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REMNANT RECORD~ストーリー未読の世界一位の廃ゲーマーは、倒した敵の物語を知らない~  作者: 霜月ルイ
第四章:天鯨の帰る空

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75/83

75:覇王、雨の道標を見つける。

 村の応急処置を終えた頃には、空の色が少しずつ夕方へ傾き始めていた。


 剥がれた屋根には応急用の板が打ちつけられ、倒れた柵も、人や家畜が不用意に出入りしない程度には直されている。


 畑の被害まではどうしようもない。

 それでも、少なくとも今夜を越えるための準備はできた。


 何より……死者はいなかった。

 それだけは、本当によかったと思う。


 俺とアウラは村人たちへ改めて頭を下げてから、エアリスへ戻ることにした。


 帰り道、俺はほとんど口を開かなかった。


「リンドウ」


「ん?」


「まだ気にしているのか?」


「……まあな」


「死者はいなかったぞ」


「それは分かってる」


 アウラが不思議そうに首を傾げる。


「なら、次は見に行けばいいと言っただろう?」


「言ってたな」


「では、そうすればいい」


「お前は本当に真っ直ぐだな……」


「曲がる必要があるのか?」


「人間、たまにはあるんだよ」


「そうなのか?」


「……たぶんな」


 そこで会話が途切れた。

 さっきまで高原を荒らしていた風も、今ではかなり弱くなっている。


 ゼフィロスが遠ざかったからだろう。

 空の一角にはまだ巨大な雷雲が残っていたけれど、それも時間とともに少しずつ流れていた。


 俺は歩きながら、何度もその雲を見上げる。


 第三のルートは失敗した。

 でも、計算を間違えたわけじゃない。

 俺が見ていなかった、それが原因だった。

 だったら次は、ちゃんと見ればいい。


 今、人が住んでいる場所を。

 今の地形を。

 百二十年前の記憶でも、古い地図でもなく、今ここにある世界を。


 そこまでは分かった。


 ――けど。


「……ん?」


 歩きながら、別の引っかかりが頭に残った。


「どうした?」


「いや……」


 ゼフィロス。


 誘導塔。


 第二、第四、第六。


 『覇王式誘導法』。


 俺はこれまで、ずっと考えていた。


 どうすればゼフィロスを動かせるのか。

 どの塔を、どの順番で、どれだけの出力で点ければ、望んだ航路へ持っていけるのか。


 でも、その一つ手前を俺は一度も考えたことがなかった。


「アウラ」


「なんだ?」


「なんでゼフィロスって、塔についてくると思う?」


「……」


 アウラが黙った。


「何だよ、その顔」


「お前がそれを聞くのか?」


「悪い?」


「お前が一番知っているのではないのか?」


「俺が知ってるのは、塔を点ければゼフィロスが進路を変えるってことだけだよ」


「それは知っていると言わないのか?」


「半分くらいはな」


 ゲーム時代なら、それで十分だった。


 誘導塔を起動すればゼフィロスが反応する。

 だから使う。


 何で反応するのかなんて、考える必要もなかった。


 ボスギミックだから。

 そういう仕様だから。

 それだけで全部説明できた。


「でも、今は違うだろ」


「何がだ?」


「あいつ、本物なんだよ」


 ゲームの中に配置されたオブジェクトじゃない。

 運営が設定した処理に従って、決められた動きを繰り返しているだけの存在でもない。


 だったら――あの塔へ反応することにも、何か理由があるんじゃないのか。


「……今まで考えたことなかったな」


 自分で口にして、少し嫌になった。


 ……また同じだ。

 塔を使えば動く、だから使う。

 知りたいのは効率だけで、その向こうにある理由なんて見ようともしなかった。


「なら、調べるのか?」


「ああ」


「今から?」


「今から」


「元気だな!」


「……お前にだけは言われたくねぇよ」


 ♢


 エアリスへ戻った頃には、かなり日が傾いていた。


 街では今も復旧作業と避難準備が続いている。

 ゼフィロスが一度遠ざかったことで、昼間ほどの慌ただしさはなくなっていたものの、人々の顔から緊張が消えたわけじゃない。

 俺たちは中央庁舎へ戻る前に、まず冒険者ギルドへ寄った。


「天鯨の誘導塔について聞きたいんだけど」


 受付の職員が、少し意外そうに俺を見る。


「誘導塔ですか?」


「ああ。何でゼフィロスは、あれについてくるんだ?」


「……何で、と言われましても」


 案の定、困った顔をされた。


「昔から、そのような性質があるとしか……」


「言い伝えとか残ってない?」


「少々お待ちください」


 職員が何人かに確認してくれたけれど、返ってくる答えはどれも曖昧だった。


 天鯨は人の光に引き寄せられる。

 いや、夜の灯りを嫌って近づいてくる。

 強い魔力光へ本能的に反応し、塔はその性質を利用している。


「……バラバラだな」


 ギルドを出たところで、思わず呟く。


「もしかして……全部違うのか?」


「少なくとも、俺の知ってる仕様とは噛み合ってない」


「なら、どれが正しい?」


「……まだ分からん」


「また見に行くか?」


「お前、それ気に入っただろ」


「便利な考え方だ!」


「まあ……間違ってはいないけど」


 次に向かったのは、エアリスでも比較的古い商店街だった。


 この辺りには何代も街に住み続けている家が多いらしい。


 薬屋や道具屋、古い宿屋。

 店を変えながら何人かに話を聞いてみたものの、やっぱり答えは一致しなかった。


「天鯨は灯りを憎むんですよ」


 薬屋の主人はそう言った。


「昔から、人の火を見つけると寄ってくると聞いております」


 ところが、別の宿屋では。


「逆だよ。あれは光を餌みたいに思ってんのさ」


「餌?」


「だから塔で釣るんだろう?」


「……なるほどね」


 どれも、一応それらしくは聞こえる。

 でも、話を聞けば聞くほど、違和感は強くなった。

 全部、今の人間がゼフィロスを『災害』として見た上で作った説明なんだ。


 ゼフィロス自身がどうして塔へ向かうのかじゃない。


 人間から見て、なぜそういう動きをするように見えるのか。

 それを後から説明しているだけだ。


「……もっと昔を知ってる奴いないかな」


「もっと年寄りに聞くか?」


「お前、言い方もうちょっと何とかならんのか」


「年を重ねた者だ!」


「急に丁寧にすんな」


 そんなことを話しながら通りを歩いていたときだった。


「あんたら」


 道端から声を掛けられる。

 振り向くと、店先の椅子に一人の老人が座っていた。

 身体は細く、髪は真っ白。

 見たところ、八十は越えていそうだった。


「天鯨のことを聞いて回っとるんだろう?」


「聞こえてたか?」


「そりゃ聞こえる。お前さんら、声がでかいからな」


 ……主にアウラだと思う。


「何か知ってることはないか?」


「知ってるというほどじゃないがな」


 老人はゆっくりと首を振った。


「ただ、今の連中が言っとる話と、昔は少し違った」


「昔?」


「わしが子供だった頃だ」


 老人は空を見上げる。

 もうゼフィロスの姿はない。

 遠くに、あいつが残した雲だけが浮かんでいる。


「昔の年寄りたちはな。天鯨が来る年を、むしろ喜んどったよ」


「……喜んだ?」


「ああ」


 予想していなかった答えだった。


「今じゃ災いだ、五災だと大騒ぎするが……昔は違った。天鯨が来る年は、雨が多かったからな」


「雨……」


「畑がよく育った。井戸も枯れにくくなる。川にも水が戻る」


 老人の話を黙って聞く。


「もちろん、近くを通られれば風は強いし、雷も怖い。災害が起きなかったわけじゃない。それでも、昔の者は言っとったよ」


 老人は少し懐かしそうに目を細めた。


「今年も天鯨が来てくれた。これで畑は大丈夫だ、とな」


「……」


 現在の伝承と全然違う。


 今のエアリスにとって、ゼフィロスはできるだけ近づいてほしくない存在だ。

 誘導塔だって、都市から天鯨を遠ざけるための設備として使われている。


 なのに――昔の人間は、ゼフィロスが来ること自体を歓迎していた。


「その頃から、誘導塔ってあったのか?」


「誘導塔?」


 老人が首を傾げる。


「今ある、あの光る塔のことだ」


「ああ……」


 しばらく考えてから、老人が頷いた。


「塔そのものはあった」


「名前も同じか?」


「いや」


 今度ははっきりと首を振った。


「『誘導塔』なんて呼び方は、もっと後になってからだ」


「じゃあ、昔は何て呼んでたんだ?」


「……さあな」


「分からないのか?」


「わしが生まれるより、ずっと前からあるものだからな。昔の名前までは覚えとらん」


 そこで老人は一度言葉を止めた。


「ただ……」


「ただ?」


「天鯨が来る頃になると、あの塔の周りで祭りのようなことをしていたと聞いたことはある」


「祭り?」


「ああ」


「……何のために?」


「そこまでは知らんよ」


 老人が小さく肩を竦める。


「昔話なんぞ、そんなもんだ」


「……ありがとう」


「何か役に立ったか?」


「たぶんな」


 というか、余計に分からなくなった。

 でも、今までとはまったく違う方向へ疑問が伸び始めている。


 ゼフィロスが来れば雨が降る。

 昔の人間は、それを喜んでいた。

 天鯨が来る季節には、塔の周りで祭りまで行われていた。


 それが今では、ゼフィロスは災害。

 塔は、その災害を都市から追い払うための設備。


 明らかに、どこかで意味が変わっている。


「リンドウ」


「ああ」


「塔へ行くのだな?」


「話が早いな」


「もう分かってきた!」


「変なところで成長すんなよ」


 ♢


 向かったのは第一誘導塔だった。


 つい数時間前、第三の航路を作るために俺自身が使った塔だ。


 日が落ちかけていたせいで、管理技師には少し嫌そうな顔をされたけれど、俺の名前を出すと最終的には中へ通してもらえた。


「地下まで見たい」


「地下、ですか?」


「ああ。何かあるか?」


「魔力炉と旧制御室があります。ただ、現在はほとんど使用しておりません」


「そこを見せてほしい」


 技師に案内されて、塔の内部を下っていく。

 第一誘導塔は石造りだけど、上層部は何度も修繕されているらしい。

 下へ行けば行くほど、目に見えて建材が古くなっていった。


 壁の組み方も。

 床に使われている石も。

 上とは明らかに時代が違う。


「……古いな」


「第一塔は、七基の中でも最古の一つとされています」


 先頭を歩く技師がランタンを掲げる。


「現在使用されている制御機構は、後世に増設されたものです。基礎部分については、正確な建造年代すら分かっておりません」


「へぇ……」


 地下二階には旧魔力炉があった。

 そこからさらに奥へ進むと、長い間使われていないらしい小部屋が並んでいる。


 積もった埃。

 壊れた木箱。

 錆びた工具。


 見たところ、長年放置されていた倉庫みたいなものだ。


「特に何もなさそうだな!」


 アウラが大声で言う。


「声響くから静かにしろ」


「すまん!」


「声量変わってねぇよ……」


 苦笑しながら、壁を眺めていく。


 何かないか……。

 誘導塔になる前の痕跡が……。


 そもそもだ。

 この塔が何のために建てられたのか。

 昔からゼフィロスを遠ざけるための施設だったのか。


 それとも――……。


「……ん?」


 奥の壁際に、大きな棚が置かれているのが目に入った。


「これ、動かせるか?」


「かなり重そうだぞ!」


「お前が言うんか?」


「任せろ!」


 アウラが棚の横へ回り込む。


「せーの!」


 俺が手を貸す間もなく。


 ズズズズッ、と重い音を立てて棚が横へ動いた。


「一人でいけるじゃん」


「当然だ!」


「じゃあ俺に掛け声いらなかっただろ」


「雰囲気だ!」


「何だよ雰囲気って……」


 呆れながら、棚の裏へ目を向ける。

 そこには石壁があった。


 でも――。


「……違うな」


 周囲とは色が違う。

 棚に隠れていた部分だけ、明らかに石が古い。

 そして表面には、何かが彫り込まれている。


「明かり貸して」


 技師にランタンを近づけてもらい、積もった埃を手で払う。


 文字だ、それも相当古い。

 ところどころ削れているけど、読める。


「……第一」


 最初の文字を声に出す。


 そこで、指が止まった。


 続いているのは『誘導塔』じゃない。


「……ん?」


 もう一度、石板の表面を丁寧に払う。

 今まで埃に隠れていた文字が、少しずつ姿を現していく。

 アウラも隣から覗き込んできた。


「何と書いてある?」


「……」


 すぐには答えられなかった。

 今日だけで、何度『誘導塔』という言葉を聞いただろう。


 天鯨の進路を変えるための塔。

 都市から災害を遠ざけるための設備。


 俺も。

 アーヴィンも。

 エアリスの人間も。


 当たり前のように、そう呼んでいた。


 でも、この塔が建てられた頃。


 ここにつけられていた名前は、まったく違った。


「『第一――』」


 指先で文字を追いながら、ゆっくり読む。


「『()()()()』」


「……あめのみちしるべ?」


 アウラが首を傾げる。


「ああ」


 雨の道標。


 俺はもう一度、古びた石板を見る。


 そこには確かに。


 『第一・雨の路標』


 と刻まれていた。


 誘導するための塔じゃない。

 追い払うための塔でもない。


 その名前だけを見るなら。


 これは――。


 雨を運ぶ何かに、道を示すための塔だった。


ここまでお読みいただきありがとうございます。


なぜゼフィロスは、誘導塔の光を追うのか。

ゲームだった頃のリンドウにとっては、

「そういうギミックだから」で終わっていた疑問です。

ですが、この世界ではゼフィロスも実際に生きている存在。

なら、その行動にも何か理由があるはずです。


調べていく中で見えてきたのは、

天鯨が来ることを昔の人々は喜んでいたこと。

塔の周囲では祭りまで行われていたこと。


そして――。

今では『誘導塔』と呼ばれている塔の、本来の名。

『雨の道標』。


天鯨を追い払うためではなく。

雨を運ぶ何かへ、道を示すための塔だったとしたら。


次回――覇王、風巫女の物語を知る。

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