5:覇王、名乗る。
「それでもあなたは、あのバケモノたちが決められた場所から出ないと言えるんですか?!」
ミラさんは俯いたまま、歯を食いしばっていた。
頬を伝う涙を拭おうともせず、込み上げる怒りと悲しみに耐えている。
「ミラさん、顔を上げてください」
この世界はゲームじゃない、現実だ。
その事実は揺るがない。
どうしようもなく残酷で、無慈悲な現実を突きつけられた。
はぁ……何が世界一位だ。
何が世界最強の覇王だよ。
攻略法を知っているだけで、目の前の人間が何を失ったのかすら考えなかった。
たった一度、あの鯨が進路を変えただけで、100人以上が帰らなかった。
その中に、ミラさんの顔なじみがいなかったはずがない。
彼女が悲しむのも、怒りに震えるのも当然だ。
俺はこの世界を知っているつもりで、何も見ていなかった。
だが――同時に、別の怒りが腹の底から込み上げてきた。
俺が作ったアルセディアは、生まれや種族で強さを決める国じゃなかった。
誰もが技を学び、失敗し、それでも前へ進める国だった。
力が足りないのなら鍛えればいい。知識がないのなら学べばいい。
問うべきは、なぜこの国の民が弱くなったのかじゃない。
誰が――この国の民から、強くなるための道を奪ったのかだ。
いつからこの国は、立ち上がるための力を失った?
いつから民は、挑むことすら許されなくなった?
かつてのアルセディアの連中は、負けたからといって立ち止まるような奴らじゃなかった。
俺の背を追い、俺を追い越そうと研鑽を積んだ。
何度倒されても、次はどう勝つかを考えた。
この国は、そういう国だった。
「……隠すのはやめだ」
「……何を、ですか?」
「建国神だか何だか知らねぇがな。俺は決めた。」
「だから……なにを!!」
「覇王リンドウの名において、この国をもう一度強くしてやる」
「あなた、何を言って……」
「アルセディアは……この国はな。そういう国じゃねぇんだよ。世界最強の国なんだ。そういう風に俺が作った。たかがユニークボスの鯨一体に、100人もの命を奪われるような国にした覚えはねぇんだよ!!!!」
内政なんてほぼ人任せで全くしてこなかったが、アルセディアには法よりも優先される鉄の掟がある。
アルセディアが国になる前、まだ小さな街だった頃からある掟だ。
法律でもなんでもない。もちろん罰則だってない。
それでも、この国に集う者は誰もが胸に刻んでいた言葉だ。
「……恐れるな。前を向け。立ち止まるな。進み続けろ」
「そのお言葉は……」
「俺の国の民なら、このアルセディアにおける鉄の掟を知らねぇとは言わせねぇぞ?」
ミラさんは涙に濡れた瞳を俺に向けた。
「ミラさん……俺はな、この世界が好きだ。人生の全てを賭けてきたといっても過言じゃない」
「一体、何の話をされているのですか……?」
「まぁ聞け。その人生賭けて強くした国が、120年経って、こんなに腑抜けた国になっててみろ。悲しいなんて言葉じゃ言い表せねぇくらい不愉快だった」
まだこの世界にきて一日、たったの一日だ。
今日、この街を歩いただけでも分かった。
閉ざされた工房。
まばらな人通り。
空席の目立つギルドと、ほとんど依頼の貼られていない掲示板。
『レムオン』で新人が使っていたような装備を、今では熟練者っぽい冒険者が身につけている。
120年前と比べて、この国の技術も活気も、明らかに失われていた。
「何がこの国から、立ち上がるための力を奪った?」
「そんな……それでは、まるで……」
「全部、この目で確かめる」
俺はミラさんを真っすぐに見た。
「もし誰かが、この国の民から学ぶ権利や、強くなる道を奪ったってんなら――俺が取り返す」
「あなたは……一体……」
「俺が――初代覇王リンドウ」
胸を張り、さらに言葉を続ける。
「かつて、この国を作った男だ!!」
ミラさんは目を丸くしていた。
状況が呑み込めてないんだろう。
いきなりこんな、わっけ分からん事言われたら俺でもそうなる自信がある。
「本当に……初代様、なのですか?」
「おう、そうだ」
「本当の本当に……?」
「だからそうだと言っているだろう」
「では……一つお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「おう、ボス攻略から、金策まで何でも聞け。政治に関しては丸投げだったから答えられんけどな」
ミラさんは少し言いよどんでいたが、意を決したのかゆっくりと口を開いた。
「建国より少し前……ヴェラの大樹海で、紫銀の髪をしたエルフの少女を助けたことはございませんか?」
「エルフの少女……?」
「雪の降る夜でした。あなた様は黒い外套をその子へ掛け、獣を一撃で倒した。そして――」
エルフの少女……ねぇ。
そんなイベントあったような、なかったような……。
「そして、獣を倒したあと……あなた様は私に、『生きているなら、まだ負けじゃない』と仰いました」
生きているなら、まだ負けじゃない。
そうだ。
ボスモンスターを倒したあと、イベントが進まなくて、泣いている少女へ何気なく声を掛けた記憶がある。
「寒さに震える私へ黒い外套を掛け、その留め具として、ご自分の装備についていた銀の飾りを外してくださったのです」
胸元の銀の飾りに触れ、懐かしそうに頬を赤らめるミラさん。
あぁ~……。いたわ、そんなNPC。
なんかの期間限定キャラだったはずなんだが。
キーキャラを助けるイベントがあったんだよな。
どんなストーリーだったのかは全然覚えがないけど……。
助けると、報酬で結構ピーキーな装備がもらえたのは覚えてる。
「覚えてる。確かに、覚えてる。あれは雪の降る夜の――」
「……リンドウ様!!」
言い終わる前に、ミラさんに飛びつかれた。
「嗚呼……リンドウ様!!覚えていて下さったんですね!!」
「お、おい……。いきなりなんだってんだ……」
「あの日、あの夜……。凶悪なモンスターから助けていただき、私は今日この日までこの命を繋ぐことができました!」
ミラさんは恥も外聞もなく泣きじゃくり、俺の胸に顔を寄せている。
「あの日助けたエルフが、私なのです!!」
「……なに?」
「リンドウ様にとっては数ある些事の一つだったかもしれません!ですが、ですが……あなた様のおかげで、私は……!」
子供のように目を輝かせ、俺を見つめてくる彼女。
ただのNPCだと思っていた少女が、俺が『レムオン』でやったことを覚えてる?
本当に、どうなってんだ……?
「お、落ち着けミラさん……」
「私のことは、ミラとお呼びください、リンドウ様!あなた様は、まごうことなきこの国の初代覇王様であらせられるのですから!!」
急に態度が変わりすぎだろ、この人……。
とはいえ、少なくとも詐欺師として衛兵へ突き出されることはなさそうだ。
「いいかミラ、このことはまだ誰にも話すな」
「ギルドマスターにも、でしょうか?」
「ああ。今の上の連中が何を考えているのか分からない。俺の名前を利用している奴らがいるなら、先に正体を明かすのは危険だ」
「……承知いたしました」
ミラは胸に手を当て、深く頭を下げた。
「ただし、初代様であっても、無謀なことをなさるのであれば私はお止めします」
「……そこは従ってくれないのか?」
「命を救っていただいたからこそです」
ふぅ、これで一旦ミラも落ち着いたかな?
「……時にミラ。一つ聞きたいことがある」
「はい!!何でも仰ってください!!」
「なんでこの国はここまで衰退している?120年前の技術や記録が残っているのなら、ここまでのことにはならなかったはずだ」
ミラはその問いを聞いて俯いた。
「リンドウ様……。あなた様が感じていらっしゃることはごもっともです」
「前置きはいい、何があった」
「大変申し上げにくいのですが……」
ミラはしばらく言葉を探したあと、この国の現状と、120年の間に起きた出来事を話し始めた。
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