↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
REMNANT RECORD~ストーリー未読の世界一位の廃ゲーマーは、倒した敵の物語を知らない~  作者: 霜月ルイ
第五章:月華の満ちる夜編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

87/104

87:覇王、朝から捕まる。

 結局、昨夜はなかなか眠れなかった。

 目を閉じれば、青白い文字が浮かぶ。


『残誓解放』


『1 / 7』


 ゲーム時代、何度も倒した七体の天災級。その一体だったゼフィロスに、俺の知らない『残誓』と『誓核』が存在していた。


 ……だったら、残りの六体はどうなんだ?


『万疫の聖母メルキア』


『地殻巨神グラン=ガルド』


『海嘯龍ネレイア』


『灰冠火竜ヴァルグネス』


『渇日獣サハル』


『白夜女王エイルシア』


 名前も、攻撃パターンも、弱点も知っている。


 どのレベルで挑むのが効率的か、どの装備ならタイムを縮められるか、それどころか何秒後にどの攻撃が来るかまで覚えている奴もいる。


 なのに……俺は、あいつらが何を抱えていたのか知らない。


 ゼフィロスだけが特別だったのか、それとも――。


「…………」


 そこまで考えたところで、意識が途切れたらしい。


 次に目を覚ましたとき、最初に感じたのは妙な重さだった。


 胸の辺りが、地味に重い。

 いや、苦しいほどじゃないんだけど。


 むしろ温かいというか……。

 なんだこれ。


 薄く目を開けると、黒い髪が見えた。


「…………んぁ?」


 寝ぼけた頭が、一瞬だけ状況を理解するのを拒否した。


 俺の胸に頬を乗せるようにして、ザフィラがいた。

 黒い獣耳がぴくりと動く。


「おはよ、リンドウ」


「……おはようじゃねぇよ」


「朝なんだから、おはようでしょう?」


「なんで俺のベッドにいんの?」


「起こしに来たから」


「起こし方がおかしいだろ」


「普通に呼んでも起きなかったもの」


「だからって乗るか?」


「乗ってないわ。寄りかかってるだけ」


「大差ねぇだろうが……」


 そう言いながら身体を起こそうとしたところで、腰の辺りに何かが絡みついていることに気づいた。

 ザフィラの尻尾だった。


「……捕まえてんじゃねぇよ」


「あら」


「あら、じゃねぇよ。離せ」


「嫌よ」


 即答だった。


「なんでだよ」


「まだ眠そうだから」


「もう起きたって」


「本当に?」


「本当だよ」


「じゃあ、私の名前は?」


「ザフィラ」


「ここは?」


「俺の部屋」


「私は?」


「朝っぱらから人のベッドに潜り込んできた雌猫」


「まだ寝ぼけてるわね」


「……どこがだよ」


 むしろ完璧だろ。


 ザフィラはくすくす笑いながら、俺の胸に頬を押しつけ直した。


 ……いや。

 ほんとなんなんだ、この状況。


 昨日まで空飛ぶ巨大鯨の上で雷食らいながら走り回ってたんだけど。

 落差どうなってんだ、情緒がバグるわ。


「……ザフィラ」


「なに?」


「いつからいるんだ?」


「少し前」


「具体的には?」


「あなたの寝顔を十分くらい眺められる程度には」


「帰れよぉ……」


「ここが私の定位置よ」


「じゃあ俺が帰るわ」


「ここあなたの部屋でしょう?」


「詰んだ……。終わった」


 小さく笑う声が胸元から伝わってくる。

 こうやっていると、本当に昨日までのことが嘘みたいだった。


 暴風も、雨も、ゼフィロスの声も。


 もう、ここにはない。

 窓の隙間から差し込んでいるのは穏やかな朝日で、遠くから聞こえるのは城下のざわめきだけだ。


 誰かが荷車を引く音。

 商人らしい呼び声。

 どこかで鳴っている鐘。


 いつものアルセディアの朝だった。


「……帰ってきたんだな」


 なんとなく口から出た。


 ザフィラの耳が動く。


「ええ」


「昨日、帰ってきたけど」


「そうね」


「なんか今の方が実感あるわ」


「じゃあ、もう少しこうしてる?」


「それとこれとは話が別だろ……?」


「別なの?」


「……いや」


 顔を上げたザフィラと目が合った。

 金色の瞳が、やけに近い。


「別じゃないかもしれない」


「ふふ」


「笑うなよ」


「だって、ご主人様が朝から可愛いこと言うんだもの」


「……その呼び方、朝から破壊力高いからやめろ」


「二人きりよ?」


「そういう問題じゃねぇんだってばよ」


「じゃあ、嫌?」


「…………」


 ずるいだろそれ。

 そこで聞くなよ。


「……嫌じゃない」


「でしょうね」


「なに勝ち誇ってんだよ」


「知ってたから」


 ほんっとこいつ。


 俺は諦めて枕へ頭を戻した。

 すると、それを許可だと判断したのか、ザフィラはさらに身体を寄せてくる。

 尻尾も解けない。


「なあ」


「なに?」


「俺、このあと仕事あるんだけど」


「ないわよ」


「あるよ」


「ないわ」


「エアリスから持って帰った資料の整理と、ミラに報告して、それから工房の――」


「全部、今日じゃなくていいことね」


「いや、でも」


「帰ってきた翌朝よ?」


「だから?」


 ザフィラが呆れたようにため息をつき、そのまま俺の鼻先を人差し指で軽く押した。


「休みなさい」


「元気だけど」


「あなたのこ(・)こ(・)は元気そうだけど、そういう話じゃないの」


「別に大怪我はしてねぇし……。あと急な下ネタやめてね」


「あら。ちなみにそういう話でもないわよ」


「じゃあどういう話だよ」


「あなた、ずっと動いてたでしょう?」


 言われて、口が止まった。


「アルセディアを出て、エアリスへ行って、ゼフィロスを追いかけて、戻ってきたと思ったら夜中まで何か考えてた」


「……見てたのかよ」


「顔見れば分かるわ」


 そう言って、ザフィラの指が俺の目の下を撫でる。


「ちょっと隈できてるもの」


「マジ?」


「少しだけ」


「……最悪」


「いいじゃない。誰に見せるわけでもないんだから」


「覇王なんだけど、一応」


「じゃあなおさら寝てください、陛下」


「お前が言うと馬鹿にしてるようにしか聞こえねぇ。マジで陛下って呼ぶな」


「そんなことないわよ、ご主人様」


「……絶対遊んでんだろ」


 また笑われた。

 くそが。

 完全に手のひらの上だ。


 けれど、振りほどこうとは思わなかった。

 むしろ。


「……あと五分な」


 気づけば、そんなことを言っていた。

 ザフィラが目を丸くする。


「いいの?」


「俺から言わせといてその反応やめろ」


「だって珍しいから」


「……気が変わった。起きるわ」


「あっ、駄目」


 身体を起こそうとした瞬間、今度は腕まで回された。


「……おい」


「五分って言ったでしょう?」


「前言撤回だ」


「駄目にきまってるでしょ?」


「横暴だなぁ」


「覇王様に言われたくないわ」


 完全に抱きつかれている。

 胸元に顔を埋める形になったザフィラの耳が、すぐ目の前で揺れていた。


 なんとなく、手を伸ばす。

 黒い耳の根元を指先で軽く撫でると、ザフィラの身体がぴくっと震えた。


「…………」


「…………」


 あ、これ弱いんだった。


「リンドウ」


「なに?」


「今の、わざと?」


「いや?」


 もう一度撫でる。


「んっ……」


 小さな声が漏れた。

 ザフィラが勢いよく顔を上げる。


「やめてってば……」


「なんで?」


「変な気分になるじゃない……」


「朝から人のベッドに潜り込んでる奴が言うセリフかそれが」


「……それとこれは別よ」


「別じゃねぇだろ」


 さらに耳へ触れようとすると、手首を掴まれた。

 そのまま押し返される。


「おっと」


 気づいたときには、また枕へ戻されていた。

 目の前にザフィラの顔。


「…………」


「…………」


 近い、さっきよりずっと


「……五分って、こういう意味?」


「……知らない」


「知らないって」


「あなたが悪いのよ」


「俺?」


「耳……触るから」


「お前が先に――」


 最後まで言えなかった。


 代わりに、柔らかいものが唇へ触れた。

 ほんの一瞬で離れる。


「…………」


「…………」


 ザフィラの耳が少し寝ていた。

 頬も赤い。


 自分からやったくせに。


「……おはようのキス?」


 聞くと、さらに赤くなった。


「……うるさい」


「聞いただけなんだけど」


「じゃあ違う」


「違うのか?」


「……違うわ」


「そっか」


「…………」


「…………」


「……何よ」


「いや、ちょっと残念だなって」


「あなたねぇ……」


 ザフィラが睨む。

 全然怖くない。

 俺は少しだけ身体を起こして、その頬へ手を添えた。


「じゃあ、こっちはおはようのキスで」


「え――」


 今度は俺から唇を重ねた。

 さっきより少し長く。

 そして、ザフィラを抱き寄せ、髪に手を通す。


 ほんの数秒だったと思う。

 それでも離れたとき、ザフィラはしばらく黙っていた。


「…………」


「目ぇ覚めたわ」


「……ねぇ」


「ん?」


 今度はザフィラから唇を重ねてきて、さっきよりも長く、深い口づけになった。

 

 きっと、寂しかったんだろうな……。


「……いつもだけど、随分甘えたじゃねぇの?」


「……寂しかったもの」


「そっか」


 今度は俺が笑った。


「いい子にしてたか?」


「うるさいわね……」


 ザフィラは誤魔化すように胸へ顔を埋める。

 左手が俺の服を掴んでいて、その指には赤金色の指輪があった。


 俺が作ったもの。

 特別な効果なんて何もない。

 ただの指輪。


 なのに、今じゃそこにあることが当たり前に感じる。


「……毎日つけてんのな、それ」


「今さら?」


「いや、知ってるけど」


「気に入ってるのよ、これ」


「そっか」


「それだけ?」


「じゃあ何て言えばいいんだよ」


「……別に」


 口ではそう言いながら、尻尾が俺の脚へもう一周巻きついた。

 分かりやすすぎる。


「嬉しいよ、つけてくれてんの」


「……そう」


「作ってよかったって思ってる」


「…………そう」


「尻尾」


「……何よ」


「嬉しいと締まるの?」


「黙って」


「痛くはないけど」


「ならいいでしょう」


「いいのかよ」


 結局、五分どころか十五分くらいそのままだった。

 ようやく解放された頃には、すっかり目も覚めている。


「さて」


 ベッドから降りる。


「じゃあ仕事――」


「朝ご飯」


 背後から服を掴まれた。


「……まだ捕まんのかよ」


「当然よ、ばか」


「あんま腹減ってないんだけど」


「私は減ってるわ」


「じゃあ食ってこいよ」


「一緒に食べるの!」


「子供かよ……」


「……嫌?」


 またそれだ。


「……行きます。行きますよ」


「よろしい」


 ザフィラが満足そうに笑った。


 着替えて部屋を出る。

 城内を歩きながらも、ザフィラは妙に機嫌が良くて、気づけば俺のすぐ隣を歩いていた。


 肩がときどき触れる。

 わざとなのか偶然なのかは分からない。

 聞いたらどうせ笑われるので放っておいた。


 食堂へ入ると、既に朝食が用意されている。


 焼きたてのパン。

 卵。

 野菜。

 スープ。


 それに見覚えのない、小さな焼き菓子まであった。


「何これ」


 席に着きながら指差す。


「知らないの?」


「知らねぇから聞いてんだけど」


「最近、城下で流行ってるお菓子よ」


「最近?」


「蜂蜜と木の実を練り込んで焼くの。学校の近くのお店が売り始めたら、子供たちに人気になって」


「待て」


「なに?」


「学校の近く?」


「ええ」


「学校って、前からあったやつか?」


「どれのこと?」


「……どれ?」


 嫌な予感がした。


「学校、増えたんか?」


「増えたわよ」


「いつ?」


「あなたが出かけてる間に」


「そんなコンビニみたいな勢いで増えるもんか?」


「こんびに?」


「なんでもない」


 ザフィラが焼き菓子を一つ摘まんで、俺の皿へ置いた。


「あなた、本当に街のこと何も知らないのね」


「いや、そんなこと――」


「食材の祠に定期便ができたのは?」


「……知らんわそんなもん」


「冒険者ギルドが管理してるわ」


「マジ?」


「東地区に新しい市場ができたのは?」


「聞いてない」


「職人街に新しい鍛冶屋が三軒増えたのは?」


「三軒も増えたんか!?」


「南通りで週に一回、演奏会をやってるのは?」


「演奏会?」


「ほら」


 ザフィラが呆れたように肩をすくめる。


「何も知らないじゃない」


「……いや、だって」


 俺がいない間って言っても、そんな何年も留守にしてたわけじゃないぞ。


 アルセディア奪還からだって、まだそんなに経ってない。

 なのに、俺の知らないものがもうこんなに増えている。


「街ってそんな変わった?」


「変わったわよ」


 ザフィラは当たり前のように言った。


「あなたが思ってるより、ずっと」


「…………」


「だから今日は仕事禁止」


「そこに繋がるのはおかしくねぇか?」


「繋がるわよ」


 パンをちぎりながら、ザフィラが笑う。


「せっかく帰ってきたんだから、ちゃんと見てきなさい」


「誰と?」


「わ・た・し・と」


「……デート?」


「違うわ」


「即答かよ」


「街の視察」


「はいはい」


「何よ、その顔」


「いや別に?」


 焼き菓子を口へ放り込む。


 蜂蜜の甘さと、香ばしい木の実の味が広がった。


「……んま」


「でしょう?」


「これ、誰が考えたんだ?」


「知らないわ」


「お前も知らないんじゃん」


「全部知ってるなんて一言も言ってないもの」


「じゃあ一緒じゃんか」


「私は街をちゃんと歩いてるわ」


「……はぁ」


 そこを言われると弱い。


 ゼフィロスを追っていた間だけじゃない。

 奪還してからずっと、俺は次から次へとやることを見つけて、外へ出て、何かを作って、また次へ行っていた。


 国がどう変わったのか。

 そこで暮らしている奴らが何を始めたのか。

 ちゃんと見たことなんて、意外となかったのかもしれない。


「……わぁったよ」


「何が?」


「今日は休む」


 ザフィラが一瞬だけ目を丸くした。


「珍しいこともあるものね」


「お前が休めって言ったんだろうが」


「こんなに素直に聞くとは思わなかったもの」


「じゃあ仕事するけど?」


「駄目」


「……どっちだよ」


「休むの」


「はいはい」


 俺は残っていたスープを飲み干した。


「で、どこから行く?」


「そうね」


 ザフィラが楽しそうに考える。


「まずは学校かしら」


「二個目の?」


「三つ目よ」


「増えすぎだろ!」


 思わず声を上げると、ザフィラが声を立てて笑った。


 窓の外では、朝のアルセディアが動き始めている。


 俺の知らない店が開き。

 俺の知らない仕事へ向かう人間がいて。

 俺の知らない場所へ、子供たちが走っていく。


 昨日まで。

 俺は、百年以上帰る道を探し続けた天鯨のことを考えていた。


 そして今朝は。

 帰ってきたはずの自分が、帰ってきた場所のことを何も知らないと知った。


「ほら、行くわよ」


 ザフィラが席を立ち、俺へ手を差し出す。


「ん?」


「……嫌ならいいけど」


「誰も嫌とは言ってねぇだろ」


 その手を取る。


 左手。

 指輪のある方だった。

 指を絡めると、ザフィラが少しだけ驚いた顔をして、それから何も言わずに握り返してきた。


「……視察なんだよな?」


「ええ」


「手ぇ繋ぐ必要ある?」


「あなたが迷子になったら困るもの」


「自分の国で迷子になる王様いる?」


「街のこと何も知らない王様ならいるわね」


「……誰のことだろうな」


「さあ?誰かしら」


 二人で笑いながら食堂を出る。


 仕事は、午後でもいい。


 いや。

 今日はもう、やらなくてもいいかもしれない。

 どうせ帰ってきたんだ。

 だったら一日くらい、帰ってきた場所をちゃんと見て回るのも悪くない。


 隣にはザフィラがいる。


 それだけで――今日はたぶん、十分だった。


第五章、開始です。


第四章では嵐の中を駆け回っていたリンドウですが、帰ってきた翌朝はザフィラに捕まりました。

しばらく重たい展開が続いたので、第五章は少しゆっくりと。

リンドウがいない間にも変わり続けていたアルセディアや、そこで暮らす人たちの日常を描いていきたいと思います。


そして何より、今回はちょっと甘めです。

帰る場所ができたのなら、たまにはそこでのんびりする時間があってもいいはず。


次回、久しぶりにアルセディアの街を歩きます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。