54:覇王、武神と相まみえる。
神鉄鉱脈を出たのは、翌朝だった。
ヒヒイロカネを十二個、最初の目的は達成した。
次に必要なのは、『武神の魂』。
ゲーム時代の情報では、『無銘の武神』から0.02%の確率でドロップする超希少素材。
『ドライ』を作るならこれがないと始まらない。
「採掘の次は、殴り合いか……」
採掘槌をしまい、代わりにフィーアを背負う。
「やることがほんと極端なんだよな、このダンジョン。さすが『廃人の巣窟』」
次に俺が目指すのは『武極の闘場』。
神鉄鉱脈から、さらに最果ての夢跡の中心部へ。
直線距離だけなら、そこまで遠くない。
ただ、ここは一つの巨大なダンジョンの中に、まったく異なる環境が入り混じった場所だ。
灼熱地帯を抜け、岩の谷を越え、地下森林へ入り、そこから重力異常区画の外縁を回り込む。
普通のダンジョンなら最深部へ向かうほど敵が強くなる。
だが、最果ての夢跡にはそんな分かりやすい法則すらない。
区域ごとに、環境も魔物も成立した理由すら違う。
「……そう考えると」
前を歩きながら、少しだけ周囲を見る。
岩壁、遠くに見える青白い森林、その上空を巨大な岩石がゆっくりと横へ落ちていく。
「……本当に、意味分からねぇ場所だな」
ゲーム時代はそれでよかった。
ゲームだから、ダンジョンだから、いろんなギミックがある。
それだけで納得していた。
でも今は――ここに、これだけ異なる区域が存在する理由があると知っている。
夢を捨てられなかった者たち。
力を、技を、素材を、時間を、世界の理そのものを。
求め続けた者たちが、最後に辿り着いた場所。
「武極の闘場も……そうなんだろうな」
俺はまだ、名前すら知らない。
あの男も、きっと――。
何かを求めて、ここへ来たのだ。
♢
武極の闘場へ辿り着いたのは昼を少し過ぎた頃だった。
「変わってねぇなぁ…」
目の前に巨大な円形建造物が立っている。
石造り……いや、石に見えるだけで実際に何から作られているのかは分からない。
壁には無数の傷。
斬撃。刺突。殴打。焼けた跡。
何か巨大なものを叩きつけたような陥没まで残っている。
修復されていない。
ここで行われた戦いのすべてをそのまま刻み続けているようだった。
入口には武器が二本、交差するように彫られている。
一方は剣、もう一方は……何もない?
「あれ……前から、こんなんだったっけ?」
覚えていない。
ゲーム時代、俺が見ていたのは……。
入口の前に表示されるダンジョン名と、ボスまでの最短距離だけだった。
周囲の装飾なんて見ているはずがない。
入口の脇に、古い石碑があった。
「……」
昔なら間違いなく素通りしていた。
ボスは目の前、欲しい素材も目と鼻の先。
碑文を読むことに攻略上の意味なんてない。
でも――。
「読むって、決めたからな」
一歩、近づく。
石碑の表面には古い文字が記してある。
しかし、ところどころ武器で削られたように消えている。
それでも、残された部分は読めた。
『一人の武人がいた』
『剣を学び』
『槍を学び』
『弓を学び』
『あらゆる武を、その身へ収めた』
「……」
俺はそのまま続きを読む。
『彼は勝ち続けた』
『強者を求め』
『国を渡り』
『海を越え』
『名を知らぬ地へも赴いた』
『されど』
『勝つほどに』
『彼と戦える者は減っていった』
ここから……文字が大きく欠けている。
読めない……
だが、その下。
『己より強き者を求め』
『武人は、最果てへ至る』
『何を得たか』
『何を失ったか』
『その名を知る者は、もういない』
「……無銘」
視線を上げる。
闘場の奥に、まだあいつの姿は見えない。
「そういう意味だったのか?」
『無銘の武神』。
ずっと、ただのボス名だと思っていた。
名前が設定されていないから――、無銘。
それだけだと思っていた。
「いや――」
まだ分からない。
勝手に決めつけるのはやめよう。
ヘレナの時散々思い知った。
分からないことを、分かったつもりになる必要はない。
今、知っているのは……自分より強い相手を探し続けた武人が、ここへ来た。
それだけだ。
石碑の最下部、短い一文が残っている。
『武を望む者よ』
『彼の前へ立て』
『されど』
『勝利のみを求めるな』
「……?」
少し引っかかった。
「勝利のみを求めるな、ね」
ゲーム時代の俺に一番向いていない言葉だった。
勝つために来た。
素材を取るために倒した。
ドロップしなければまた倒す。
それだけのはずだった。
「今回は――」
フィーアの柄へ手をかける。
「少しくらい、ちゃんと戦ってみるか」
石碑を離れる。
俺は、闘場へ足を踏み入れた。
♢
中は円形の巨大な競技場だった。
観客席は数万人は入りそうな広さ。
だが、誰もいない。
風だけが空席の間を通り抜けている。
中央、直径百メートル以上ある白い石の舞台。
そして――。
その中心に、一人の男が立っていた。
「……いた」
人間とほとんど変わらない。
大柄で俺より頭二つ分ほど高い。
上半身には古びた戦装束。
防具らしい防具はない。
長い黒髪を後ろで無造作に束ねている。
両手には何も持っていない。
目を閉じ、ただ立っている。
それだけ――。
なのに、空気が違う。
灼熱地帯で出会ったレベル九十台のモンスターたち。
あいつらとは存在感そのものが違う。
視界の端へ情報が浮かぶ。
『無銘の武神』
『Lv:???』
『分類:特殊個体』
「相変わらずレベルも見えねぇ……」
俺は舞台へ一歩踏み込む。
その瞬間、男が目を開けた。
「――」
目が合う。
ゲーム時代、何度も見て何度も戦った。そして、何度も倒した。
なのに――。
「……こんな顔してたっけか」
強く、鋭い。
でも、殺意はない。
むしろ――何かを確かめるようにこちらを見ている。
一秒。
二秒。
男が、右手を伸ばした。
何もない空間。
そこへ、光が集まる。
「来るか!!」
光が形になる。
装飾のない一本の直剣。
無銘の武神が、それを静かに構えた。
同時に、闘場全体へ低い音が響く。
――戦闘開始だ。
「まずは剣……」
知っている。
最初の武器は、毎回剣。
俺もツヴァイを抜いた。
「付き合ってやるよ!!」
片方だけ右手へ。左手は空ける。
「剣なら、剣で」
無銘の武神が――消えた。
「――っ!」
否。
踏み込み!
相変わらずとんでもなく速い。
俺に向かって一直線。
剣先が俺の喉へ向かう。
ツヴァイで受ける。
重い金属音が闘技場へ響く。
まったく……片手剣の一撃じゃない。
全身や腰、脚。そして地面を蹴る力。
そのすべてが、剣先へ乗っている。
「そうだったな!」
刃を滑らせる。
受け流し、首を狙う。
男がほんの僅かに頭を傾ける。
俺の刃が髪を数本切った。
返しに斬り上げ、そして後退。
武神の剣先が鼻先を通る。
「上手ぇな……」
本当に上手い。
速いとか、強いとか、そういう単純な話じゃない。
無駄がない。
剣を握り、足を運び、腰を回して斬る。
その全部が剣を振るうためだけに作られている。
まるで――。
生涯。
剣だけを握ってきたみたいだった。
「でも――!」
踏み込む。そして、一瞬の間に剣が交差する。
「知ってるんだよ!」
相手の型、行動パターンは全て知っている。
三撃、四撃、五撃。
次に右肩。
「ここ!」
先に懐に入る。
ツヴァイの刃が肩口を浅く裂く。
武神が一歩下がった。
「……」
男の口元が僅かに動いた。
「……笑った?」
次の瞬間、剣が光へ変わる。
「――第二ラウンドだ」
長い柄、鋭い穂先。
槍だ。
持ち替えた瞬間、間合いが変わる。
こちらが踏み込むより先に刺突が襲ってくる。
「っと」
身体を捻る。
しかし、槍は脇腹を掠める。
そのまま槍の柄が横薙ぎ、俺は頭を下げる。
石床が風圧だけで砕けた。
「剣のあとに、それはズルいだろうがよ!」
槍。
普通、武器を一本を極めるだけでも一生が必要だ。
だが、こいつには関係ない。
刺突、払い、石突、間合い。
どれも――達人と言って遜色のない絶技。
フィーアを抜く。
「長物相手なら、こっちだ!」
フィーアをぶん投げる。
武神が槍を回転させる。
巨投剣を正面から受けた。
轟音が鳴り響き、槍が軋む。
普通ならそのまま吹き飛ぶ。
だが――無銘の武神は右足を半歩下げただけ。
「化け物め……」
フィーアを転移させ手元へ戻す。
同時に武神の槍が消える。
「次だ……。来い!」
斧。
巨大な両刃斧。
「そうそう、そうだよなぁ!」
一歩下がる。
振り下ろしを紙一重で避ける。
地面が爆発したように砕ける。
「これだけは受けたくねぇなぁ!!」
ゲームでも、何度も正面から受けて死んだ。
威力だけじゃない。
斧の使い方も異常に上手い。
重量を利用し振り回す。
途中で、柄を短く持ち替える。
近距離で肘、肩、斧の石突まで使う。
「武器を使うっていうか」
フィーアで斧の軌道を逸らす。
「身体の一部なんだよな、お前のよぉ!!」
返事はない。
だが、攻撃は――さらに速くなる。
♢
斧の次は……弓!
無銘の武神が大きく後方へ跳ぶ。
光とともに現れた長弓。
「来たなチートマシンガン…」
弦を引く。
しかし矢はない。
魔力が矢を次々に形成していく。
亜音速を超える一射。
「っぶね!!」
とっさに避ける。
背後の石壁へ矢が突き刺さる。
次の瞬間、石壁が爆発した。
「……弓でそれやんのかよ?」
雨の様に降り注ぐ矢を、二射、三射、五射と躱し続ける。
矢は空中で軌道を変える。上下左右、俺を囲むように。
「面倒な…!」
フィーアを横薙ぎに振う。
風圧で矢をまとめて弾く。
次の瞬間、目の前に――。
「――近っ」
武神。
弓をそのまま棍のように振り下ろす。
「やっぱやるよな!」
ツヴァイで受ける。
魔力で形成された弓は折れない。
近接武器としても普通に強い。
弓を振るい、一瞬離れれば射る。
そして、また接近。
今度は弓の弦を俺の首へ掛けようとする。
「殺意高ぇなおい!!」
腕を入れて止める。
武神は俺の腹を蹴り上げる。
「っ!」
吹き飛ぶ。
空中での姿勢制御、着地は考えてない。
「……」
腹を押さえる。
痛ってぇ……。
普通に、いや、かなりいてぇ。
「そういや、ゲームの時は痛くなかったんだよな……!」
HPが減り、衝撃エフェクトが出る。
ゲームの時はそれだけだった。
だが――今は違う。
「これはこれで」
立ち上がる。
「燃えるじゃねぇの!」
無銘の武神は弓を消す。
次だ――第五ラウンド。
二本の短い剣。
「双剣だったな……」
俺もツヴァイを両方抜いた。
「俺相手に双剣で挑むのか?」
自然に口元が上がった。
♢
刃の重なる音が途切れない。
上下左右、斜め、突き、そして切り返し。
一秒の中に何回斬撃が交差しているのか数える意味もない。
速い――!!
「っ!」
俺の右手のツヴァイ、そして武神の左剣が衝突する。
交差する俺と武神。
同時に踏み込むと、肩がぶつかるほどの至近距離。
互いに二本ずつ。
消して折れない四本の刃。
「楽しいなぁおい!!えぇ?!」
思わず声が出た。
ゲーム時代から、こいつとの戦闘は好きだった。
理由は単純――強いから。
変なギミックで即死させてくるボスじゃない。
理不尽な必中攻撃を撃ち続けるわけでもない。
ただ、武器の扱いが馬鹿みたいに上手い。
自分よりうまいやつと戦う――それが楽しかった。
「やっぱ面白れぇよお前!!」
つい言葉が漏れる。
武神が俺を見る。
一瞬だ――ほんの一瞬だけ。
金色にも茶色にも見える瞳が細くなった。
「……」
気のせいか?
考える暇はない。
相手は最強無銘の武神。
やつは双剣を交差させる。
俺も同じタイミングで踏み込む。
一瞬ですれ違う。
互いの刃が肉を浅く裂いた。
俺の頬と武神の肩。
血が滴り落ちる。
「……へぇ」
……こいつも、血が出るんだな。
ゲームではそんなこと見ていなかった。
直後、武神の双剣が消える。
次のラウンドへ移行した。
「大剣」
巨大な刃。
俺のフィーアよりさらに長い。
「力比べかよ」
両手持ちの大剣が振り下ろされる。
フィーアを正面に受ける。
――――轟ッ!
「ぐっ……!」
足元が石床が沈む。
腕が尋常じゃないほど痺れる。
「重っ……いって!!」
押し返すと、武神もさらに踏み込んでくる。
「いいね……いいねぇ!最っ高だねぇ!!」
瞬時に魔力で身体強化を行う。
「それなら――!」
フィーアを思い切り振り抜く。
大剣との衝突。
衝撃が闘場全体へ広がり、亀裂が走った。
互いに後方へ弾かれる。
無銘の武神は何事もなかったように着地し、大剣を肩へ担ぐ。
「……」
――今。
確実に、笑った。
「お前……」
やっぱり――こいつ。
「楽しんでるんだろ?」
答えはない。
でも、その顔はさっきまでより――。
少し、生きているように見えた。
♢
大剣、その次は鎌!
「それは」
武神の手に巨大な鎌が顕現する。
ザフィラのクロノアとは形が違う。
だが、嫌でも思い出す。
「……帰ったら、また振り回されそうだな」
ぼそり。
一か月分、甘えると言っていた。
まだ一週間も経っていないのに。
少し、帰ったあとのことを考えている自分がいる。
「っと!」
大鎌の横薙ぎ。
俺は後退するが、刃先が衣服を掠める。
「危ねぇなぁおい!」
鎌は剣とは違う。
引っ掛ける、奪う、絡める、切る……正直同じリーチでも槍より厄介だ。
俺のフィーアへ、鎌の内側が引っ掛かる。
「なるほどなッ!!」
武神がフィーアを引くが、俺も離さない。
「そう来るなら……!」
座標転移。
一瞬にしてフィーアが消える。
鎌だけが空振り、武神の体勢が僅かに崩れる。
武神の背後へフィーアを再出現させる。
「取った――!」
斬れる――!
だが、武神はノールックで鎌の石突で受けた。
「それ反応すんのかよ!?」
身体を回転させ大鎌が円を描く。
空間ごと切り裂くような斬撃。
飛び越え、空中にフィーア投擲。
しかし、武神は鎌で当然のように弾く。
「……」
――強い。
知っているのに、強い。
攻略法も、攻撃パターンも、全部ゲーム時代に叩き込んだ。
それでも……こうして実際に目の前で戦うと――。
「本当に、全部上手ぇんだよなぁ……」
プログラムじゃない、モーションでもない。
一つ一つ、全部に、積み上げた何かがある。
剣も、槍も、斧も、弓も、双剣も、大剣も、鎌も。
全部。
「お前……」
フィーアを構える。
「どれだけやったんだよ!」
無銘の武神は答えない。
そのかわり、大鎌が光へ変わる。
次だ――。
「棍か……」
長い一本の棒。
余計な装飾はない。
「ちょうどいいじゃねぇの!」
これから作る三節棍、『ドライ』。
形は違う。
だが、棍の基礎は当然使う。
「さぁ、見せてもらうか!」
武神が棍を構える。
低く先端を下ろし、俺へ一歩……踏みこんだ。
「――!」
突きだ!
速すぎる!!
フィーアで受けきれるか!?
棍が滑る。
俺の刃に沿って。
狙いは――手元!
「っ」
指を狙われ、フィーアを離す。
次の転移で左手へ戻す。
その瞬間、棍が足元に迫っていた。
脚払いを跳んで躱す。
クッソ……!!空中で回避行動がとれない…!!
棍が跳ね上がり、腹へ直撃した。
「ぐっ!」
直撃し俺は吹き飛ぶ。
地面を一回、二回と転がる。
「……っ痛ぇ」
立ち上がっても、武神は追撃してこなかった。
ただ、棍を静かに構えている。
「舐められてんのか……?」
違う――こいつは待っている。
「なるほどな……」
笑う。
「いいぜ……!」
フィーアをアイテムボックスへしまう。
代わりに、訓練用に持ってきていた普通の棍を取り出す。
「ちょっと付き合え」
武神の目が、僅かに動いた。
そこから、棍同士が激しくぶつかる。
突き、払い、打ち下ろし、跳ね上げ。
回転、石突。肩や膝も全部使う。
一発、二発と打ち合う。
「なるほど……!」
こいつ、握り方が途中で変わってる!
打撃の瞬間、少し手を滑らせる。
先端速度が急激に上がった気がした。
「――そう使うのか!」
真似て棍を振るう。
武神は正面から受けた。
今度は少しだけ、俺のほうが重かった。
「……」
武神がこちらを見る。
「盗ませてもらったぞ、お前の極意」
返事はない。
だが――また、笑った気がした。
「ドライにも使えるな」
武器を作るに必要なのは素材だけじゃない。
使い方、技術、それを知らなければ、本当にいい武器なんて作れない。
そう考えると――。
「来て正解だったな」
俺は棍を構える。
正面には無銘の武神。
再び二つの影がぶつかった。
♢
どれくらい戦ったのか分からない。
太陽は常に闘場の上にある。
あれが本物なのかも知らないが、少なくともかなりの時間が経っている。
肩は痛いし。
腹はさっき蹴られた。
左腕には浅い斬り傷。
額からも、少しの出血。
でも――。
「はは……はははっ!!」
笑っていた。
久しぶりだったんだ。
何も考えず、ただ戦うことが楽しい時間が。
勝つため、素材のため、国のため。
もちろんそれもある。
でも、今だけは――。
「楽しいなぁ!」
本当にそれだけだった。
無銘の武神も、俺と同じく傷だらけだ。
肩、腕、脇腹、頬。
俺がつけた傷もある。
それでも、立っている。
そして、その顔――。
最初とは明らかに違う。
ほんの僅かに口角が上がっている。
「やっぱ……」
息を整える。
「お前も楽しいんじゃねぇか!」
返事はない。
「喋れないのか?」
もちろん、答えない。
「それとも」
棍を構える。
「まだ、その段階じゃないってのか?」
武神が俺を見る。
そして――棍を地面へ落とした。
「……来たか」
棍が光へ変わる。
だが、次の武器は現れない。
無銘の武神は、その場に立つ。
両手は空。
視界にシステム表示。
『無銘の武神』
『最終戦闘形態へ移行します』
『固有領域――展開』
「そうそう、これからだよなぁ!」
覚えてる。
こいつとの戦闘で、一番面倒で、一番好きだったところ。
周囲の空気が変わる。
闘場に半透明の壁が形成される。
巨大な円が、俺と無銘の武神を囲む。
『武装封絶』
『領域内に存在するすべての武装を封印します。』
武器、防具効果、装備由来の能力。
そして、一切のアイテムが使用不可。
手にしていた棍が光に包まれる。
「っと」
腰のツヴァイも当然使用不可。
背中のフィーアも同様に使用不可。
インベントリは既に反応しない。
防具へ付与された強化術式まで沈黙している。
「徹底してんなぁ……」
俺はゆっくり両手を開く。
何もない、正真正銘の素手。
それは向こうも同じ。
剣を。
槍を。
斧を。
弓を。
双剣を。
大剣を。
鎌を。
棍を。
そのすべてを極めたように操っていた男が。
最後に選ぶのは――。
何も持たない、自分自身。
無銘の武神が、右足を半歩下げた。
腰を落とす。
左手を前、右拳を脇へ。
何の飾りもない構え。
なのに――。
「……」
背中に僅かに汗が滴る。
今までとは奴から感じる圧が違う。
武器がないから弱くなる。
そんなわけがない。
むしろ、こいつにとってはここからが本番。
ゲーム時代、何度もこの形態で叩きのめされた。
剣で斬られ、槍で刺され、斧で砕かれても。
最終的に一番死んだのは――多分、この素手の状態だった。
「……はは」
俺も、拳を握る。
足を開き重心を少し前へ。
身体強化、自分自身の魔力を身体へ流す。
無銘の武神の目が、初めて、明確に、楽しそうに細められた。
「やっぱり」
俺も笑う。
「……ここからだったな!」
二人同時に――地面を蹴った。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
今回はついに、『無銘の武神』との戦い。
剣、槍、斧、弓、双剣、大剣、鎌、棍。
あらゆる武器を使いこなしながら、どこか楽しそうにリンドウと戦う『無銘の武神』。
そして最後に残ったのは――武器すら持たない、自分自身でした。
ゲーム時代、リンドウがこのボスで最も苦戦した最終形態。
ですが今回の戦いは、かつてとは少し違うようです。
次回、武の果てへ。
引き続き楽しんでいただけたら嬉しいです。




