61:覇王、猫に捕まる。
目を覚ましたとき、最初に感じたのは、久しぶりの柔らかいベッドだった。
『最果ての夢跡』にいる間は、ほとんど毎日が野営だった。ようやくアルセディアへ帰ってきたと思えば、その翌日から工房へ籠もり、『ドライ』とクロノアを完成させるまで三日間まともに眠っていない。
昨日はミラから延々と説教されたあと、無理やり食事を取らされ、風呂へ入れられ、そのまま自室へ送り返された。
そこまでは覚えている。
ただ、ベッドへ横になったあとの記憶がない。
たぶん、布団へ入った瞬間に意識が落ちたんだろう。
「今……何時だ?」
まだ重い頭をどうにか働かせながら身体を起こそうとして――右腕がまったく動かないことに気づいた。
「ん?」
寝相が悪くて布団でも絡まったのかと思った。
違う。俺の右腕には、二本の腕がしっかり巻きついていた。
肩には柔らかな髪が触れ、腰の辺りには見慣れた黒い尻尾まで乗っている。
「……ザフィラ?」
「あら、起きたの?」
「起きたけど……」
隣にいた。
しかも、近い。
近いどころか、ほとんど俺の腕を抱き枕にしている。
ザフィラはすでに目を覚ましていたらしく、同じ枕へ頭を預けたままこちらを見上げていた。
人前で見せる凛とした雰囲気なんて、欠片もない。
黒豹の耳は完全に力が抜け、金色の瞳も眠たそうに細められている。
「いつからいるんだよ……」
「昨日の夜から」
「昨日?」
「あなたが寝たあとよ」
「勝手に入ったんかお前」
「鍵、開いてたもの」
「そういう問題じゃないだろうが……」
「嫌だった?」
そう聞きながら、俺の腕へ絡めた手へさらに力を込める。
「……別にいいけどな」
「じゃあ問題ないわね」
「お前、その屁理屈好きだな」
「便利だから」
満足したらしい。
ザフィラは再び俺の肩へ額を寄せると、そのまま目を閉じた。
「おい、待て。俺もう起きるぞ」
「駄目よ」
「なんでだよ」
「今日はおやすみの日よ」
「ミラに言われでもしたか?」
「直接言われたわ」
「何て?」
「『絶対に仕事をさせないでください』って」
「信用なさすぎないか?」
ザフィラが片目だけ開けた。
「三日間で二時間しか寝なかった人がそれを言うの?」
「……」
何も返せない。
「だから今日は休むの」
「分かったって。だから朝飯にでも――」
「その前に……」
唇を奪われた。
ザフィラは、今まで離れていた分を取り戻そうとしているのだろう。
五分か、十分か。
それ以上だったかもしれない。
こいつが満足するまでキスは続いた。
「ねぇ……」
「ん?」
「声、がまんするから……」
続きは、言わない。
俺も、ザフィラが何を求めているかわからないほど鈍感じゃない。
「……一回だけな」
「……はいっ。ご主人様」
♢
「どんだけ甘えりゃ気が済むんだよ……」
一回だけとは言ったが、それで終わるはずもなく。
とろけ切った顔で、もっと、とせがむ黒猫を無下に扱うことはできなかった。
「一か月分」
「長すぎるだろ」
「一か月と三日分」
「増えてんじゃん」
「誰のせいよ……」
「……悪かった」
「分かってるなら、今日は諦めて」
そう言って、また唇を重ねる。
絶対に逃がすまいと、ザフィラの黒い尻尾が腰へ巻きつく。
「お前な……」
「一か月、ずっと寂しかったわ」
ぽつりと言われて、言葉が止まった。
「毎日通信はしてただろ」
「声だけでしょ?」
「まあ……そうだけど」
「顔も見えないし、触れられないし」
そこで一度言葉を切ってから、ザフィラは俺の頬を指先で軽く掴んだ。
「ちゃんと帰ってきたって、まだ確認してるところ」
「朝から散々見ただろ」
「足りないのよ」
「……さいですか」
「そうなの」
だったら仕方ない。
俺は諦めて枕へ頭を戻した。
するとザフィラは、嬉しそうに俺の腕を抱える。
「今日だけだからな」
「明日は?」
「知らん」
「じゃあ……今日はいっぱい、甘えさせて?」
小さく笑う気配が肩越しに伝わった。
結局、俺が飯にありつけたのは昼を少し回ってからだった。
♢
昼食は王城の食堂で取った。
人前へ出れば、ザフィラはいつもの姿へ戻る。
俺の腕へ絡みつくこともなければ、尻尾を巻きつけてくることもない。
普通に向かいの席へ座り、何事もなかったような顔でパンとスープを口へ運んでいる。
ほんの少し前まで俺に鳴かされてた奴と同一人物には見えない。
「こんなに遅い起床とはいい御身分ですね、リンドウ様」
「分かってて聞いてるだろお前……」
食事の途中、ミラが確認するようにこちらを見た。
「本日のご予定は?」
「休みらしいな」
「素晴らしい」
「そこまでか?」
「ようやく人の話を聞いていただけましたので」
「俺だってちゃんと聞いてるわ」
「聞くだけで実行されません」
「今日は実行してるだろ」
「もう昼ですけどね」
信用がない。
というより、完全に前科扱いされている。
「ザフィラ様」
「分かっている」
名前を呼ばれただけで、ザフィラが頷いた。
「今日は一日、見張っておく」
「だから見張りって言い方やめない?」
「仕事を始めたら止めるからな」
「何もしないって」
二人ともまったく信じていない顔をしている。
隣の卓から、アウラの笑い声が飛んできた。
「諦めろ、リンドウ。昨日のお前を見たあとでは、誰も信用せん」
「お前にだけは言われたくねぇよ」
「なぜだ?」
「訓練場を何回壊しかけてんだよ」
「昨日は壊していない」
「未遂だったんだろ?」
「……結果が重要だ」
「その理屈、俺も使っていいか?」
「駄目だ」
「なんでだよ……ったく」
まったく、騒がしいやつだ。
でも、こういうのも久しぶりだった。
『最果ての夢跡』では、一人で保存食を齧りながら洞窟の壁を眺めていた。
今は温かいスープを飲みながら、誰かがくだらないことを言い、それへ別の誰かが突っ込んでいる。
たったそれだけのことなのに、妙に落ち着く。
「それで」
向かい側からザフィラが聞いた。
「今日は何をするの?」
「休めって言ったのお前じゃん」
「仕事をしなければいいだけよ。街を歩くくらいなら問題ないでしょう?」
「じゃあ散歩でもする?」
「する」
ほとんど被せるような即答だった。
「決めるの早くない?」
「一か月と三日待ったから」
「その数字、今日ずっと使うつもり?」
「使える間は」
「便利だなぁ……」
ザフィラの耳が、わずかに嬉しそうに動いた。
♢
アルセディアは、一か月前より明らかに賑やかになっていた。
壊れていた建物には新しい壁が入り、閉まっていた店も少しずつ営業を再開している。
市場には周辺地域から来た商人が増え、以前なら空いていた区画にも露店が並んでいた。
「ここ、新しい店か?」
「三日前くらいに開いたのよ」
ザフィラが指したのは、小さな焼き菓子屋だった。
「知ってるんだ」
「巡回中に見つけたから」
「食った?」
「まだ」
「じゃあ食うか?」
「……いいの?」
「なんで俺に許可取るんだよ」
「聞いただけ」
「食いたいなら食えばいいだろ」
そう言うと、ザフィラがほんの少し嬉しそうに笑った。
二つ買い、そのうち一つを渡す。
一口食べると、思っていたより甘さは控えめだった。
「美味しい」
「うん」
「もう一つ食べたいわ」
「食えばいいだろ」
「半分ずつにしない?」
「別にいいけど」
もう一つ買って、半分へ割る。
少し大きい方を何となく取ろうとすると、手の甲を軽く叩かれた。
「そっち私」
「なんで?」
「私が見つけた店だから」
「意味分かんねぇ」
「一か月と三日」
「もう万能じゃん、それ」
結局、大きい方を渡した。
そのまま二人で市場を歩く。
途中で俺へ気づいた人から「覇王様」と声を掛けられることはあった。
ただ、一か月前ほど大げさに頭を下げる人は少ない。
普通に挨拶をして、そのまま買い物へ戻る。
俺には、その方が嬉しかった。
俺が歩くたびに道を空けられたいわけじゃない。
同じ街で暮らして、同じ店で買い物をして、顔を合わせたら挨拶をする。
それくらいでいい。
「ご主人――」
隣から聞こえた声が途中で止まる。
「何?」
「何でもない」
「今、ご主人って」
「言ってない」
「いや途中まで言っただろ」
「人前だから言ってない」
「どういう理屈だよ」
「聞き間違いよ」
耳がほんのり赤い。
「じゃあ、そういうことにしとくわ」
「そうして」
少し頬を膨らませながらも、ザフィラは俺の隣を離れなかった。
人前だから触れてはこない。
それでも歩く距離だけは、いつもより少し近かった。
♢
市場から戻る途中で城壁近くの小高い丘へ寄った。
昔は見張り台が置かれていた場所らしいが、今は役目を終え、広い芝生だけが残っている。
風が心地いい。
ここからなら、復興していく街もよく見えた。
「ここ、いいな……」
「でしょう?」
「よく来るのか?」
「たまに。一人でね」
ザフィラが芝生へ座り、俺もその隣へ腰を下ろした。
しばらくの間、会話はなかった。
遠くから聞こえる槌の音。
市場の賑わい。
走り回る子どもの声。
風に揺れる草。
何もしないまま、ただそれを聞いていた。
「ね……ご主人様」
「ん?」
「こっち来て」
「もう隣だろ」
「もっと」
腕を引かれる。
少し身体を寄せると、ザフィラはそのまま俺の肩へ頭を預けた。
「これでいい?」
「もう少し」
「まだ?」
「まだ」
結局、肩へ寄りかかるだけでは満足しなかったらしい。
ザフィラは俺の手を取ると、自分の頭の上へ持っていった。
「耳」
「はいはい」
黒い耳の根元を、指先でゆっくり撫でる。
それだけで、ザフィラの身体から目に見えて力が抜けた。
「そこ……」
「ここ?」
「もう少し後ろ」
「注文多いな」
「一か月分」
「まだ残ってんのかよ」
「まだまだよ」
仕方なく耳の後ろまで指を滑らせる。
気持ちいいらしい。
金色の瞳が細くなり、黒い尻尾が芝生の上をゆっくり揺れていた。
「猫だなぁ……」
「豹よ」
「猫科だろ」
「それ言うと怒るわよ」
「全然怒ってないじゃん」
「今は無理」
「なんで?」
「気持ちいいから」
「正直だなぁ……」
そう言った直後、ザフィラが身体を動かした。
俺の前へ回り込み、そのまま少し躊躇したあと、胸元へ額を預けてくる。
「今度は何?」
「……少しだけ」
「何が?」
「こうしてたい」
俺の服を、両手でそっと掴む。
朝みたいに強引じゃない。
むしろ、離れようと思えば簡単に離れられる程度の力だった。
「……一か月、長かったか?」
何となく聞いた。
「長かったわ」
「毎日話してたのに?」
「それでも、長かったわ」
声が少しだけ小さくなる。
「夜になると通信できるから、その時間は嬉しかった。でも終わったら、また一人になるでしょう?」
「……ああ」
「明日は帰るかも、今日こそ帰ってくるかもって思って」
胸元で耳が小さく動いた。
「でも、その"帰ってくるかも"が、すごく……苦しかったわ」
「悪かったよ」
「責めてないわ……」
ザフィラは、ゆっくり首を振る。
「必要なことだったって分かってるもの。ただ……寂しかっただけ」
あの夜。
『会いたいだけ』
そう言った声を思い出した。
あれも、冗談なんかじゃなかったんだ。
「だから今日は」
腕が俺の背中へ回る。
「一か月分、こうしててもいい?」
「今日一日?」
「できれば」
「長ぇよ」
「駄目?」
少しだけ顔を上げる。
……そんな顔で聞くなよ。
「……駄目とは言ってない」
「じゃあ、いいのね」
「好きにしろ」
「……うん」
また胸元へ戻ってくる。
しばらく、何も言わなかった。
俺もザフィラの頭へ手を置き、黒い髪をゆっくり撫でる。
人の気配はない。
だから今だけは、軍を任される指揮官でもなければ、覇王でもない。
ただ二人で、芝生の上に座っていた。
「……帰ってきたな」
「うん」
「ちゃんと」
「……うん」
ザフィラの腕が、ほんの少しだけ強くなった。
それ以上は何も言わなかった。
言わなくても、十分だった。
♢
夕方、自室へ戻ってからもザフィラは帰らなかった。
「今日ずっといるつもり?」
「一か月分だから」
「万能ワードやめぇや」
「じゃあ一か月と三日分」
「増やすなよ」
今度は尻尾の手入れを頼まれた。
ザフィラは椅子へ座り、当然のように黒い尻尾をこちらへ差し出している。
「自分でできるだろ」
「できるわよ?」
「じゃあなんでだよ」
「ご主人様にやってほしいからにきまってるでしょ?」
「堂々としてんな」
「二人きりだもの」
昔なら、こんなことを頼む前に一度俺の顔色を窺っていただろう。
今は違う。
やってほしいから頼む。
甘えたいから甘える。
そのことに、ほとんど遠慮がなくなった。
奴隷紋が消えたとき、ザフィラは言った。
そばにいるのも、触れていたいのも、自分で選んでいるのだと。
その言葉どおりなのだろう。
ブラシを取り、尻尾の根元からゆっくり毛並みを整える。
「痛かったら言えよ」
「大丈夫」
少し絡んでいるところだけは指で丁寧にほどく。
「……ご主人様」
「何?」
「上手くなったわね」
「何の技術上げてんだよ、俺」
「私の尻尾の手入れ」
「専用技能じゃん」
「それでいいでしょう?」
「俺にメリットなくない?」
「私が喜ぶわ」
「……さいですか」
「えぇ」
後ろからでも、嬉しそうなのが分かる。
「次、耳も」
「昼に散々撫でただろ」
「撫でるのと手入れは違う」
「一か月分?」
「一か月と三日分」
「もう分かったよ」
完全に捕まっていた。
でも、不思議と嫌じゃなかった。
♢
夕食も二人で取った。
本当なら俺が何か作るつもりだったが、ミラから禁止されている。
『休養日に料理を始めると、どうせ途中から凝り始めます』
何も言い返せなかった。
だから今日くらいは王城の料理人へ任せた。
焼いた魚。
温野菜。
温かいスープ。
特別な料理ではないけれど……でも、それでいい。
「美味しい」
「だな」
「あなたの料理も好きだけど」
「そうか?」
「今日はこれでいいわ」
「珍しいな」
「今日は、ご主人様が何もしない日だから」
そう言って、ザフィラはデザートまでしっかり食べた。
「昼も菓子食ってただろ」
「一か月分」
「食欲にも適用されんの?」
「されるわ」
「便利すぎだろ」
♢
食後も、すぐには別れなかった。
俺の部屋へ戻り、窓を少し開ける。
夜風が入ってきた。
ザフィラはベッドへ背中を預け、俺はその隣へ座る。
俺がいなかった一か月の話を、何となく聞いた。
ジンが何度か「いつ帰る」と聞きに来たこと。
アウラが相変わらず訓練場で暴れていたこと。
ノアが医務室を整理していたこと。
テオは仕事で数日姿を消していること。
ミラが相変わらず働きすぎていること。
そんな、どうでもいいような話が続く。
それなのに、不思議と退屈しなかった。
やがてザフィラが小さな欠伸をする。
「眠いか?」
「少しね……ふぁぁ……」
「昼寝しただろ」
「あなたのそばだと眠くなるのよ」
「それ、安心してるって意味?」
「そうね」
今度は迷わず答えた。
「……昔はね」
ザフィラが窓の外へ目を向けた。
「眠っている間って、あまり好きじゃなかったの」
「なんで?」
「何が起きるか分からないから」
声は穏やかだった。
昔のことを細かく聞く必要はない。
それくらいは俺にも分かった。
「でも今は、好き」
「寝るのが?」
「ご主人様の近くだと」
俺を見る。
「起きたとき、まだいるから」
「……そっか」
「うん」
少しだけ胸の奥が重くなった。
悲しいというより、何とも言えない感覚だった。
「今日……楽しかった」
ザフィラが言う。
「何もしてないぞ」
「したでしょう」
「散歩して、菓子食って、丘行って、尻尾梳いただけじゃん」
「それが楽しかったのよ」
「……そう」
「こういうのでいい」
窓の外では、アルセディアの灯りが静かに揺れている。
「何かを倒したり、国を取り戻したりしなくてもいいの。街を歩いて、ご飯を食べて、どうでもいい話をして」
ザフィラが笑った。
「そういうなんでもない日が欲しかった」
その言葉を聞いて、少しだけ分かった気がした。
国を取り戻した。
奴隷紋を消した。
食料を用意した。
武器を作った。
全部、大切なことだ。
でも、その先にあるものは、きっとこういう日なんだろう。
何も起きない。
誰も戦わない。
明日の心配をしながら眠る必要もない。
ただ好きな相手と街を歩き、飯を食べ、くだらない話をする。
それが普通にできること。
そのために、俺たちはここまでやってきたのかもしれない。
「……俺も楽しかったよ」
「本当?」
「ああ」
「もう一回言って」
「嫌だ」
「一か月と三日」
「それ使えば何でも通ると思うなよ?」
「……じゃあ、ちゃんと言ってよ」
「……楽しかった」
ザフィラが満足そうに笑う。
「ありがと」
「何で礼言うんだよ」
「言いたかったから」
「そっか」
そこで、ふと思い出した。
「ああ、そうだ……」
「何?」
「これ」
インベントリを開く。
それの一番奥。
素材や武器とは別にして、大切なものを置いていた場所。
そこから小さなものを一つ取り出した。
「ほら」
掌へ乗せたものを差し出す。
赤金色の、小さな輪。
ザフィラは数秒、何も言わなかった。
「……指輪?」
「ああ」
「これ、何?」
「見れば分かるだろ。指輪」
「それは分かるわよ」
「じゃあ何だよ」
ザフィラの視線が、指輪と俺の顔を何度も行き来する。
「誰の?」
「お前の」
「……私の?」
「ほかに誰がいるんだよ」
しばらく動かなかった。
「もらっていいの?」
「そのために作ったんだから」
今度こそ、ザフィラの表情が完全に止まった。
「……作った?」
「ああ」
そっと指輪を取る。
指先で表面を撫でたところで、何かに気づいたらしい。
「これ……」
「うん」
「ヒヒイロカネ?」
「分かる?」
「クロノアと同じ気配がする」
「端材だけどな」
ザフィラが信じられないものを見るように、手の中の指輪を見つめた。
「ヒヒイロカネで……私の指輪を?」
「ああ」
「何の効果があるの?」
「ない」
「……え?」
「何にも」
「何にも?」
「攻撃力も上がらない。身体強化も魔力補助もない。術式も刻んでないし、特殊能力もゼロ」
「じゃあ……何ができるの?」
「壊れにくい」
「……それだけ?」
「それだけ」
ゲーム時代なら、絶対に作らなかった。
あれほど苦労して手に入れた素材だ。
武器へ使えば性能を上げられる。
防具へ回せば生存率が上がる。
数値へ変えられる。
強さへ変えられる。
なのに俺は、その一部を使って、何の能力も持たない指輪を作った。
「なんで……?」
「なんとなく」
言ってから、自分でも説明として酷いと思った。
「端材見てたら作れるなって思って」
「……」
「壊れねぇし、お前にいいかなって」
「それだけ?」
「それだけ……だと思う」
今の俺には、それ以上の説明ができなかった。
あの夜。
一人で炉を使い、ヒヒイロカネを細く伸ばしながら、何となくザフィラの顔を思い浮かべた。
喜ぶかな。
そう思った。
たった、それだけだった。
「……ザフィラ?」
返事がない。
俯いている。
「おい?」
顔を覗き込んで、気づいた。
金色の瞳から、一筋だけ涙が零れていた。
「なんで泣いてんだよ……」
「……泣いてないわよ」
「いや、泣いてるだろ」
「……少しだけ」
「何で?」
「嬉しいから」
「ただの指輪だぞ?」
「……分かってない」
「何が?」
「本当に、何にも分かってないのね」
ザフィラは泣きながら、それでも少し笑った。
「クロノアは、私が戦うために必要だから強くしてくれた」
「ああ」
「でもこれは?」
指輪を胸元へ大切そうに抱く。
「何の役にも立たないんでしょう?」
「そう言われると酷いな」
「違う」
首を振る。
「だから嬉しいの」
「……」
「役に立つからじゃない。戦うためでも、国を守るためでもない」
声が少し震えた。
「……私が喜ぶかもしれないって、それだけで作ってくれたんでしょう?」
何も返せなかった。
たぶん、そうなのだと思う。
「私ね」
ザフィラは指輪を握ったまま、涙を拭おうともしなかった。
「ずっと、何かの役に立たなきゃいけないと思ってた」
静かな声だった。
「強くなければ駄目。命令を聞けなければ駄目。誰かに必要だと思われる理由がなければ、そこにいちゃいけないって」
「ザフィラ」
「でも、これは違う」
指輪を見る。
「何の役にも立たない」
「おい……言い方」
「ふふっ……ごめんなさい」
涙のまま笑う。
「でも、それが嬉しい」
そして、俺を見る。
「私が何かできるからじゃない」
その言葉だけは、はっきりしていた。
「ただ私に渡したいから作ったんだって思えるから」
「……そっか」
ようやく――少しだけ分かった気がした。
ザフィラは左手を差し出す。
どの指へ嵌めるか少し迷い、最後には左手の薬指へゆっくり通した。
「……ぴったり」
「よかった」
「サイズ、どうして分かったの?」
「前にクロノア調整したとき、手見たから」
「そんなに前のこと、覚えてたの?」
「鍛冶師だからな」
「普通、そこまで覚えないわよ」
「俺は覚えてたんだよ」
「……そう」
また涙が一つ落ちた。
それでも今度は、とても嬉しそうに笑っている。
「ありがとう、ご主人様」
「大げさだって」
「私には大げさじゃない」
ザフィラが立ち上がる。
そのまま一歩近づいてきた。
そして何も言わず、俺の胸へ飛び込むように抱きついた。
「おい」
「……愛してる。愛してるわ、リンドウ……」
その言葉を口にした瞬間、ザフィラの中で何かが切れた。
俺の胸元へ顔を押しつけたまま、肩を震わせる。最初は声を殺そうとしていたのに、それすらすぐにできなくなったらしい。
「ずっと……ずっと寂しかった……!」
絞り出すような声だった。
俺の服を掴んでいた指が、震えながら強くなる。
「毎日、声は聞けたわ。ちゃんと帰るって言ってくれたし、私だって信じてた。でも……通信が終わるたびに、また明日まで声が聞けないって思って……」
「ザフィラ……」
「それでも……我慢できるって思ってたの。私は子どもじゃないし、あなたが遊びに行ってるわけじゃないことくらい分かってる。必要なものを取りに行って、ちゃんと戻ってくるんだって……何度も自分に言い聞かせてた」
そこで一度、声が詰まった。
それでもザフィラは、もう隠そうとはしなかった。
「でも、怖かったのよ……!」
俺の胸を掴んだまま、顔を上げる。
金色の瞳は涙で濡れ、次から次へと頬を伝っていた。
「怪我したって聞いた日は眠れなかった!治したって言われても、見えないんだもの!本当に大丈夫なのか分からない、次の日も声を聞けるのか分からない!もし……もし、どこかで一人で倒れて、そのまま帰ってこなかったらって……!」
「……」
「嫌だった……!」
今度ははっきり泣き声になった。
「もう嫌なのよ……大切な人が、私の知らないところでいなくなるのは……!」
その言葉に、胸の奥が強く締めつけられた。
「朝になったら、今日帰ってくるかもしれないって思って。夜になったら、まだだったって思って。それでも通信が来たら安心して……切れたら、また寂しくなって……」
泣きながら、何度も息を整えようとしている。
けれど、涙は止まらなかった。
「三十二日目に門の向こうからあなたが歩いてくるのを見つけたとき……私、本当は走っていきたかったのよ」
「……尻尾は走ってたけどな」
「もう……!」
「ごめん」
ほんの一瞬だけ笑った。
でも、すぐにまた顔が崩れた。
「本当に……帰ってきたんだって思ったら……」
声が小さくなる。
「嬉しかった……」
そして。
「帰ってきてくれて……本当によかった……!」
もう耐えられなかったらしい。
ザフィラが、もう一度俺へしがみついた。
胸元へ顔を埋めたまま、声を上げて泣く。
俺はしばらく、何も言えなかった。
俺にとっては三十二日だった。
素材を掘って。
禍津武と戦って。
マテリアルドラゴンを狩って。
最後にクロノヴォアを倒した。
毎日、次にやることがあった。
でも、待っていたザフィラにとっては違う。
何もできないまま、ただ俺が帰るのを待つ三十二日だった。
「……悪かった」
「謝らないで……」
「でも、寂しかったんだろ」
「寂しかったわよ……!」
「不安だった?」
「ずっとずっと不安だった……!」
「……そっか」
今度は、俺から腕を回した。
頭を撫でるだけじゃない。
背中へ腕を回して、ちゃんと抱きしめる。
「……ご主人様?」
一瞬だけ驚いたように身体が強張った。
でもすぐに、力が抜けた。
俺の腕の中へ、全部を預けるように身体を寄せてくる。
「もう少し早く帰ればよかったな」
「……本当よ」
「そこは否定してくれよ」
「嫌よ……ばか」
「はいはい」
「三十二日も待ったんだから……今日くらいは優しくして」
「今日はずっと優しかっただろ」
「まだ足りないわ……」
「欲張りな猫だな、まったく……」
「今だけ……」
震えた声で言われる。
「今だけは、いっぱい甘えさせて……」
「……ああ」
それ以上、何も言えなかった。
背中をゆっくり撫でる。
黒い髪に指を通して。
耳の付け根を避けながら、頭を何度も撫でた。
しばらくすると、ザフィラが顔を上げた。
泣きすぎて目元が赤い。
「ひどい顔だな」
「誰のせいよ……ばか」
「俺か?」
「あなた以外に誰がいるの……」
「そう、だよな……」
頬へ手を伸ばす。
親指で、涙の跡をゆっくり拭った。
一滴。
また一滴。
拭っても、すぐ次の涙が零れてくる。
「全然止まらねぇじゃん」
「無理よ……」
「困ったな」
「困らないでよ……」
また泣きながら笑った。
その顔が、妙に近かった。
指先にはまだ涙の感触が残っている。
俺の手のひらへ頬を預けるように、ザフィラは少しだけ顔を傾けた。
目が合う。
今度は逸らさなかった。
ザフィラも。
俺も。
「……ザフィラ」
「なに……?」
そこから先は、考えたわけじゃなかった。
ただ――泣いているこいつを見ていたら。
何か言葉を探すより先に、身体が動いた。
頬へ添えた手はそのままに、ゆっくり顔を寄せる。
ザフィラの瞳が僅かに見開かれた。
それでも逃げなかった。
そして、ほんの短く唇を重ねた。
触れるだけの口づけだった。
数秒もない。
それでも離れたあと、ザフィラは完全に固まっていた。
「……」
「……」
「ザフィラ?」
「……今」
「うん」
「今、キス……した?」
「あぁ」
「……」
また目に涙が浮かぶ。
「おい、何でまた泣くんだよ!」
「だってぇ……!」
「泣くところかよ」
俺は苦笑しながらザフィラを抱きしめる。
「嬉しいの……!」
「今日ずっとそれ言ってんな」
「全部あなたのせいでしょう……!」
泣きながら笑う。
さっきまでの苦しそうな涙とは少し違った。
俺はもう一度、その頬を親指で拭った。
「もう泣くなって」
「無理」
「じゃあ好きなだけ泣け」
「……優しくしないで」
「どっちだよ」
「もっと好きになるから……」
「……」
返事に困って、視線を逸らした。
そこで、ふと目に入った。
ザフィラの左手。
俺が渡した赤金色の指輪が、薬指に嵌まっている。
「……待て」
「何?」
「お前、その指」
「指?」
左手を取り、改めて見る。
やっぱり薬指だ。
「お前、なんでその指に指輪はめたんだ?」
「……なんでって?」
「どういう意味か分かってるのか?」
ザフィラが、不思議そうに瞬きをした。
「……意味?」
「……その指は特別なんだよ」
「……特別?」
説明するのが、急に恥ずかしくなってきた。
でも、ここまで言った以上、黙るわけにもいかない。
「結婚した相手とか……これから先も一緒に生きていくって決めた相手からもらった指輪を、そこにつける」
「……」
「だから、知らないなら別の指に――」
「知らなかった」
「だよな」
「でも」
指輪へ伸ばした俺の手を、ザフィラが掴んだ。
「外さない」
「……意味聞いてた?」
「聞いたわ」
「じゃあ余計に――」
「聞いたから、外さないの」
泣いた跡の残る瞳で、真っ直ぐ俺を見る。
さっきまであれだけ泣いていたのに。
その言葉だけには、一切の迷いがなかった。
「知らずにここへ嵌めたのは本当よ。でも、今は意味を知ってる」
「ザフィラ」
「その意味でいい」
俺は言葉を失った。
「私は、あなたが好き」
左手を胸元へ添える。
「愛してる」
今度は泣きながらじゃない。
静かに。
はっきりと。
「明日も一緒にいたい。その次の日も一緒にいたい。十年後も、その先も……できるなら、ずっとそばにいたい」
「……」
「あなたが帰ってくる場所になりたい」
少しだけ声が震える。
「私が帰る場所にも、あなたがいてほしい」
それから、指輪を見た。
「だから……この指でいい」
胸の奥が苦しくなった。
嬉しくないわけがない。
むしろ――嬉しいからこそ、すぐには答えられなかった。
「……ごめん」
ザフィラの耳が、僅かに下がった。
「……嫌?」
「違う」
それだけは即座に否定した。
「嫌じゃない。絶対に違う」
「じゃあ……」
「俺の問題なんだ」
一度、言葉を切る。
自分でも、今までまともに考えたことがなかった。
「俺さ」
窓の外を見る。
「前の世界で、一回自分の人生を捨てたんだよ」
「前の……?」
それ以上、ザフィラは何も言わない。
「自分から、明日はいらないって決めた」
あの日のことを思い出す。
ゲームが終わって。
何も残っていないと思って。
自分で自分の未来を終わらせた。
「だから……怖いんだと思う」
「何が?」
「誰かに『ずっと』って言うことが」
自分でも情けないと思う。
「自分の明日すら捨てた奴が、誰かの未来へ勝手に入り込んでいいのかなって」
「……」
「お前に一生そばにいるって言って。それで、もしまた俺が――」
「……ばか」
「え?」
「……ばかよ」
今度はザフィラが俺へ抱きついた。
「本当に、馬鹿……!」
「急にひどいな……」
「だって馬鹿だもの!」
胸へ額を押しつける。
「私の人生でしょう?」
「……」
「私の未来なの。誰を好きになるかも、誰を待つかも、誰の隣で生きたいかも……私が決めるのよ」
声がまた涙に震え始める。
「前の世界のあなたが何をして、何があったかなんて分からない。きっと、簡単に分かったなんて言うこともできない」
それでも。
顔を上げる。
「でも、今のあなたは帰ってきたじゃない」
「……」
「三十二日待たせたけど」
「まだ言うのかよ」
「言うわよ」
涙を流しながら笑う。
「だって、ちゃんと帰ってきてくれたんだもの」
その一言が、胸の奥へ落ちた。
「だから、今すぐ全部答えてなんて言わない」
ザフィラは左手の指輪を撫でた。
「恋人になって、なんて……今は言わない」
「……いいのか?」
「よくないわよ」
「どっちだよ」
「本当は言ってほしいもの」
正直だった。
「私のことが好きだって言ってほしい。愛してるって返してほしい。ずっと一緒にいるって約束してほしい」
少しだけ寂しそうに笑う。
「でも……あなたがまだ怖いなら、待つわ」
「……ザフィラ」
「今度は、ちゃんと待つ」
「三十二日であれだけ泣いてたじゃん」
「うるさい」
「……ごめん」
「ただし」
左手を俺へ見せた。
「これは外さない」
「そこは譲らないんだな」
「絶対に」
「意味、もう分かってるんだよな?」
「ちゃんと分かってる」
ザフィラは指輪へ目を落とした。
そして、また俺を見る。
「だから、いつか」
「……」
「いつかあなたが、自分の明日を怖がらなくなったとき」
左手をそっと俺へ差し出す。
「そのときに、もう一度あなたの手で、この指へ嵌めて」
息が止まりそうになった。
「それまでは?」
「私が勝手につけて待ってる」
「……ずるくない?」
「一か月と三日待ったから」
「それ万能すぎるだろ」
「ふふっ……」
ようやく、いつもの笑い方だった。
俺はその左手を握ったまま、しばらく考える。
まだ――「愛してる」と同じ言葉を返すことはできない。
一生を約束することも。
こいつの未来を全部背負うと宣言することも。
今の俺には、まだ怖い。
でも、何も言わず逃げるのは、もっと違うと思った。
「ザフィラ」
「……なに?」
「俺はまだ……お前と同じところまでは行けない」
「うん」
「でも」
一度、言葉を探した。
「帰ってきたとき、お前がいてほしいとは思った」
ザフィラの目が少し見開かれる。
「一か月離れて、俺も早く会いたいと思った」
「……うん」
「お前が泣いてたら嫌だし、笑ってたら嬉しい。指輪も、渡したら喜ぶかなって考えて作った」
「うん……」
「それに」
左手を握る指へ、少し力を込める。
「さっきキスしたのだって、勢いだけじゃない」
「……っ」
また泣きそうになる。
「だから」
今度は逃げずに、ザフィラを見る。
「お前は俺にとって、ちゃんと特別だよ」
「……リンドウ……」
それだけだった。
なのに、ザフィラの顔が、一瞬で崩れた。
「おい、また……」
「だって……!」
「今日何回目だ?」
「知らない……! あなたが悪いの……!」
「また俺?」
「全部あなたのせい……!」
泣きながら俺へ抱きついてくる。
今度は、俺もすぐに抱き返した。
「ほら、顔上げろ」
「嫌……」
「涙拭けないだろ」
「もういい……」
「よくない」
少し無理やり顔を上げさせ、また指で涙を拭う。
「本当に泣き虫になったな」
「あなたの前だけよ……」
「ならいいか」
「いいの?」
「ああ」
もう一度、ほんの短く唇を重ねる。
今度はザフィラも驚かなかった。
離れたあと。
泣き腫らした目で、それでも嬉しそうに笑った。
「……これで今日は我慢してくれ」
「今日は?」
「先の話すんな」
「ふふっ」
そのまま、しばらく抱き合っていた。
何も生産していない。
経験値も増えない。
素材も手に入らない。
国の復興が進むわけでもない。
昔の俺なら、こんな時間を完全な無駄だと思っただろう。
でも今は違う。
誰かと街を歩くこと。
一緒に飯を食うこと。
くだらない話をすること。
寂しかったと泣く誰かを抱きしめること。
帰ってきてくれてよかったと、言ってもらえること。
そんな何でもない時間を守るために、強くなることだってある。
きっと――俺がこの国を取り戻したかった理由も、その先にある。
「リンドウ」
「ん?」
「もう少し、このままでいて」
「ああ」
黒い髪へ手を置いて、ゆっくり撫でる。
ザフィラは安心したように目を閉じ、身体を俺へ預けた。
左手の薬指には、何の効果も持たない赤金色の指輪がある。
世界最高峰の素材から作ったくせに、戦闘には何の役にも立たない。
それでも、今まで俺が作ってきたどんな装備よりも。
あれを作ってよかったと、今は思えた。
俺たちが何なのか、まだその関係に名前はない。
ザフィラはもう、自分の気持ちを隠していない。
俺も、こいつがただの部下でも、ただの仲間でもないことくらい分かっている。
それでも――俺はまだ、最後の一歩だけを踏み出せずにいた。
前の世界で一度、自分の未来を捨てた俺には。
誰かへ「一生」を差し出すことが、まだ少し怖い。
けれど、いつか。
自分にも明日があるのだと、本当の意味で信じられるようになったとき。
そのときは――あの指輪を、もう一度。
俺自身の手で、こいつの左手へ嵌めたいと思った。
「……ザフィラ」
「なに?」
「その指輪、絶対なくすなよ」
「なくさないわ」
「ヒヒイロカネだから高いぞ」
「……本当にそういうところよ」
「何が?」
「何でもない」
呆れたように笑ってから、ザフィラは俺の胸へもう一度頬を寄せた。
「ねえ、リンドウ」
「ん?」
「私、待ってるから」
「……ああ」
「今度は、何年でも」
「そんな待たせるつもりねぇよ」
そう答えると、ザフィラは泣いた跡の残る顔で笑った。
帰る場所ができた。
帰りを待ってくれる誰かができた。
そして――。
俺も、その誰かのところへ帰りたいと思うようになった。
まだ、俺たちの関係に名前はない。
だけど、いつかその名前を俺自身の口からちゃんと言える日が来ればいい。
今は――心から、そう思った。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
今回は、戦いも攻略もない一日でした。
一か月以上離れていたぶん、思いきり甘えるザフィラ。そして、ヒヒイロカネから作られた、何の能力も持たない一つの指輪。
強さにも、攻略にも、国を守ることにも繋がらないものを「誰かに喜んでほしい」という理由だけで作ったことは、リンドウにとってかなり大きな変化なのかもしれません。
そして二人の距離も、確かに今までより近くなりました。
ただ、まだその関係に名前はありません。
未来を迷いなく望むザフィラと、一度自分の未来を捨てたからこそ「ずっと」を口にできないリンドウ。
いつか彼が、自分自身の明日を信じられるようになったとき――あの指輪がどんな意味を持つのか。
二人をこれからも見守っていただけたら嬉しいです。




