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REMNANT RECORD~ストーリー未読の世界一位の廃ゲーマーは、倒した敵の物語を知らない~  作者: 霜月ルイ
第三章:技神国再興編

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55/84

55:覇王、武の果てを知る。

 拳と拳がぶつかった瞬間、鈍い衝撃が腕を駆け上がった。


 剣を受けたときとも、斧を受けたときとも違う。

 間に金属がないぶん、相手がどれだけの力を込め、どんな角度で拳を打ち込んできたのかが直接身体へ伝わってくる。


「っ……!」


 押し負ける前に腕を外し、身体を半歩だけ横へずらす。


 無銘の武神は追ってきた。


 右拳を受け流した直後、脇腹へ左の掌底。

 腕で防げば、そのまま俺の手首を掴み、身体を沈めて懐へ入ってくる。


「投げか!」


 腰へ腕を回される寸前、相手の膝を蹴って軸を崩した。

 それでも止まらない。

 武神は俺の腕を離すと、今度は肘を顔面へ叩き込んでくる。


 上体を反らしてかわす。

 鼻先を掠めるほど近くを肘が通過した。

 反撃に腹へ拳を入れようとした瞬間、武神の膝が跳ね上がる。


「うおっ!」


 攻撃を中断し、両腕で受けた。

 身体が浮く。

 後ろへ二歩、三歩と下がって着地したときには、もう相手が目の前にいた。


「相変わらず、素手になってからの方が強ぇじゃねぇか」


 笑いながら構え直す。

 ゲーム時代にも知っていた。


 『無銘の武神』の最終形態。


 固有領域『武装封絶』によって互いの装備とアイテムを封じ、最後は純粋な肉体と技術だけで決着をつける。


 当時は面倒なギミックだと思っていた。

 ここまで来れば武器の性能も、付与効果も、装備補正も意味を失う。

 どれほど強い武器を集めても、最後に頼れるのは自分自身だけ。


 世界一位だった俺も、初見では何もできずに叩きのめされた。

 だが、そのたびに動きを覚えた。


 拳の角度。

 足の運び。

 体重移動。

 投げへ入る前の僅かな肩の動き。


 何度も死んで、何度も挑み直して、最後には素手でも勝てるようになった。


 だから今回も――。


「右」


 武神が踏み込んだ瞬間、俺は先に身体を動かした。

 拳が来るはずだった場所から頭を外し、懐へ潜る。

 鳩尾へ掌底を叩き込み、そのまま顎へ肘を跳ね上げた。


 だが、武神も俺の攻撃を読んでいた。

 身体を捻って掌底を逃がし、肘を肩で受ける。

 直後、俺の軸足を刈った。


「まだ!」


 倒れながら武神の腕を掴み、勢いを利用して巻き込む。

 二人そろって石床へ転がった。

 すぐに起き上がる。


 距離は二メートル。

 武神も立っていた。

 その頬に、薄く血が滲んでいる。


「いい顔するようになったな」


 返事はない。

 ただ、その口元にはもう隠す気もない笑みが浮かんでいた。

 ゲームの画面越しでは、一度も気づかなかった顔だった。


「じゃあ、もう少し付き合えよ」


 俺は地面を蹴った。


 ♢


 拳だけじゃない。

 無銘の武神が極めていたのは、あくまで『武』そのものだった。


 殴る。

 蹴る。

 投げる。

 関節を極める。

 体勢を崩す。

 相手の力を利用する。


 こちらが距離を取れば一気に詰め、近づけば身体を密着させて拳を封じてくる。

 数分もすれば、俺の全身には細かな傷が増えていた。

 それは向こうも同じだ。


 俺の拳が頬へ入り、蹴りが脇腹を捉え、投げによって背中から石床へ叩きつけた。

 それでも互いに止まらない。


 久しぶりだった――。


 勝たなければならないから戦うんじゃない。

 守るものがあるからでも、何かを救うためでもない。


 ただ、目の前に強い相手がいる。


 自分がどこまで通用するのか試してみたい。

 そんな理由だけで戦うのは、本当に久しぶりだった。


「はっ!」


 右拳を囮にする。

 武神が外へ流したところで、左肩をぶつけた。

 相手の重心が僅かに浮く。


 足を掛け、腰を回し、そのまま投げる。

 だが背中から落ちる寸前、武神が俺の襟を掴んだ。


「おい!」


 視界が反転する。

 俺まで巻き込まれ、今度はこっちが下になった。


 背中へ衝撃、息が抜ける。

 すぐ上から拳。顔を横へ逃がした。

 石床が砕け散った。


「危ねぇな!」


 肘で武神の腕を押し退け、腹へ膝を入れる。

 離れたところで起き上がった。


 呼吸が荒い……でも、嫌じゃない。


「やっぱ楽しいわ、お前」


 武神は答えない。

 それでも、間違いなく聞いていた。


 ゆっくり拳を構え直す。


 今度は、向こうから来なかった。


「……そういうこと?」


 待っている。


 なら――行くしかねぇよな。


 身体強化を一段階上げた。

 脚へ魔力を集め、踏み込む。


 石床が砕けた。


 一瞬で距離を潰し、真っ直ぐ顔を狙う。

 武神は避けない。


 正面から拳を合わせてきた。


 衝突。


 骨まで響く。

 互いに引かず、二発目。


 三発目。

 受け、流し、返す。

 武神の拳が俺の頬を打ち抜く。


 頭が揺れた。

 それでも一歩だけ踏ん張り、同じ場所へ拳を返した。

 武神もよろめく。


「まだだろ!」


 腹へ。胸へ。顎へ。


 最後の右拳。

 武神が腕を上げる。


 だが――ほんの僅か。


 遅い。


「もらった!」


 拳が顎を捉えた。

 巨体が浮き、背中から石床へ落ちた。


 ……音が消えた。


 『武装封絶』の領域が、ゆっくりと薄れていく。

 俺は肩で息をしながら、その場へ立っていた。


「……勝った」


 武神は動かない。

 やがて身体が淡い光へ包まれる。


 見慣れた光景。


 ゲーム時代と同じ――討伐、消滅、そしてドロップ。


 床にいくつかの光が落ちた。


 『極技の欠片』


 『武錬晶』


 『無銘の布』


「……ない」


 目的の名前。


 『武神の魂』。


 それが……ない。


「まあ、一発で出るわけねぇよな」


 0.02%。

 そんなもんだ。


 俺は落ちた素材を回収し、アイテムボックスを確認する。

 武装封絶も解除されている。

 フィーアもツヴァイも使える。


 そして、闘場中央へ光が集まり始めた。


「やっぱ復活するか」


 粒子が人の形を作る。


 数十秒後。


 そこには、さっき倒したはずの無銘の武神が立っていた。


 傷はない、全てが元通り。


「さて」


 俺は首を鳴らす。


「次、行くか」


 ♢


 二戦目、武神の魂は出なかった。


 三戦目、出ない。


 四戦目も、五戦目も、期待した名前は表示されなかった。


 戦闘そのものは長い。

 剣から始まり、槍、斧、弓、双剣、大剣、鎌、棍。

 最後は武装封絶。


 一度倒すだけでもかなりの時間がかかる。

 だから、採掘と同じ速度では周回できない。


 それでも、俺は続けた。


「次」


 再構成された武神へ向かう。

 戦い、倒し、ドロップを見る。


 なかったら、休む。


 食べて、眠って、起きて、また戦う。


 ゲーム時代なら、これを何百回でも繰り返した。


 0.02%。


 数値だけ見れば、五千回に一回。

 もちろん確率なんてものは、五千回やれば必ず出るという意味じゃない。


 一発で出ることもあるし、一万回やっても出ないこともある。


 それでも、出るまで続ければいい。


 俺は、そういう遊び方をしてきた。


 七戦目が終わった夜、安全区画まで戻ったところで、通信魔道具が光った。


『まだ闘場?』


「まだだよ」


 ザフィラだった。


『何回倒したの?』


「七回」


『七回も?』


「まだ七回だろ」


『その感覚がおかしいのよ』


「超低確率だからな」


『聞くたびに嫌になる数字ね……』


「俺は好きだけど?」


『どうして?』


「出たとき嬉しいじゃんか」


『それまでずっと苦しいでしょう?』


「だから嬉しいんだろ」


 通信の向こうから、長い溜息がした。


『私には分からないわ……』


「分からなくていいさ」


『あと何回?』


「出るまで」


『……一か月』


「分かってるよ」


『今日は何日目?』


「九日目」


『覚えてるじゃない』


「お前が毎日聞くからな」


『私は数えてないけど』


「まだ言うのか?」


 少し笑う。


『怪我は?』


「多少」


『多少って?』


「普通に殴られてる」


『治して』


「もう治したよ」


『顔も?』


「顔?」


『顔を殴られたって昨日言ってた』


「覚えてんの?」


『覚えてないわ』


「もう無理あるって、その言い訳」


『……ちゃんと帰ってきてね』


 急に、少しだけ声が柔らかくなる。


「ああ」


『素材が出なくても』


「それは困る」


『……ご主人様?』


「冗談だよ」


 半分くらいはな。


『明日も連絡して』


「分かった」


『おやすみ』


「おやすみ」


 通信を切った。


 明日も、また戦う。


 そのときの俺は。


 まだ……そう思っていた。


 ♢


 十戦目。


 違和感を覚えたのは、剣だった。


「……ん?」


 いつもなら、三連撃、横薙ぎ、刺突。

 そこから一歩下がって構え直す。


 俺は、その刺突へ合わせて懐へ入るつもりだった。


 だから先に踏み込んだ。


 なのに――刺突が来ない。


「――!」


 無銘の武神は。

 俺が踏み込んだ瞬間、剣を手放した。


 空いた左手で、俺の手首を掴む。


「は?」


 引かれ、体勢が崩れる。


 そこへ、剣を持っていた右手の肘。

 顔面へぶち込まれる。


「ぐっ!」


 まともに受け、後方へ飛ばされる。


「……今の」


 頬を押さえる。


 武神は、落とした剣を拾わない。

 新しい剣を形成し、構える。


「そんなパターン、あったか?」


 知らない――少なくとも、俺が覚えている攻略パターンにはない。


「偶然か?」


 戦闘を続ける。


 槍。こちらは大きな変化なし。


 斧。同じく変化なし。


 弓の時。


「……まただ」


 いつもなら、俺が矢を弾く。

 その隙に武神が距離を詰めてくる。


 だから、今回は先に迎撃するつもりでフィーアを出現させた。


 だが、来なかった。


 武神は距離を取ったままもう一射。

 俺が用意していた迎撃は空振り。

 その瞬間だけを狙い、矢が飛んできた。


「俺の動きを見た?」


 矢を弾く。


 無銘の武神を見る。


 何も言わない。


「……いや」


 まだ、決めつけられない。


 ボスに複数の戦闘パターンがあるなんて珍しくない。


 ゲーム時代、俺が見たことのない行動があっただけかもしれない。


 でも、十一戦目、十二戦目。

 続けていくうちに、明らかになった。


 武神は、俺が前の戦いで使った技を避け始めた。

 

 こちらが棍を使ったときに盗んだ。

 握りを滑らせ、先端速度を上げる打撃。


 最初は当たった。

 二度目も。


 だが、三度目。


 無銘の武神は、俺の手が滑る瞬間に棍の内側へ入ってきた。

 先端が最も速くなるなら、根元は逆に遅い。


 そこを狙われた。


「……おい」


 脇腹へ武神の棍が叩き込まれる。

 身体を飛ばされながら確信した。


「お前」


 着地。


「覚えてやがるな?」


 無銘の武神は何も答えない。


 ただ、笑った。

 今までで、一番はっきりと。


「……まじかよ」


 心臓が、少しだけ速くなる。


 ゲーム時代、こいつと何度も戦った。

 当時も周回するほど行動が微妙に変わることはあった。


 俺はそれを、学習型の戦闘AIだと思っていた。

 プレイヤーの行動傾向を読み、攻略を単調にしないためのシステム。

 面白いボスだと思った――それだけだった。


「違ったのか?」


 剣を交える。


「お前が」


 槍をかわす。


「ずっと」


 斧を弾く。


「覚えてた?」


 問いかけても、返事はない。


 でも、もう――答えなんて必要なかった。


 目の前にいるこいつは前の俺を知っている。

 

 今の俺を見ている。


 そして、戦うたびに俺への対策を積み重ねている。

 そういう相手だ。


「ははっ」


 笑った。


「いいね!」


 素材集め。

 そのつもりだった。


 素材が出るまで何度も倒すだけ。


 でも――違う。


「なら俺も、同じ戦い方してる場合じゃねぇな」


 ツヴァイをしまうと、武神の目が動く。


「お前が覚えるなら」


 フィーアを構える。


「俺も変える」


 その日の戦いは。


 今までで一番長くなった。


 ♢


 そこから、周回という言葉は少しずつ似合わなくなっていった。


 戦うたびに武神は変わる。

 そのたびに俺も変える。


 前に見せた動きは使わない。

 使うならその対策まで利用する。


 こちらが誘えば、向こうも誘う。

 フェイント。読み合い。技の潰し合い。

 一戦ごとに、前の戦いが次へ残る。


 十六戦目、槍で負けかけた。


 十八戦目、素手の状態で初めて関節を取られた。


 二十戦目、俺が武神の新しい投げを盗んだ。


 二十一戦目、その投げを次の戦いで武神に返された。


「お前、性格悪いな!」


 叫ぶと、武神が笑う。


 本当に笑うようになった。


 そして――二十四戦目。


 最初から空気が違った。


 闘場の中央。


 無銘の武神はこれまでのように、俺が舞台へ上がるまで待ってはいなかった。


 すでに剣を持って構えている。


「……待ってたか?」


 武神は笑う。

 返事はない。


「いいだろう」


 俺も、フィーアを抜く。


 今回も、攻略パターンは使わない。


 何をしてくるのか本当に分からない。


 だったら――真正面から。


「やろうぜ?」


 戦闘が始まった。


 ♢


 剣から槍へ、いつもの順番。

 そう思った瞬間、槍と剣を同時に持った。


「二本ありだったのかよ!」


 剣の斬撃をフィーアで受ける。


 その下から槍が腹を掠める。

 後退するも武神は追う。


 瞬間、槍を投げた。


「!」


 頭を避ける。


 その隙に、剣が肩を掠め、血が飛び散る。


「やるな!」


 俺もツヴァイを追加。

 フィーアを投げ、ツヴァイで接近。


 武神が、斧、剣、槍と、次々と形成する。


 もう武器ごとの段階なんてない。


 生涯で覚えたものを、全部混ぜている。


「こっちも!」


 フィーアで転移。

 背後では回避される。


 だからそこへ俺自身が踏み込む。

 ツヴァイで右からの攻撃を受けられる。

 左からの攻撃は肩へ入った。


 武神は膝をつき。

 俺は腹に一撃をもらう。


「ぐっ!」


 互いに傷が増える。

 時間が経つと、武装封絶がようやく発動する。

 すべての武器が消える。


「こっからだぞ……気合入れろ!」


 でも、これまでとは違う。


 俺も、こいつも。


 もう相手の癖を知りすぎている。


 拳は読まれる。

 なら途中で掌底へ。

 武神は避ける。


 奴の足払いは跳んで避ける。

 着地を狙う膝。

 俺は空中で身体を捻り、武神の肩を踏む。


「!」


 初めて、奴は驚いた顔をした。


「それは知らねぇだろ!」


 頭上を越え、背後へ着地。

 そして振り向きざまに拳。


 武神も振り向き、拳を打ち込んでくる。


 衝突。


 互いの皮膚が裂ける。


 痛い……、だけど楽しい!


「まだ!」


 肘を受け。

 膝は外す。

 武神の手が俺の首へ。

 掴まれる前に腕を絡める。

 そして投げ技。

 

 今まで二十戦以上して、こいつとの戦いの中で覚えた形。


 武神が投げられながら、こちらの腕を取る。


「分かってる!」


 それも前にやられた。

 だから途中で手を離す。


 武神だけが地面へ落ちる。

 でも、それで終わらない。

 起き上がり顔面へ拳が撃ち込まれる。


「ぐっ!」


 俺も返す。一発、二発。


 防御なんてどこかへ行った。


 最後は意地だった。


 どちらが立っていられるか。


 武神の右拳が頬へ、俺の視界が揺れる。

 俺の左が腹へ、武神が僅かに沈む。


「ここ!」


 右で顎に入った。


 武神の身体が後ろへ傾く。


 ――それでも、倒れない。


 最後の拳が、俺へ伸びてくる。


 避けずに一歩前へ、相手の拳が肩を掠める。


 俺の拳は胸、心臓のすぐ上。


「終わりだ!」


 魔力を、全部乗せる!


 衝撃。


 無銘の武神の身体が、数メートル吹き飛んだ。


 石床を滑り、何度も跳ね、止まる。


 今度こそ――立たなかった。


「……」


 俺も膝へ手をつく。


「きっつ……」


 呼吸が整わない。

 全身が痛い。


 でも……勝った。


 武神を見る。

 倒れたまま、こっちを見ていた。


 そして――。


「……ようやく」


「……え?」


 声だ――初めて、声を聞いた。


 低く、少し掠れた人の声。

 無銘の武神が、笑っている。


「ようやく、見つけた」


 俺は、息を整えながら、ゆっくり近づいた。


「……喋れたのかよ」


「……必要が、なかった」


「今まで?」


「ああ」


「ずっと?」


「長い間」


 武神は、空を見上げる。


 誰もいない観客席、静かな闘場。


「俺は、強者を探した」


 声は弱い。

 でも……満足そうだった。


「剣を学んだ」


「槍も」


「弓も」


「拳も」


「知ってる。嫌ってほど食らったからな……」


「そうか」


 武神は笑う。


「一つを極めれば、その先に強き者がいると思った」


「だが、いなかった」


「次を学んだ」


「また、いなくなった」


 国を渡った。海を越えた。名のある武人を訪ねた。


 戦場へも赴いた。


 勝って、また勝った。


 そして、勝つほどに……戦ってくれる者がいなくなった。


「俺は、最強になりたかったわけではない」


 武神が、こちらを見る。


「負けたかったのか?」


「……少し、違う」


「じゃあ……」


「本気で、戦いたかった」


 その言葉で、分かった。


「勝てるか分からない相手と?」


「ああ」


「すべてを出し切って?」


「ああ」


「……なるほどなぁ」


 そのために強くなった。

 でも、強くなるほど目的から遠ざかった。


 まったく……皮肉な話だよ。


「最後に聞いた」


 武神が、ゆっくり話す。


「世界の果てには、まだ見ぬ強者がいると」


「それで、ここへ?」


「ああ」


「いたのか?」


 武神は、目を閉じる。


「いなかった」


 小さく笑う。


「だから、待った」


 肉体が朽ちても、夢だけを――ここへ残した。


 いつか、自分より強い者がこの闘場へ来る。


 そう信じて。


「……何年待った?」


「知らん」


「百年以上かもしれねぇぞ」


「構わん」


 武神が、また俺を見る。


「だが……待った甲斐があった」


 胸が、少しだけ熱くなる。


 俺にとってこいつは、ゲーム時代素材を落とすボスだった。

 強くて、楽しい。

 でも、倒したらドロップを見る。

 出なければまた戦う。

 それだけ。


 何度も戦った。

 なのに、何を待っていたのかは、知らなかった。


「なあ……」


 武神が言う。


「お前の名を聞かせろ」


「……リンドウだ」


「リンドウ……」


 一度、確かめるように口にする。


「そうか」


 武神が、満足そうに笑った。


「覚えた」


「今度は俺の番だ」


「……?」


「お前は?」


 ゲームでは。


 『無銘の武神』。


 石碑には、名を知る者はいないとあった。


「名前だよ」


 俺は聞く。


「本当は、あるんだろ?」


 武神は、少し驚いたように目を開いた。

 それから、笑った。


「禍津武」


「マガツタケ?」


「ああ」


「俺の名は――禍津武」


 その名前を頭へ刻む。


「覚えた」


「そうか」


 禍津武の身体が、少しずつ光へ変わり始める。


「おい」


「もういい……」


「まだ復活するだろ?」


 何度もそうだった。


 倒すと消える。


 そしてまた、闘場の中央へ戻ってくる。


 でも、禍津武は――首を横へ振った。


「リンドウよ」


「んだよ……」


「いい、戦だった」


 本当に、嬉しそうに笑った。


 そして――消えた。


 光が、ゆっくりと一つへ集まる。


 俺の前。


 小さな、黄金色の結晶。


 視界へ表示が出る。


 


 『特殊報酬を獲得しました』

 『武神の魂』

 『希少度:EX』



「……」


 一瞬。


 頭が何も考えられなくなった。


 それから――。


「出た……」


 思わず、結晶を拾う。


「マジか……」


 ゲーム時代、一度しか取れなかった素材。


 ドライに必要な、最大の難関。


「出たぞ……!」


 普通に喜んだ。

 でも、数秒して。


「……あれ?」


 闘場中央を見る。


 いつもなら、もう再構成が始まっている。


 光の粒子、人の形。


 それが――ない。


「……おい」


 待つ。一分、二分と。


 しかし何も起こらない。


「おい、禍津武?」


 呼ぶも、返事はない。

 当たり前だ、闘場には俺一人。


 そして、そこでようやく気づいた。


「確率ドロップじゃ……なかった?」


 いや、ゲームの攻略情報としてはそうだった。


 何度倒しても『無銘の武神』は復活した。


 何千、何万というプレイヤーの討伐記録から、ドロップ率は0.02%とされていた。

 俺も、そう信じていた。


 ただの超低確率素材。


 でも――違った。


 手の中にある、黄金の結晶を見る。


「お前の……魂だったのか」


 これを、何度も落とすわけがない。


 禍津武は――ずっと戦い続けていた。


 相手を見て、覚えて、学んで、求めていた。


 自分を超える相手を。


 ――そして。


 見つけたときだけ。


 最後に、自分の魂を託す。


「一点ものかよ」


 笑いが少しだけ漏れる。


「そんなもん、攻略情報だけじゃ分かんねぇよ……ばかやろう」


 『武神の魂』。


 欲しかったし、ドライを作るには必要だ。

 だから、使う。


 それでも――もう、ただの素材には見えなかった。


「ちゃんと使うよ」


 誰もいない闘場へ向かって言う。


「お前の魂」


 手の中の結晶を、インベントリへ大切にしまう。


「世界最高峰の武器にしてやる」


 返事はない。


 もう、禍津武はここにはいない。


 でも……それでいい。


「楽しかった」


 俺も、少し笑う。


「いい戦いだったよ、禍津武」


 その日。


 『武極の闘場』から、『無銘の武神』は消えた。


 残ったのは、壁や床に刻まれた数え切れない戦いの跡。


 そして――

 俺の手の中に残った、たった一つの魂だけだった。


ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


『無銘の武神』――その本当の名は、禍津武『マガツタケ』。

リンドウにとっては、何度でも復活する0.02%の素材ボス。

けれど彼はずっと、戦った相手を覚えながら。

自分のすべてをぶつけられる、たった一人を待ち続けていました。


そして最後に残された『武神の魂』。


もう、ただの素材ではありません。

禍津武から託されたその魂を使って、リンドウは『ドライ』を鍛えることになります。

でもその前に――素材は、あと一つ。


次回、『龍骸晶窟』へ。


引き続き楽しんでいただけたら嬉しいです。

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