59:覇王、世界最高峰を鍛える。
アルセディアへ帰還した翌朝。
俺が向かったのは王城ではなく、職人街だった。
一か月以上まともなベッドで眠っていなかったのだから、普通なら一日くらい休むべきなのだろう。
実際、昨夜ミラからも、
「明日は休養日にしてください」
と、かなり強い口調で言われている。
だから俺も、
「分かった」
と答えた。
別に嘘をついたつもりはない。
鍛冶は俺にとって、わりと休養に近い。
その理屈を説明したらミラがどんな顔をするのかは簡単に想像できたので、何も言わず城を出てきただけだ。
「さて」
職人街の奥にある、見慣れた工房の前で足を止める。
まだ朝だというのに、中からはすでに規則正しい槌の音が聞こえていた。
熱せられた鉄と煤の匂い。それに炉から漏れ出す熱気。
一か月ぶりだというのに、何となく懐かしい。
「いるか~?」
扉を開ける。
「客ならまだ――」
炉の前にいたジンが振り返り、そのまま言葉を止めた。
最初に俺を見る。
次に、背負っている倉庫魔道具へ視線を移す。
そして、もう一度俺の顔を見た。
「……帰ってきたのか」
「昨日な」
「昨日?」
「ああ」
「で、今日ここに来たのか?」
「ああ」
ジンはしばらく俺を見つめてから、持っていた槌を作業台へ置いた。
「休めよ!」
「ザフィラにもミラにも言われた」
「じゃあ聞けよ!」
「嫌だ」
「何でだ!?」
朝から元気だな。
俺は構わず工房へ入り、一番広い作業台まで歩いていく。
「それより、約束覚えてるか?」
その一言で、ジンの表情が変わった。
一か月ほど前。
こいつの鍛冶を見たあと、いずれ俺の鍛え方も見せると約束している。
「……忘れるわけねぇだろ」
「なら今日やるぞ」
「今日?」
「ああ」
「待て待て待て……」
慌てたジンが俺の肩を掴んだ。
「てぇこたぁ、なにか?本当に素材が揃ったのか?」
「そのために一か月帰ってこなかったんだが……」
「見せろ」
「はいよ」
倉庫魔道具を作業台へ置き、まずは最初の素材を取り出す。
赤金色の鋼塊。
光の角度によって、朱にも金にも見えるそれを作業台へ置いた瞬間、ジンが黙り込んだ。
「……」
「どうした?」
「触っていいか?」
「いいぞ」
ジンは恐る恐る表面へ指を触れ、それから両手で持ち上げようとした。
「重っ!」
危うく取り落としかける。
「気をつけろよ」
「先に言え!」
「見りゃ分かんだろ」
「分かるか!」
どうにか両手で支えながら、ジンは鋼塊の表面を食い入るように見つめる。
やがて、信じられないものを見るような顔で俺を見た。
「これ……まさか」
「神鋼・ヒヒイロカネ」
その名前を口にした途端、工房から槌の音が消えた。
奥で作業していた二人の職人まで手を止め、こちらを見ている。
「……本物か?」
「偽物を一か月掘ってたら泣くわ」
「どこで手に入れた」
「最果ての夢跡」
「いくつある?」
「十二個」
「十二!?」
ジンの声が工房中へ響き渡った。
隣で作業していた若い鍛冶師が、驚いて火箸を落とす。
「おい、ジンさん。今、十二って……」
「聞き間違いじゃねぇ」
「ヒヒイロカネを?」
「……らしい」
「十二個?」
「だからそう言ってんだろ!」
ジン自身まで混乱している。
「全部使うわけじゃないぞ」
「当たり前だ! 一つでも国宝になるわ!」
「そげな大げさな……」
「お前の感覚がおかしいんだよ!」
六日間掘り続けてようやく手に入れた素材だから、珍しいことくらいは俺にも分かっている。
それでも、ここまで大騒ぎされるとは思わなかった。
「まだあるぞ」
「まだ?」
「ドライ用は三種類必要だって言っただろ」
「……待て」
ジンが額へ手を当てる。
「心の準備をする」
「何の?」
「お前が次に何を出しても叫ばないための準備だ」
「無理じゃねぇか?」
「うるせぇ!」
とりあえず数秒だけ待ってやった。
「……よし」
「じゃあ次」
今度はインベントリから、黒銀色の金属塊を取り出した。
表面には星明かりのような小さな光が無数に浮かんでいる。
作業台へ置いた瞬間、その重量で分厚い木材が小さく軋んだ。
「こいつが星骸鉄だ」
「……」
「おい、ジン?」
「叫ばねぇ」
「頑張るなぁ」
震える手で星骸鉄へ触れたジンが、ほんの僅かに魔力を流す。
すると、金属の内部で魔力とともに重量の偏りまで移動し始めた。
「なんだこれ……」
普通の金属なら、流し込まれた魔力は内部へ均等に広がっていく。
だが、星骸鉄は違う。
右へ魔力を流せば右側へ密度が集まり、左へ戻せば重心まで移動する。
「金属の重心が……変わってる?」
「そう」
「あり得るのか?」
「目の前で起きてるだろ」
「そういう意味じゃねぇ!」
ジンの目が、完全に職人のものへ変わった。
さっきまでの驚きは消え、どう加工するか、何へ使えるのか、その性質をどう武器へ落とし込むのか。
もう頭の中では鍛造を始めているらしい。
「これを三節棍の心材へ入れる」
俺は以前渡した設計図を広げた。
三本の節の中心を、星骸鉄が貫く構造になっている。
「振り始めは重心を手元へ寄せる。加速が乗った瞬間、魔導回路から星骸鉄へ魔力を流して先端を重くする」
「待て。そんなことをしたら、連結部に掛かる負荷が――」
「だからヒヒイロカネ」
「……」
「納得したか?」
「したくねぇけど、した」
三節棍『ドライ』。
ただ三本の棒を鎖で繋げただけなら、どこにでもある武器だ。
俺が作ろうとしているものは違う。
三つの節が、それぞれ単独の武器として成立する。
そして連結すれば、一つの武器として完全に機能する。
「長棍として固定するときは、三本の魔力回路を直列で接続する。三節棍として使う場合は、節ごとに独立した回路へ切り替える」
「連結部の変形は?」
「ヒヒイロカネへ可変術式を刻む。硬化させれば固定できるし、軟化と伸長を組み合わせれば連結鎖になる」
「三本に分離した場合は?」
「魔力で個別制御」
「だから、それを簡単に言うな」
「できるんだって」
「お前はな!」
そこは頑張ってもらうしかない。
「で」
ジンが設計図を見たまま口を開く。
「最後の一つは?」
「ああ」
俺は少しだけ手を止めた。
ヒヒイロカネとも、星骸鉄とも違う。
これだけは、気軽に作業台へ転がす気にはなれなかった。
インベントリの奥。
大切なものを保管している場所から、小さな黄金色の結晶を取り出す。
「『武神の魂』」
「……魂?」
「ああ」
「素材名じゃなく?」
「素材でもある」
ジンは、さっきまでの勢いで手を伸ばしかけて止まった。
「触っていいのか?」
今回だけは、少し考えた。
「ああ」
結晶を渡す。
ジンは両手でそっと受け取った。
ヒヒイロカネとは違い、重さはほとんどない。
それなのに、ただそこに存在しているだけで何かが伝わってくる。
熱でもない。
単なる魔力とも違う。
もっと、人そのものの気配に近かった。
「これ……」
「禍津武って男の魂だ」
「人間?」
「だったらしい」
俺は『武極の闘場』で知ったことを、簡単に話した。
自分より強い相手を求め、国を渡り、あらゆる武器を学んだ男。
勝ち続けた結果、最後には誰も本気で戦ってくれなくなった。
そして『最果ての夢跡』へ辿り着き、肉体が朽ちたあとさえ強者を待ち続けた。
『無銘の武神』。
何度倒しても復活し、『武神の魂』は0.02%で落ちる超希少素材だと思われていた。
「でも、違った」
俺は、ジンの手にある結晶を見る。
「最後にあいつが俺を認めて、自分から残した」
「……一点ものか」
「多分な」
「世界に一つ」
「ああ」
「それを、武器にするのか?」
その問いだけは軽くなかった。
俺も少しだけ黙った。
「……する」
それでも、迷いはない。
「使えって言われたわけじゃない」
正確には、そこまでの言葉は交わしていない。
ただ、あいつが何を求めていたのか
最後にどんな顔をして消えたのか。
それを見た俺には、何となく分かる。
「俺が大事にしまっておくより、武器になったほうがあいつは喜ぶと思う」
「……そうか」
「それに約束した」
「何を?」
「世界最高峰の武器にするって」
ジンはしばらく結晶を見つめ、それからゆっくり俺へ返した。
「なら、半端なもんは作れねぇな」
「最初からそのつもりだっての」
「上等だ」
その瞬間、ジンの顔つきが完全に変わった。
職人として火がついたらしい。
「で、いつ始める?」
「今から?」
「今!?」
「だから来たんだが」
「お前は帰ってきた翌日だろ!」
「昨日寝たよ」
「何時間」
「……七時間くらい?」
「それだけ聞けば普通だな……」
「だろ?」
「だが、こっちの準備ができてねぇ!」
それもそうか。
「じゃあ準備すっかぁ」
「簡単に言うな! ヒヒイロカネだぞ! 炉から作り直さなきゃ――」
「炉は俺が調整する」
「星骸鉄用の固定具も――」
「作るさ」
「素材温度を見る魔導計が――」
「精度足りないから、それも直す」
「……」
ジンが黙り込んだ。
「何?」
「お前一人でやれるじゃねぇか」
「やれるぞ?」
「なら何で俺のところに来た」
そんなもの、決まっている。
「約束しただろ」
鍛冶を教える。
そう言った。
「それに」
俺は工房を見回す。
ジン。
若い鍛冶師が二人。
奥では、さっきから俺たちの話を聞いている職人もいる。
この街には、ほかにも何十人、何百人という職人が暮らしている。
「俺だけ作れても、しょうがねぇからな」
「……教えてくれるのか?」
「見せるって言ったろ」
「違いは?」
「手取り足取り教える気はない」
「は?」
「見て覚えろ」
ジンの眉間へ、深い皺が寄った。
「お前、約束を履き違えてないか?」
「職人だろ?」
「そうだが」
「なら見れば分かるって」
「分かる前提で話すな!」
「大丈夫だ」
俺は工房の入口へ向かい、扉を開いた。
「ジン」
「なんだよ」
「見たい奴、全員呼べ」
背後の空気が変わる。
「全員?」
「ああ」
「他の工房の職人もか?」
「もちろん」
「製法を公開するってことか」
「そのつもりだってば」
「いいのか?」
「なんで?」
ジンが本気で呆れた顔をした。
「これから作るのは、下手すりゃこの世界の鍛冶史に残る武器だぞ」
「世界最高峰にはするつもり」
「その作り方を見せるんだぞ」
「ああ」
「盗まれるぞ」
「いいじゃん」
「……は?」
「盗めるんなら」
設計図を指先で叩く。
「盗んでみろよ」
工程を隠す必要なんてない。
槌を何度振るのか。
どの温度で素材を打つのか。
どういう順番で術式を刻むのか。
全部、見ればいい。
知識を得ただけで同じものを再現できるなら、その職人がそこまで辿り着いたということだ。
「むしろ、作れる奴が増えたほうが俺も楽だろ」
「お前……」
「何?」
「時々、ものすげぇ傲慢なのか、ものすげぇ気前がいいのか分からなくなる」
「褒め言葉?」
「違ぇよ!」
♢
一時間後。
「多いな」
「お前が全員呼べって言ったんだろ!」
ジンの工房には、四十人近い職人が集まっていた。
当然、中だけでは収まりきらない。
扉や窓の外から覗き込んでいる者までいる。
若い職人もいれば、何十年も槌を握っていそうな老人もいる。
鍛冶師、細工師、魔道具職人、武器職人、防具職人。
噂を聞きつけたらしく、今も少しずつ人数が増えていた。
「覇王がヒヒイロカネを鍛えるらしいぞ」
「武神の魂って何だ?」
「星骸鉄まであるって聞いたぞ」
「嘘だろ」
「ジンが実物見たらしい」
さすがにうるさい。
「静かにしろ」
声を張ると、工房が一気に静まり返った。
「今から作るのは、三節棍『ドライ』」
壁へ設計図を貼る。
職人たちの視線が、三本の節と内部構造、連結部、それに魔導回路へ集中した。
「今日は素材の精錬と各部品の粗加工までやる。完成までは二日か三日を想定してる」
一人の職人が手を挙げた。
「質問」
「どうぞ?」
「その設計図、見せていいのか?」
「見せるために貼ったんだけど」
「写しても?」
「好きにしろ」
その答えに、再びざわめきが広がる。
「ただし」
俺は少しだけ笑った。
「見たから作れると思うなよ」
そこだけは最初に言っておく。
「まずはヒヒイロカネ」
鋼塊を炉の前にある専用台へ置く。
「普通の炉じゃ加工温度まで上がらない。だから、まず炉から手を入れる」
既存の炉へ追加の魔力回路を組み込む。
「ジン」
「あ?」
「ここ削れ」
「俺が?」
「教わりたいんだろ」
「……やってやるよ」
工具を渡す。
「深さ1.2ミリ」
「細けぇな」
「1.3まで行ったら炉が割れる」
「先に言え!」
「言ったじゃん」
「今だよ!」
周囲から笑いが漏れる。
ジンが振り向いた。
「笑ってる奴! 交代させるぞ!」
全員が即座に黙った。
「次、そこの若いの」
「お、俺!?」
「名前」
「ラ、ラグです!」
「ラグ。魔導線持ってる?」
「あります!」
「こことここを繋いで。流す魔力量は0.7」
「0.7?」
「0.7」
「0.8じゃ駄目ですか?」
「爆発するから」
「分かりました!」
返事だけはとんでもなく速かった。
悪くない。
「そっちの爺さん」
「誰が爺さんだ!」
「じゃあ名前教えろ」
「バルドだ!」
「バルド。炉口の耐熱板を二枚重ね。間へ魔銀を挟んで」
「魔銀を断熱に使うのか?」
「ヒヒイロカネから返ってくる魔力を逃がすためだ」
「……なるほど」
理由を聞けば、すぐに動く。
こういうところは、やっぱり職人だ。
「よし」
俺も槌を手に取った。
♢
加工用の炉が完成したのは昼前だった。
ヒヒイロカネを中へ入れ、まず通常の炎を灯す。
そこへ魔力を流すと赤かった火が青へ変わり、さらに追加した術式を起動すると、炉の奥で白い炎が混じり始めた。
「温度計!」
「千九百!」
「まだ!」
「二千百!」
「もっと!」
「二千四百!」
それでも、赤金色の鋼塊にはほとんど変化がない。
「魔力0.2上げる!」
「炉が持たんぞ!」
「持たせる!」
「どうやって!」
「俺が!」
炉そのものへ魔力を送り込み、構造を補強する。
「お前が炉までやるのかよ!」
「壊れたら困るだろ!」
「だったら最初からもっと強く作れ!」
「時間なかった!」
「帰って寝ろ!」
「今それ言う!?」
職人たちから笑いが起きる。
それでも誰一人として、ヒヒイロカネから目を離さない。
「二千八百!」
「来るぞ!」
ようやく赤金色の鋼塊の表面が、ほんの僅かに軟らかくなった。
「今!」
火箸で取り出し、金床へ置く。
すぐに槌を振り下ろした。
甲高い音が工房へ響く。
一打目。
続けて僅かな魔力を流し込み、二打目。
槌の角度を変え、素材を反転させながら三打目。
「待て待て待て!」
ジンが声を上げる。
「何!」
「速すぎて見えねぇ!」
「目ぇ開けろ!」
「開けてるわ!」
「じゃあ見ろ!」
「だから見えねぇって言ってんだよ!」
仕方ない。
「次は少し遅くする」
「最初からやれ!」
とはいえ、完全にゆっくりやることはできない。
ヒヒイロカネは温度、魔力、打撃の三つを同時に揃えなければ、狙った形へ伸びてくれない。
時間を掛けすぎれば、内部の魔力密度そのものが狂う。
「ここ!」
槌を落とす。
「今何した!」
「魔力流した!」
「どれだけ!」
「0.08!」
「槌振りながら!?」
「そう!」
「無理だろ!」
「できてるだろ!」
「お前がな!」
それでいい。
今は全部再現できなくても、何をしているのか理解できれば十分だ。
「ジン」
「なんだ!」
「次、お前」
「は!?」
「やってみろ」
「まだ見てる途中だぞ!」
「見て覚えるんだろ」
「一回しか見てねぇ!」
「足りるわぼけ」
「お前基準で言うな!」
槌を渡す。
ジンは文句を言いながらも、金床の前へ立った。
ヒヒイロカネを見据え、一度深く呼吸する。
そして最初の一打を振り下ろした。
「魔力多い」
「分かってる!」
「今の角度ずれた」
「うるせぇ!」
「次で戻せ!」
「今やってる!」
悪くない。
本当に悪くなかった。
俺の動きをそのまま真似しているわけじゃない。
自分の癖や身体の使い方に合わせて、槌の軌道を少しずつ修正している。
「そう。そこ」
「魔力少し減らせ」
「もうちょい」
「今!」
ジンが槌を振り下ろした瞬間、それまでとは違う音が鳴った。
素材が、狙ったとおりに応えた音だ。
周囲の職人たちが息を呑む。
「できたじゃん」
「……たった一箇所だ」
「最初はそれでいい」
ジンは手にした槌を見つめた。
悔しそうでもあり、それ以上に嬉しそうでもある。
「もう一回」
「いいよ」
そこから先は、見学ではなくなった。
集まった職人たちも、少しずつ作業へ参加し始めた。
♢
午後からは、星骸鉄の粗加工へ入った。
こちらはヒヒイロカネとは別の意味で厄介だった。
「固定しろ!」
「してる!」
「動いてる!」
「金属の方が勝手に重心変えてんだよ!」
「魔力止めろ!」
「止めたら硬化するぞ!」
「じゃあ流せ!」
「どっちだよ!」
工房は完全に戦場と化していた。
それでも、不思議と楽しい
こういうのは嫌いじゃない。
俺一人で作業すれば、もっと早い。
精度だって高くできる。
でも、全部一人でやったら、それで終わりだ。
「ラグ!」
「はい!」
「心材の二本目、お前やれ!」
「無理です!」
「やれ!」
「怖いです!」
「壊したら俺が直す!」
「もっと怖いです!」
「大丈夫!」
「何がですか!」
ラグの手は明らかに震えていた。
「落ち着け」
「無理ですよ! これ星骸鉄ですよ!」
「だから何だ?」
「一生触れないような素材です!」
「今日触ってるじゃん」
「そういう意味じゃなくて!」
俺はラグの肩を軽く叩いた。
「失敗していい」
「え?」
「俺がいる間はな」
星骸鉄は貴重だ。
下手をすれば、一生に一度触れられるかどうかという素材なのも分かる。
それでも。
「失敗しない奴は、上手くならないだろ」
「……」
「ただし、同じ失敗を二回したら怒る」
「そこは怒るんですね」
「当然だ」
ラグが思わず笑った。
さっきまで震えていた肩から、少しだけ力が抜ける。
「やります」
「おう」
いい顔になった。
♢
夕方。
工房には、粗加工を終えた三本の心材と、ヒヒイロカネ製の外殻や連結部が並んでいた。
まだ『ドライ』と呼べる形にはなっていない。
それでも、完成した姿の輪郭くらいは見え始めている。
「……これ」
ジンが設計図と加工途中の部品を交互に見ながら呟いた。
「本当に作れるんだな」
「言っただろ」
「理屈は分かる」
三つの連結部へ目を向ける。
「魔力の流れも分かった。星骸鉄を心材へ入れる理由も、ヒヒイロカネを関節へ使う意味もな」
「ああ」
「でも」
ジンは槌を置いた。
「こんなの、再現できる奴はいねぇ」
工房が静かになる。
何人かの職人も、黙って頷いていた。
「今日一日やっただけでも分かる。槌の角度、魔力を流す量、素材の温度。それを三本の節でほとんど同じ条件へ揃えなきゃならねぇ」
「そう」
「しかも最後には、三本同時に魔導回路を焼き付けるんだろ?」
「ああ」
「無理だ」
ジンは、はっきりと言った。
「少なくとも今の俺たちじゃ無理だ」
「……」
「理屈が分かるからこそ分かるんだよ。要求されてる精度がおかしい」
若い職人たちが視線を落とす。
ベテランたちも何も言わない。
「なるほど」
俺は槌を肩へ担いだ。
「じゃあ、やめる?」
「……」
返事はない。
「俺が全部やろうか?」
「……それなら完成する」
「するよ」
俺一人なら、おそらく二日もあれば形にできる。
「でも」
工房にいる全員を見る。
「それでええんかお前ら?」
誰も答えなかった。
「俺がいなくなったらどうする?」
工房は静かなままだ。
「次にヒヒイロカネが手に入ったとき。星骸鉄が見つかったとき。もっとヤバい素材を拾ったとき」
俺にしか作れない。
俺がいなくなれば、それで終わる。
そんなものは、国の技術とは呼べない。
「できねぇんじゃねぇ!」
声を張ると、何人かが顔を上げた。
「やるんだよ!」
槌で金床を叩く。
大きな音が工房へ響いた。
「今日一回できなかったくらいで、何諦めてんだ!」
「簡単に言うな!」
ジンが怒鳴り返す。
「簡単じゃないから面白いんだろ!」
俺も負けずに返した。
「俺だって最初からできたわけじゃねぇ!」
ゲーム時代だって、失敗は数え切れないほどした。
素材を駄目にした。
設計を間違えた。
最高品質へ届かなくて、何度も最初から作り直した。
「一回見て無理なら十回見ろ! 十回で無理なら百回やれ!」
「素材が持たねぇよ!」
「練習用の代替素材作る!」
「最初から言え!」
「今思いついた!」
「この野郎!」
誰かが笑った。
張り詰めていた空気が、少しだけ緩む。
「それでも!」
もう一度、全員を見る。
「作りたいんだろ!」
職人たちの目が変わる。
「自分の手で!」
誰かが拳を握った。
「世界最高峰がどうやって作られるのか、それを見に来たんじゃねぇのか!」
若い職人が、小さく呟く。
「……見たい」
「見るだけ?」
「触りたい」
すると、別の場所からも声が上がった。
「俺もだ」
ベテランの職人が笑う。
「ここまで見せられて帰れるかよ」
「だろ」
ジンが大きく息を吐く。
それから、もう一度槌を握った。
「……くそ」
その顔は笑っていた。
「やってやるよ」
「声小さくない?」
「うるせぇ!」
「それでもタマついてんのか!」
「ついてるわ!!」
工房中から笑い声が上がった。
「じゃあ続き!」
「もう夜だぞ!」
「まだ夕方!」
「感覚狂ってんだよ!」
「炉止めたらヒヒイロカネ面倒だろ!」
「それはそうだが!」
結局、誰も帰ろうとはしなかった。
もちろん、俺もだ。
炉へ再び火を入れる。
「魔力上げろ!」
「0.6!」
「足りない!」
「0.8!」
「上げすぎ!」
「どっちだ!」
「その中間!」
「最初から数値言え!」
「0.72!」
「細けぇ!」
「ラグ! そっちの心材!」
「はい!」
「バルド! 連結部!」
「爺さんを使うな!」
「元気じゃん!」
「まだ若いわ!」
「七十だろ!」
「鍛冶師なら若造だ!」
「何基準だよ!」
槌の音と炎の唸り、それに怒鳴り声と笑い声が工房いっぱいに響いていた。
そのとき。
「リンドウ! 炉の横!」
ジンが叫ぶ。
「ん?」
振り向くと、炉の側面から炎が漏れていた。
「あ」
「あ、じゃねぇ!」
追加した魔導線の一部が予想以上の熱を持ち、近くの木材へ火が移っている。
「水!」
「待て! 水かけたら炉の温度落ちる!」
「じゃあ風!」
「火広がるだろ!」
「土!」
「工房埋める気か!」
「面倒くせぇな!」
「お前が燃やしたんだよ!」
結局、ノアが念のため持たせてくれていた消火用の魔法薬を投げることになった。
白い泡が広がり、どうにか火が消える。
辺りへ静寂が戻った。
全員の顔が、いい感じに煤で汚れている。
「……誰も怪我ない?」
「ない」
「素材は?」
「無事」
「なら続けるか」
「続けるのかよ!」
ジンの叫びが工房へ響く。
それでも次の瞬間には、誰より早くあいつ自身が炉へ戻っていた。
俺も槌を握り直す。
完成までは、まだ遠い。
今日は最初の一日目。
ヒヒイロカネの加工はまだ粗く、星骸鉄もようやく心材としての形が見えてきたところだ。
『武神の魂』には、まだ手をつけていない。
それでも、一つだけ分かったことがある。
この武器は、俺一人で作るものじゃない。
ジンも
ラグも
バルドも。
ここに集まっている、まだ名前すら知らない職人たちも。
全員が自分の手で素材へ触れる。
失敗して、怒鳴られて、それでももう一度やり直す。
そうして初めて、俺だけの技術ではなく、この国に残る技術になっていく。
「よし!」
俺は金床へヒヒイロカネを置く。
「次!」
今度はすぐに、いくつもの返事が返ってきた。
再び工房へ槌の音が響き始める。
世界最高峰の武器を鍛えるための最初の夜は――まだ始まったばかりだった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
今回は、いよいよ三節棍『ドライ』の製作開始です。
ヒヒイロカネ。
星骸鉄。
そして、禍津武から託された『武神の魂』。
どれも世界最高峰の素材ですが、リンドウが今回やろうとしているのは、ただ強い武器を一本作ることだけではありません。
自分だけが作れる技術ではなく、アルセディアに残る技術へ。
そのために、ジンたち職人も巻き込んだ鍛造が始まりました。
次回、いよいよ『ドライ』は完成へ近づいていきます。
引き続き楽しんでいただけたら嬉しいです。




