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REMNANT RECORD~ストーリー未読の世界一位の廃ゲーマーは、倒した敵の物語を知らない~  作者: 霜月ルイ
第四章:天鯨の帰る空

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66:覇王、帰るための装備を作る。

 明け方。

 自室へ戻った頃には、窓の向こうがうっすらと白み始めていた。


 結局、あのあとも地下資料室でいくつか記録を確認していたせいで、思ったより遅くなった。


 静かに扉を開ける。

 部屋の中は暗い。


 魔導灯も消えていて、聞こえるのは寝息だけだった。


 起こさないようにしよう。

 そう思って足音を殺した、そのとき。


「……リンドウ?」


 ベッドの方から、小さな声がした。


「あ」


 ザフィラが布団の中で身体を起こす。

 髪は少し乱れていて、黒い耳も寝ぼけたように垂れていた。


「悪い。起こしたか?」


「ううん……」


 まだ半分眠っているらしい。


 目を細めながら、俺を見る。


「……おかえり」


「あぁ。ただいま」


 口にしてから、少しだけ不思議な感じがした。


 ただいま。


 最近は何度も言うようになった言葉なのに、未だに完全には慣れない。

 昔の俺なら、夜中にどこから帰ろうが誰も待っていなかった。

 今はこうして、寝ぼけながらでも「おかえり」と言う奴がいる。


 ……まあ、悪くないかな。


「何だったの?」


 ザフィラが布団を少し持ち上げながら聞いてくる。

 俺はベッドの横へ腰を下ろした。


「ゼフィロス」


「……え?」


「いや、正確にはまだ出たわけじゃない。五災の一匹が、近々こっちの航路に入るらしい」


 眠気が一気に飛んだのか、ザフィラの金色の瞳がはっきり開いた。


「五災……」


「ああ。『天渦鯨(てんかげい)ゼフィロス』」


 地下で見つかった資料。

 誘導塔。

 十二年前に消えた港町。

 そして、あと三週間前後で同じ航路へ入る可能性。


 その辺りを簡単に説明する。


 ザフィラは途中で口を挟まず、黙って聞いていた。


「……そうなのね」


「ああ」


「危ない?」


「まあ、五災だからな」


「あなたにとっても?」


「倒すだけなら問題ない」


 少なくともゲーム時代の知識通りなら、俺はゼフィロスの攻略法を知っている。


 どう近づくか。

 どう風圧を抜けるか。

 どこを壊すか。

 最後にどこを殴れば死ぬか。


 全部覚えてる。


「だから近々、エアリスって街まで行く」


 俺はそこで一度言葉を切った。


「お前も来るか?」


 聞きながら、正直なところ答えは決まっていると思っていた。

 こいつなら「行く」と言う。

 そう思っていた。


「いいえ」


「……ん?」


「行かないわ」


 思わず聞き返しそうになった。

 正直、かなり意外だった。

 今までなら、俺が危険な場所へ行くと言えば、まず自分もついてくると言ったはずだ。


「マジ?」


「マジよ」


「珍しいな」


「そう?」


「いや、だってお前……」


「ついてくると思ってた?」


「まあ、そりゃあな」


 ザフィラが少し笑った。


「前なら、そうしてたかもね」


「前?」


「うん」


 布団から腕を出し、俺の手を取る。


「でも、ちゃんと待つって決めたもの」


 その言葉に、少しだけ胸の奥が引っかかった。


 待つ。


 あの日、指輪を渡したとき。

 俺がまだ答えを出せないと言ったとき。

 ザフィラは、急がなくていいと言った。


 待つ、と。


「それに」


 ザフィラが続ける。


「あなたがいない間、誰がこの国を守るの?」


「……」


「ミラは国を動かしてくれる。兵士もいる。アウラたちもいる。でも、国全体の防衛を見られる人間はまだ多くない」


 声音は柔らかい。

 でも、言っていることは完全に指揮官だった。


「五災が動くなら、他にも何が起きるか分からないでしょ?」


「まあ、それはそうだな」


「だったら私は残る」


 迷いはなかった。


「ここを守るわ」


 俺はしばらく何も言わず、ザフィラを見る。

 こいつはもう、俺についてくるだけの奴じゃない。

 俺の隣にいることを自分で選んだ。

 だからといって、俺が行く場所すべてについてくる必要はない。


 ザフィラにはザフィラの役目がある。

 そして今、自分でそっちを選んだ。


 ……なんか、少し変な感じだ。

 寂しい、って言うほどじゃないんだが。

 でも、いつも隣にいると思っていた奴がいないのは、たぶん思ったより違和感がある。


「……そうか」


「うん」


「分かった」


 ザフィラが少しだけ安心したように笑った。


「反対しないのね」


「何で反対すんだよ」


「ご主人様だから?」


「俺を何だと思ってんだ」


「わりと独占欲強い人」


「どこがだよ」


「私が他の男と二人で出かけるって言ったら?」


「どこの馬の骨だ」


「ほら」


「いや、それは確認だろ」


「顔が怖い」


「まだ何も言ってねぇだろうが」


 くすくす笑うザフィラ。


 まったく。


「でも……」


 笑みを残したまま、ザフィラの声が少しだけ小さくなる。

 絡めていた指が、今度は少し強く俺の手を握った。

 黒い尻尾も布団の中から伸びてきて、俺の手首へ巻きつく。


「ちゃんと帰ってきて」


「ん?」


「私のところに」


 さっきまでの指揮官の顔ではなかった。

 いつもの二人きりのときのザフィラだ。


「待ってるから」


「……あぁ」


 俺は少し笑った。


「ちゃんと帰ってくるさ」


 五災。


 そんな名前がついていようが関係ない。

 ゲーム時代、何度も倒している相手だ。


 それに、今は帰る場所もある。

 待っている奴もいる。

 なら、戻ってくるところまで込みで攻略だ。


「ほら。もう寝ろ」


「ご主人様は?」


「俺も少し寝る」


「本当?」


「本当だよ」


「工房に行かない?」


「……」


「その間は何?」


「行くとしても寝てから」


「やっぱり行くのね」


「準備は必要だからな」


 ザフィラが呆れたように笑った。


 その額へ、軽く口づける。


 一瞬、本当にそれだけ。


「……おやすみ」


 ザフィラの耳がぴくりと動く。


「……うん。おやすみ、リンドウ」


 ♢


 二時間半後。


「眠い……」


 工房の前で、アウラが盛大な欠伸をした。

 髪も少し跳ねている。

 完全に寝起きだった。


「こんな朝早くに何なのだ……」


「悪い悪い」


「悪いと思っている顔ではないぞ」


「まあ聞けって」


 俺は工房の扉を開けた。

 中ではすでにジンが炉へ火を入れている。


「おせぇぞ!」


「いや、十分早ぇだろ」


「俺は夜明け前から起きてんだ!」


「職人の朝早すぎない?」


「お前にだけは言われたくねぇ!」


 最近、これ言われすぎじゃない?


「で」


 アウラが目を擦りながら俺を見る。


「なぜ私は呼ばれたのだ?」


「ああ」


 俺はさらっと答えた。


「近々エアリスまで五災をぶっ殺しに行くから、お前も同行してくれ」


「……」


 アウラが止まった。


「は?」


「だから五災」


「聞こえてはいた!」


「ならいいじゃん」


「よくない!」


 完全に目が覚めたらしい。


「五災だぞ!?」


「ああ」


「『ああ』ではない!」


 ジンまで眉を寄せる。


「おいリンドウ。五災って、あの天災級の化け物のことだろ」


「そう」


「お前また何に首突っ込んでんだ……?」


「向こうから来るんだから仕方ないだろ」


「じゃあ逃げろよ!」


「都市ごと逃げんのか?」


「……」


「無理だろ?」


 ジンが黙る。


「ゼフィロスは俺が殺る」


 そこは最初から決めている。


「アウラにはバックアップを頼みたい。暴風域の中でも動ける前衛がほしい」


「私が?」


「ああ。お前が一番向いてる」


 アウラが自分の胸を指差す。


「私は避けるのが得意な方ではないぞ?」


「だからだよ」


「?」


「ゼフィロス相手に中途半端に避けようとすると、そのまま空の彼方まで飛ばされる」


「そんなにか?」


「そんなに」


 ゲーム時代ですら、風圧対策を怠ったプレイヤーが遥か彼方へ飛んでいくのは日常茶飯事だった。

 現実でやったら笑い話じゃ済まない。


「だから、お前には耐えてもらう」


「なるほど!」


「納得早いな」


「耐えるのは得意だ!」


「知ってる」


 問題は。


「ただし今の装備じゃ無理ってことだ」


 アウラが自分の防具を見る。


「これでもかなり強力なのだぞ?」


「相手の格が違う」


「そんなに危険なのか?」


「都市一つ消せる相手に、その装備で突っ込むのは……そうだな」


 少し考える。


「革装備でドラゴンのブレス受けに行くようなもんだな」


「それは死ぬな!」


「だろ?」


 ジンが腕を組む。


「で、何を作るつもりだ」


「剣はオリハルコン」


「……」


「防具はアダマンタイト」


「お前は国でも買うつもりか!」


 工房中に怒声が響いた。


「作るんだよ」


「どっちも国宝級素材だぞ!」


「倉庫で腐ってんだからいいだろ」


「それを一人分の装備に使うな!」


「五災戦だぞ?」


「だからって限度がある!」


「……それくらいして、ようやくスタートラインなんだよ」


 ジンが頭を抱える。

 でも、冗談で言っているわけじゃない。

 オリハルコンは高い魔力伝導率と、馬鹿みたいな強度を両立する。

 アダマンタイトはさらに重く、物理衝撃への耐性なら最上級。

 軽快に動く奴には向かない。

 でもアウラには合う。

 こいつの役割は、暴風の中で立つことだ。


「全面をアダマンタイトにする必要はない」


 作業台へ紙を広げる。


「胸、肩、腕、脚。必要な場所だけ厚くする。内側は軽量素材と組み合わせる」


「ほう」


 ジンが覗き込む。


「靴底にも術式を入れる」


「何の?」


「接地って魔法」


 簡単に図を描く。


「地面へ魔力を流して、踏ん張る力を上げる。風圧を受けたときは防具全体に散らして、最終的に地面へ逃がす」


「雷は?」


「そっちもやる」


 アダマンタイトは扱い方を間違えると、むしろ雷撃を受けたときが怖い。

 だから避雷用の魔力回路を別に通す。


「受けた雷を脚部から地面へ逃がす。完全に防げるわけじゃないけど、直撃で焼けるよりマシ」


「武器は?」


「大剣のままでいい」


 アウラの戦い方を変える必要はない。

 むしろ変えない方がいい。


「ただ、今より重くする」


「もっとか!?」


「お前なら振れるだろ」


「振れるぞ」


「じゃあ問題ない」


「問題だらけだと思うぞ……」


 ジンが呆れているが気にしない。


 大剣の先端は少し形状を変える。

 地面へ突き立てればアンカー代わりに使えるように。

 暴風で飛ばされそうになったとき、自分を固定する最後の手段になる。


「採寸するぞ」


「分かった!」


 アウラが服へ手をかける。


「待て待て待て!」


「何だ?」


「全部脱ぐな!」


「採寸するのだろう?」


「上着だけでいい!」


「そうなのか?」


「迷いなく脱ごうとすんな!」


 ジンが腹を抱えて笑っている。


「笑ってねぇで手伝え!」


「お前ら朝から元気だな!」


「誰のせいだと思ってんだ!」


 ♢


 そこからは早かった。

 ジンだけでは人手が足りないので、ラグとバルド、他の職人たちも叩き起こした。


 当然、全員に怒られた。


「五災対策」と説明した途端に文句を言いながら炉へ向かったので、職人という生き物は本当に分かりやすい。


 素材を選別。

 オリハルコンを精錬。

 アダマンタイトと補助金属の比率を調整。

 アウラの体格に合わせ、防具の各部を一から引き直す。


 完全な新造といっても、今回は『ドライ』みたいに何日も実験する必要はない。


 構造そのものは決まっている。何を作るかも。

 必要なのは精度と速度だった。


「温度上げるぞ!」


「上げすぎんなよ! アダマンタイト混ぜる前に結晶が崩れる!」


「分かっとるわ!」


「ラグ、そっちの術式板!」


「はい!」


「アウラ!」


「何だ!」


「邪魔だ!」


「私は何をすればいい!」


「座ってろ!」


「分かった!」


 本当に座った。

 素直すぎる。


 槌を振るう

 魔力を流す。

 金属の状態を見ながら、何度も叩く。


 久しぶり――でもないな。


 つい最近『ドライ』作ってたわ。


 それでもやっぱり鍛冶は楽しい。


 頭の中にある完成形へ、素材が少しずつ近づいていく。

 数字だけじゃない。


 音、熱、色。


 手に返ってくる振動。

 全部が情報だ。


 その途中。

 聞き慣れた音が頭の奥で鳴った。


『職業『鍛冶師』のレベルが78に上昇しました』


「お」


「どうした?」


「いや、鍛冶師のレベル上がった」


「今か!?」


「ああ」


 まあ当然か。


 『破邪の短剣(スペル・ブレイカー)』。


 『ドライ』。


 『クロノア』の強化。


 それ以前にもかなり作ってる。


 そりゃ上がる。


「七十八か……」


 あと二十二――。


 まだ遠い。


 でも以前よりは現実的な数字になった。


 鍛冶師の職業レベルが100へ到達すれば、専用技能が一つ解放される。


 『神化(しんか)』。


 名前通り、通常の武具をさらに上の段階へ押し上げるための技能だ。


 今すぐゼフィロス相手に必要というわけじゃない。

 あいつなら、今の俺でも殺せる。


 ただ、今後も天災級と戦うなら話は違う。


 特に――、『万疫(ばんえき)の聖母メルキア』。


 あいつに挑むなら、今の俺じゃそもそも挑戦権すらない。


 『天理の鎖』ズィーヴェン。


 『天地開闢の剣』アイン。


 そして『レムオン』時代、俺が最終的に辿り着いた装備――。


 『レムナント・オプス』。


 そこまで揃ってようやく俺の完成形だ。

 あれがなければ、アインも、ズィーヴェンも、それ以外の武器も真価を発揮できない。


「……ま」


 今考えても仕方ない。


「追々でいいか」


「何がだ?」


 ジンに聞かれる。


「こっちの話」


「またそれか!」


 ♢


 夕方。

 急造とは思えない出来になった。


 工房の中央で、アウラが新しい装備を身につけている。


 黒鉄に近い色の重装。

 以前の魔鉱装備より明らかに重厚だ。

 けれど関節部分は動きを邪魔しないように薄くし、魔力回路で補助している。


 そして手には、オリハルコン製の大剣。

 今までより一回り大きい。


「どう?」


 聞くと、アウラが腕を回した。


「重いな」


「知ってる」


「だが動ける!」


「だろ?」


「凄いな!」


「暴風相手には、その重さが必要なんだよ」


 アウラが大剣を持ち上げる、それも軽々と。


 こいつに重さの概念あるのかな……。


「試していいか?」


「外でな」


「分かった!」


 嫌な予感がして、全員で工房の外へ出る。


 アウラが大剣を構えた。


 魔力を流す。

 脚甲と靴底の術式が光り、地面へ魔力が走った。


「おお!」


「その状態なら、普通の暴風くらいじゃ動かない」


「ならゼフィロスの風も!」


「いや、普通に飛ぶ可能性ある」


「駄目ではないか!」


「五災舐めんな」


「理不尽だ!」


「だから俺もいるんだよ」


 アウラが一度瞬きをして、笑った。


「そうか!」


「ああ」


「なら問題ない!」


「その信頼、ちょっと重いな……」


 でも悪くない。


 連れていくなら、ちゃんと戦えるようにする。

 ちゃんと生き残れるようにする。


 そして――、ちゃんと帰ってくる。


 それでいい。


 武器も防具も整った。

 エアリスまでの道程も、ミラが確認を進めている。

 テオたちは地下資料室で十二年前の記録を洗っている。

 ザフィラはアルセディアへ残る。

 アウラは俺と行く。


 あとは必要な物資を揃えれば、出発できる。

 残された時間は、多くても一か月。

 ゼフィロスが来るのを待つ必要はない。


 だったら――。


 こっちから会いに行けばいい。


今回は、エアリスへ向かうための準備回でした。

これまでならリンドウについていくことを選んでいたザフィラですが、今回は自分の意思でアルセディアに残ります。


「待つ」と決めたこと。

そして、リンドウがいない間は自分がこの国を守ること。

少しずつですが、ザフィラ自身の役割も変わってきました。


そして同行するアウラは、ついに初期の魔鉱装備を卒業。


相手は五災級。

オリハルコンの大剣とアダマンタイトの重装でも、ようやくスタートラインです。


さらに鍛冶師もLv78へ。

『神化』や『レムナント・オプス』など、リンドウ自身にもまだ先があります。


準備は整いました。

次回、いよいよエアリスへ向かいます。


引き続き楽しんでいただけたら嬉しいです。


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