませた意味がなくなってきた気がするわ」
「今日はちゃんと休むって」
「本当に?」
「ほんとほんと」
俺は歩き出した。
その横へザフィラが並ぶ。
「じゃあ、このあとどこ行く?」
「服でも見に行く?」
「え」
「……嫌?」
「いや……」
武器屋より遥かに苦手な場所が来た。
「ほら、あれだろ。女って服選んだりするの……長いだろ?」
「さあ?」
「それ絶対長いやつじゃん」
「武器屋に付き合ったんだから、今度はあなたの番でしょう?」
「ぐっ……」
反論できない。
俺の知らないアルセディアを見て回る一日は、まだ半分も終わっていなかった。
そして明日からは、今度は俺たちがこの街を守る奴らの装備を少しだけ先へ進める。
俺一人じゃなく、この国で育った鍛冶師たちと一緒に。
それもたぶん、この国が勝手に――いや。
自分たちで育っていく、その続きなんだろう。
お読みいただきありがとうございます。
今回は、リンドウの知らない間に育っていたアルセディアを、もう少し深く見て回る回でした。
『食材の祠』が仕事になって市場へ食材が並び、そこから新しい料理が生まれ、音楽や芝居を楽しめる余裕までできている。
そして鍛冶の技術も、ジンたちから次の職人へ少しずつ受け継がれ始めています。
リンドウが全部を作らなくても、誰かが受け取って、その先を作っていく。
第五章では、そんなアルセディアの変化も描いていけたらと思っています。
そして次回からは、アルセディアの兵士たちの装備をまとめて点検へ。
カレンを含め、それぞれの戦い方に合わせた武具を考えていきます。
次話もよろしくお願いします。




