51:覇王、三本目を選ぶ。
食料の問題が、ひとまず落ち着いた。
食材の祠から持ち帰った物資は、王都の食料庫へ運び込まれ。
周辺地域との新たな交易路が整うまで、配給量を維持できるだけの備蓄も確保された。
中央広場で飯を振る舞ってから、数日。
俺は王城の訓練場に立っていた。
右手には、巨投剣『フィーア』。
左手には、双剣『ツヴァイ』の片割れ。
少し離れた場所には、訓練用の木製人形が十体並んでいる。
「まずは――」
フィーアを投げる。
巨大な刃が、空気を押し潰しながら飛んだ。
一体目を両断。
二体目を砕き。
三体目へ到達する前に、転移術式を起動する。
フィーアが消え、俺の右手へ戻った。
同時に、ツヴァイを抜く。
低く踏み込み、残った人形の間を駆け抜けた。
一閃、二閃。
振り返ることなく、二本の刃を鞘へ戻す。
少し遅れて、人形の上半分が次々と地面へ落ちた。
「悪くはねぇな」
フィーアは、広い範囲を一撃で破壊できる。
投擲と転移を組み合わせれば、距離も関係ない。
ツヴァイは、接近戦に強い。
二本の刃を別々に操り、連撃と速度で相手へ反撃する隙を与えない。
どちらも今の俺が使う武器として、十分な性能を持っている。
だが――。
「……足りねぇな」
フィーアを地面へ突き立てる。
大型の敵、多数の敵、正面からの接近戦。
それらには対応できる。
だが、相手を殺さずに制圧するとき。
複数の方向から攻撃を受けるとき。
敵の武器を絡め取り、防御を崩し、近距離と中距離を、途切れなく切り替えるとき。
今の二つだけでは、戦い方が少し偏っている。
「七本全部を、一度に作り直せれば早いんだけどな」
かつて俺が使っていた、番号を与えた武装。
一番目、天地開闢の剣『アイン』。
二番目、竜双剣『ツヴァイ』。
三番目、まだこの世界では鍛えていない武器。
四番目、巨投剣『フィーア』。
そして、五番目から七番目まで。
すべて揃えるには、素材も設備も、今の俺自身の力も足りない。
天地開闢の剣『アイン』なんかを今すぐ再現しようとすれば、材料を集めるだけで何年かかるか分からない。
「なら、順番どおりだな」
二の次は、三。
俺は以前から頭の中へ残していた設計を思い出す。
三本の節、自在に形を変える連結部。
棒として、鞭として。
あるいは……三つに分離した短棍として。
使い手の動きへ合わせ、武器自体が重心を変える。
三節棍『ドライ』。
今の俺に足りないものを補うなら――あれが一番いい。
♢
「これ、本当に武器なのか?」
その日の午後。
ジンの工房にて、第一声から失礼なことを言われた。
「武器に決まってんだろ」
「棒を三本を鎖でつないだだけに見えるぞ」
「じゃあ作ってみろよ」
「作れそうな言い方するな!」
ジンが設計図の上へ顔を近づける。
三本の節、それぞれに刻む魔導回路、節と節の間を繋ぐ可動式の連結部。
一見すれば、確かに三本の棒を繋いだだけだ。
だが、実際はそれほど単純じゃない。
「この連結部は何だ?」
「魔力で長さと硬度を変えれんだ」
「鎖なのか?」
「使うときはな」
「使わないときは?」
「固定すんだよ」
「一本の長棍にもなると?」
「ざっつらい!」
俺は設計図の一部を指す。
「分離させれば、三本の短棍としても使える」
「誰が三本目を持つんだ?」
「持たねぇよ。遊ばせとくんだ」
「簡単に言うな……」
「魔力操作でいけるんだよ」
「普通の人間は、武器を三つ同時に振り回さねぇんだよ!」
「だから俺が使うんだろうが」
ジンが呆れたように頭を掻く。
「重心はどうする」
「動かすように作る」
「どこへ?」
「伸び切る直前に先端へだな……」
「そんなことをしたら、関節が耐えられんだろ?」
「だからその素材を取りに行くんだよ」
「何を使うつもりだ?」
俺は別の紙を三枚、作業台へ置いた。
一枚目、赤金色の鉱石。
二枚目、人の姿をした名もない武人。
三枚目、身体中が鉱石で作られた巨大な竜。
「全部、最果ての夢跡にある」
ジンの表情が変わった。
「最果ての夢跡……ってぇのは?」
「アルセディアから西へ、四日ほど進んだところにあるダンジョンだ」
「聞いたことがねぇぞ」
「普通に探しても見つからねぇからな……」
ダンジョンの周囲に強力な認識阻害がかけられてるからな。
地図を持たずに近づけば、何度通っても入口にさえ気づけねぇ。
違和感すら抱かないまま別の道を歩いたと思い込まされちまう。
「どうして、お前は知っている?」
「かなーり昔に攻略したんだよ」
「またそれか」
「便利だろ?」
「お前の知識は一体どうなってんだ……」
「知識も実力のうちだ」
「で、当時はそこにいるボスことは知ってたのか?」
「……今度はちゃんと知るつもりだよ」
「間があったな」
「ちゃんと全部確認するわ」
ヘレナを眠らせるとき、俺は反省したんだよ。
攻略法だけを頼りに進むつもりはねぇ。
「で、そのダンジョンの推奨レベルは?」
「九十以上」
ジンの顔が引きつる。
「高すぎねぇか?」
「普通の冒険者にとってはな」
「お前にとっては?」
「ちょっと面倒なくらいだな」
「それを普通は、危険と言うんだよ……」
最果ての夢跡は、一つの巨大なダンジョンの内部に複数の区域を持っている。
火山、鉱山、古代都市、闘技場、龍の巣。
同じダンジョンとは思えないほど、環境が分かれている。
全体を攻略しようと思えば一か月どころでは済まない。
だから今回は、三つの区域だけを回るつもりだ。
「まずは神鉄鉱脈」
一枚目の紙を指す。
「狙いは、神鋼・ヒヒイロカネ」
赤金色に輝く神代の金属。
熱、衝撃、魔力。
そのすべてへ、異常なほど高い耐性を持つ。
三節棍の外殻と最も負荷がかかる連結部へ使う予定だ。
「ヒヒイロカネ……だと?」
ジンが唸る。
「伝説の金属じゃねぇか」
「伝説にするほど珍しいのは事実だな」
「採れるのか?」
「採掘できる。まぁ運が良けりゃな」
「なら、話は早いだろ」
「採掘判定一回につき、出現率は0.02%だ」
ジンが黙った。
「今……何て言った?」
「0.02%」
「聞き間違いじゃなかったか」
「天殻と同じくらいだな!」
「正気か?」
「十個くらい持って帰るつもりだが?」
「一つの間違いでは?」
「十個、余ってればもっと」
「そんなに沢山何に使う気だ……また国でも落とすのか?」
「ドライだけじゃねぇ」
ヒヒイロカネは、今後ほかの武器を作るときにも必要になる。
フィーアの最終強化にも使う。
だが、今回はフィーアへ使わない。
「それじゃあフィーアやツヴァイを強化するのか?」
「いんや~、フィーアはまだ無理だな」
「ヒヒイロカネが手に入ってもか?」
「あれの最終強化には、それ以外の素材もいるんだよ」
特定のユニークモンスターからしか落ちない素材。
今はまだ、この装備じゃ挑むことすら難しい。
ヒヒイロカネだけを集めても、フィーアは完成しない。
「中途半端に手を入れるくらいなら、素材が全部揃うまで触らねぇよ」
「今のフィーアで不満は?」
「ない」
「なら、余ったヒヒイロカネは保管か」
「まぁ、必然的にそうなるな」
「十個も出れば、だろ?」
「出るまで掘れば100%だ」
「その発想がもう怖ぇんだよ……」
二枚目、人型のモンスターを示す。
「次は、武極の闘場」
「こいつがボスか?」
「ああ」
名称は、無名の武神。
人間とほとんど変わらない姿。
防具も決まった武器も持たない。
だが、戦闘が始まれば、剣、槍、斧、弓、棍、鎌と。
あらゆる武器をその場で作り出す。
どれを使っても、技量は武の極致。
「こいつぁな、一つの武器を極めたわけじゃない」
俺は説明する。
「武器という概念そのものを極めたモンスターなんだ」
「大げさじゃねぇか?」
「戦えば分かるさ、あいつは生半可な相手じゃねぇ」
一定以上体力を削ると、無名の武神はすべての武器を捨てる。
同時に、こちらの装備も強制的に封じられる。
「最後は素手だ」
「武器を極めた相手と素手で殴り合うのか?」
「ああ、そうだ」
「……意味が分からん」
「そういうボスなんだよ」
格闘、投げ、関節技、魔力を乗せた打撃。
武器を持たない状態ですら、並のボスより遥かに強い。
その強さは天災級にも匹敵するだろう。
「目当ては?」
「武神の魂ってアイテムだ」
三節棍『ドライ』へ、武器としての魂を与える素材。
形状を変えたとき、どの形でも性能を失わず、使い手の技術へ追随させるために必要になる。
「そいつも、0.02%か?」
「そうだな」
「ボスだろ?」
「倒せば、時間を置いて再構成される」
「何回倒す気だ……?」
「出るまでだよ。出るまでやりゃあ100%だ」
「……お前、その言葉しか知らねぇのか?」
「出なかったら作れないだろ?」
「もう少し、こう……諦めるとかねぇのか」
「世界最高峰を作るのに?」
「……聞いた俺が悪かった」
三枚目、鉱石の竜。
「最後は、龍骸晶窟」
「また竜か」
「そんな優しいもんじゃねぇ、今度はマテリアルドラゴンだ」
鱗、角、牙、骨。
身体を構成するすべてが鉱石でできた竜。
倒した際にさまざまな金属を落とす。
オリハルコン。
アダマンタイト。
魔銀。
聖銀。
希少な魔導鉱石。
運がよければ、複数の高級素材を一度に手に入れられる。
「ヒヒイロカネも出るのか?」
「んにゃ、それはでねぇ」
「鉱石なら何でも落とすんじゃねぇのか?」
「ヒヒイロカネは別だ」
あれはモンスターの身体を構成できるような金属ではない。
神鉄鉱脈の最深部、極めて低い確率で鉱脈そのものから生成される神鋼。
だからマテリアルドラゴンを何体倒しても手に入らない。
「ここで狙うのは、こっちだ」
紙へ記した名称を指す。
「星骸鉄」
「隕鉄か?」
「んー、まぁそれに近いやつだな」
空から落ちた星の欠片。
通常の金属より重く、内部へ独特な魔力の流れを持つ。
三節棍の心材へ使えば、振るたびに武器の内部で魔力と重心が移動する。
先端を重く、中央を軽く、次の瞬間にはその逆へ。
三つの節が、使用者の動きに合わせて性質を変える。
「そんなもんを心材にしたら――」
ジンが設計図を見る。
「普通の連結部じゃ、最初の一振りで千切れるぞ?」
「だからヒヒイロカネを使うんだよ。ちったぁ考えろ」
「なるほどな……」
ジンが三枚の素材情報と設計図を見比べる。
何を作ろうとしているのか、ようやく理解したらしい。
「外殻と関節に神鋼・ヒヒイロカネ」
「あぁ」
「心材に星骸鉄」
「そうだ」
「全体を一つの武器として成立させるために、武神の魂……」
「そういうこった」
ジンはしばらく何も言わなかった。
やがて、乾いた笑いを漏らす。
「これを、三本同時に作る気か?」
「三節棍だからな」
「一本ずつでは駄目なのか?」
「三本の誤差を、限りなくゼロへ近づける必要がある」
「お前の言うゼロは、どの程度だ」
「んーそうだな……重さなら、一万分の一以内」
「無理だ!」
「まだ始めてもいねぇだろ」
「始める前から分かる!」
「なら、見て覚えろ」
「俺も作るのか?」
「約束しただろ?」
『鍛冶を教える』
数か月前、ジンと出会ったときに交わした約束。
「俺だけじゃない」
工房の中を見る。
「見たい職人は、全員集めていいぞ」
「製法を公開するのか?」
「そうだが?」
「世界最高峰の武器だぞ?」
「見ただけで作れるなら、作ってみればいいさ」
工程を知ることと再現できることは違う。
何をしているかは理解できる。
なぜ、その工程が必要なのかも。
だが、同じ精度で、同じ速度で、同じ魔力制御を行える者はほとんどいない。
「ずいぶん余裕だな」
「盗めるもんなら、盗んでみろって話だよ」
ジンが獰猛に笑った。
「その言葉、忘れるなよ」
「忘れねぇよ」
「で、素材集めにはどのくらいかかる?」
「運が良けりゃ、一か月くらい?」
「一か月?」
「運が悪ければ、もっとかかるな」
「出発はいつだ?」
「明日」
「急だな!」
「準備は今日中に終わるからなぁ」
「お前の準備はな!」
ジンの叫びを背に俺は設計図を丸めた。
♢
「私も行く」
予想はしていた。
王城へ戻り、最果ての夢跡へ向かうことを伝えた瞬間、ザフィラは迷わずそう言った。
「今回は駄目だ」
「なんで!」
「王都を空ける期間が長い」
「アウラとテオがいるでしょ?」
「お前も必要だろ」
ザフィラは技神国の軍をまとめる立場にいる。
国を取り戻したばかりで、各地の治安も完全には回復していない。
四日程度ならともかく、今回は一か月以上。
防衛指揮官が不在になるのは、さすがにまずい。
「私なら、足手まといにはならない!」
「分かってるさ」
「なら――」
「戦力の話じゃないんだ」
俺はザフィラの金色の瞳を見る。
「この国を任せられるのが、お前だからだ」
「……」
「俺が帰ってくる場所を、守っててくれ。な?」
ザフィラの耳がわずかに揺れた。
反論しようとして、言葉を飲み込む。
「ずるい言い方しないでよ、ばか……」
「すまんな」
「ほんとに……一か月も?」
「運が悪けりゃ、その分長引く」
「長いわよ!」
「子どもかよ……」
「四日でも短いと思ったのに……」
「食材の祠と比べるな、あそこはお散歩レベルだ」
「……一人で平気なの?」
「推奨レベル九十のダンジョンを一か月周回するだけだ」
「それは平気って言わないの!」
「俺なら平気だ」
「……そうやって、すぐ無茶するんだから」
「今回は素材集めだぞ?」
「その言葉が一番信用できない」
否定しづらい。
ザフィラは少しの間俺を睨んでいた。
やがて、諦めたように息を吐く。
「分かった……」
「いいのか?」
「ちゃんと、待ってる」
「ああ」
「でも――」
一歩、また一歩、こちらへ近づく。
今は二人きりだ。
ザフィラは俺の腕へ両腕を絡ませ、胸元へ額を押しつけた。
「……帰ってきたら、その分甘えるから」
「今宣言することか?」
「一か月分だから……覚悟して」
「長ぇな」
「誰のせい?」
「俺?」
「あなた以外に誰がいるのよ……」
黒い尻尾が俺の腰へ巻きつく。
「ちゃんと一か月で帰ってきて」
「善処はしよう」
「絶対よ?」
「ドロップ運次第」
「そこは嘘でも絶対って言いなさいよ、ばか」
「出なかったら帰れねぇだろ」
「素材と私、どっちが大事なの?」
「面倒くせぇ質問覚えたな……」
「いいから答えて」
「……お前」
ザフィラの耳がぴんと立つ。
「でも、素材も取る」
「……最後が余計よ」
「嘘は言ってないだろ」
「そうだけど……」
ザフィラが俺の胸元へ頬を擦りつける。
「毎日、連絡して」
「ダンジョン内で繋がればな」
「繋がらなかったら?」
「出られる場所まで戻ったときに連絡するさ」
「怪我したら?」
「報告するよ」
「隠したら?」
「帰ったあと怒られることになるんだろ?」
「怒るだけだと思う?」
「怖いこと言うなよ」
ザフィラが顔を上げる。
「……必ず帰ってきて」
今度は冗談のない声だった。
「ああ、必ず」
俺は黒い耳の間へ手を置き、ゆっくり撫でる。
「ドライの素材を全部揃えて、ちゃんと帰ってくる」
「約束?」
「約束だ」
ザフィラは、ようやく少しだけ笑った。
「じゃあ、今日は離れないから」
「明日の準備があるんだけど」
「ミラに任せればいいじゃない?」
「怒られるの俺なんだけど……」
「一か月もいなくなるご主人様が悪いわ……」
「まだ出発もしてねぇよ」
「だから今のうちに甘えるのよ」
結局、それから日が落ちるまでザフィラに搾り取られ。
出発準備を始められたのは、予定より随分と遅い時間になってからだった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
次にリンドウが作るのは、三本目の武器――
三節棍『ドライ』。
そのために向かうのは、推奨レベル90を超える巨大複合ダンジョン、最果ての夢跡です。
ヒヒイロカネ。
武神の魂。
星骸鉄。
どれも簡単には手に入らない素材ばかりですが、今回の旅で大切なのは、それだけではありません。
ヘレナとの出会いを経て、リンドウはもう「攻略情報だけを知っていればいい」とは思わなくなりました。
かつて素材だけを求めて通った場所に、何が残されているのか。
次回から、『最果ての夢跡』編です。
引き続き楽しんでいただけたら嬉しいです。




