67:覇王、クソ鯨と再会する。
出発前夜。
必要な物資の確認も、エアリスまでの経路も、アウラの新しい装備の最終調整も終わった。
明日の朝にはアルセディアを出る。
そう考えると、別に長い旅でもないのに妙な感じがした。
「……ご主人様」
「ん?」
「もうちょっとこっち」
「いや、もう十分近いだろ」
「足りないわ」
「何がだよ」
「全部」
「雑だなぁ……」
ベッドの上。
俺の横では、ザフィラがいつも以上にぴったりと身体を寄せていた。
肩が触れるどころじゃない。
腕に抱きつき、黒い尻尾まで腰の辺りへ絡んでいる。
完全に固定されていた。
「暑くないか?」
「平気よ」
「俺はちょっと暑いんだけど」
「我慢して」
「横暴だな、お前」
「明日からいないんだから、今日くらいいいでしょ?」
「……まあ、それ言われるとな」
弱い。
すこぶる弱い。
俺が何も言えなくなったのを見て、ザフィラが満足そうに笑った。
昼間までは、あんなにしっかりしてたんだけどなぁ。
俺がアルセディアを離れるなら、自分は国を守る。
五災が動く時期だからこそ、軍を預かる自分が残るべきだと、迷いなく決めた。
あれだけ見れば立派な指揮官なんだけど……。
今は俺の腕に耳を押しつけながら、指先で服の裾を弄っている。
「……本当は行きたいのよ?」
「知ってる」
「ゼフィロスも見てみたいし」
「観光じゃねぇんだぞ」
「あなたの戦うところも見たい」
「いつでも見てんじゃん」
「五災相手は初めてでしょ?」
「まあな」
「だから行きたいの」
「あぁ……」
黒い耳が少し伏せる。
「……でも、行かない」
「それも知ってる」
「……うん」
しばらく静かになった。
俺は何となく、伏せられた耳の根元へ手を伸ばす。
軽く撫でると、すぐにぴくりと動いた。
「ん……」
「お前これ好きだよな」
「好き」
「即答だな」
「ご主人様にされるのが好きなの」
「そういう言い方すんなよ……」
「どういう言い方?」
「……分かってて言ってんだろ」
「ふふっ」
完全に遊ばれている。
最近、本当に遠慮なくなったな。
……まあ、俺も嫌ならやってないんだけど。
耳の付け根から、髪へ指を滑らせる。
ザフィラは目を閉じて、俺の肩へ額を預けた。
「エアリスって、遠いの?」
「馬車で何日か。街道が生きてればそこまででもない」
「そう」
「ゼフィロスが予測より早く来なきゃな」
「……」
そこで腕へ絡む力が少し強くなる。
「……大丈夫だって」
「分かってる」
「昔、何回も殺してる相手だ」
「それも聞いた」
「攻略法も全部覚えてる」
「うん」
「だから――」
「そういうことじゃないの」
言葉を遮られた。
「ん?」
ザフィラが目を開ける。
金色の瞳が、すぐ近くにある。
「あなたが勝つかどうかを心配してるんじゃないわ」
「……じゃあ何だよ」
「帰ってくるかどうか」
「同じじゃねぇの?」
「あなたの場合は違うでしょ」
「……」
何も言い返せなかった。
ザフィラは俺の過去を全部知っているわけじゃない。
でも……一度、自分の人生を捨てた。
明日なんていらないと思った。
そこまでは知っている。
「勝てるから無茶していい、にはならないんだから」
「分かってるって」
「本当に?」
「たぶんな」
「リンドウ?」
「分かってますよ」
「よろしい」
何だこの会話。
どっちが年上か分からなくなってくる。
……いや、普通に今はザフィラが年上だったわ。
「だから」
ザフィラの尻尾が、もう一度俺の腰へ巻きつく。
「帰ってきてね、ご主人様」
その呼び方をするときだけ、少しだけ声が柔らかくなる。
「ああ」
俺は伏せられた黒い耳をもう一度撫でた。
「帰ってくるよ」
アルセディアへ。
こいつのところへ。
なんだか最近、それを約束することが増えた気がする。
昔の俺なら笑ってただろうな。
ボスを倒しに行くのに、帰る約束なんて必要かって。
勝てば帰れる、負けたら終わり。
それだけだろって。
でも――今は、そうでもないらしい。
♢
翌朝。
「遅いぞ、リンドウ!」
「お前が早ぇんだよ……」
城門前。
馬車の横で腕を組んでいたアウラが、朝っぱらから元気よく声を飛ばしてきた。
昨日まで眠そうにしていた奴とは思えない。
しかも新装備を全部身につけている。
アダマンタイトを主体にした重装。
背中にはオリハルコン製の大剣。
どう見ても馬車で旅行へ行く格好じゃない。
「それ着たまま行くの?」
「当然だ!」
「重くない?」
「慣れるためにな!」
「馬が可哀想だろ」
「なぜだ!?」
「お前と装備合わせたら何キロあると思ってんだよ……」
幸い、今回使うのは荷馬車より頑丈な長距離用の馬車だ。
予備の馬も用意してある。
それでも、出発前から若干馬が可哀想になってきた。
「リンドウ様」
見送りに来たミラが書類を差し出す。
「エアリスまでの最新経路です。途中二か所で街道の補修工事がありますので、迂回してください」
「分かった」
「それから」
「まだあんの?」
「テオたちは引き続き地下資料庫を調査します。何か分かり次第、パーティ通信を送ります」
「頼む」
「そして」
「まだあんの?」
「無茶はなさらないように」
「……お前まで?」
「ザフィラ様からも強く頼まれております」
ちらりと横を見る。
少し離れたところでザフィラが笑っている。
あいつ……根回ししやがった。
「分かったよ」
「本当に?」
「最近みんな俺を信用してなくない?」
「過去の行動を振り返っていただければ」
「もういいです」
馬車へ乗り込む。
アウラも向かい側へ座った。
窓の外、ザフィラと目が合う。
特別大げさなことは言わない。
こいつは残る。
俺は行く。
それだけだ。
軽く手を上げる。
ザフィラも同じように手を上げた。
「行ってくる」
「うん」
そして馬車が動き出した。
♢
「それでは!」
「うん」
「ゼフィロスについて教えてくれ!」
「元気だねぇ……」
出発してから一刻もしないうちにこれである。
まあ、教えるつもりではいた。
戦場に着いてから説明するより、今叩き込んだ方がいい。
俺は座席へ背中を預ける。
「まず一番大事なこと」
「おう!」
「勝手に高いところへ飛ぶな」
「私は飛べないぞ?」
「そういう意味じゃねぇよ」
「?」
「ゼフィロスの風に乗って無理やり上へ行こうとするなってこと」
「風に乗れるのか?」
「乗れる」
「では早く近づけるではないか!」
「そのまま死ぬぞ」
「駄目ではないか!」
「だから言ってんだよ!アホ!」
本当に大丈夫かな、こいつ。
「ゼフィロスの周囲には暴風域がある。近づけば近づくほど風向きが複雑になる。上方向へ吹く風もあるけど、それに乗ったら次の下降気流で地面まで叩き落とされる」
「なるほど」
「お前の装備なら一発くらいは耐えるかもしれんけど、試すなよ」
「分かった!」
「本当に?」
「多分な!」
「不安になってきたな……」
まあいいか……。
「ゼフィロスには『風鰭』って部位が四枚ある」
「ひれ?」
「ああ。普通の鯨の胸鰭とは別だ。身体の周囲にある、風を制御するための器官」
「それを壊す?」
「正解」
アウラが得意そうに笑う。
「四枚全部壊すと、ゼフィロスの周囲を回ってる暴風が一時的に弱くなる」
「なるほど!」
「ただし、一枚壊すごとに風の周期が変わる」
「……?」
「第一段階と第二段階で安全地帯が違うってこと」
「……?」
「お前もう分かってないだろ」
「……大丈夫だ!」
「どこがだよ……」
「リンドウが指示してくれる!」
開き直りやがった。
まあ、実際そのつもりではある。
「俺が『動け』って言ったら動け。『止まれ』って言ったら止まれ」
「分かった」
「『伏せろ』って言ったら?」
「殴る!」
「何でだよ!」
「敵が近いのかと」
「伏せろっつってんだろ!」
「難しいな!」
「日本語の問題だろこれ!」
……日本語じゃなかった。
まあ通じてるからいいか。
「あと、あいつが鳴いた直後」
「鳴くのか?」
「鯨だからな」
「どんな声だ?」
「聞けば分かる」
「適当だな」
「説明しづらいんだよ」
ゲームでもよく聞いていた。
とにかく低い。
腹の底まで響くような鳴き声。
ゼフィロスが大きく鳴いた直後だけ、身体の周囲にある風の流れが一瞬止まる。
「長くて数秒。その間が一番近づきやすい」
「そこで風鰭を破壊するのだな」
「そう。全部潰したら背中へ乗る」
アウラの目が輝く。
「乗るのか!」
「そこ食いつくとこか?」
「鯨の背中に!?」
「乗る」
「空を飛びながら!?」
「そうだな」
「楽しそうだな!」
「遊園地じゃねぇんだぞ」
「ゆうえんち?」
「気にすんな」
あー……またやっちまった。
こっちにない言葉を普通に使う癖、本当に直さないとな。
「背中に乗ってからが本番だ」
「まだあるのか?」
「むしろそこまでは前座」
「五災とは面倒だな!」
「だから五災なんだよ」
背中へ乗ると、今度は雷撃が来る。
ゼフィロスの身体を走る魔力が背中へ集中し、周囲へ放電する。
予備動作はある。
皮膚表面の紋様が青白く光る。
「光ったら、その場から離れろ」
「受けては駄目か?」
「だから何で受けたがるんだよ」
「新しい鎧の性能が気になる!」
「五災で試すな!」
こいつ本当に頭アウラだな。
「一発なら防具が逃がしてくれる。でも連続で食らったら内部から焼けるぞ」
「分かった。避けよう」
「よろしい」
「そして頭へ?」
「ああ」
最終地点。
ゼフィロスの頭部。
正確には額のやや後ろに、風と雷を制御する中枢がある。
ゲーム時代なら、そこまで行けばほぼ終わりだった。
「弱点をぶち抜けば死ぬ」
「簡単だな!」
「そこまで行ければな」
「だがリンドウは行ったことがあるのだろう?」
「何百回とな」
「なら問題ない!」
「……お前、本当に俺を信用してんな」
「当然だ!」
迷いがない。
ちょっと困るくらいに。
「まあ、今回は俺が殺る」
窓の外を眺める。
街道と、遠ざかっていくアルセディア。
「お前は補助でいい。風鰭を壊すのを手伝って、あとは俺の邪魔になる奴を殴れ」
「任せろ!」
「ただし勝手に突っ込むな」
「任せろ!」
「今の返事一番信用できねぇな」
♢
それから数日。
途中で馬を替えながら街道を進み、山岳地帯へ入った。
エアリスが近づくにつれ、景色にも見覚えが出てくる。
「あー……この辺、覚えてるわ」
「来たことがあるのか?」
「昔にな」
左に切り立った崖。
その向こうに長い石橋。
さらに奥、山腹へ食い込むように造られた巨大都市。
『風門都市エアリス』。
「おお……!」
アウラが馬車の窓から身を乗り出す。
「大きいな!」
「昔からでかかったよ」
何段にも分かれた街。
山の斜面へ沿って積み上げられた白灰色の建物。
巨大な風車。
細長い魔導塔。
街の中央には、風を受けるためなのか布製の長い旗が何十本も立っている。
ゲーム時代と大きく変わってはいない。
いや――。
「……ん?」
何か違う。
馬車が城門へ近づくにつれて、それが分かった。
街が妙に慌ただしい。
「何だあれ」
店先の看板を外している。
窓へ板を打ちつけている。
露店はほとんど畳まれている。
荷馬車は車輪へ止め具を噛ませ、さらに柱へ鎖で固定されていた。
屋根の上では、男たちが瓦や板を縄で縛っている。
水路では作業員が泥や木片を掻き出していた。
そして誰もが、何度も空を見る。
「祭りの準備……ではないな」
「どう見てもな」
俺も空を見上げる。
雲が多いが、まだ晴れ間はある。
けど、流れが速い。
「……風強ぇな」
エアリスは元々、風の街だ。
ゲーム時代にも常に風が吹いていた。
旗がなびいて、風車が回っていた。
それがこの街の景観だった。
だけど、今吹いている風は俺の知っているそれより明らかに荒い。
突風が来るたびに、軒先の布が激しく鳴る。
「アウラ」
「なんだ?」
「ちょっと急ぐぞ」
嫌な予感がする。
♢
まず向かったのは冒険者ギルドだった。
ここなら情報が早い。
建物へ入ると、普段なら依頼書が貼られているはずの掲示板の半分以上が、
『護岸補強』
『住民避難補助』
『家屋固定作業』
『保存食運搬』
そんな依頼で埋まっていた。
「……完全に災害対応じゃん」
「天鯨でしょうか」
受付の職員へ名前を出すと、表情が一瞬強張った。
「天鯨の現在位置を知りたい」
「冒険者の方ですか?」
「まあ、そんな感じ」
「討伐へ?」
「そのつもり」
職員がアウラを見る。
今度は俺を見る。
明らかに、『こいつら正気か?』みたいな顔だった。
「最新情報は観測所が持っています。ただ……」
「ただ?」
「今年は、例年よりかなり早いです」
「どのくらい?」
「私どもにも正確には……。三日前から季節風が急激に変化しています」
三日前。
眉を寄せる。
「南西上空では巨大な雷雲も確認されました。天鯨が近い年には見られるものですが、本来ならもう少し先の時期です」
「……観測所どこ?」
「中央塔の上層です」
「ありがと」
そのまま出る。
アウラが追いかけてくる。
「かなりまずいのか?」
「アルセディアの予測だと、最短でも十九日だった」
「では早いな」
「早いなんてもんじゃねぇ」
♢
観測所では、さらに悪い情報が待っていた。
巨大な地図、風向きを示す札。
観測者たちが慌ただしく行き来している。
「今朝の観測です」
担当者が地図上へ石を置いた。
エアリスの南西。
思ったより近い。
「雷雲はこの一帯まで進んでいます」
「昨日は?」
「ここです」
別の地点。
距離を比べる。
「……速すぎじゃね?」
「はい」
観測者の顔色も悪い。
「通常の移動速度を大きく上回っています」
「天鯨の本体は確認したか?」
「まだです。しかし」
窓の外。
風が唸った。
建物全体が、わずかに震える。
「この風は?」
「今朝からです」
机の上に置かれていた紙が、一枚床へ落ちる。
観測者は拾おうともせず、地図を見つめていた。
「天鯨が周辺空域へ入った際に起こる前兆と一致しています」
「どれくらいで来る?」
「予測不能です」
「最悪は?」
少し躊躇して。
「……すでに周辺空域へ入っている可能性もあります」
俺は地図を見る。
三週間、四週間、そんな余裕はない。
二、三日ですらないかもしれない。
「……アウラ」
「なんだ?」
「行くぞ」
「今からか?」
「……今だからだ」
こんなところで待っている意味がない。
ゼフィロスが街まで来るなら。
その前にこっちから見つける。
♢
エアリスを出て、一時間ほど。
風はさらに強くなっていた。
「リンドウ!」
「喋ると舌噛むぞ!」
「分かった!」
それでも喋るのかよ。
途中から馬車は置いてきた。
この風では馬が危ない。
俺とアウラは街道を外れ、南西の高地へ向かっている。
雲が低い。
昼間だというのに、空が暗い。
遠くで雷が鳴る。
いや――遠く?
「……違うな」
「何がだ?」
「音が遅れてない」
ほとんど同時。
光と轟音。
かなり近い。
次の瞬間。
ゴォォォォォ――!
「っ!」
横殴りの風。
アウラが咄嗟に脚へ魔力を流す。
新しい脚甲の術式が光り、足元の土へ魔力が走った。
それでも。
「うおおおお!?」
二歩、三歩と、アウラの身体が地面を滑る。
「普通の暴風じゃ動かないんじゃなかったのか!?」
「だから普通じゃねぇって言っただろ!」
「本当に飛びそうだぞ!」
「まだ本体すら見えてねぇよ!」
「嘘だろう!?」
そこで、雷が落ちた。
山の向こうへ、一本、二本、そして、続けて何本も。
空を埋め尽くしていた灰色の雲が、青白く内側から光る。
「……来たな」
俺は目を細めた。
雲がおかしい。
流れているんじゃない。
渦を巻いている。
巨大な何かを中心に、何十キロにも広がる雨雲そのものが、一つの生物について動いている。
「リンドウ」
「ああ」
「……あれは、雲か?」
「半分はな」
アウラが言葉を失った。
俺も、ゲームでは何百回も見た。
画面いっぱいに映る巨大なモデル。
攻略対象。
レイドボス。
素材を落とす敵。
でも、現実で見ると。
「……でっけぇな」
思わず漏れた。
雲の中から。
まず現れたのは、鰭だった。
山の稜線よりも巨大な、青灰色の胸鰭。
ゆっくり、海を泳ぐように、雲を押し分ける。
巨大な鯨。
ただし、俺の知っている海の鯨なんかとは比べ物にならない。
一つの山が、そのまま空を泳いでいる。
濃い蒼黒色の背。
そこには幾筋もの青白い紋様が走り、呼吸するように明滅していた。
腹側は霧を溶かしたような薄い銀灰色。
身体の周囲には何重もの風が輪となって巡り、雲が渦を巻いている。
左右には本来の胸鰭。
そしてその後方。
背から側面にかけて浮かぶように生えた、四枚の巨大な『風鰭』。
普通の肉ではない。
半透明で、薄青い膜の内部で風そのものが脈打っているように見える。
一枚が動くたび、空が軋み、雲が割れる。
尾鰭がゆっくり振られただけで、その後方へ巨大な旋風が生まれた。
そして全身には――雷。
青白い稲妻が、紋様から紋様へ這う。
角も牙もない。
鎧もない。
ただ空を泳いでいるだけ。
それなのに、存在そのものが災害だった。
雲の合間から、一つの眼が開く。
金とも白ともつかない巨大な瞳。
人間一人くらいなら、その瞳孔の中へ入りそうだった。
「……これが」
アウラの声が震える。
「五災……」
ゼフィロスが口を開いた。
次の瞬間。
――ォォォォォォォォォォォォン。
低い鳴き声。
なのに、空全体から聞こえる。
腹の奥が震えた。
地面が震えた。
周囲の草木が一斉に伏せる。
雲が円形に吹き飛び、一瞬だけ巨大な身体の全貌が露わになる。
そして、その背後。
空いっぱいに広がった雷雲が、再びゼフィロスを包み込んだ。
「……は」
口元が勝手に上がる。
怖くないわけじゃない。
ゲーム画面越しで見るのとは、何もかも違う。
大きさも、音も、圧力も。
こいつが通るだけで街が壊れる。
今なら嫌というほど分かる。
それでも知っている。
こいつの動きを。
弱点を。
殺し方を。
俺は左手に『ドライ』を召喚した。
三本の棍を繋ぐ鎖が、風の中で激しく鳴る。
「出やがったな……」
『レムオン』時代。
俺にとってはただの攻略対象だった相手。
世界中のプレイヤーが挑み。
何度も何度も殺してきた七災のうちの一匹。
その本物が。
今――。
俺の目の前で空を泳いでいる。
『ドライ』を握る手へ力を込める。
「クソ鯨が……!」
いよいよ『天渦鯨ゼフィロス』登場です。
出発前夜は、アルセディアに残ることを自分で決めたザフィラとの時間から。
ついていかないことを選んだからこそ、「帰ってきて」と待つこともまた、ザフィラ自身の選択になりました。
そして道中では、アウラへ五災攻略を叩き込みつつ風門都市エアリスへ。
ところが、アルセディアでの予測よりも天鯨の接近は遥かに早く――。
ついにリンドウは、ゲーム画面の向こうではなく、この世界で本物のゼフィロスと再会しました。
攻略法は知っている。
弱点も知っている。
殺し方だって、何百回と試してきた。
次回から、世界一位による『天渦鯨ゼフィロス』攻略開始です。
……さて。
本当に、ゲーム時代と同じようにいくのでしょうか。
第四章『天鯨の帰る空』、ここから本格的に動きます。




