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REMNANT RECORD~ストーリー未読の世界一位の廃ゲーマーは、倒した敵の物語を知らない~  作者: 霜月ルイ
第三章:技神国再興編

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49:覇王、食材の祠へ。

 休養を命じられてから、三日が経った。


 あの日。

 ザフィラに寝台へ押し込まれた俺は、夕方から翌朝まで一度も目を覚まさなかったらしい。

 本人には言わないが、ミラたちの判断は正しかったのだろう。


 身体の重さも消え、頭も以前よりすっきりしている。

 だから、今日こそは溜まっていた仕事を片づけられると思っていた。


「食料備蓄が、想定を上回る速度で減少しています」


 朝一番。


 旧会議室へ呼び出された俺は、ミラからそう告げられた。


 円卓の上には、食料庫の在庫表、王都の人口推移、各施設への配給量。

 周辺地域から受け入れた避難民の名簿が並べられている。


「やっぱりかぁ……」


「お気づきでしたか?」


「休まされた日に、食堂を見た」


 パンを半分だけ食べて、残りを布へ包んでいた人々。

 少なくなっていた厨房の食材。

 あのときは考えないようにしたが、気のせいではなかったらしい。


「現在、飢餓が発生しているわけではありません」


 ミラが在庫表を指す。


「最低限の配給量は確保できています。しかし、この状態が続けば、二週間ほどで配給量を減らす必要があります」


「原因は?」


「いくつかございます」


 ミラが紙を一枚ずつ並べていく。


「まず、王都で保護している元奴隷の方々が、当初の想定よりも多かったこと」


 奴隷紋を解除した者だけでも、四百七十二人。

 周辺地域から救出した者を含めれば、さらに増えている。


「次に、復興作業員へ提供する食事です。重労働を行っている以上、食事を減らすわけにはいきません」


「当然だな」


「加えて、王家と貴族が管理していた流通網が、ほぼ停止しています」


 以前は、地方の農村や牧場から集めた食料を王家と貴族が王都へ運ばせていた。


 だが、その仕組みは正当な取引ではない。

 税と称し、必要な量以上を奪い、逆らう者を処罰することで成り立っていた。


 王家を倒した今、同じやり方を続けるわけにはいかない。


「新しい取引制度は?」


「準備中です」


「どのくらいかかる?」


「早くても一か月ほど」


「遅ぇな……」


「契約内容、運搬経路、護衛、価格、税率。決めるべきことが多すぎるのです」


「わぁってるよ」


「分かっている方は、遅いとは言いません」


「俺なら三日で――」


「あなたが一人ですべてを行うことは禁止ですよ」


「まだ言うのかよ……」


「一度休ませた程度で、性格まで改善するとは思っておりませんので」


 相変わらず容赦ねえな。


「ほかには?」


「周辺地域からの避難民です」


 王家が倒れたことで、地方に残されていた奴隷施設や貴族の私兵組織も崩れ始めている。

 そこから逃げてきた人々が、毎日のように王都へ到着しているらしい。


「人口が増えたのは、悪いことではありません」


 ミラが言う。


「ですが、受け入れるのであれば、食事を用意する必要があります」


「配給を減らすのはマズいよな……」


「現在の量でも、十分とは言えません」


「だよなぁ……」


 解除されたばかりの元奴隷には、長期間まともな食事を与えられていなかった者も多い。

 今こそ、ちゃんと食わせるべきだ。


「周辺の村から買うのは?」


「収穫期前です。無理に集めれば、今度は村の食料が不足します」


「商人は?」


「流通網が回復していないため、すぐに大量の食料を運び込むのは困難です」


 つまり、だ。通常の方法では間に合わない。


「二週間かぁ……」


「はい」


 俺は、円卓の上にある地図を見る。


 王都の南。


 街道を一日ほど進んだ場所に小さな山地が描かれている。


 その奥、地図上には何の印もない。


 だが、俺はそこにあるものを知っていた。


「……あるな」


「何がでしょうか」


「食料だよ」


「どこに?」


 地図の一点を指で叩く。


「ここ」


 ミラが目を細める。


「農村は記載されていませんが」


「村じゃねぇよ」


「では、食料倉庫ですか?」


「ダンジョン」


 会議室が静かになった。

 ミラが非常に嫌そうな顔をする。


「念のため確認しますが……」


「なんだよ」


「食料不足を解決するために、ダンジョンへ向かうとおっしゃっていますか?」


「そうだけど?」


「なぜ、ダンジョンに食料が?」


「出るんだよ」


「何がでしょう?」


「全部」


「全部とは?」


「魚、肉、野菜、果物、穀物、キノコ、香辛料。あと調味料」


「……」


「運がよければ高級な酒も出るんだぞ?」


「……理解が追い付きませんが、なぜですか?」


「そういうダンジョンだから」


 ミラが理解を諦めたように目元を押さえた。


「名前は?」


食材(グルメ)の祠」


「そのままですね」


「昔からあるネタダンジョンだ」


 戦闘難度はそこまで高くねぇんだよなここ。

 ある程度育ったプレイヤーなら、一人でも問題なく周回できるレベルだし。

 ここのいいところは、倒したモンスターから食材系アイテムが大量にドロップすることなんだよなぁ。

 『レムオン』時代は料理人プレイヤーや、生産クランが食材を確保するために周回してたっけか。

 中には、食材の祠へ一日中こもって料理だけ作って生活している連中もいたくらいだし。


「どの程度、持ち帰れるのですか?」


「保管用の倉庫魔道具を何個持っていける?インベントリには無限に入るけど、そういうわけにはいかねぇからな」


「現在空いているものは、五基です」


「なら、二日も周回すれば全部埋まるな」


「二日……」


「行きと帰りに一日ずつ。合計四日ってとこか」


 ミラが素早く計算する。


「危険度は?」


「めちゃんこ低い」


「あなたを基準にせず、お答えください」


「んだよ……普通の冒険者なら、五人か六人で安定して周回できる程度だな」


「本当に?」


「ほんとだってば」


「以前、同じ言葉を信じて失敗した記憶があります」


「今回は大丈夫だって、信用ねぇなぁ」


「鎖の戒壇へ一人で向かった方の発言ですから、信用できません」


 そこまで疑わなくてもいいだろが。

 ちょっと傷つくぞ……。


「同行者をつけます」


「荷物が増えるだけじゃん……」


「あなたを一人で行かせるという選択肢はありません」


「じゃあ、ザフィラ連れてくわ」


 ほとんど考えずに答えた。

 ミラが、わずかに眉を動かす。


「即答ですね」


「戦闘力がある。荷物も運べる。俺の指示も理解できる」


「ほかに理由は?」


「ないな」


「そういうことにしておきましょう」


「なんだよ」


「何でもありません」


 ミラが別の紙を手に取る。


「ザフィラ様の予定を確認します」


「本人の意思は?」


「現在のあなたに言われると、少々腹が立ちますね」


 数日前の言葉をまだ根に持ってんのか。

 こいつは怒らせたらめんどくせぇタイプだな。


 ♢


「私が同行しよう」


 ザフィラは事情を聞くと、すぐに答えた。


 人前だからか、口調はいつもの凛としたもの。


「王都の防衛は?」


「アウラとテオに任せる。四日程度であれば問題ない」


「ミラは?」


「異論ありません」


 ミラが答える。


「ただし、予定を延長する場合は必ず通信してください」


「分かってる」


「食材以外の目的で寄り道をしないように」


「しねぇよ」


「珍しい鉱石を見つけても?」


「……」


「しないように」


「……わぁったよ」


「返事までの間が長すぎます」


 出発は、翌朝に決まった。


 空の倉庫魔道具を五基。

 野営道具。

 四日分の水。

 最低限の食料。


 帰りには食い物が余るほどあるはずなので、持っていく量は少なくていい。


「食料を取りに行くのに、食料を持っていくの?」


 荷物を確認しながら、ザフィラが尋ねる。


「ダンジョンに着く前に腹が減るだろ」


「現地で採ればいいじゃない?」


「それもできるけどな」


「ならいらないでしょ?」


「お前、最初から現地調達する気だったな?」


「食材が出るダンジョンなのよね?」


「入ってすぐに出るとは限らねぇぞ」


「ご主人様がいるから大丈夫、そこは気にしてないわ」


「……今、まだ王都だから」


「……そうだったわ」


 ザフィラが周囲を見る。

 荷物を運んでいた兵士がこちらを見ないふりをしている。


「聞かれたな」


「……聞かれていない」


「耳、赤いぞ」


「……朝日のせいよ」


「まだ城壁の影だけど?」


「うるさい!」


 黒い尻尾が俺の足首を軽く叩いた。


 ♢


 王都を出たのは、日が昇って間もない頃だった。


 南門を抜け、しばらく街道を歩く。

 王都の城壁が見えなくなるまでは、ザフィラもいつもどおりだった。

 俺より半歩前、周囲の気配を探りながらいつでもクロノアを抜ける位置を歩いている。


 だが、城壁が完全に見えなくなり街道にも人の気配がなくなると、ザフィラの歩く速度が少しずつ落ちた。


 俺の横へ並び、さらに少しだけ近づく。

 肩が触れた。


「狭くないか?」


「街道は広いけど?」


「そういう話じゃねぇよ」


 ザフィラは答えず。


 俺の腕へ、自分の腕を絡ませた。


「歩きにくい」


「私は歩けるわ」


「俺の話だよ……」


「ご主人様だって歩けてるじゃない」


「まだ昼にもなってねぇぞ」


「だから?」


「切り替え早くない?」


 ザフィラが、少しだけ頬を膨らませる。


「誰もいないんだからいいでしょ?」


「そういう問題か?」


「……リンドウは嫌?」


 金色の瞳が、横からこちらを見上げる。


「……嫌とは言ってねぇだろ」


「じゃあ、問題ないわね」


 さらに身体を寄せてきた。


「近いってば……」


「嫌じゃないんでしょ?」


「それを言われると弱いな」


「知ってるわ」


「性格悪くなった?」


「甘えてるだけ」


 ザフィラの尻尾が、俺の手首へするりと巻きつく。


 奴隷紋はもうない。

 こいつを従わせるものも、そばへいさせるものもない。


 それでも、自分から俺の腕へ絡みつき。

 自分で、この距離を選んでいる。

 そう考えると無理に離れろとは言えなかった。


「はぁ……歩きにくくなったら言うわ」


「今は?」


「まだ大丈夫」


「なら、このまま。ね?」


 随分と楽しそうだ。


 ♢


 昼前。

 街道沿いにある小さな林で休憩を取った。


 倒木へ腰掛け持ってきたパンと干し肉を取り出す。

 ザフィラは俺の隣へ座った。


 最初は普通に。

 だが、食事を終える頃には肩が触れ、尻尾が腰へ巻きつき、いつの間にかほとんど寄りかかっている。


「休憩になってねぇんだけど」


「私は休めてるからいいじゃない」


「重い」


「女性に重いって言葉は禁句よ」


「体重の話じゃねぇよ。距離と気持ちの話」


「いいじゃない。それはそれとして膝貸して?」


「なんでそうなる」


「ちょっと眠いから」


「俺も眠いんだけど……」


「なら、交代でしましょ」


 当然のように言い、ザフィラが俺の太腿へ頭を乗せた。


「……おい」


「十分だけ、ね?」


「勝手に決めるなよ」


「ダメかしら?ご主人様」


「ったく……その呼び方で誤魔化すなよ」


 ザフィラは、もう目を閉じている。


 黒い耳が、俺の腹の近くでわずかに揺れた。


「……十分だけだからな」


「うん」


 返事だけはやけに素直だった。

 俺は視界の端で動き続ける耳を見る。


 触るつもりはなかった。

 だが、指先が勝手に伸びた。

 耳の付け根をゆっくりと撫でる。


「……ゃん」


 ザフィラの喉から小さな声が漏れた。


「……嫌ならやめるけど」


「やめないで」


「寝るんじゃなかったのか?」


「寝るわよ?でも撫でてくれるなら撫でててほしい」


「贅沢覚えやがって、この……」


「……二人きりのときくらい、いいでしょ」


「そう言えば何でも許されると思ってないか?」


「……だめ?」


 目を閉じたまま、耳だけがこちらへ向く。


「……だめなんて言ってねぇだろ」


「じゃあもっとぉ」


「調子に乗んな」


 そう言いながらも、俺は手は止めなかった。


 ♢


 夕方。

 食材(グルメ)の祠がある山地の麓へ到着した。


 入口は古い石造りの門。


 扉の上には、魚、肉、野菜、果物。

 そしてなぜか調味料の瓶まで彫られている。


「趣味の悪い入口ねぇ……」


 ザフィラが言う。


「昔からこうだったぞ」


「誰が作ったのかしら?」


「知らんわ」


 入口の脇には、石碑がある。

 近づいて表面の文字を確認する。


『食は命』


『命は巡り』


『巡る命へ感謝を捧げよ』


「なんかすげぇまともなこと書いてあんな……」


「入口はこんなにふざけてるのにね」


「そこは否定できねぇな」


 石碑には、それ以上の記録はなかった。

 少なくとも、誰かを閉じ込めたり無理やり力を使わせたりして作られた場所ではないらしい。


 ダンジョンの反応を確認する。

 内部にいるモンスターも、すべて通常の魔力生命体。


 倒せば消滅し、一定時間後に再構成される。


「問題なさそうだな」


「それじゃあ、入る?」


「いや……」


 空を見上げる。

 もうすぐ日が落ちる。


「今日はここで野営にすっか」


「中で休まないの?」


「ダンジョンの中より、外のほうがよっぽど安全だわ」


「あなたがいるのに?」


「俺がいても、寝てる間に襲われたら意味ねぇだろ」


「なら、交代で見張ればいいじゃない」


「うるせぇ、今日は早めに休むぞ」


 数日前に無理に休まされたばかりだってのに。

 ここで徹夜したと知られれば、帰ったあとまたミラに何を言われるか分かったもんじゃない。


 平らな場所を探して、簡単な野営地を作る。

 火を起こし、残っていた干し肉とスープで夕食を済ませた。


 夜。

 毛布へ入ろうとしたところで、ザフィラが自分の毛布を持ちこちらへ歩いてきた。


「何してんの?」


「寝るのよ?」


「お前の場所、向こうだろ」


「寒いじゃない」


「火、あるけど」


「それでも寒いの」


「獣人って寒さに強いんじゃなかった?」


「個人差があるのよ」


「便利だな、その言葉」


 俺の隣へ座り。


 ザフィラが毛布を広げる。


 当然のように。


 俺の毛布と重ねた。


「近くない?」


「誰も見てないからいいでしょ?」


「そういう問題かよ」


「……ご主人様は嫌?」


「……嫌とは言ってねぇ」


「じゃあ、もっと寄る」


 本当に寄ってきやがった。


 肩と肩、腕と腕、腰まで触れている。


「最近、お前ほんと遠慮ないよな」


「あなたの傍が一番落ち着くから」


「俺は落ち着かねぇよ」


「そのうち慣れるわ」


「慣れさせる気か?」


「……嫌なの?」


「そればっかりだな」


「いやなの?」


「嫌じゃねぇよ」


 仕方なく答えると、ザフィラが満足そうに笑った。

 そのまま、俺の肩へ頭を乗せる。


「今まではね……」


 ザフィラが少しだけ声を落とす。


「どこまでが私の意思で、どこまでが奴隷紋の影響なのか分からないときがあったの」


「……」


「でも、今は違うわ」


 俺の腕へ自分の腕を絡ませる。


「甘えたいのも、そばにいたいのも、こうして触れていたいのも……全部、私が選んでる」


「……そうかよ」


「だから、遠慮したくないの」


「少しは遠慮しろよ」


「……やっぱり嫌だった?」


「……嫌じゃない。けど重いわ」


「重たい女は嫌い?」


「嫌いだったら、お前のこと傍に置いてねぇよ」


「そっか……。なら、よかったわ」


「……ちゃんと寝ろよ」


「えぇ。あなたもね」


 しばらくして、ザフィラの呼吸が一定になる。


 俺は夜空を見上げた。


 契約がなくても、こいつはここにいる。

 誰かに命じられたからではなく。

 自分で、俺の隣を選んでいる。


 それだけで……胸の奥が少しだけ温かくなった。


 ♢


 翌朝。

 食材(グルメ)の祠へ入った。


 石造りの通路を抜けると最初に広がっていたのは、洞窟ではなく――。


 海だった。


「……海?……なんで?」


 ザフィラが足を止める。


 天井はあるし岩壁もある。

 だが、目の前には白い砂浜と青い海が広がっている。


「ダンジョン内の疑似環境ってやつだな、ちゃんと波まであるぞ?」


「そうね……なんでか空も見えるわ。ここって洞窟なのよね?」


「天井に投影されてるだけだ」


「ほんとに?」


「多分な」


 砂浜の向こう、海面から巨大な魚が飛び出した。

 青銀色の身体に長い尾。腹の部分には、なぜか赤身と脂身の模様がある。


『トロマグロ Lv18』


 トロマグロは、空中を泳ぐように尾を振りこちらへ向かって突進してきた。


「魚が飛んでる……」


「そういうモンスターなんだよ」


「海の中じゃないけど?」


「陸にも上がるやつもいるだろ」


「魚なのに……?」


「……考えたら負けだ。ここはそういうとこなんだよ」


 俺はフィーアを抜く。

 トロマグロの突進を避け、首の付け根だけを正確に斬った。


 身体が光へ変わる。

 砂浜へ巨大なマグロの切り身が落ちた。


 さらに塩の入った袋。

 醤油に似た調味液。

 乾燥された海藻まで出てくる。


 ザフィラが無言で地面に落ちたものを見る。


「なんで洞窟の中で魚の切り身がドロップするのよ……?」


「世の中には不思議なことがたくさんあるんだよ……」


「眩暈がしてくるわね……」


「……深く考えたら負けだ」


「負けなの?」


「負けだ」


 俺は食材を回収し倉庫魔道具へ入れる。


「次、来るぞ!」


 海面が盛り上がる。

 今度は……巨大な蟹。

 貝殻を背負った亀、そして空中を飛ぶ海老の群れ。

 俺たちは武器を抜いて、やつらへと向かった。


「ザフィラ!」


「なに?!」


「蟹は関節だけ狙え!甲羅を壊すと、鮮度が落ちる」


「分かったわ!」


「海老はまとめて薙ぐな!身が潰れるからな!」


「面倒、ねっ!」


「食材ダンジョンは、倒し方で品質が変わるんだよ!」


「先に言ってよ!」


「今言っただろうが!」


 ザフィラがクロノアを構える。


 迫ってきた巨大蟹の爪を避け、大鎌の先端を脚の関節へ滑り込ませる。


 一撃。


 綺麗に関節だけが断たれた。

 巨大蟹が光へ変わる。


『極上蟹肉』

『蟹味噌』

『甲殻出汁』


「上手いじゃねぇか」


「当然よ」


「もう少し傷が少なけりゃ、品質が上がるな」


「褒めた直後に注文をつけないで!」


「事実だからさ……」


「なら、次は最高品質を出すわ!」


 金色の瞳が楽しそうに細められた。


 ♢


 海鮮区画だけで、倉庫魔道具の一基目が半分ほど埋まった。


 魚、蟹、海老、貝、海藻、塩、調味液。

 中には、なぜか完成した干物まで落とすモンスターもいた。


「ほんとに訳が分からないわね、この場所……」


 ザフィラが言う。


「だからネタダンジョンなんだよ」


「この量が取れるなら、各国が奪い合いそうなものだけど……」


「入口を知らない奴が多いんだろうな」


「そんなに難しかったかしら?」


「昔は、特定の料理クエストを進めないと場所が開示されなかったんだよ」


「あなた、料理もしてたの?」


「生産系は全部やったなぁ……」


「……本当に何でもやるのね。関心を通り越して呆れが勝つわ」


「世界一位になるなら必要だろ」


「普通は一人で全部やろうと思わないわよ!」


「できるなら自分で全部やったほうが早いんだよ」


「ミラが聞いたら怒るわよ?」


「ここに奴はいねぇ」


 ♢


 次の区画へ進む。


 景色が、海辺から深い森へ変わった。


 木々には赤い果実、黄色い果実、見たことのない紫色の果実が実っている。

 地面には、巨大なキノコ型のモンスター、穀物の穂を背中へ生やした猪、香草をまとった鹿。


「次は山の幸ね」


「そういう区画なんだよ」


 ザフィラが猪へクロノアを向ける。


「首を落とせばいいの?」


「待て」


「何?」


「背中の穂を傷つけるなよ?品質が下がるから」


「どこ狙えばいい?」


「顎の下」


「ピンポイントで?」


「できるだろ」


「当然よ、誰に言ってるの?」


 猪が突進する。


 ザフィラは正面から動かない。

 寸前で身体を横へずらし、大鎌の柄を使って猪の顎を跳ね上げる。

 露出した喉へ刃を滑らせた。


 猪が光へ変わる。


『上質麦』

『上質豚肉』

『獣脂』

『黒胡椒』


「なんで胡椒まで出るのよ……」


「そろそろ慣れろよ」


「無理ね……」


「明日には気にならなくなるから大丈夫大丈夫……多分な」


「なにが大丈夫なのかしら……」


 ♢


 昼を過ぎても狩りは続いた。

 俺が敵の特性を見抜き、ザフィラが指定された部位を正確に断つ。


 正直俺一人でも周回はできる。

 だが、ザフィラがいることで効率は想定よりも上がっていた。


 巨大キノコは、傘を傷つけず根元だけを切る。

 香草鹿は、身体に巻きついた香草を燃やさないよう火属性を使わずに倒す。

 果樹の精霊は、実が地面へ落ちる前に回収する。


「右!」


「分かってる!」


「そいつは刃を使うな! 柄で殴れ!」


「注文が多いわね!」


「潰すとペーストになる!」


「最初から言ってよ!」


「今言った!」


 クロノアの柄が巨大なカボチャ型モンスターを打ち上げる。

 俺が落下する前に茎だけを斬る。

 光へ変わったあと、地面へ大量のカボチャが転がった。


「だいぶ腕上がったじゃねぇか」


 俺が言うと、ザフィラが少し得意そうに耳を立てる。


「あなたの指示が細かすぎるのよ……」


「でも対応できてるだろ?」


「当然よ」


 素直に頷く。


「……お前でよかったよ」


「……」


「……何だよ」


「べつに。何でもない」


 ザフィラが前を向く。

 だが、尻尾だけが随分と嬉しそうに揺れていた。


 ♢


 一日目が終わる頃には、五基ある倉庫魔道具のうち、三基がほとんど埋まっていた。


「予想より多いな」


 俺が在庫を確認する。


「私がいるから?」


「そうだな」


「もっと褒めてもいいわよ?」


「よくやってくれた」


「……それだけ?」


「何を求めてんだよ」


「撫でて」


「ここで?」


「誰もいないからいいでしょ?」


「まだダンジョン内なんだけど」


「モンスターしかいないわ」


「いや、見られて困る相手ではないが……」


 仕方なく黒い耳へ手を置き、付け根からゆっくり撫でる。


「これでいいか?」


「いやよ。もう少し」


「……はいはい」


 ザフィラが目を細める。

 クロノアを振るっていたときの鋭さは、どこにも残っていない。


「……人前では絶対に見せられねぇな」


「別に見せるつもりないもの」


「ミラにはバレてるぞ」


「……なんで?」


「お前の声がでかいからだよ!」


「……ご主人様のせいでしょ」


「これからは回数減らすか……」


「私に見境がなくなってもいいならいいわよ?」


「今でも見境ねぇだろうがよ!毎日毎日発情期でもあるまいし……」


「子供ができたら少しは落ち着くかもしれないわよ?」


 その言葉に俺は絶句してしまった。

 ザフィラは何もなかったかのように俺の腕へ頬を擦りつける。


 子供、ねぇ……。

 こいつが望むなら……それも悪かねぇのかもな。

 だけどその前に――。


「明日も頑張るわ」


「食材集めを?」


「それはそれよ」


「ほかに何かあるか?」


「二人きりでいられる時間を作ること」


「目的変わってないか?」


「最初からそのつもりだったわ」


 この猫は隠す気もないらしい。


 ♢


 二日目。

 祠のさらに奥へ進んだ。


 最後の区画は巨大な厨房だった。

 天井から鍋が吊るされ、床にはまな板のような石台が並んでいる。


 包丁を持った鎧、調味料瓶を投げるゴーレム、炎を吐く竈型モンスター。


「これは……食材?」


 ザフィラが言う。


「ここの敵は、調味料を落とすんだよ」


「包丁を持った鎧が?」


「包丁と油と酢を落とす」


「どういう仕組みなのよ……」


「だから考えたら負けなんだ」


 最奥にいたのは巨大な鍋だった。


 脚が四本、取っ手が腕のように動き、蓋の隙間から湯気を噴き出している。


『万食鍋グラン・ポット Lv35』


「鍋と戦うの?」


「当たり前だ、こいつがボスだからな」


「どう考えても食べ物じゃないでしょ……」


「倒すと鍋の中身が出るんだ」


「何がでるの?」


「ランダム」


「……不安しかないわ」


 グラン・ポットが床を揺らしながら突進する。

 蓋が開き中から熱湯が噴き出した。


「ザフィラ、右!」


 俺たちは左右へ分かれる。

 グラン・ポットの四本の脚を一本ずつ、関節を破壊していく。


 鍋が傾き、蓋が大きく開いた。


「中へ攻撃するなよ!」


「なんで!」


「中身が焦げる!」


「意味わかんないわよ!」


「食材を取りに来てんだから当然だろ!」


 俺がフィーアを投げる。

 巨大な投剣が鍋の取っ手だけを切断した。

 反対側では、ザフィラがクロノアの柄を蓋の隙間へ差し込み一気に跳ね上げる。


「今だ!」


 鍋の底。


 中心にある魔力核へフィーアを転移させる。

 刃が核だけを正確に貫いた。


 グラン・ポットの身体が白い光へ変わっていく。


 そして地面へ、肉、魚、野菜、穀物、香辛料、油、酢、砂糖、果物。

 なぜか完成したチーズまで。


 大量の食材が降り注いだ。


「……」


 ザフィラが頭の上へ乗った葉を取る。


「何でも出るって聞いたけど……」


「あん?」


「本当に何でも出るのね……」


「当たりの部類ではあるな」


「これで当たりなの?」


「酒がないから大当たりじゃないけどな」


「基準がおかしいわ……」


 俺たちは落ちた食材を回収した。

 最後の倉庫魔道具も、ほとんど隙間がなくなる。


「これで十分だろ」


「もう帰るの?」


「ああ。倉庫全部埋まったしな」


 ザフィラが少しだけ不満そうな顔をする。


「……何だよ」


「この時間も終わっちゃうのね……」


「帰りにもう一日あるだろ」


「一日しかないじゃない……」


「はぁ……」


「四日間で二日は戦ってたでしょ?」


「そもそもの目的は食材集めだからな」


「……次はもっと長期の旅行にするわ」


「次がある前提かよ」


「……ないの?」


「いや、ないとは言ってねぇけどよ……」


「なら、また今度二人で旅行しましょ」


 勝手に決められた。


 ♢


 帰路。

 来た道を、一日かけて王都へ戻った。

 

 行きよりもザフィラの距離は近かった。

 腕へ絡みつき、尻尾を手首へ巻き。

 休憩では、当然のように膝を使う。

 俺が少しでも離れると。


「どこへ行くの?」


「水汲みに行くだけだって」


「……私も行く」


「そこまでついてくんの?」


「もう終わっちゃうから……だから、残りの時間を大切にしたいの」


 恋人でもないのに、距離だけは随分と近い。


 だが、今の俺たちが何なのか……無理に決める必要もないのだろう。


 ザフィラが自分でここにいる。

 俺も、別にそれを嫌だとは思っていない。


 今は、それだけでいい。

 

 ♢


 夕方。

 アルセディアの城壁が見えた。


 それまで腕へ絡みついていたザフィラがすぐに身体を離す。

 尻尾も俺の手首から解かれた。


「切り替え早いな」


「人前だからな」


 声もいつもの落ち着いたものへ戻っている。


「ご主人様、少し寂しい?」


「別に」


「そう?」


 ザフィラが、わずかに笑う。


「今夜、ベッドで聞くわ」


「……何を?」


「本当に寂しくなかったか」


「このエロ猫が」


「知ってるでしょ?あなたにしかこんなことしないわ」


 南門をくぐる。


 そこには、ミラと食料管理を担当する役人たちが待っていた。


「お戻りになりましたか!」


「ああ、ただいま」


「予定どおり、四日ですね」


「寄り道してねぇぞ?」


「その点は評価します」


「当たり前のことなのに、ちょっと腹立つな……」


 倉庫魔道具を、一基ずつ地面へ置く。


「中身を確認します」


 役人が最初の倉庫を開く。


 魚介類。


 二基目。

 肉と穀物。


 三基目。

 野菜と果物。


 四基目。

 キノコと香草。


 五基目。

 油、塩、砂糖、酢、香辛料、調味液。


 次々と現れる食材を前に、役人たちが言葉を失う。

 ミラもさすがに目を見開いた。


「これを、四日で?」


「実際に集めたのは二日だけどな」


「保存可能期間は?」


「倉庫魔道具へ入れている間は、劣化しないと思ってくれ」


「では、しばらくは配給量を維持できます」


「どのくらい持つ?」


「正確な計算が必要ですが、王都だけであれば一か月以上」


「なら、十分だな」


 食料庫へ運び込む準備が始まる

 俺は、倉庫から取り出された食材を見る。


 新鮮な魚。

 大きな肉塊。

 色とりどりの野菜。

 香りの強い香辛料。


 保存食へ回せば、確かに食料問題は一時的に解決する。


 だけど、これだけの食材があるならただ配給へ回すだけでは少しもったいない。


「なあ、ミラ」


「何でしょうか」


「明日、中央広場を空けられるか?」


「理由によります」


「料理すんだよ」


「誰がですか?」


「俺に決まってんだろ」


「……どの程度?」


 俺は、集まってきた役人や、遠巻きに食材を見ている市民たちへ視線を向ける。


「せっかくだからな!街の連中に食わせてやろうと思ってさ!」


 ミラが嫌な予感を覚えたように眉を寄せる。


「何人へ?」


「全員に決まってんだろ」


「……」


「鍋増やせばいけるいける!」


「そういう問題ではありません!」


 予想どおりの返事が返ってきた。


ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


今回は、食料不足を解決するために《食材の祠》へ。

国を救うために巨大な魚や蟹、果ては鍋まで倒すことになるとは……ザフィラも思っていなかったでしょう。


そして、彼女との距離も少しずつ変わってきました。


次回は、持ち帰った大量の食材を使って――

アルセディア全体へ飯を振る舞います。


引き続き楽しんでいただけたら嬉しいです。


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