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REMNANT RECORD~ストーリー未読の世界一位の廃ゲーマーは、倒した敵の物語を知らない~  作者: 霜月ルイ
第四章:天鯨の帰る空

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65/84

65:覇王、天鯨を迎え撃つ。

 誘導塔。


 その文字を眺めながら、俺は記憶の奥を探った。


 どこかで見たことがある。


 それも、結構前に――いや、俺にとっては百二十年前なんて感覚はないんだけど。


 『レムオン』をやっていた頃だろ……?


 『天渦鯨(てんかげい)ゼフィロス』、あいつを何度も狩っていた頃の記憶だ。


「……あ」


 ようやく繋がった。


「そうじゃん、思い出したわ」


「何をですか?」


 ミラがすぐに反応する。


 俺は手元の資料へ視線を落としたまま答えた。


「これ、ゼフィロスの攻略ギミックだ」


「攻略……?」


「ああ。誘導塔ってのは、あいつの進路を変えるための設備なんだよ」


 テオたちもこちらを見る。

 俺は記憶を整理しながら、机の上に置かれていた地図を引き寄せた。


「ゼフィロスはな、基本的に決まった航路を飛ぶんだ。年中ずっと同じってわけじゃないけど、季節ごとにいくつかルートが決まってる」


「では、十二年前に突然進路を変えたという話は……」


「そこなんだよなぁ」


 ミラの言葉に頷く。

 ゲーム時代のゼフィロスは、放っておけば好き勝手に世界中を飛び回るようなボスじゃなかった。


 大陸上空を巡回する巨大なフィールドボス。

 ただし通常航路だと高度が高すぎるし、暴風域も広すぎて、まともな攻略はできない。


 だからプレイヤー側が誘導塔を起動する。

 塔から特殊な魔力波を出して、ゼフィロスを無理やり本来の航路から引き剥がす。

 それを何度か繰り返しながら、戦いやすい地点まで引っ張ってくる。


「ゼフィロスを殴れる場所まで連れてくるための装置だったはずだ」


「……殴れる場所?」


「そこ拾うか?」


「いえ」


 ミラが小さく首を振る。


「続けてください」


「とにかく、俺たちは誘導塔を順番に起動して、ゼフィロスをルートから外してた」


 それ自体は珍しいギミックじゃない。

 大型レイドではよくあるやつだ。

 ボスを指定地点まで誘導するとか、地形を利用して弱体化するとか、そういう類いのもんだ。


 俺も何度使ったか覚えていない。

 いや、正確には使った回数なんていちいち数えていなかった。


 ゼフィロスを最短で撃破地点へ運べる起動順。

 誘導範囲。

 再使用時間。

 天候による誤差。


 そっちは覚えている。


 ストーリー、誰が建てた塔なのか、何のために建てたのか。

 そんなもんは知らん。

 攻略に必要なところだけ覚えて、残りは全部飛ばした。


「ということは」


 テオが資料を指差した。


「十二年前、誰かがこれを使った?」


「多分な」


 資料にははっきりと、


『第二誘導塔――稼働確認』


『第四誘導塔――出力正常』


『第六誘導塔――起動』


 と残されている。

 その直後に、ゼフィロスは南西へ進路を変えた。


 偶然にしては出来すぎている。


「少なくとも、何もしていないのに突然進路を変えたって話じゃなさそうだ」


「では、何者かが意図的に?」


「それを知りたい」


 誰が、何のために?

 わざわざ災厄級のボスを、本来の航路から外した?

 討伐するため?

 いや、十二年前にはもう、ゼフィロスをまともに狩れるほどの戦力なんて残ってねぇはずだ。

 なら別の目的か……。


 俺は資料をめくる。


「他に塔の記録は?」


「それなんだが」


 テオが別の束を取った。


「これも見てくれ」


 一枚の記録用紙を差し出される。

 上部に書かれていた地名を読み、俺は眉を寄せた。


「……風門都市エアリス?」


 知ってる。

 というか、名前だけならかなり覚えている。

 ゼフィロス関連のクエストで立ち寄る都市だったはずだ。

 高地に造られた街で、大型の風車と魔導塔が名物。

 確か風属性系の装備素材も売っていた。

 NPCも何人かいたはずだけど――。


「……誰がいたっけな」


「何か?」


「いや。昔、ゼフィロス関連で行ったことがある街なんだけど」


「覚えていないのですか?」


「街は覚えてる」


「人は?」


「覚えてねぇ」


 ミラの目がちょっとだけ冷たくなった。


「……何だよ」


「何も」


「絶対何か思っただろ」


「リンドウ様らしいと思っただけです」


「それ悪口だぞ」


「事実です」


 くっそ、こいつめ。

 否定できないのが一番腹立つ。


 俺は気を取り直して記録へ目を落とした。


『風門都市エアリス 天鯨接近時対策記録』


 その下。


『都市被害軽減を目的とした誘導塔稼働準備』


 さらに続く。


『第二、第四、第六塔担当兵配置完了』


『各塔への魔力供給開始』


『城壁外住民の避難誘導を開始』


「……被害軽減?」


 思わず口に出た。

 テオが頷く。


「俺もそこが気になった」


「エアリスを守るために誘導塔を使ったってことか?」


「文章だけを読むなら」


「でも……」


 変だな……。

 俺の記憶では、ゼフィロスはエアリスを襲うような動きをしない。

 そもそも襲うも何も、あいつは決められた空路を飛んでいるだけだった。

 ゼフィロスの攻撃判定に入らなければ、基本的には戦闘にもならない。

 街へ突っ込んで暴れ回るようなボスじゃない。


「この街って、元々ゼフィロスの航路に近かったのか?」


 ミラが近くの地図を広げる。


「現在の地理では、この辺りかと」


 指差された位置を見る。


「ああ、ここだ」


 記憶と一致する。

 高地、山岳地帯の東側、ゲーム時代にもエアリスはここにあった。


 そしてゼフィロスの季節航路も、その北側を通っていたはずだ。


 近い……確かに近いけど。


「別に街の真上は通らねぇんだよな」


「じゃあ被害はないってことか?」


「ゲームなら……」


 そこまで言って。


 俺は止まった。


「……あ」


 何だ――答えなんて、ずっと目の前にあったじゃねぇか。


「リンドウ?」


 テオが怪訝そうに見る。


「いや……そうか」


 俺は地図を見直した。


 ゲーム時代。

 ゼフィロスが通過すると、広範囲で天候が変わった。


 暴風。

 豪雨。

 雷。

 視界不良。

 飛行系モンスターの出現率変化。


 場所によっては川が増水する演出まであった。


 でも、それで街が壊れることはない。

 NPCが死ぬこともない。

 畑が流されることも、家の屋根が吹き飛ぶこともない。


 当たり前だ、なんせゲームだったんだから。


「ここ……現実なんだよな」


 自分で言って、なんだか妙な気分になった。

 今さら何を言ってんだって話だけど。

 でもこういうところで、まだ抜ける。


 ゲームならただの天候エフェクト。

 少し移動しづらくなる。

 雷に当たればダメージを受ける。


 たったそれだけ。


 今は違う。

 あの暴風の下には、人が住んでいる。


 家がある。

 畑がある。

 家畜がいる。

 増水した川の向こうにも村がある。


 ゼフィロス本人が街を襲うつもりなんてなくても、通るだけで災害になる。


「……なるほどな」


「何か分かりましたか?」


「ああ。多分、俺が根本的に勘違いしてた」


 ミラたちへ向き直る。


「ゼフィロスはエアリスを狙ってなくても、近くを通れば街に被害が出る」


「暴風雨ですか」


「それだけじゃねぇ。あいつの周りの風圧は、普通の嵐とは桁が違う。ゲームじゃ近づくための障害だったけど、こっちじゃ建物ごと持っていかれてもおかしくない」


 ミラが地図を見る。


「だから、都市を守るために進路を変えた……と」


「……おそらくな」


 だけど、まだ腑に落ちない。


「でも、それなら何で港町が消えた?」


 部屋が静かになる。


 ゼフィロスをエアリスから遠ざける。

 それ自体は理解できる。

 八万人だか何万人だか知らないが、大きな都市なら被害を避けようとするのは当然だ。

 だが、その結果として港町が一つ消滅している。

 偶然か?

 誘導先に街があることを知らなかった?


 それとも――。


「まだ決めつけるには早いな」


 自分で考えを止める。

 情報が足りない。

 こういうとき、先に答えを決めてから資料を見るとろくなことにならない。

 ゲームの攻略でも同じだった。

 一度思い込むと、見えるはずのギミックまで見落とす。


「テオ。この資料室、エアリス関係の記録はどのくらいありそう?」


「分からない。まだほとんど手をつけてない」


「十二年前の前後を優先して見たいな」


「分かった」


 そのとき。


「リンドウ様」


 リタが声をかけてきた。


「ん?」


「こちらも確認していただけますか?」


 何枚かの紙を抱えている。

 さっきから棚を調べていたらしい。


「何だ?」


「天鯨の観測記録です。これが一番新しいものだと思います」


「……新しい?」


 受け取る。

 紙自体はさっきの十二年前の資料よりずっと新しい。

 最近書かれたものだ。

 ――というか。


「これ今年じゃん」


「はい」


 何で旧王族の隠し資料室に今年の観測記録があるんだよ。

 ……いや、問題は今はそこじゃない。


 内容を読む。


『天鯨接近予測』


 風向。

 季節変動。

 気圧。

 各地で確認された巨大雲塊。

 観測日。


 それらを元に計算された予測航路。


「……」


 俺は紙を持ったまま、黙って数字を追った。

 ミラがこちらへ寄る。


「何と?」


「ちょっと待て」


 ゲーム時代の記憶と照らし合わせる。


 この季節。

 この風向。

 ゼフィロスが西側から回り込んでくる場合。


 ――多分。


「……もうすぐじゃねぇか」


「はい」


 ミラが静かに答えた。


「観測担当者の推定では、三週間から四週間以内」


「そんな近いの?」


「最短予測で十九日。最長でも三十日程度です」


「マジかよ……」


 想像よりずっと早い。

 いや、こっちへ来てから季節巡回の細かい日程まで確認していなかった俺が悪いんだけど。


 天災級だぞ?


 もっとこうさぁ、来るなら事前に教えてくれよ。

 システム通知とか、大型イベント開始まであと三十日! みたいなやつ。


 ……ないよなぁ。

 現実だもんなぁ。


 俺は紙を机へ置いた。


「十二年前と同じ航路?」


「現時点の予測では、かなり近いそうです」


 ミラが答える。


「そしてエアリス側で、再び誘導塔を使用する可能性も否定できません」


「十二年前と同じことが起きるかもしれないってことか……」


「はい」


 また、港町が消える。

 村が吹き飛ぶ。

 誰かが死ぬ。


 そうなるかもしれない。


「……」


 考えるまでもなかった。


「分かった」


 俺は地図から顔を上げた。


「エアリスへ行く」


「リンドウ?」


 テオが反応する。


「直接見てくる。塔も、ゼフィロスの現在の航路も、十二年前に何が起きたのかも」


「正気か?」


「何で?」


「相手は五災だろ」


「ああ」


「だからだよ」


 テオが真顔で言う。


「今までの相手とは根本的に違う」


「知ってるよ」


 『天渦鯨(てんかげい)ゼフィロス』。


 ゲーム時代でも最高難度のフィールドレイドだった。


 人数を揃えたから勝てる相手じゃない。


 暴風域への突入。

 足場の確保。

 四枚の風鰭。

 背中への移動。

 そして頭部の弱点。


 一つでも手順を間違えれば、レイドメンバーがまとめて空から叩き落とされる。


 それでも――。


「俺はあいつの攻略法を知ってる」


 弱点も。

 行動パターンも。

 誘導方法も。

 殺し方も。


 全部覚えている。


「ここであいつを仕留めねぇと、また無駄に人が死んでくだけだ」


 少なくとも今の俺には、そう思えた。

 十二年前に何があったかはまだ分からない。

 誘導塔を誰が使ったのかも、何のために使ったのかも。


 ただ――ゼフィロスが再び来るのなら。


 その前に倒せばいい。

 単純な話だ。


「分かった」


 テオが言った。


「俺も行く」


「いや」


 即答する。


「お前は残れ」


「何でだ」


「頼みたいことがある」


 俺は周囲の棚を見渡した。


 膨大な資料。

 十二年前の事件。

 誘導塔。

 エアリス。

 旧王族。


 まだ何かある。

 それも、多分一個や二個じゃない。


「この資料室、全部洗ってくれ」


「全部?」


「十二年前の天鯨事件を中心に。エアリスとのやり取り、誘導塔の運用記録、港町の位置、冒険者百人を派遣した理由。関係ありそうなものは全部だ。あとは他の天災級についてもだ」


 テオが少し考える。


「カイとリタも?」


「頼む」


「了解」


 カイは黙って頷き、リタはむしろ少し嬉しそうだった。


 ……徹夜しそうだな、こいつ。


「ただし」


 俺は付け足す。


「ちゃんと寝ろよ?」


「リンドウ様に言われるとは思いませんでした」


 リタに真顔で返された。


「お前までミラみたいなこと言うのかよ」


「事実です」


「この国、俺への敬意はどこ行ったんだ」


「あります」


 カイが答える。


「ほんとかよ」


「……多分?」


「今多分って言ったよな?」


「気のせいです」


 何だこいつ。

 テオ班、こんなのばっかりなの?


「リンドウ様」


 ミラが咳払いする。


「話を戻しても?」


「いいぞ」


「同行者はどうされますか?」


「んー」


 ザフィラ。


 最初に頭へ浮かんだ。

 普段なら、ほぼ間違いなく一緒に行く。


 けどなぁ……今のアルセディアを考えると、国を空けさせるのはどうなんだ。


 俺とザフィラが二人ともいなくなる。

 五災が動き始める時期に。


 流石によろしくないよなぁ。

 それにザフィラがどうするかは、本人に聞けばいいか。


「とりあえずアウラ」


「アウラ?」


 テオが少し意外そうな顔をした。


「ああ」


「理由は?」


「硬いから」


「……それだけ?」


「重要だぞ?」


 ゼフィロス戦で一番面倒なのは風だ。

 下手な回避型を連れていけば、何もできずに吹き飛ばされる。


 アウラなら、多少無茶しても踏ん張れる。

 というかあいつ、吹き飛ばされながら笑って戻ってきそうだし。


 想像できるのがちょっと面白い。


「前衛で風圧受けても立ってられる奴がほしい。アウラなら向いてる」


「なるほど」


「まあ――」


 そこで一つ。


 重大な問題を思い出した。


「武器と防具は作り直すけどな」


「作り直す?」


 ミラの眉がわずかに動く。

 嫌な予感を察知した顔。


「何だよ」


「いえ」


「絶対何か言いたいだろ」


「何日、工房へ籠もるおつもりですか?」


「籠もらねぇよ!」


「本当でしょうか」


「今回は本当!」


 流石にね。

 ついこの間まで三日間ぶっ通しで工房にいて、正座させられたばっかりだからね。

 俺だって学習するんだよ。


 多分。


「ダイジェストで終わらせるから」


「だいじぇすと?」


「あ、いや。こっちの話」


 危ね、変な言葉使った。


「でも、今のアウラの装備じゃ無理だ」


 あいつらに最初に渡した装備は、基本的に魔鉱製だ。

 当時としては十分だった。

 少なくとも、その辺の冒険者が使っている武器よりはずっといい。


 俺のお手製。

 魔力伝導。

 耐久性。

 使い手に合わせた調整。


 全部やった。けど――。


「ゼフィロス相手じゃ、あんなもん紙と変わらねぇ」


「紙……」


「言い方は悪いけど本当だよ」


 天災(カラミティ)級。


 しかも暴風と落雷を全身で撒き散らす巨大ボス。

 魔鉱装備のまま連れていくとか、自殺しに行くようなもんだ。


「武器も防具も、最低でも一段上にする」


「材料は?」


「倉庫に腐るほどあるわ」


 『最果ての夢跡』から持ち帰った素材も残っている。


 ヒヒイロカネは使うつもりはない。

 というか、むしろアウラには向かない。


 もっと重くて、衝撃に強くて、魔力を地面へ逃がせる素材がいい。


 靴も変える

 脚甲も。

 暴風対策に接地用の術式を組む。


 武器には……そうだな。

 ゼフィロスの鱗を相手にするなら、重量だけじゃ足りないな。

 打撃を一点へ集中できるようにして、いざというとき地面へ固定できる機構も欲しい。


「……」


「リンドウ様?」


「ん?」


「楽しそうですね」


 ミラに言われる。


「そんなことないぞ」


「顔が完全に職人のものになっています」


「気のせいだ」


「先ほどリタに言われた言葉をそのまま返さないでください」


 ばれたか。

 まあちょっとだけ楽しみではある。

 でも、それ以上に。


「連れていくなら、ちゃんと帰ってこられる装備にしねぇとな」


 口に出してから、自分で少しだけ引っかかった。

 昔なら、レイドに必要だから役割を果たせる装備を作る。

 それだけだった。


 今は、役割を果たしたあとちゃんと帰ってくるところまで考えている。


「……まあ、いいか」


「何がです?」


「何でもねぇよ」


 資料をまとめる。


 期限は長くて一か月。

 短ければ二十日もない。


 やることは山ほどある。


 アウラの装備。

 エアリスまでの移動。

 ゼフィロスの現在航路。

 誘導塔。

 そして十二年前の真相。


 でも、攻略法なら知ってる。

 弱点も、行動パターンも、殺し方も。


 だったら、まだ話は簡単だ。

 十二年前と同じように港町が消える前に。


 今度は俺が先に――。


 『天渦鯨ゼフィロス』を仕留めればいい。


誘導塔の正体は、リンドウがゲーム時代に使っていた『天渦鯨ゼフィロス』攻略用のギミックでした。

ただ、ゲームではただの攻略ギミックだったものも、この世界では意味が変わってきます。

ゼフィロスが通れば、暴風も豪雨もただの演出では済まない。

そして十二年前、風門都市エアリスを守るために使われた誘導塔と、消えた港町。


さらに『天鯨』の再接近まで、残された時間は一か月もありません。


次回は出発準備と、久しぶりの仲間用装備更新へ。

アウラを五災級の戦場へ連れていく以上、さすがに初期の魔鉱装備というわけにはいきません。

第四章『天鯨の帰る空』、引き続き楽しんでいただけたら嬉しいです。


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