8:覇王、病を攻略する。
二枚目の立替証と月光草を持って、俺はギルドまで依頼達成の報告をしに行った。
「リンドウ様」
「お、ミラじゃん。時間外って言ってなかったか?」
「あなた様が『また来る』と仰ったのでしょう……。それで、月光草は採取できたのですか?」
「もちろんだ。確認してくれ」
月光草を腰の袋から取り出し、ミラへ渡す。
「……間違いなさそうですね。月光草の特徴と一致しています」
ほんとにこの草で病気が治んのかねぇ?
『レムオン』ではただの解呪ポーションの素材だったんだけど……。
貴族様の娘は呪いでもかけられてんのか?
でも病気ってはっきり言ってたしなぁ……。
うーむ……。
まぁ、考えても俺には関係ないな。こんな雑草で5万G入るなら別にいいだろ。
あとは向こうで何とかするだろうし。
「リンドウ様」
「なんだ?ミラ。俺とりあえず飯食って寝たいんだけど……」
「これからクライブ伯爵家へ使いの者を出します。伯爵は、昼夜を問わず月光草を手に入れた者を連れてくるように、と仰られていますので」
えぇ……マジかよ。
こんな真夜中に人ん家行くのは結構嫌なんだが……。
そんなこんなで、待つこと30分。
伯爵家の執事っぽい人がギルドにやってきた。
「あなたが、リンドウ様ですね?」
「あぁ、そうだ」
「本当に月光草を、あなたが?」
「ちゃんと本物だから安心してくれ」
「では、先に成功報酬の50,000Gをお渡しいたします」
袋にずっしりと入った金がじゃらじゃらと音を立てる。
「……金だ」
「リンドウ様?」
ミラが何か言いたそうにこちらを見た。
「この世界へ来て……初めて、自分の金を手に入れた」
「まずは、通行税の40Gを返してくださいね」
「おいミラ、感動に水を差すなよ」
ほんまこいつ……。
いい性格してるよほんと。
「リンドウ様。不躾なお願いではございますが、旦那様がお屋敷でお待ちです。ご同行願えませんでしょうか?」
執事っぽい人が頭を下げた。
「行っても俺は何もできませんけど。それでも良ければ」
「ご厚意に感謝いたします」
こうして、成り行きではあるが俺は伯爵邸に招かれることになった。
♢
クライブ伯爵の家には歩いて10分ほどで着いた。
広い敷地の中央には、夜中だというのに煌々と明かりの灯った大屋敷が建っていた。
いかにも「貴族の家」って感じだ。
執事のクラウスさんが屋敷の中へと案内してくれる。
名前は道すがら聞いた。
「旦那様、例の冒険者を連れてまいりました」
クラウスさんがドアをノックすると、中から返事が返ってくる。
「あぁ、入ってくれ」
「失礼いたします」
クラウスさんに促され、俺も部屋の中に入る。
部屋には、深紅の髪と短い髭を持つ、四十代ほどの男がいた。
男は豪華な寝台の傍らに置かれた椅子へ腰かけている。
その寝台には、俺と同い年ほどの少女が静かに眠っていた。
「……君が、リンドウ君かな?」
口を開いた男性がクライブ伯爵だということはすぐに分かった。
ということは、この男と同じ髪色の少女が病気のご令嬢ってことだ。
「お初にお目にかかります、伯爵。冒険者のリンドウです」
ロールプレイはあんまり得意じゃないが、最低限の礼儀作法はなんとなく分かる。
「今回は本当にありがとう。これで、娘のローズもよくなるといいんだが……」
この眠ってる子はローズっていうのか。
にしても、美人だなおい。
ミラが凜とした美人なら、ローズ嬢は触れれば消えてしまいそうな、儚い美しさをまとっていた。
深紅の長い髪が白い寝具へ広がり、血の気を失った肌を余計に白く見せている。
「娘のために危険を冒してくれて、本当にありがとう。本来ならば相場通りの金額を支払いたかったのだが、治療に出費が嵩んでいてね……」
「いえ、別に構いませんよ。今の俺からしたら、十分大金ですので」
「そう言ってもらえると、助かるよ……」
そして伯爵はぽつりぽつりと、ローズ嬢のことを話し始めた。
「娘はな、10歳までは普通だったんだ。それがある日を境に眠りがどんどん深くなっていった。筋力は衰え、今は自分で立つことすらままならない」
これが例の病気か。
最期には目を覚まさなくなるとかいう。
「娘の病気は溺睡病といってね。どれほど高名な薬師や治療師に診せても、治す方法は見つからなかった。治療師によれば、娘の体内には異常な量の魔力が蓄積しているらしい。だが、なぜそうなるのかは誰にも分からなかった」
魔力が体を蝕む、ねぇ……。
それなら、月光草だけで根治する見込みは低いな。
月光草を使えば、今溜まっている魔力は抜けるかもしれない。
だが、空気中の魔力が原因なら、抜いたそばからまた溜まっていく。
これじゃ、治療じゃなくて時間稼ぎだ。
伯爵は少し寂しげな笑みを浮かべ、寝台で眠っているローズ嬢の手を握る。
その時、少しだけローズ嬢の目が開いた。
「おとう、さま?」
「あぁ、ローズ。おはよう……。今日はお前のために薬草を採ってきてくれた冒険者が来てくれているんだ」
伯爵がそう言うと、ローズ嬢は俺のほうへと視線を向けた。
「あなたが……月光草を?」
「ああ」
「ありがとうございます」
彼女は既に諦めているかのように弱々しく笑った。
「ですが……もし治らなくても、覚悟はできています」
その言葉は、あまりにも静かだった。
十代の少女が口にするには、死を受け入れることに慣れすぎていた。
腹が立ったのは、ローズ嬢にじゃない。
十歳から何度も希望を抱かせ、何度も裏切り、最後には自分の死を受け入れさせた――この病気にだ。
「ローズ嬢、失礼を承知で喋ってもいいですか?」
「ええ、構いませんわ」
「覚悟なんてのはな、全部試してから決めろ。少なくとも俺は、まだお前の身体を何一つ見ちゃいねぇ」
「おい、貴様! 娘に向かって何を……!」
「お父様、大丈夫ですわ。リンドウ様、続けてください」
俺はローズ嬢の目をまっすぐ見た。
「一つだけ聞く。お前はもう終わりたいのか。それとも、まだ生きたいのか」
ローズ嬢の瞳が、わずかに揺れた。
すぐには答えが返ってこなかった。
十歳から何度も治療を受け、そのたびに期待を裏切られてきたのだ。簡単に希望を口にできるはずもない。
それでも、やがて彼女は唇を震わせた。
「……生きたいです」
か細く、今にも消えそうな声だった。
けれど、その言葉だけははっきりと聞こえた。
「なら、覚えとけ」
俺は、120年前に何度も口にした言葉を告げた。
「恐れるな。前を向け。立ち止まるな。進み続けろ」
「お前、その言葉は……!」
「禁句なんだろ? 知ってるよ」
伯爵へ一度だけ視線を向け、もう一度ローズ嬢を見る。
「だが、この鉄の掟が、俺たちを何度も立ち上がらせてきた」
伯爵の表情が変わった。
「その言葉を……どこで知った?」
「今はそれより、娘の話だ」
俺は伯爵へ向き直る。
「伯爵、一つ確認するが。月光草の効果はどこまで知ってんだ?」
「身体に溜まった魔力を体外へ排出することぐらい、私でも知っている! だから採取を頼んだのだ!」
「なら分かるだろ。月光草で抜けるのは、今溜まっている分だけだ」
「何……?」
「娘の身体に魔力が溜まる原因が残ってるなら、抜いたってまた元に戻る。月光草は解呪ポーションの素材だ。身体に溜まった魔力を抜いても、病気そのものを治す薬じゃねぇ」
「……何が言いたい」
「あんたの娘のステータスを見せてほしい。俺の仮説が間違ってなきゃ、この病気は月光草だけじゃ治らねぇからな」
「なんだと!?貴様、無礼にもほどがある!!それにステータスを見るだと?そんなことできるはずがないだろう!!」
確かに、『レムオン』ではプレイヤー同士のステータスを確認することはできなかった。
だが、サポートキャラやNPCは別だ。きちんと『詳細表示』ができる仕様だった。
――いや。
今、目の前にいるのはNPCなんかじゃない。
病気に苦しみ、それでも生きたいと願っている一人の人間だ。
だからこそ、本人が許可してくれるのなら確認する。
伯爵は拳を固く握りしめ、俺を睨みつけた。
「お父様」
ローズ嬢が制止した。
「リンドウ様。あなたが納得できるなら、私のステータスを見ていただいて構いません」
「ローズ……」
「お父様、いいのです。治る可能性が少しでもあるのなら、私は試してみたいのです」
ローズ嬢は視線を俺に戻す。
そして、力なく微笑んだ。
「それにリンドウ様が先ほどおっしゃっていたではありませんか。全部試してから決めろ、と」
「ローズ……」
「リンドウ様。どうぞ、私のステータスをご確認ください。あなたにはそれができるのでしょう?」
「あぁ、できる」
それだけ言って、俺はステータス画面の『詳細表示』を起動する。
【ローズ・クライブ】
レベル:1
状態異常:溺睡病(重度)
魔力耐性:0
魔力耐性、0。
一瞬、表示の不具合を疑った。
画面を閉じ、もう一度『詳細表示』を起動する。
だが、数字は変わらない。
0。
魔力を防ぐための壁が、この少女には最初から存在していない。
少なくとも、ローズ嬢の身体に魔力が蓄積し続ける原因は、これで間違いない。
この世界の空気には、どこにでも微量の魔力が含まれている。
普通なら、生まれ持った魔力耐性がそれを弾き、身体へ害が出ないようにしてくれる。
だが、ローズ嬢には、その最低限の壁すら存在しない。
呼吸をするたび、食事を取るたび、彼女の身体には魔力が入り続ける。
俺たちにとっては何でもない魔力が、ローズ嬢にとっては少しずつ蓄積する毒だった。
身体が眠り続けるのは、生命活動を抑えて限界を先延ばしにするためなのだろう。
『レムオン』では、プレイヤーもNPCも、すべての初期ステータスが最低50に設定されていた。
最低限の50ポイントもないとなればこんな奇病に罹ってもおかしくはない。
これが現実ってやつか。
生きてる人間だからこそ、その人ごとに個性が出てくる。
生まれながらに一部のステータスが高かったり、低かったり。
ローズ嬢はおそらく後者なんだろう。
原因がわかればやることは簡単だ。
ローズ嬢のレベリングをする。
『レムオン』では1つレベル上げるごとに、ステータスに割り振れるポイントが2ポイント手に入る。
レベル1から30まで上げれば、レベルアップは29回。
得られるステータスポイントは合計58。
最低でも50。個人差を考えれば、ぎりぎりを狙うべきじゃない。
目標はレベル30。
あとはステータスポイントを全て魔力耐性につぎ込めばいい。
ローズ嬢に向けて、俺は宣言する。
「喜べ、この病気の原因は分かった。お前の病気、俺が必ず治してやる」
「治すだと……? 一体どうやって」
「魔力耐性が足りないなら、上げればいい」
「そのようなことが可能なのか……?」
「可能だよ。ローズをレベル30まで上げる」
伯爵は、俺が何を言っているのか理解できないようだった。
「病床の娘を、モンスターと戦わせるつもりか……?!」
「戦わせねぇよ、人の話は最後まで聞け」
俺は不安そうにこちらを見るローズ嬢へ、笑ってみせた。
「モンスターは全部、俺が倒す」
月光草で体内の魔力を一度排出しても、耐性が0のままなら、すぐにまた蓄積し始める。
『レムオン』での月光草の効果時間を考えれば、猶予は長く見積もっても三日。
それまでに、必要な魔力耐性を手に入れなければならない。
「伯爵、三日欲しい」
「三日……?」
「三日でローズをレベル30まで引き上げる」
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