50:覇王、国中に飯を振る舞う。
「せっかくだ。今日は全員に食わせる」
「全員とは?」
「この街にいる全員」
「規模を理解しておっしゃっていますか?」
「鍋増やせばいけるって」
「そういう問題ではありません!」
翌朝。
旧会議室へ呼び出された俺は、昨日とまったく同じやり取りを繰り返していた。
円卓の上には、食材の祠から持ち帰った物資の一覧。
魚介類、肉、穀物、野菜、果物、香辛料、調味料。
倉庫魔道具五基を埋めるほどの量が、細かく分類されている。
「昨日の時点で、今日やるって言っただろ」
「承諾した覚えはありません」
「でも中央広場は空けてくれたじゃんか、ツンデレか?」
「あなたが勝手に始める可能性を考慮した結果です」
「つまり、許可したってことだな。いやぁ、融通の利く補佐で助かるよ」
「違います」
「じゃあ中止にするか?」
「その場合、すでに広場へ運び込まれている調理器具と食材を、すべて戻すことになります」
「もったいなねぇよなぁ?」
「まったく……誰のせいでしょうか」
ミラが、深く息を吐いた。
昨日、王都へ戻ってすぐ食材を見た俺は、ただ倉庫へしまうだけではつまらないと思った。
もちろん、保存へ回す分は残す。
一か月以上、配給量を減らさずに済むだけの量を確保したうえでだ。
残りの一部を使い、街の人間へ温かい飯を振る舞う。
それくらいしてもいいだろう。
「食料不足なんじゃなかったのか?」
「不足し始めている段階です」
「なら、食わせるべきだろ」
「保存も必要です」
「保存分は残すって言ってるだろうが」
「調理に使用する量が多すぎます」
「全員分だからな、そりゃそうだ」
「だから、その全員という発想を問題視しているのです」
ミラが別の書類を俺の前へ置いた。
「現在、王都に滞在している人数は、復興作業員、避難民、冒険者、商人を含め、三千八百を超えています」
「思ったより少ないなぁ、全盛期ほどじゃないのはちょっと寂しいが……」
「どの基準でおっしゃっているのですか?」
「五千人くらいは想定してた」
「増やさないでください」
「四千人なら余裕余裕」
「……なぜ余裕だと思えるのでしょう」
「作れるからな」
ミラがしばらく俺を見つめた。
「一人で?」
「そうだが?」
「補助をつけます」
「いらねぇよ」
「つけます」
「邪魔になるって」
「つけます!」
「聞く気ないだろお前」
「昨日から聞いております」
どうやらすでに人員まで集められているらしい。
俺が一人で無茶をすると思ったのだろう。
信用ねぇなぁ。
いや……俺ならやると信用されていると考えるべきなんかね?
「誰が来る?」
「ザフィラ様、アウラ様、カレン様、ノア様、テオ様」
「戦闘要員ばっかりじゃねぇか!」
「ほかにも料理人と支援員を二十名ほど」
「それなら俺一人でいいだろ」
「一人でやろうとするから、人を増やしているのです」
反論しようとしたところで会議室の扉が開いた。
「まだ揉めているのか?」
ザフィラが入ってくる。
その後ろには、アウラ、カレン、ノア、テオ。
全員、なぜか簡素な作業着へ着替えていた。
「似合わねぇなぁ……」
俺が言うと、テオが露骨に眉を寄せる。
「朝から呼び出されて、野菜を切れと言われた俺の気持ちが分かるか?」
「嫌なら帰っていいぞ」
「帰ろうとしたら、ミラに仕事として登録されていると言われたんだ!」
「可哀想になぁ」
「他人事みたいに言うな!原因はお前だ!」
カレンが、自分の袖を見ながら笑う。
「私は楽しそうだと思いますけど!」
「料理できるのか?」
「盛りつけなら得意です!」
「盛りつけ限定?」
「切るのもできますよ?」
「味つけは?」
「任せないほうがいいと思います!」
「正直でよろしい」
ノアは、料理より食べる人間の状態を見るつもりらしい。
「長く十分な食事を取れていなかった方には、一度に多く食べさせないほうがいいです」
「そりゃそう」
「消化のいいものと、栄養価の高いものを分けて用意しましょう」
「任せるわ」
アウラは無言で腰へ包丁を差していた。
「……なんで包丁を武器みたいに装備してんの?」
「これが最も安全な持ち方だと聞いた」
「……誰にだよ」
「厨房の者に」
「多分それ、からかわれてるだけだぞ」
「そうなのか?」
嫌な予感がする。
「アウラ。料理経験は?」
「野営で肉を焼いたことはある」
「どんなふうに?」
「火へ入れた」
「時間は?」
「表面が黒くなるまで」
「お前は絶対包丁持つな」
「なぜだ?」
「危険だからにきまってんだろ!」
「私は戦場で剣を扱ってきた」
「だから不安なんだよ!」
「納得できない」
「……とりあえず、薪でも運んでくれ」
アウラは不満そうだったが、ザフィラに肩を押されそのまま会議室を出ていった。
「……本当に大丈夫か?」
ザフィラが尋ねる。
「何が?」
「四千人分の料理だ」
「問題ねぇな」
「ご主人様がそう言うと逆に不安になるわ……」
「今は人前」
「……分かってる」
ザフィラの耳がわずかに横へ倒れる。
ミラが何も聞かなかったふりをして書類を閉じた。
「開始は、一刻後です」
「はいよ」
「食材使用量は、こちらの範囲に収めてください」
「分かってる」
「勝手に追加しないように」
「分かってるってば」
「本当に?」
「……俺、そこまで信用ない?」
全員が同時に目を逸らした。
◇
中央広場には、巨大な鍋が十基並べられていた。
普通の鍋じゃない、軍隊や避難民へ食事を配るために使われる大型の炊事用魔道具だ。
その周囲には、即席の調理台、水槽、食材を保管する箱、薪と魔石、配膳用の器が山のように積まれている。
広場の端では、すでに何人もの市民が何が始まるのかと遠巻きに見ていた。
「祭りでもやるのか?」
「覇王様が料理するらしいぞ」
「覇王様が?」
「どうして?」
「知らん」
好き勝手言われている。
「説明したほうがいいか?」
ザフィラが尋ねる。
「飯を作るだけだろ」
「国の指導者が、突然広場で四千人分の料理を始めるのだぞ」
「そんなにおかしなことか?」
「普通ではないのは確かだ」
「今さらだなぁ」
俺は調理台へ並べられた食材を確認する。
牛に似た魔獣の肉、穀物猪から落ちた上質豚肉、トロマグロ、巨大蟹。
エビ、白身魚、小麦、米に似た穀物。
芋、豆、キノコ、玉葱に近い野菜。
根菜、葉物、果物。
そして、塩、砂糖、油、香辛料、出汁。
これだけあれば何種類か作れる。
「まずは、身体の弱ってる連中向けだな」
大きな鍋へ水を入れる。
水魔術を使えば一瞬で必要量を満たせる。
「次に、復興作業員向けの肉料理っと」
二つ目の鍋へ大きく切った肉を放り込む。
「魚も使おうか」
三つ目、四つ目。
鍋ごとに、料理を分けていく。
消化のいい穀物粥、肉と豆の煮込み、魚介と野菜のスープ。
焼いた肉と野菜、香辛料を利かせた米料理、甘い果物煮。
「……多くないか?」
テオが言う。
「同じもんだけだと飽きるだろ?」
「一食だぞ」
「選べたほうがいいだろうが」
食事も自分で選べるようにする。
辛いもの、優しい味のもの。
肉に魚。
甘いもの。
どれを食べるか、それくらいは好きに決めてもいい。
「リンドウさん」
ノアが声をかけてくる。
「粥には、こちらの豆も入れてください」
「消化は?」
「柔らかく煮れば問題ありません。栄養も取れます」
「おっけ~」
「香辛料は控えめにしてください」
「はいよ」
「塩分も、です」
「お前、料理人向いてるんじゃねぇか?」
「私は食べる方の体調を見ているだけです」
「それが一番大事だろ」
ノアは少しだけ微笑み、次の鍋へ移っていった。
「おい、テオ」
「何だよ……」
「玉葱」
「今切ってるだろ!」
「遅いって」
「だったら自分でやれよ!」
「俺は鍋を見てるんだ」
「人に頼る態度じゃねぇぞ……ったく」
「もっと速くやれ」
「……お前、あとで覚えてろよ」
文句を言いながらもテオの包丁は正確だった。
細さも、大きさもほとんど揃っている。
「上手いじゃん」
「潜入任務で料理人をやったことがある」
「それ先に言えよ」
「聞かれてねぇからな」
「じゃあ、そっちの根菜も頼む」
「仕事増やすな!」
「得意な奴がやったほうが早いだろ」
「この前、人に任せることを覚えたばかりの奴が調子に乗るな!」
確かに少し便利だった。
♢
料理人たちが、魚を捌き、肉を下処理し、野菜を洗う。
俺は、それを受け取りながら次々と調理していく。
強火、中火、弱火。
魔導炉と違い、薪だけでは細かな調節が難しい。
だから鍋の下へ魔術で直接炎を作る。
「右の鍋、温度下がってます!」
料理人が叫ぶ。
「分かってる!」
指を鳴らすと炎が強くなる。
別の鍋では、吹きこぼれそうになった湯を風魔術で抑える。
魚を焼く台では、風を送り火の回りを均一にする。
水が足りなくなれば水魔術で補う。
「魔術の使い方が豪快ですね……」
カレンが器へ料理を盛りつけながら呟いた。
「料理も戦闘も似たようなもんだろ」
「どこがですか?」
「火力とタイミング」
「それだけ聞くと、少し納得しそうです」
カレンの盛りつけは確かに上手かった。
同じ煮込み料理でも、肉、野菜、豆。
彩りのある食材を、器の中へ綺麗に配置している。
「味は同じなのに」
「見た目も大事です」
「食えば同じだろ?」
「だから、お前の料理は雑なんだ」
ザフィラがいつの間にか俺の横にいた。
手には小さな器。
中には、肉の煮込み。
「それ、何杯目?」
「味見だ」
「聞いてない。何杯目?」
「まだ五杯」
「食いすぎだろ」
「鍋が十個ある。すべて確認する必要がある」
「一口でいいだろ」
「責任のある仕事だからな」
真面目な顔で言うが、口元には煮込みの汁がついていた。
「味は?」
「美味しい」
「さっきから全部それじゃねぇか!」
「本当に美味しいから仕方ない」
「感想になってねぇよ……」
ザフィラがさらに一口食べる。
「肉は、もう少し柔らかくてもいい」
「あと十分煮る」
「香辛料は、このくらいが好き」
「お前向けじゃなくて、全員向けだからな」
「私の好みも、全員の中に含まれるんだ」
「便利な言い方覚えたな」
「お前が教えたんだ」
「覚えがないぞ」
「私が勝手に学んだ」
奴隷紋が消えてから、本当に遠慮がなくなった。
だが、楽しそうに味見をしている姿を見ると止める気にもならない。
「ザフィラ」
「なんだ?」
「そっちの鍋だけは、食うなよ」
「なぜだ?」
「体調が悪い奴向けに、量を計算してる」
「分かった」
「本当に?」
「私はそこまで食い意地が張っていないぞ?」
そう言いながら別の鍋へ近づいていく。
「それは?」
「復興作業員向けだから、食べてもいい」
「一杯だけな」
「わかった」
多分こいつ三杯は食うな……。
♢
「リンドウ!」
アウラの声が響いた。
嫌な予感がして振り返る。
調理台の前で、アウラが巨大な魚を前に包丁を構えていた。
「包丁持つなって言っただろ!」
「薪運びは終わった」
「だからって、なんで魚捌こうとしてんだよ!」
「手が足りていないように見えた」
「料理人いるだろ!」
「私にもできる」
「待て待て待て!」
アウラが包丁を振り下ろした。
戦場で剣を振るうような迷いのない一撃。
魚、調理台、その下の支柱。
そのすべてが真っ二つになった。
切断された魚が左右へ倒れる。
調理台もゆっくりと崩れ落ちた。
「……」
アウラが包丁を見る。
「切れたぞ!」
「台まで切ってんだよ!」
「魚は切れているじゃないか」
「料理じゃなくて解体だろ!」
「結果は同じでは?」
「全然違う!」
周囲の料理人たちが笑うのを必死に堪えている。
「アウラ」
ザフィラが近づく。
「包丁を置け」
「だが」
「置け」
「……分かった」
「次は何をすればいい?」
「器を運んでくれ」
「それならできる」
「落とすなよ?」
「私を何だと思っているんだ」
数分後。
器の山を片手で持ち上げアウラが運んでいく。
「そっちのほうが向いてるな」
テオが言う。
「適材適所だ」
「お前が言うと腹立つ」
「玉葱、止まってるぞ」
「お前のせいでな!」
広場へ少しずつ笑い声が増えていった。
♢
昼前に最初の料理が完成した。
穀物と豆を柔らかく煮た粥。
魚と野菜のスープ。
肉と豆の煮込み。
焼いた魚。
香辛料を使った肉料理。
果物を煮詰めた甘味。
広場の入口には、いつの間にか長い列ができている。
「並んでいる順に、配ってください!」
ミラが声を上げる。
「身体の弱っている方、子ども、高齢者を優先します!」
支援員たちが人々を案内していく。
列には、元奴隷、冒険者、商人、復興作業員、職人、獣人、人間。
いろんな者が並んでいる。
以前のアルセディアなら、同じ場所で同じ鍋から料理を受け取ることなどあり得なかった。
貴族には、貴族の食卓。
商人には、商人の席。
兵士には、兵士用の食事。
奴隷には、残り物か生きるために最低限必要なものだけ。
だが今は、全員が同じ列へ並んでいる。
前にいるのが誰かは関係ない。
元奴隷の後ろへ、商人が立ち。
冒険者の後ろへ、子どもを連れた女性が並び。
職人が、自分の番を当たり前のように待っている。
「何にしますか?」
カレンが列の先頭へ来た老人へ尋ねる。
老人は、並べられた料理を見て困ったように固まった。
「選んで、いいのですか?」
「もちろんです」
「全部は……」
「一度に無理して食べる必要はありません。おかわりもありますから」
「では……魚のスープを」
「はい!」
カレンが綺麗に器へ盛りつける。
老人は、受け取った器を両手で大切そうに抱えた。
次に来た獣人の男は肉の煮込みを選んだ。
その次の子どもは甘い果物煮だけを指差し、母親に先に飯を食べなさいと叱られている。
誰も食べるものを命じられていない。
自分で選び、自分で受け取る。
「覇王様~!」
列の途中からレオが手を振っている。
「走るなよ!」
「今日は走らない!」
宣言どおりゆっくりと歩いてくる。
パン屋の主人らしい男と一緒だ。
「手伝いはどうだ?」
「床、掃いた!」
「それだけ?」
「パンも並べた!」
「食べた?」
「一個だけ」
パン屋の主人が小さく咳払いした。
「三個です」
「……三個」
「正直でよろしい」
レオが料理を見回す。
「これ、全部食べていい?」
「一度に全部は無理だろ」
「何がおすすめ?」
「自分で選べ」
「分かんない」
「じゃあ、少しずつ食うか?」
「いいの?」
「残さないならな」
小さな器へ、粥、魚のスープ、肉を一切れ、少量ずつ盛る。
最後に果物煮を小さく添えた。
「甘いのある!」
「先に飯を食えよ」
「分かってる!」
レオは近くの長椅子へ座る。
最初に果物へ手を伸ばそうとして俺の視線に気づき、渋々粥から食べ始めた。
「美味いか?」
「うん!」
口いっぱいに頬張りながら答える。
その横では、冒険者と元奴隷の男が同じ鍋の料理を食べながら話している。
少し離れた場所では、商人が、職人へ仕事の相談をしている。
子どもたちは果物を交換し、どれが一番甘いかで揉めている。
広場のあちこちで笑い声が聞こえる。
「随分、嬉しそうだな」
ザフィラが俺の隣へ立つ。
手にはまた料理の器があった。
「何杯目?」
「今は、その話ではない」
「逃げたな」
「お前も、食べたらどうだ?」
「俺はあとでいいんだよ」
「朝から何も食べていないだろう」
「味見した」
「一口だけだ」
「十分だろ」
ザフィラが、自分の器から肉を一つ取る。
それを俺の口元へ差し出した。
「何してんの?」
「食べろ」
「自分で食える」
「両手が塞がっているだろう」
確かに。
片手にはお玉。
もう片方には、鍋の温度を調整するための魔導具。
「人前だつってんだろ」
「ただ食べさせるだけだ」
「お前、絶対楽しんでるだろ」
「冷めるから」
「はいはい」
仕方なく差し出された肉を食べる。
柔らかいな……。
香辛料も、強すぎない。
「どうだ?」
「悪くない」
「私が選んだ肉だからな」
「作ったの俺だけど?」
「選ぶのも重要だ」
近くにいたカレンがにやにやと見ている。
「何だよ」
「何でもありませ~ん」
「顔に出てるぞ」
「お二人とも、仲がよろしいなと思いまして」
「別に普通だろ」
「そうですね~」
全然そう思っていない返事だった。
♢
料理は夕方近くまで続いた。
鍋が空になれ次を作る。
足りない食材を追加し、味を調整し、何度も同じ料理を仕上げる。
復興作業から戻ってきた者。
街の外から入ってきた冒険者。
店を閉めた商人。
工房を終えた職人。
時間をずらしながら。
誰もが広場へやってきた。
最初は遠巻きに見ていただけの者も、やがて列へ並び器を受け取る。
料理を食べ、誰かと話す。
それだけだ。
特別な儀式でも、勝利を祝う宴でもない
ただ、腹が減った人間が温かい飯を食う。
それだけのことが、この国ではずっと許されてこなかった者もいた。
誰かの食べ残しではなく、自分のために作られた料理。
自分で選んだもの、温かいままの飯。
「リンドウ様」
ミラが集計表を持って近づいてきた。
「現時点で、三千六百二十二名へ配膳済みです」
「まだ全員じゃねぇな」
「夜間警備の者と、治療所から出られない方には、別途届けています」
「なら、ほぼ全員か」
「はい」
「食材は?」
「予定量の範囲内です」
「信用してなかった顔だな」
「追加で倉庫を開けるものと思っていました」
「俺だって計算くらいできる」
「計算できることと、守ることは別です」
「今日くらい褒めろよ」
ミラは広場を見渡す。
冒険者。
商人。
元奴隷。
職人。
子ども。
同じ場所で食事をし、笑っている人々。
「……よい、判断だったと思います」
「珍しいな」
「訂正しましょうか?」
「やめろって」
「ただし、明日は通常業務へ戻ってください」
「分かってる」
「料理を恒例行事にすると言い出さないように」
「月一くらいなら――」
「言い出さないように!」
「はいはい」
そのとき、服の裾を引かれた。
下を見るとレオが立っている。
手には空になった器。
「もう腹いっぱいか?」
「うん!」
「果物ばっかり食ってないだろうな」
「ちゃんと魚も食べた!」
「偉いな」
「ねえ……」
「ん?」
レオが広場を見る。
まだ料理を食べている人々、笑う声、おかわりを求める声、器を運ぶ人たち。
「明日も、食べていい?」
小さな問いだった。
今日だけの特別な食事。
今夜が終われば、また食べるものを心配しなければならない。
そんな不安がどこかに残っているのかもしれない。
「腹が減ったら来い」
「ここに?」
「ここじゃなくてもいい」
俺は、レオの頭へ手を置く。
「食いたいなら、食いたいって言えばいい」
「言っても、怒られない?」
「飯を食いたいって言っただけで、怒る奴がいるかよ」
「前は、いた」
「……そうか」
頭を撫でる。
「でも、もういねぇよ」
「本当?」
「ああ」
「お前が腹を減らしてたら――」
広場にいる人々を見る。
パン屋の主人
支援員。
料理人。
ノア。
カレン。
アウラ。
文句を言いながら器を運ぶテオ。
味見を続けるザフィラ。
そして、この国で生きようとしている人たち。
「誰かが、ちゃんと飯を食わせてくれる」
「覇王様も?」
「俺が近くにいればな」
「じゃあ、明日もいる?」
「明日は仕事だ」
「料理は?」
「毎日は作れねぇよ」
「えー……」
「パン屋で食え」
レオが少し考える。
「じゃあ、パン作るの手伝う!」
「食うために?」
「みんなにもあげるんだ!」
パン屋の主人が少し離れた場所で笑っている。
「いいんじゃねぇか?」
「うん!」
レオが走り出す。
「走るなよ!」
「分かってる!」
言いながら、やっぱり走っている。
ザフィラが俺の隣へ並ぶ。
「今日、一番食べたのは誰だと思う?」
「お前だろ」
「違う」
「じゃあ誰だよ」
「アウラだ」
「……嘘だろ?」
「器を運びながら、ずっと食べていた」
見ると、広場の端でアウラが大きな器を両手で持ち、無表情のまま肉の煮込みを食べている。
「包丁は駄目でも、食うのは得意か」
「次からは味見係を交代する必要があるな」
「お前、譲る気ないだろ」
「当然だ」
人々の声が夕暮れの広場へ広がっていく。
王も、貴族も、奴隷もここにはいない。
いるのは――。
同じ鍋から飯を受け取り、同じ場所で笑う人間だけだ。
食卓を分けていた壁はもうない。
「……悪くないな」
俺が呟く。
「何が?」
「こういうのも」
国を作るというのは法律を決めることだけじゃない。
敵を倒すことでも、強い武器を作ることでもない。
腹を空かせた人間へ温かい飯を食わせる。
明日も食べていいのかと聞かれたら、当たり前だと答えられる。
そんな場所を作ることも。
きっと、国を作ることなんだ。
「またやるか?」
ザフィラが尋ねる。
「ミラに怒られるわ」
「なら、内緒で。ね?」
「絶対バレるだろ」
「ご主人様なら何とかできるわ」
「変なところで信用すんなよ」
ザフィラが笑う。
俺も。
広場の人々を見ながら、少しだけ笑った。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
今回は、アルセディアのみんなで食卓を囲む回でした。
温かいものを食べること。
好きなものを選ぶこと。
そして「明日も食べていい?」と聞かなくてもいいこと。
そんな当たり前を少しずつ取り戻していくのも、国を作り直すということなのかもしれません。
次回からは、リンドウ自身の新たな武器へ。
引き続き楽しんでいただけたら嬉しいです。




