83:覇王、殺さない攻略に挑む。
『誓核』。
その名前を知ったところで、当然ながらゼフィロスが急に大人しくなるわけではなかった。
むしろ戦況だけを見れば、前回より明らかに面倒になっている。
四枚ある『風鰭』のうち、俺たちが壊したのは二枚だけで、残った二枚が不安定な巨体を無理やり支えているせいか、ゼフィロスの周囲では本来なら規則的だったはずの気流が何度も乱れ、俺が覚えている攻撃周期から少しずつ外れ始めていた。
ゲーム時代なら、そもそもこんな状況になるまで戦いを長引かせていない。
四枚の『風鰭』を全部落とし、発生した無風時間に頭部まで一気に駆け抜け、最後に中枢をぶち抜けば終わり、それこそ五分もあれば十分だった。
なのに今の俺は、その一番簡単で、一番確実な勝ち筋を自分から捨てている。
殺さず、壊しすぎず、それでいて街へは向かわせない。
できることよりも、やっちゃいけないことの方が圧倒的に多い。
「……マジで殺さない方が難しいな、お前!」
ゼフィロスの頭部を駆けながら『ドライ』を振るい、弱点ではなく、その右側にある青白い魔力紋の薄い場所へ長棍形態の先端を叩き込む。
ゴンッ、と重い感触が腕へ返ってきたが、今の一撃に殺傷力なんてほとんど乗せていない。
ただ、ゼフィロスへ。
――そっちは駄目だ。
そう伝えるためだけの一撃だ。
巨大な頭部が僅かに左へ逸れ、海側へ向く。
「そうそう、それでいい」
けれど、安心できたのは数秒だけで、ゼフィロスはすぐに北へ頭を戻そうとした。
「だから戻んなって!」
『ドライ』を三節へ変形させ、先端を頭部側面へ巻きつけたまま、自分の身体ごと外へ飛び出す。
当然、人間一人の体重程度で山みたいな鯨を引っ張れるわけがない。
狙っているのは、その先だ。
伸びた『ドライ』を支点に身体を振り、半分ほど再生している左側の『風鰭』の付け根へ足を着くと、そのまま踏み込み、破壊まではしない程度の力で強く蹴り飛ばす。
ゼフィロスの巨体が、ほんの僅かに捻れた。
「よし!」
できる。
でも、やっぱり面倒だ。
壊すだけなら簡単なのに、生かしたまま動かそうとすると、今まで考えたこともなかったものまで全部見なきゃいけない。
どこまでなら殴っていいのか、どこからが致命傷になるのか、『風鰭』を何枚残せば姿勢を維持できるのか、さらに『誓核』へ流れる魔力へ干渉せず、どこを刺激すれば進路だけを変えられるのか。
ゲーム時代には、一度だって調べようと思わなかったことばかりだ。
「……これ攻略っていうより、巨大生物の介護じゃねぇか」
いや、言ってる場合じゃないけど。
そんなことを考えた瞬間、ゼフィロスの背後で青白い光が膨れ上がった。
「っ!」
これは知ってる。
雷撃。
ただし――。
「早っ!」
いつもより溜めが短い。
反射的に横へ跳んだ直後、青白い稲妻が俺のいた場所を叩き抜き、さらに間を置かず二発目、三発目が追いかけるように走った。
「こんな追加あったか!?」
ない。
少なくとも、俺が知ってる行動パターンにはなかった。
……いや、違うな。
二枚だけ『風鰭』を残したまま最終段階まで戦うなんてことを、そもそも俺は一度もやったことがない。
知らなくて当然だ。
「くっそ……!」
追加の雷撃を避け、そのまま頭部へ向けて走る。
知識が通用しなくなったわけじゃない。
基本の攻撃周期も、雷撃が発生する魔力の流れも、ゼフィロスがどちらへ身体を捻るかも分かる。
ただ、俺が今まで選ばなかった条件を自分から作ったせいで、その先に知らない動きが生まれている。
だったら、見て覚えるしかない。
「上等だ……!」
そのとき、視界の端で先ほど現れた青白い文字が微かに揺れた。
『第五災位『嵐』』
『天渦鯨ゼフィロス』
『分類――『七つの残誓』』
『中枢――『誓核』』
『誓核』。
壊せば終わる、それだけは分かる。
今まで弱点として殴り続けてきた場所が、ゼフィロスという存在の中枢そのものだったことも。
でも今の俺には、そこへ武器を向ける理由がない。
『リンドウ!』
パーティ通信からアウラの声が飛び込んできた。
「何!」
『第六塔周辺の避難は終わった! 街道にも人はいない!』
「早いな!」
『皆が手伝っているからな!』
「皆?」
『宿の者も、近くの村の者もだ! 荷車だけでは動けない老人たちを先に運んでいる!』
「……」
俺が頼んだのは、避難状況を確認することだけだ。
誰を先に運べとも、誰に手伝わせろとも言っていない。
アウラが現場を見て。
そこにいる奴らと話して。
自分で決めた。
「……そっか」
『どうした?』
「いや、何でもない」
前までなら、たぶん俺が全部指示していた。
どこへ行け。
何を壊せ。
誰を守れ。
何秒待て。
全部、俺が知っているつもりで、俺が一番いいと思った答えを押しつけていた。
でも今は違う。
「アウラ」
『なんだ?』
「そのまま地上頼む、塔だけじゃなくて周辺全部を見ろ」
『もう見ているぞ!』
「……だよな」
『当たり前だ!』
「何か腹立つな、お前」
『なぜだ!?』
「いいから任せた!」
『任せろ!』
通信が切れる。
でも、不思議と不安はなかった。
俺一人が全部見なくてもいい。
空にいる俺には見えないものを、地上にいる奴が見てくれる。
俺が判断できないことを、そこにいる奴らが自分で考えてくれる。
……その方が、たぶん強い。
直後。
ゼフィロスが、また低く鳴いた。
――ォォォォォォォォォォォォン。
「……」
第七の『雨の道標』は、今もその声に反応しているはずだ。
でも、灯らない。
「エルナ!」
今度は現地の魔導通信器へ声を飛ばす。
「歌、分かったか!?」
『申し訳ありません! 終節に該当する記録はまだ見つかっておりません!』
「分かった、探し続けろ!」
『はい!』
なら、俺は時間を稼ぐ。
今できるのは、それだけだ。
「もうちょい付き合えよ、ゼフィロス!」
ゼフィロスの頭部を蹴り、左側から圧を掛ける。
巨体が僅かに海側へ向く。
「そう、そのまま!」
でもまた、第六の『雨の道標』があった方向へ戻ろうとする。
「……何でだ?」
いや、分かってる。
六つ目まで灯りがあった、それを追ってきた。
そして、次がない。
――だったら。
「……迷ってんのか?」
百年以上、同じ道を辿ってきた。
毎年、何度も。
六つまではあったのに、最後の一つだけがない。
人間ならそりゃ迷う。
「待ってろって言っても……分かんねぇよな」
胸の奥が、少しだけ痛んだ。
でも、今は同情して止まってる場合じゃない。
ゼフィロスが迷えば、その巨大な暴風域まで一緒に迷う。
街へ戻れば人が死ぬ。
「だから、そっち行くな!」
『ドライ』を振るい、叩き、押し、時には巻きつけて引き、殺さないように、壊しすぎないようにしながら、何度も進路を海側へ戻す。
今まで、こんな戦い方はしたことがない。
でも……やるしかない。
♢
「第二塔、再起動準備!」
同じ頃、エアリス中央庁舎では、別の問題が起きていた。
第七の『雨の道標』が灯らず、ゼフィロスは第六塔周辺で進路を定められないまま、何度か北へ頭を向けている。
観測所から届く情報だけを見れば、エアリスへ再接近する可能性は確かにあった。
「第四も待機、第六は最大出力に備えろ!」
都市防災局の指揮室で声を上げたのは、現場を預かる責任者の一人だった。
「しかし!」
若い技師が制御盤から振り返る。
「執政官からは、『覇王式誘導法』へ移行する場合、全地域への通告を行うようにと――」
「その時間がない!」
「ですが!」
「天鯨が北へ戻れば、エアリスそのものが危険域へ入るんだぞ!」
窓の向こうには、遠く離れていても分かるほど巨大な雷雲が浮かんでいる。
街にいる人間たちも、当然それを見ている。
怖くないわけがない。
十二年前と同じような黒い雲。
山を越えて吹きつける風。
雷に雨。
また自分たちの街へ来るかもしれない。
「第二塔を点けろ!」
責任者が叫ぶ。
「南西へ戻して時間を稼ぐ!」
「南西には、まだ避難が完了していない地域があります!」
「承知している!」
「なら!」
「八万人を危険に晒せとでも言うのか!」
その言葉に指揮室が静まった。
八万人と、千人。
何度も突きつけられてきた問い。
どちらを救うのか。
簡単に答えられる奴なんて、ここにはいない。
「起動しろ!」
責任者がもう一度命じる。
けれど――若い技師の手は、制御盤へ伸びなかった。
「……できません」
「何?」
「起動できません!」
「命令だぞ!」
「分かっています!」
技師の手は、震えていた。
「俺だって怖いです!」
「なら――」
「家族が、この街にいます!」
その声が指揮室へ響く。
「妻も、息子もいます! ゼフィロスがこっちへ来るなんて、嫌に決まってる!」
それでも、制御盤には触れない。
「でも……南西にも、人がいるって知ってる」
「……」
「今は、知ってるんです」
十二年前は、ほとんどの人間が知らなかった。
何のために塔が灯り、どこへゼフィロスを流したのか。
何が港町へ起きたのか。
でも今回は違う。
もう知っている。
「そこへ押しつけるって分かってるのに、それでも黙って点けるんですか?」
責任者が息を詰まらせる。
「なら、どうする!」
怒鳴り声が響いたが、そこに滲んでいたのは怒りよりも恐怖だった。
「このまま戻ってきたらどうする! 街が壊れる、死者が出る! その責任を、お前が負えるのか!」
「負えません!」
若い技師も逃げずに答えた。
「俺一人じゃ、そんな責任は負えません!」
「だったら!」
「だから皆で決めるんじゃないんですか!」
その一言で、指揮室が静まり返った。
「もう……十二年前みたいに、誰かが見えないところで決めるのはやめるって」
震えていた声が、少しずつ、強くなる。
「そうしたんじゃないんですか?!」
♢
その騒ぎを俺が知ったのは、少しあとだった。
『リンドウ!』
アウラから通信が飛んでくる。
「何!?」
『エアリスで揉めている!』
「は?」
『第二塔を点けようとした者がいるらしい!』
「……はぁ!?」
何してんだよ!
「アーヴィンは!?」
『今、中央庁舎へ向かっている!』
「第二はまだ点いてないか!?」
『まだだ!』
「絶対点けさせんな!」
そう言い切った直後。
俺は自分の言葉に引っかかった。
「……いや、待て」
『なんだ?』
「アウラ、お前今どこ?」
『第六塔の近くだ!』
「なら、そのままでいい」
『いいのか?』
「ああ」
一瞬、自分で行くことも考えた。
俺が命令すれば、たぶん止められる。
『覇王』として、力ずくでも。
でも、それじゃ意味がない。
「エアリスのことは……まず、エアリスの奴らに任せる」
『……分かった!』
「本当に点きそうになったら教えろ」
『任せろ!』
通信が切れた。
心臓が少しうるさい。
――怖い。
そりゃそうだ。
俺は今、ゼフィロスの上にいる。
戦える状況にある。
最悪、こいつを殺そうと思えば殺せる。
『誓核』の位置まで見えているんだから、前より簡単なくらいだ。
でも、街で空を見上げている普通の人間は違う。
自分より遥かに巨大な災厄が、雷と暴風を引き連れてこっちへ来るかもしれない。
ただ、それを見ているしかない。
昔の方法に戻りたくなるのも……。
「……分かるよ」
俺だって同じ立場にいたら、何を言うか分からない。
でも。
「分かることと、やっていいことは……やっぱ別だよな」
ゼフィロスの頭が北へ傾く。
「お前も!」
『ドライ』を振るう。
ゴンッ、と頭部側面を叩き。
「そっち行くな!」
また海側へ戻す。
殺さない。
エアリスも守る。
南西にも押しつけない。
並べてみると……本当に。
「……欲張りすぎだろ」
昔なら一つを選んだ。
その中で最も成功率が高く、最も早く、最も効率のいいものを。
それを『最適解』と呼んでいた。
でも――今は。
「全部助けたいって言ってんだよ!」
ゼフィロスが鳴く。
――ォォォォォォォォォォォォン。
「聞けよ、クソ鯨!」
絶対聞いてない。
それでも、何となく言いたくなった。
♢
「第二塔を点けるな!」
エアリス中央庁舎。
防災局の指揮室へ入るなり、アーヴィンが言い切った。
「執政官!」
「非常手順は改訂したはずだ」
「しかし、天鯨が都市側へ戻りつつあります!」
「分かっている」
「なら!」
「南西への通告は?」
「……まだです」
「では起動は認めない」
責任者の顔が歪む。
「都市を危険に晒すおつもりですか!」
「違う」
アーヴィンは窓の外に広がる雷雲を見る。
「都市は守る」
「でしたら――」
「だが、他の人間を知らないふりをして守ることは、もうしない」
「綺麗事です!」
「そうかもしれない」
「八万人が死ねば、どうなさるおつもりです!」
「死なせない!」
「どうやって!」
アーヴィンはすぐには答えなかった。
当然だ。
確実な方法なんて今はない。
「新航路を継続する」
「第七は灯っていません!」
「原因の調査を続ける」
「間に合わなければ!?」
「そのときは……」
アーヴィンが一度言葉を切った。
それから。
「全地域へ知らせた上で、もう一度判断する」
「そんな時間があるとでも!」
「作る」
「誰が!」
その瞬間。
指揮室の外から声が飛んだ。
「覇王陛下だろ!」
室内にいた全員が振り返る。
入口には、避難誘導を手伝っていたらしい一人の男が立っていた。
荷物を運んでいたのか、額には汗が滲み、服も泥で汚れている。
「……何だ?」
兵士が男を止めようとする。
「聞こえたんだよ!」
男は構わず叫んだ。
「また南西へ流すって!」
「一般人は下がれ!」
「十二年前と同じことするのか!」
その声は廊下まで響き、さらに別の声を呼んだ。
「俺も聞いた!」
「港町の話、本当だったんだろ!?」
「また同じことやるのかよ!」
ざわめきが広がっていく。
「静かに!」
兵士たちが抑えようとするが、止まらない。
「怖いよ!」
今度は女性の声だった。
その手は、傍らにいる子供の手を強く握っている。
「天鯨なんて、こっちへ来てほしくない!」
それは、誰も否定できない。
「でも……だからって、別の村へ行けってことなの!?」
「……」
誰も答えない。
「十二年前は知らなかった!」
別の男が声を上げる。
「でも今は知ってるだろ!」
港町で何が起きたのか。
千人以上の人間がいたこと。
百十七名の救援者が死んだこと。
そして、人間がゼフィロスの進路を変えたこと。
もう――知らなかったとは言えない。
「また誰かへ押しつけるのかよ!」
その言葉が、指揮室へ重く落ちた。
「俺たちが助かるなら、あっちは死んでもいいのか!」
「そんなことは!」
「じゃあ点けんなよ!」
「でも街が!」
「怖ぇよ!」
最初に声を上げた男が叫んだ。
「俺だって死にたくねぇよ!」
それでも、言葉を続ける。
「だからって、知らねぇ奴なら死んでもいいとは言えねぇだろ!」
♢
「……」
その頃。
俺はゼフィロスの背中で、アウラから断片的に状況を聞いていた。
「市民が……止めた?」
『ああ!』
「アーヴィンじゃなく?」
『執政官も止めたが、街の者たちもだ!』
「……そっか」
なんだろうな……変な感じがした。
俺は、何もしていない。
いや――もちろん、今こうしてゼフィロスを押さえてはいる。
でも、エアリスで何を選ぶかは。
俺が決めていない。
『リンドウ』
「何?」
『嬉しそうだぞ』
「そうか?」
『ああ!』
「……まあ」
ほんの少しだけ。
「悪くないな」
前にアルセディアでも似たようなことを考えた。
俺がいなくても、人が自分で選び、街が回る。
俺が命令しなくても。
勝手に考えて。
勝手に迷って。
それでも、自分たちなりの答えを出す。
エアリスも――今、そうしようとしている。
誰か一人の英雄が全部決めるんじゃない。
怖くても。
迷っても。
そこにいる奴らが、自分で選ぶ。
「リンドウ!」
「今度は何だ!?」
『ゼフィロスがまた動く!』
「わかってらぁ!」
目の前で巨体が海とは反対側へ傾く。
「くっそ!」
長棍へ戻した『ドライ』を振るい、頭部側面へ叩き込んで進路を戻す。
「もうちょい!」
残っている『風鰭』は二枚。
これ以上壊せない。
『誓核』にも触れない。
降ってくる雷を避け。
暴風に耐え。
ずっと動き続ける。
「昔なら……!」
身体を捻って雷撃を躱す。
「五分で終わってんだぞ!」
ゼフィロスが鳴いた。
――ォォォォォォォォォォォォン。
まるで。
そんなこと知るか。
とでも言っているみたいだった。
「だよなぁ!」
殺さないと決めたのは俺だ。
ゼフィロスに頼まれたわけでもない。
なら、その面倒まで俺が引き受けるしかない。
「殺さない方が難しいとか……」
『ドライ』を三節へ展開し、吹き荒れる風へ乗せるように先端を飛ばす。
一節目がゼフィロスの頭部反対側へ回り込み、引っかかったところで全身を使って引けば、巨大な頭が僅かに海側へ向いた。
「当たり前じゃん……!」
倒すだけなら、相手がどうなってもいい。
壊せるものを全部壊し、一番脆い場所へ最大火力を叩き込めばいい。
でも、生かすならそうはいかない。
身体の状態を見て。
動きを見て。
何をしようとしているのかまで考えて。
そのうえで、壊しちゃいけないものを残さなきゃならない。
「……面倒くせぇ」
なのに、少しだけ口元が上がっていた。
「でも……まあ」
悪くねぇよ。
ゲーム時代には知らなかった攻略を。
――今、初めてやっている。
「第七!」
通信器へ叫ぶ。
「まだか!?」
『リンドウ様!』
エルナの声が返ってくる。
『祈祷歌の復元を進めています! ただ――』
「ただ?」
『どうしても、最後がありません!』
「……」
やっぱり、終節がない。
「分かった」
『もう少しだけ時間を!』
「急げ!」
時間はない。
でも、その時間なら。
「俺が稼ぐ!」
ゼフィロスの頭部前方へ回り込み、その巨大な顔と正面から向き合う。
金白色の瞳。
そこに、豆粒みたいな俺の姿が映っていた。
「なあ」
聞こえているかなんて分からない。
それでも。
「百年以上待ったんだろ?」
六つの灯りを、ちゃんと辿ってきた。
でも最後の一つだけがない。
「だったら、もうちょい待てよ」
『ドライ』を構える。
「今、みんなで探してっからよぉ」
遠く、エアリスの方を見る。
第二の『雨の道標』は灯っていない。
昔の『覇王式誘導法』へ戻すための光を誰も点けなかった。
その代わり、俺たちが探している最後の第七だけがまだ暗い。
「……さあ」
ゼフィロスの周囲へ青白い雷が集まり始め、暴風がさらに強くなる。
「もう一戦付き合え、ゼフィロス!」
殺さない。
逃がさない。
誰かへ押しつけない。
全部、一度にやる。
「世界一位舐めんなよ、クソ鯨」
昔なら五分で終わった。
でも今度の攻略は、それじゃ勝ちにならなかった。
そのときだった。
「……またか?」
俺が意識して呼び出したものじゃないし、ステータスでもメニュー画面でもない。さっきゼフィロスの情報を表示した、あの青白い画面が再び視界の中へ浮かび上がっていた。
『レムナント・レコード』
「……結局、お前なんなんだよ」
名前だけなら、この世界へ来た直後にも一度聞いている。
肉体の再構築だの魂の定着だの、意味の分からないことを一方的に告げられたあのとき、確かに『レムナント・レコードの安定を確認』という言葉があった。
ただ、そのときは自分が死んだはずなのに生きていて、目を覚ました場所が百二十年後のアルセディアだったなんて状況を理解するだけで精一杯だったから、その名前について深く考える余裕なんてなかった。
それから一度も目にすることのなかった名前が、今になってこうして俺の前へ現れ、ほんの少し前には『七つの残誓』や『誓核』なんて、ゲーム時代には存在すら知らなかった情報まで見せてきた。
何のために存在するシステムなのか、どうすれば呼び出せるのか、それどころか誰が作ったものなのかさえ分からない。
分かるのは、こいつが俺の知っていた『レムオン』には存在しなかった何かを知っている、ということだけだった。
「……俺に何を見せたいんだ?」
問いかけても、当然ながら答えは返ってこない。
ただ、『レムナント・レコード』という文字の下へ、さっきと同じ情報が静かに並んでいく。
『第五災位『嵐』』
『天渦鯨ゼフィロス』
『分類――『七つの残誓』』
『中枢――『誓核』』
「…………」
何度見ても知らない。
ゼフィロスそのものは知っているし、何度も戦ったことがある。攻撃パターンも、弱点も、討伐までの手順も、今だって頭の中へ全部入っている。
なのに、『七つの残誓』なんて分類も、『誓核』なんて中枢も、十二年間プレイしていた俺の記憶には一度も存在しない。
「……お前が見せてんのか?」
今度はゼフィロスへ向かって聞いてみる。
当然、言葉での返事なんてない。
代わりに。
――ォォォォォォォォォォォォン。
空を震わせる巨大な鳴き声だけが返ってきた。
「……だよな」
分からないことが、また増えた。
『返り声』。
『七つの残誓』。
『誓核』。
そして、この世界へ来た直後には名前しか知らなかった『レムナント・レコード』が、今になって俺の知らないものを次々と見せ始めている。
「……何なんだよ、この世界は!」
ゲームと同じ場所。
ゲームと同じ敵。
ゲームと同じ攻略法。
なのに、俺が十二年間遊び続けた『レムナント・オンライン』にはなかったものが、少しずつ目の前へ出てくる。
ただ、今は考えている暇なんてない。
「……あとだ」
青白い表示から目を離し、『ドライ』を握り直す。
「お前が何なのかも、この表示が何なのかも」
それから、七体の災厄が。
――どうして『残誓』なんて呼ばれているのかも。
「全部あとで調べる」
今は最後の灯をともす。
そのために、この馬鹿みたいにでかい鯨を誰もいない空へ留める!
「だから――」
ゼフィロスが北へ頭を向ける。
「そっちじゃねぇって、言ってんだろうが!」
『ドライ』を振り抜いた。
鈍い衝撃とともに、巨大な頭部がまた海側へ戻る。
昔なら五分で終わった。
弱点を知っていて。
倒し方を知っていて。
何百回も勝った相手。
それなのに、殺さないと決めただけで。
俺は今まで知らなかったゼフィロスを。
次から次へと、見せつけられていた。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
弱点も、倒し方も、全部知っているゼフィロス。
本来なら五分で終わる相手ですが、今回は違います。
殺さない。街へ戻さない。誰かへ押しつけない。
その全部を選んだ結果、リンドウはゲーム時代には知らなかった戦い方を始めました。
そしてエアリスの人々もまた、十二年前とは違う選択をします。
さらに、突如として表示された謎の名称――。
『レムナント・レコード』
『七つの残誓』、『誓核』、そして『返り声』。
分からないことは増えるばかり。
それでも今は、最後の灯がともるまで。
次回――覇王、歌の続きを知る。




