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REMNANT RECORD~ストーリー未読の世界一位の廃ゲーマーは、倒した敵の物語を知らない~  作者: 霜月ルイ
第四章:天鯨の帰る空

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70:覇王、あり得ない進路を見る。

「……終わりだ」


 振り上げた『ドライ』へ魔力を流す。

 一本の長棍となった黒い武器の表面を、淡い青白色の光が走った。


 狙う場所は分かっている。

 ゼフィロスの頭部。その中央より僅かに後ろ、ほんの少しだけ盛り上がっている部分。


 外から見れば、何の変哲もない皮膚にしか見えない。

 けれど、その下にはゼフィロスの風と雷を制御している中枢がある。


 ゲーム時代なら、ここまで来た時点で勝ったも同然だった。

 四枚の『風鰭(かざびれ)』はすでに破壊した。


 頭部へ集中した雷撃も、すべて抜けた。

 残っているのは最後の一撃だけ。


 今の俺と『ドライ』なら、威力が足りないなんてこともあり得ない。


「じゃあな、ゼフィロス」


 右足を踏み込む。

 腰を捻り、全身の力を長棍へ乗せ、そのまま振り下ろそうとした。


 ――その瞬間だった。


 視界の端。

 遥か遠くで、小さな光が瞬いた。


「……ん?」


 動きが止まる。

 一瞬、雷かと思った。

 ついさっきまで周囲には青白い稲妻が何本も走っていたのだから、光そのものは珍しくない。


 でも、違う。

 あれは空じゃない。


 ――地上だ。


「何だ……?」


 山岳地帯の向こう。

 連なる稜線から突き出すように建っている、細長い塔。

 あまりにも距離があるため形までははっきり見えないが、その先端から青緑色の光が真っ直ぐ空へ伸びている。


 俺は振り下ろしかけていた『ドライ』を止めたまま、その光を見つめる。


 何だ、あれ。

 どこかで見た。


 いや――考えるよりも早く二つ目が灯った。


「……」


 一つ目よりもさらに南。

 山と山の間に立つ別の塔から、まったく同じ色の光が空へ伸びる。


「待て」


 胸の奥に、嫌な感覚が広がった。


 そして、三つ目。


 さらに遠方で、一際強い青緑色の光が立ち上がる。


 三本の光。

 等間隔ではない。

 位置もばらばらだ。


 それでも、この並びを、俺は知っている。


「……第二」


 口から、勝手に言葉が漏れた。

 最初に灯った塔。


「第四」


 二つ目。


 そして最後。


「……第六?」


 言い終えた瞬間。

 足元から、それまでとは明らかに違う振動が伝わってきた。


「っ!?」


 ゼフィロスの巨体が大きく傾く。

 さっきまで緩やかに前方へ進んでいた頭部が、何の前触れもなく南西方向へ向き始めた。


「……は?」


 傾斜に身体を持っていかれる。

 俺は咄嗟に『ドライ』をゼフィロスの皮膚へ突き立てた。


 それでも完全には止まれない。

 ほんの数秒前まで平地に近かった頭部が、今では巨大な斜面みたいに傾いている。


「おい、待て!」


 あり得ない。

 このタイミングじゃない。


 四枚の風鰭を破壊して、頭部中枢へ到達した最終段階。

 ここでゼフィロスが大規模な進路変更を行う攻撃パターンなんて存在しない。


 少なくとも、俺は一度だって見たことがない。


 何百回と戦った。

 失敗もした。

 最速討伐のために、嫌になるほど行動を見続けた。


 それでも、こんな動きは一度もなかった。


「リンドウ!」


 背後からアウラの声が飛んでくる。


「何が起きている!?」


「分からん!」


「分からないのか!?」


「俺だって初めて見てんだよ!」


 叫び返した直後。

 ゼフィロスがさらに身体を捻った。

 山一つ分はある巨体が、空中で大きく旋回する。


「くっ……!」


 足元が滑る。


 『ドライ』を突き立てていても止まりきれず、青灰色の皮膚の上を数メートル滑ってから、ようやく身体を固定できた。


「アウラ!」


「大丈夫だ!」


 振り返る。

 アウラもオリハルコンの大剣をゼフィロスの背へ突き立てている。


 新しく作り直した重装。

 脚甲へ仕込んだ『接地』。


 それがなければ、今の旋回だけで完全に空へ放り出されていたはずだ。


 よかった。

 ……いや。

 今は、それよりも。


「何でだ……?」


 ゼフィロスを見る。

 明らかに進行方向が変わっている。

 僅かに角度を調整したなんて程度じゃない。

 さっきまで北東寄りへ進んでいた巨体が、完全に南西へ頭を向けている。


 そして、その方向には三本の光。


「……」


 頭の中で、昨日読んだ十二年前の資料が一気に蘇った。


『第二誘導塔――稼働確認』


『第四誘導塔――出力正常』


『第六誘導塔――起動』


 そして。


『天鯨、南西方向への進路変更を確認』


「……おい」


 まさか……。


 ゼフィロスの巨体が、さらに南西へ向かって傾く。

 もう疑いようがなかった。


「誘導塔……!」


 思わず叫んでいた。


「何!?」


「昨日話しただろ! ゼフィロスの進路を変えるギミック!」


「これがそうなのか!?」


「ああ!」


 でも、誰が?


 俺たちがエアリスを出てから、まだそれほど時間は経っていない。

 ゼフィロスの正確な現在位置だって、観測所では完全に掴めていなかったはずだ。


 それなのに――。


 第二。


 第四。


 第六。


 三基すべてが、ほとんど同時に正確な順番で起動した。


「偶然じゃねぇ……」


 この順番を知っている奴がいる。

 しかも、実際に塔を動かせる立場にいる。

 十二年前と同じように。


「リンドウ!」


「何だ!」


「また風が来るぞ!」


「っ!」


 アウラの声で、俺は反射的に頭上を見る。

 破壊したはずの四枚の『風鰭』。

 その根元へ、青白い光が再び集まり始めていた。


「再構成かよ……!」


 誘導行動へ移行したことで、ゼフィロスの内部状態そのものが切り替わったらしい。

 さっきまで消滅していた風鰭の輪郭が、薄い光として少しずつ形を取り戻していく。

 完全に再生したわけじゃない。

 それでも、周囲の気流を再構築するには十分だった。


 だったら。


「アウラ! 降りるぞ!」


「倒さないのか!?」


「今は追う!」


「だが、もう弱点まで――」


「分かってる!」


 あと一撃だった。

 俺だって分かっている。


 ほんの少し前なら、確実に終わらせられた。

 今から無理やり頭部へ戻り、中枢を叩き潰すことだって不可能じゃない。


 それでも。


「十二年前と同じなんだよ!」


「十二年前?」


「第二、第四、第六!」


 再び強まり始めた風に声を持っていかれそうになり、俺はさらに張り上げる。


「記録に残ってた起動順と全部同じだ!」


 アウラの表情が変わった。


「あの港町が消えたときの?」


「ああ!」


 そして今。

 俺たちは、その瞬間を自分たちの目で見た。


 ゼフィロスが勝手に進路を変えたわけじゃない。

 何かに驚いたわけでもない。

 気まぐれで南西へ向いたわけでもない。


 塔が灯った。


 その直後。

 ゼフィロスは、明確に進路を変えた。


「……誰かがやってる」


 強くなり始めた風に煽られながら、俺は遠くに並ぶ三本の光を睨む。


 第二。


 第四。


 第六。


「今、この瞬間に」


 誰かが――ゼフィロスの進む道を変えている。


 その事実だけは、もう疑いようがなかった。


「アウラ!」


「おう!」


「先に降りる!」


 『ドライ』を三節へ切り替える。

 第一節を大きく振り回し、ゼフィロスの身体の側面へ引っかける。

 鎖を伸ばす。


「掴まれ!」


「分かった!」


 アウラが俺の腰へ片腕を回した。


「いや、もうちょい上!」


「こうか!」


「締めすぎ! 折れる!」


「すまん!」


「行くぞ!」


 ゼフィロスの身体から『ドライ』を外す。

 次の瞬間、二人の身体が空へ投げ出された。


「うおおおおおお!?」


「叫ぶな! まだ降りてる途中だ!」


「分かっている!」


「絶対楽しんでるだろお前!」


「少しだけな!」


「やっぱりかよ!」


 落下しながら『ドライ』を振るう。

 第一節を近くの岩壁へ飛ばす。


 ガンッ!


 先端が岩へ食い込む。

 鎖が張った瞬間、落下速度が一気に殺された。

 そのまま遠心力を利用して身体を地上方向へ振り、着地点を合わせる。


「離すぞ!」


「おう!」


 二人同時に地面へ降りた。


 ドンッ!


 アウラの重装が大地を沈ませる。

 俺も膝を使って衝撃を逃がし、そのまま立ち上がった。


「……っし」


 すぐに顔を上げる。

 ゼフィロスは、もうかなり先へ進んでいた。

 巨体だから動きが遅く見えるだけで、実際の移動速度は洒落にならない。

 山岳地帯の上を、南西へ向かって一直線に進んでいる。


「速いな」


 アウラが大剣を引き抜きながら言った。


「誘導されてるときは通常より速い」


「追いつけるのか?」


「追いつくんだよ」


「方法は?」


「走る」


「なるほど!」


「何で即納得できるんだよ」


 まあ、俺なら行ける。

 アウラも今の装備なら、地上を移動するぶんには問題ない。


「行くぞ」


 走り出そうとして。

 俺は、ふと足を止めた。


「……ん?」


 南西。


 ゼフィロスが向かっている先。

 山と山の切れ目から、僅かに平地が見えている。


 距離はあるし、かなり遠い。


 それでも。


「……煙?」


 細い煙が、一本。

 さらに少し離れた場所から、二本目。

 三本目。


 山火事の煙じゃない。

 風に煽られながらも、ほぼ同じ位置から真っ直ぐ立ち上がっている。


 あれは、煙突だ。


「アウラ」


「なんだ?」


「目いいよな?」


「お前よりはな」


「南西。山の間」


 アウラが言われた方向へ目を細めた。


「……何かあるな」


「やっぱりか」


「ああ。建物が見える」


 嫌な予感が、急速に現実味を帯びていく。


「どのくらい?」


「ここからでは分からんが……集落だと思う」


「……」


 俺はもう一度、ゼフィロスを見上げた。

 そいつは真っ直ぐ、アウラが集落だと言った場所へ向かっている。


「おいおい……」


 冗談だろ。


 十二年前。誘導塔を使ってゼフィロスの進路を変えた結果、港町が一つ消えた。


 そして今。あのときと同じ順番で塔が起動した。


 同じように、ゼフィロスは南西へ進路を変えた。


 その先に。


 また――人が住んでいる。


「リンドウ」


「ああ」


「行くのだろう?」


「当然」


 『ドライ』を長棍へ戻す。


 まだ何も分からない。

 あの集落へ向かわせること自体が目的なのか。

 たまたま進路上にあるだけなのか。

 塔を起動した奴は、あそこに人がいることを知っているのか。

 そもそも、十二年前と今回が本当に同じ理由なのか。


 分からないことだらけだ。


 だから。


「確認する」


「何を?」


「全部だ!」


 地面を蹴った。

 アウラもすぐに続く。


 南西へ向かうゼフィロスを追って。


 ついさっきまで、俺はあいつを殺せば終わると思っていた。


 そして実際、殺せた。


 あと一撃。

 本当に、それだけだった。


 それなのに。

 俺たちの知らないところで誰かが塔を灯し、ゼフィロスの進路を変えた。


 その先には――人がいる。


「……何なんだよ」


 走りながら、俺はもう一度だけ遠くで輝く三本の光を見た。


 第二。


 第四。


 第六。


 十二年前と、まったく同じ順番。


 偶然なんかじゃない。


 ゼフィロスが、自分で選んだわけでもない。


 これは――。


 ()()()()()()()()だ。



ここまでお読みいただきありがとうございます。


あと一撃。


世界一位だったリンドウにとって、ゼフィロス討伐はもう終わったも同然でした。


……そのはずだったのですが。


第二、第四、第六。


十二年前とまったく同じ順番で灯った三基の誘導塔。

そして、その先には人の暮らす集落があります。


ゼフィロスが勝手に進路を変えたのではない。

誰かが、その進路を選んだ。

次回、その理由へ踏み込みます。

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