63:覇王、祭りを眺める。
アルセディアを奪還してから、三か月ほどが過ぎた。
たった三か月と言ってしまえば短い。
けれど、その間にこの国で起きたことを一つずつ思い返してみると、どうにもそうは思えなかった。
王家と腐敗した貴族たちを裁き、領政官制度を整えた。
ヘレナの物語を知り、『破邪の短剣』を使って、この国に残されていた奴隷紋をすべて消した。
自由になった人間が増えた結果、今度は食料が足りなくなった。食材の祠へ籠もり、戻ってきたあとは中央広場で国中の人間へ飯を作った。
その直後、俺は一か月以上も『最果ての夢跡』へ消えた。
帰ってきたと思えば、今度は職人たちと工房へ籠もって『ドライ』を作り、ついでにクロノアまで鍛え直した。
そしてミラに怒られた。
……最後の一つだけ、妙に回数が多い気がする。
「リンドウ」
「ん?」
「ぼーっとしてる」
隣を歩いていたザフィラに声をかけられ、俺は顔を上げた。
目の前には、見慣れた中央通りが伸びている。
ただし、今日だけはいつもの中央通りとはまるで違っていた。
「いや。人、増えたなぁと思って」
「そりゃそうでしょ。今日は祭りなんだから」
通りの両側には色とりどりの布が渡され、店先には花や木彫りの飾りが並んでいる。屋台から漂ってくるのは、焼いた肉と甘い菓子、それから香辛料の匂いだ。
朝から楽器の音も途切れない。
太鼓を叩く者がいれば、笛を吹く者もいる。まともに演奏している連中のすぐ隣で、明らかに酒の勢いだけで弦をかき鳴らしている奴までいた。
それでも誰も止めない。
子どもが走り回り、商人が声を張り上げ、その横を酒瓶片手の冒険者が歩いていく。
人間もいる。獣人もいる。
かつて奴隷だった者も、昔からこの街で商売を続けてきた者も、アルセディアを離れていたのに戻ってきた者もいる。
この国が変わったという噂を聞きつけ、新しく住み始めた連中までいた。
全員が、同じ通りを歩いている。
「ここまで騒がしくなるとは思わなかったな」
「開催を許可したのはご主人様でしょ?」
「許可はしたけど、規模が違う」
最初に復興担当から祭りの話を持ちかけられたとき、俺はもっと小さなものを想像していた。
せいぜい中央広場へ屋台が集まって、夜になれば皆で酒でも飲む。その程度だ。
ところが話を聞いた商人組合が参加を申し出て、冒険者ギルドが警備と催し物を引き受け、職人たちは露店を出すと言い始めた。
そこへ各区画の住民まで勝手に飾り付けを始めた結果、気づいたときには王都全体を使った祭りになっていた。
「覇王様!」
声をかけられて振り返る。
串焼きの屋台に立っていた男が、大きく手を振っていた。
「一本どうだ!」
「金取る?」
「当たり前だろ!」
「王なのに?」
「王だからって食い逃げすんな!」
「ちゃんとしてんな、この国」
財布を出して一本買う。
その瞬間、隣から無言の視線が飛んできた。
「……」
「何?」
「私のは?」
「自分で買えよ」
「一か月と三日」
「まだ使うんか、それ?」
「使えるうちは使う」
「いつまで有効なんだよ」
「私が満足するまで」
「無期限じゃねぇか」
仕方なくもう一本買って渡すと、ザフィラは満足そうに串を受け取った。
その左手の薬指で、赤金色の小さな輪が陽光を反射する。
宝石もなければ、凝った装飾もない。
ただの指輪だ。
ザフィラも、わざわざ誰かへ見せびらかしたりはしない。
それでも、あの日から一度も外していない。
「美味しい」
「よかったな」
「あなたも食べる?」
「自分のあるだろ」
「一口」
「いらねぇって」
「じゃあ私がもらう」
「それ俺の串だぞ!」
俺の返事を待つことなく、串の先から肉を一つ奪われた。
「おい」
「美味しい」
「自分の食えよ」
「あなたのも食べたかったから」
「……自由だな、お前」
「今さら?」
ザフィラが笑う。
そうだった。
こいつはもう、誰かの許可を待つ必要なんてない。
食いたければ食う。欲しければ欲しいと言う。
俺の肉を勝手に奪う自由まで認めた覚えはないけど、それはまた別の問題だ。
♢
中央通りを進んでいると、人混みを縫うように小さな影が走ってきた。
「リンドウ!」
「お」
レオだった。
首から木札をぶら下げている。
表には、少し歪んだ文字で『レオ』と書かれていた。
「これ!」
俺の前まで来るなり、見せつけるように木札を持ち上げる。
「書けるようになった!」
「自分で?」
「うん!」
「上手いじゃんか」
「だろ!」
得意げに胸を張る。
前に会ったときよりも顔色がいい。少し肉もついたように見えた。
「何してた?」
「パン売ってる!」
「お前が?」
「師匠と!」
レオが後ろを指差す。
少し離れた場所では、あいつを雇っているパン職人が臨時の屋台を出していた。
向こうも俺に気づき、軽く頭を下げる。
けれど、以前のように深く頭を垂れ、怯えるような挨拶ではない。
ただの挨拶だった。
俺も片手を上げて返す。
「ちゃんと仕事してる?」
「してる!」
「パン盗み食いしてない?」
「してない!」
すると屋台の方から声が飛んできた。
「五個食ったぞ!」
「……」
レオが固まる。
「五個?」
「……味見だよ」
「多くない?」
「祭りだから!」
「便利な言葉だな」
どこかの黒猫と同じである。
「でもさ」
レオが少しだけ声を落とした。
「今日は、売っていいんだって」
「うん」
「俺が並べたパンを、みんなが買ってく」
「うん」
「お金もらって、また作るんだって」
「そうだな」
俺が頷くと、レオは嬉しそうに笑った。
「俺、もっと覚える」
「何を?」
「パン!」
そこに迷いはなかった。
「師匠みたいに作れるようになるんだ!」
「なら頑張れ」
「うん!」
そう答えたレオは、また人混みの中を走っていった。
首から下げた木札が、背中で何度も跳ねる。
『レオ』。
数字じゃない。
誰かに与えられた呼び名でもない。
あいつが自分で選んだ名前だった。
「……いい顔してたわね」
隣でザフィラが呟く。
「ああ」
♢
職人区画へ近づくと、祭りの喧騒に混じって金属を叩く音が聞こえてきた。
「うるせぇ」
「あなたにだけは言われたくないと思うわ」
「俺、あそこまで叫ばないぞ」
「工房にいるときは大差ないわ」
嫌な評価を受けながら覗き込めば、案の定ジンたちがいた。
「お前ら、今日まで鍛冶してんの?」
「鍛冶じゃねぇ!」
ジンが即座に怒鳴り返す。
「実演販売だ!」
「鍛冶じゃん」
「祭り用だ!」
工房前には簡易炉が置かれ、職人たちが客の前で小さなナイフや農具、装飾品を作っている。
その横には、完成品が所狭しと並べられていた。
「リンドウ!」
ラグが俺を見つけて駆け寄ってくる。
「これ見てください!」
差し出されたのは、小さな可動式の連結具だった。
「何これ?」
「『ドライ』の連結部を参考にして作ったんです」
受け取って動きを確かめ、そのまま軽く魔力を流してみる。
硬化。
解除。
もちろん『ドライ』とは比べものにならない。
精度も強度も、まだまだ足りない。
けれど。
「……できてるじゃん」
「本当ですか!?」
「ああ。ただ、ここで少し魔力が逃げてる」
「そこが分からなくて」
「回路を一つ減らしてみろよ」
「減らすんですか?」
「多分、増やしすぎて干渉してる」
「なるほど……!」
ラグはその場で紙を取り出し、猛烈な勢いで書き始めた。
「祭りだぞ?」
「後で試します!」
「休めよ?」
「あなたに言われたくありません!」
「それ昨日も誰かに言われたな」
腕を組んでいたジンが鼻を鳴らす。
「で、『ドライ』は?」
「今日は持ってない」
「なんでだ!」
「祭りで三節棍振り回すわけにいかねぇだろ」
「見せろって言ってるだけだ!」
「お前、絶対途中で振りたくなるじゃん」
「……」
「図星かよ」
「うるせぇ!」
相変わらず元気だった。
あの三日間、全員がへとへとになり、最後はまとめてミラに正座させられた。
それでも、あれで終わりにはしていない。
見た技術を試し、触った素材を思い出し、自分たちにはできなかった工程を自分たちなりに考えている。
「また何か作るときは呼ぶよ」
そう言うと、ジンは鼻で笑った。
「今度は三日前に言え」
「善処するわ」
「前日に来たら追い出すぞ」
「素材見せても?」
「……」
「ヒヒイロカネとか」
「卑怯だぞ、お前!」
♢
昼を過ぎて中央広場へ戻ると、朝よりさらに人が増えていた。
食材の祠から戻ったあと、俺たちが巨大な鍋を並べた場所だ。
あの日は俺たちが食事を配った。
今日は違う。
いくつもの屋台が並び、それぞれが自分の料理や商品を売っている。
「あ」
「覇王様」
見覚えのある老人と目が合った。
以前、奴隷紋を消すことを最初は拒んだ人だ。
自由になってもどう生きればいいのか分からない。
今さら自分で選べと言われても怖い。
そう言って、あの場を離れた。
それでも四日後、自分の意思で戻ってきた。
今は大工の手伝いをしているはずだった。
「何売ってるの?」
「私が作ったものではありませんよ」
老人の前には、端材から作った小物が並んでいた。
「親方のところで余った木を使って、若い者たちが作ったんです。今日は私が店番を」
「仕事?」
「いえ。頼まれましたが、断ってもいいと言われまして」
「それで?」
「やることにしました」
老人が穏やかに笑う。
「祭りを見ながらできますから」
「いいじゃん」
「ええ」
以前、この人は何時に起きればいいのか、何をすればいいのかすら分からないと言っていた。
今は頼まれて、自分で考えて、店番をすることを選んでいる。
「最近どう?」
「まだ失敗しますよ」
「何を?」
「先日、寝坊しました」
「いいじゃん」
「いいのですか?」
「遅刻なら怒られるかもしれないけど」
「怒られました」
「なら次、気をつければいいだろ」
「ええ」
老人はそこで、少しだけ目を細めた。
「怒られても、鞭はありませんでした」
「……」
「次は気をつけろと。それだけでした」
「そっか」
「はい」
それ以上、何も言う必要はなかった。
「祭り、楽しんで」
「覇王様も」
「ああ」
♢
広場の反対側では、クライブを見つけた。
祭りの日だというのに相変わらずきちんとした服を着ていて、その隣には見覚えのある女性がいる。
奴隷紋を消したあと、自分の意思でもう一度クライブのもとで働くことを選んだ人だ。
今は給金も、休日も、仕事内容も、全部書面で決めている。
「今日は休み?」
声をかけると、女性が笑った。
「はい。クライブ様から、祭りの日くらい仕事を忘れろと」
「本人は働いてそうだけど」
「私は視察です」
クライブが即座に訂正する。
「それ仕事じゃん」
「違います」
「何が?」
「祭りを楽しみながら、市民の様子を確認しているだけです」
「仕事じゃん」
「……」
隣の女性が笑いを堪えている。
「休めって言った本人が一番休めてないね」
「覇王陛下には言われたくありません」
「今日何回目だろ、それ」
どうも俺に対する国民の認識は、思っていたより酷いらしい。
「ところで」
女性の手に小さな袋があるのを見つける。
「何買ったの?」
「菓子です」
「自分で?」
「はい」
「給料で?」
「はい」
それだけなのに、どこか嬉しそうだった。
「前に、何を買えばいいか分からないって言ってたよな」
「覚えていらしたのですね」
「まあ」
「今も迷います」
女性は手元の袋へ目を落とした。
「でも今日は、食べてみたいと思ったものを買いました」
「いいじゃん」
「はい」
その人は笑った。
たったそれだけのことが、三か月前にはできなかった。
♢
夕方になる頃には、祭りは昼よりさらに賑やかになっていた。
酒の入った連中が増え、広場の一角では踊りまで始まっている。
非番の兵士たちも混ざっていて、冒険者と腕相撲までしていた。
そして、その中心に見覚えのある女がいる。
「お前、何してんの?」
「勝負だ!」
「参加するなよ!」
アウラの向かいに座っているのは、腕が俺の太腿くらいありそうな大男だった。
周囲から歓声が飛ぶ。
開始数秒後。
アウラが普通に勝った。
同時に机が割れた。
「……」
「勝った!」
「机壊してんじゃん!」
「すまん」
「お前、祭りでも壊すんかい!」
少し離れた場所では、カレンが飲み物を片手にこちらを見ていた。
「止めなかったの?」
「止めましたよ?」
「結果これ?」
「アウラですから」
「説得力あるな」
「失礼ではないか!?」
「自覚持てよ」
ノアは屋台の料理を順番に見て回っていた。
「何してんの?」
「衛生状態を確認しています」
「お前も仕事してるじゃん」
「半分趣味です」
「ミラに怒られるぞ」
「ミラには言わないでください」
「ノアまで……」
テオの姿だけ見えない。
「テオは?」
「さっきまでいましたよ」
カレンが答える。
「串焼きを食べたあと、人混みに消えました」
「本当に忍ぶよな、あいつ」
最後にミラを探す。
「……いた」
広場の隅で、当然のように書類を持っていた。
「何してんの?」
「仕事です」
「祭りの日だぞ」
「存じています」
「休めよ」
ミラがゆっくり顔を上げる。
「祭りの警備計画、露店許可、臨時衛生規則、酒類販売区画の調整、迷子対応所、救護所の人員配置。誰かが整えなければ祭りは成立しません」
「……」
「何か?」
俺は近くの屋台で焼き菓子を買い、そのままミラへ差し出した。
「何でしょう」
「飯」
「食事ではありません」
「祭りなんだからいいだろ」
少し迷ったあと、ミラは受け取った。
「……ありがとうございます」
「食べながら仕事すんなよ」
「善処します」
「それ、やらない奴の返事だぞ」
「誰の真似でしょうね」
「……俺?」
「ご理解いただけて何よりです」
強くなったなぁ、こいつも。
♢
陽が落ち始めた頃、中央広場の一角へ静かに人が集まっていた。
そこだけは祭りの喧騒から少し離れている。
俺もザフィラと一緒に向かった。
そこには、新しい石碑が立っていた。
大きくない。
派手な装飾もない。
上部に刻まれている名前は一つだけ。
――聖女ヘレナ。
その下に続く文章も長くはない。
奇跡を起こした救世主。
神に選ばれた聖女。
そんな言葉は一つもなかった。
そうしてくれと、俺からミラたちへ頼んだ。
英雄へ作り変えないでほしい。
本人が望んでもいない姿へ、また勝手に物語を書き換えないでほしい。
碑文に刻まれているのは、たった一つ。
『人々が選ぶ権利を守ろうとした、一人の女性』
その下には、『随行誓約』が本来持っていた理念も簡潔に記されている。
同意。
説明。
拒否。
解除。
そして、守る責任。
誰かへ命令するための契約じゃない。
互いの意思を守るために作られたものだった。
「人、来てるんだな」
石碑の前には花が置かれている。
山のように積まれているわけではない。
それでも、いくつもあった。
「毎日、誰かしら来てるみたい」
ザフィラが言う。
「奴隷紋が消えた人も?」
「うん。ヘレナのことを今まで知らなかった人も」
「……そっか」
俺も知らなかった。
何度倒したか分からないあの聖女を、俺はずっと敵としか思っていなかった。
ボス、攻略対象。
それだけだ。
けれど今、この国にはヘレナの名前が残っている。
都合よく書き換えられた物語じゃない。
あいつが何を守ろうとしたのかが、ちゃんと残っている。
「ヘレナ」
小さく呼んでみる。
返事はない。
「祭りだぞ」
少しだけ笑う。
「うるさいくらいになった」
もちろん、返事はなかった。
それでいい。
あいつはもう、誰かの都合で起こされなくていい。
♢
夜。
祭りの灯りは、街全体へ広がっていた。
俺とザフィラは人混みを離れ、以前二人で昼寝をした丘まで上がっていた。
ここからなら、中央通りも広場も、王城も職人区画も市場も見渡せる。
どこにも灯りがある。
「すごいな」
「えぇ」
ザフィラが隣へ立つ。
人前なら、いつもの距離を保っているところだ。
けれど今は暗く、周囲にもほとんど人はいない。
黒い尻尾が伸びてきて、俺の手首へ巻きついた。
「……手じゃなく?」
「尻尾なら見えにくいでしょ」
「何だよその基準」
「いいでしょ?」
「いいけどな……」
そのまま街を見る。
遠くから笑い声が聞こえる。
商人はまだ商品を売っていて、子どもが走れば親が追いかける。
冒険者は酒を飲み、職人は自分の作ったものを客へ説明している。
かつて奴隷だった人が、自分で稼いだ金を使って何かを買う。
屋台の前では、何を食べるか本気で迷っている奴がいる。その隣の友人が、勝手におすすめを押しつけていた。
何でもない光景だ。
それなのに、俺はずっと見ていた。
ゲームだった頃のアルセディアは、もっと豪華だった。
建物も立派だった。
城は今より遥かに大きく、NPCも多く、軍も強かった。
資金なんて腐るほどあった。
俺はそれを、自分が作った最高の国だと思っていた。
でも、今になって思う。
俺が本当に欲しかったのは、きっとこういうものだった。
「笑ってるな」
「何が?」
「みんな」
ザフィラも街を見る。
誰かに笑えと命じられたわけじゃない。
祭りへ参加しろと強制されたわけでもない。
来たくない奴は家にいるだろうし、仕事をしたい奴は働いている。
酒を飲みたい奴は飲んで、甘いものを食べたい奴は食う。
何を買うか。
誰と歩くか。
いつ帰るか。
全部、自分で決めている。
レオは自分で選んだ名前を首から下げ、パンを売った。
あの老人は、自分の意思で店番を引き受けた。
クライブのもとへ戻った女性は、自分で稼いだ金で、自分が食べたい菓子を買った。
ジンたちは誰にも言われていないのに祭りの日まで鍛冶をしている。
アウラは勝手に机を壊した。
「……あれは違うな」
「何?」
「何でもない」
まあ、あれだって本人が選んだ結果ではある。
弁償はさせるけど。
俺の手首には、ザフィラの尻尾が巻きついている。
左手の薬指には、俺が渡した指輪。
誰かに俺のそばへいろと命じられているわけじゃない。
こいつ自身がここにいることを選んでいる。
そして俺も、それを嬉しいと思っている。
国を作るって何だろう――。
ずっと、どこかで考えていた。
強い軍隊。
潤沢な資金。
領土。
法律。
技術。
もちろん、全部必要だ。
けれど、それだけじゃない。
今日、この街を見てようやく分かった。
「……そうだよ」
「リンドウ?」
自然に言葉がこぼれた。
「俺が作りたかったのは、こんな国だ」
ザフィラがこちらを見る。
俺は街を見たまま続けた。
「別に俺を讃えなくていい。俺の像なんて建てなくてもいいし、毎日感謝しろとも思わない」
「像を建てる計画ならあったわよ?」
「却下した」
「知ってるわ」
「恥ずかしいだろ」
「私は少し見たかった」
「絶対やめろ」
ザフィラが笑う。
「たださ」
もう一度、祭りを見る。
「腹が減ったら飯を食って、嫌な仕事なら辞めて。好きな奴がいれば一緒にいればいいし、嫌なら離れればいい」
失敗したら怒られることもある。
やり直せばいい。
何をしたいのか分からないなら、決められるまで待ったっていい。
その時間がある。
「自分で選んで、それで笑えるなら」
多分、それで十分なんだ。
「そんな国なら、俺がここに戻ってきた意味も少しはある気がする」
ザフィラはすぐには答えなかった。
代わりに、俺の手首へ巻きついた尻尾が少しだけ強くなる。
「少しじゃない」
「ん?」
「あなたが戻ってきた意味」
ザフィラは街を見ながら言った。
「少しじゃないと思う」
「……そう?」
「えぇ」
「なら、まあ」
俺も笑う。
「悪くなかったな」
「何が?」
「ここに帰ってきたこと」
「今さら?」
「今さら」
祭りはまだ続いている。
笑い声も、音楽も、灯りも消えない。
ゲームだった頃のアルセディアには、もっと豪華な祭りがいくらでもあった。
期間限定イベント。
限定アイテム。
経験値ボーナス。
参加報酬。
特別な称号。
全部覚えている。
でも、今夜の祭りにはそんなものは一つもない。
参加報酬もなければ、限定装備もない。
それでも不思議と、今まで参加したどんなイベントよりいいと思えた。
俺は何も言わず、灯りの続く街を眺める。
ここへ戻ってきたばかりの頃は、何をするにも俺の判断が必要だった。
俺が戦い、俺が決め、俺が教えなければ、この国は前へ進めなかった。
けれど今日は違う。
俺は何も命じていない。
祭りを大きくしたのも。
店を出したのも。
商品を作ったのも。
ここへ来て、笑っているのも。
全部、ここで暮らす人たちが自分で選んだ。
だったらきっと、もう大丈夫だ。
俺が全部を動かさなくてもいい。
俺がいないと、一歩も進めない国じゃなくていい。
アルセディアはようやく――。
そこに生きる人間自身の足で、歩き始めていた。
第三章『技神国再興編』、ここまでお付き合いいただきありがとうございました。
国を奪い返して、奴隷紋を消して、それで終わりではなく。
自由になった人たちが、自分で名前を選び、仕事を選び、食べるものを選び、少しずつ自分の人生を歩き始めるところまで描きたくて、この章を書いてきました。
リンドウにとっても、アルセディアはもう「自分がすべてを動かす国」ではありません。
自分がいなくても、人々が自分の意思で前へ進める。
ようやく、そんな場所になり始めました。
そして次章からは、再びアルセディアの外へ。
百二十年前から残るものと、リンドウがゲーム時代に知っていた“攻略法”が、少しずつ別の意味を持ち始めます。
第四章も、引き続き楽しんでいただけたら嬉しいです。




