4:覇王、現実を知る。
「……リンドウさん?」
はっ……。衝撃の事実に少しフリーズしてしまった。
「あ、はい。なんでしょう?」
「登録はこちらで以上となります。こちら、冒険者証です。 身分証にもなりますので、なくさないでくださいね?」
渡されたプレートは、車の運転免許証に似ていた。
顔写真に年齢、種族、冒険者ランク、特記事項まで記載されている。
……いつの間に顔まで登録されたのかは謎だな。
しっかし、ゲーム時代の冒険者証はもっと簡素だったと思うんだがなぁ。
「リンドウさんは初登録なので、Fランクからのスタートとなります。ランクやギルドについて、ご説明させていただいても?」
一応聞いとくか。
多分だけど、ゲームと違うところもありそうだし。
「ぜひお願いします」
「はい。 ではまずはギルドについてご説明させていただきますね」
受付嬢はカウンターの下から少し分厚い本を取り出し、説明を始めた。
「冒険者ギルドとは、住民の困りごとから、モンスター討伐、素材採取までありとあらゆる仕事を冒険者さんに斡旋する場所となっております」
要はハローワークだな。行ったことないけど。
「冒険者ランクは、依頼の達成やギルドへの貢献によって上がっていく仕組みです。最初はFランクから始まり、一番高いランクがSランクになります。」
……ん?おかしいな。
ゲームではその上のSSやSSSまであったはずだが……。
「あの、すみません。えーっと……」
「すみません! 私としたことが、まだ名乗っておりませんでしたね。アルセディア冒険者ギルド本部、上級受付官のミラと申します!」
いや、違う。そういうことじゃなくて……。
「えー、ミラさん。一つ質問いいですか?」
「はい、どうぞ?」
「冒険者ランクってSSSまでじゃないんですか?」
「ちょっと!」
ミラさんの笑顔が、瞬時に消えた。
次の瞬間、手首をつかまれ、カウンター越しに強く引き寄せられる。
「リンドウさん。その言葉を、ここで口にしないでください」
声は小さい。
だが、その口調には有無を言わせない強さがあった。
……え、俺、何か変なこと言ったか?
何やら周りに知られてはならない情報のようで、俺も小声で話す。
「なにか、まずいことですか……?」
「はい。かなりまずいです。リンドウさん、応接室まで来ていただけますか?」
返事を待つことなく、ミラさんはギルドの奥へ歩き出した。
俺もそのあとを追い、応接室へ通される。
高そうなソファに腰を下ろすと、向かいに座ったミラさんが深いため息をついた。
「どうしてギルドマスターが不在のときに、こんな話を持ち出すんですか……」
「なんか、すんません……」
そうして、「先ほどの続きになりますが……」とミラさんは続けた。
「公にされている冒険者ランクの最高位は、Sランクです。ですが、実際にはその上にSSランクとSSSランクが存在します」
「そりゃまた、なんで秘密にしてるんです?」
「SSランクは戦略級、SSSランクは国家戦力級に指定される階級です。認定された方は、各国で伯爵位相当以上の待遇と身分保障を受けられます」
「そこまで強いなら、むしろ公表したほうが抑止力になるんじゃないですか?」
「認定者の氏名、人数、所属国、現在地。そのすべてが国家間協定によって秘匿されています。単身で街や国を滅ぼせる人間が、どの国に何人いるのか。それを他国へ知らせるわけにはいきませんから」
ははぁ……なるほどな。
つまるところ、前世で例えるなら「うちの国は核兵器をこれだけ持ってますよ」と他国に伝えるようなもんか。
そりゃ公表できんわな。納得納得。
それなら俺がSSSランクを目指しても旨みはないな。
余計なしがらみが増えるだけだ。
「あまり大きな声では言えませんが、SSランク以上の方には秘匿依頼の斡旋も行っております。例えば天災級のモンスター討伐依頼もその一つになります」
天災級か……。
そういえば、ユニークモンスターがそんな名前で呼ばれてたな。
「ちなみに、そいつらって勝手に倒してもいいんですか?」
ミラさんはあきれ顔で俺を見てきた。
「……人の身ではどうしようもない存在のことを天災級と呼びます。SSSランクの冒険者でもない限り、塵も残さず消えることになりますよ?」
「それは怖いですね。それはそれとして、その天災級とやらは全部で7体で間違いないですか?」
「五災の存在自体は、子供でも知っています。ですが……天災級が7体存在すると断言できる根拠を、あなたはどこで得たんですか?」
「根拠って言われても、7体いるものは7体としか……」
「現在、存在が確認されている天災級は5体です」
5体か。
ということは、残り2体はまだ見つかっていないか、別の災害として認識されているかのどちらかだな。
「どれが確認されているか聞いても?」
「……まったく、こんなおかしな冒険者を相手にするのは初めてですよ」
「そりゃどうも。 褒め言葉として受け取っておきます。」
「褒めてませんよ」と眉間を指で押すミラさん。
なんだかなぁ……。ほんと、どうなってんだ、この世界。
別に七災は『レムオン』では秘匿されていなかったし、調べれば誰でもたどり着けるモンスターだったはずだ。
たどり着くまでに結構面倒な手順を踏む必要があったことには変わりないけど、なんかゲームを始めてすぐのプロローグ的なので、七体の存在は説明はされてた……らしいし。
俺はストーリーとか興味なかったから全部スキップしたけども……。
だが、攻略対象としての名前、出現場所、攻撃パターン、弱点、ドロップ素材は、嫌というほど頭に入っている。
ストーリーなんて知らなくても、攻略には一度も困らなかった。
少なくとも、ゲーム時代はそれで十分だった。
「いいですか。天災級は合わせて5体。その総称を五災と言います。『海龍』『火竜』『天鯨』『獅子』『白夜』と呼ばれています。」
んー……『レムオン』と若干呼び方が違うな……。
これも確認してみるか。
「それって、『海嘯龍ネレイア』、『灰冠火竜ヴァルグネス』、『天渦鯨ゼフィロス』、『渇日獣サハル』、『白夜女王エイルシア』で間違いないですか?」
「なにを……言っているんですか?」
「なにを、って名前ですよ。有名でしょう?」
「有名……? 本当に何を言っているんですか、あなたは……。
五災の固有名など、確認されていません!
少なくとも、現存するどの記録にも残っていないはずです!!」
は……?マジで?
「それに、リンドウさん。……あなたは先ほど、天災級は7体だと、仰いましたよね……?」
「え?まぁ、はい。俺の知ってる七災には『万疫の聖母メルキア』と『地殻巨神グラン=ガルド』もいます。合わせて7体です……けど」
「荒唐無稽です……! そんな話、信じられるはずがありません!」
そう言いながらも、ミラさんの顔から血の気が引いていく。
「ですが、あなたは秘匿階級の存在を知っていた。それだけでなく、現存する記録には残されていない五災の名まで言い当てた……」
ミラさんの視線が、俺を捉える。
「無視するには、あなたの知っている情報が多すぎます」
「ちなみにですが、メルキアは『封疫霊廟』の最深部に出現します。今も同じ場所にいるなら、まだ封印されている可能性が高いです。グラン=ガルドはそうだな……南方の古代遺跡を地下深くまで探索すれば腕くらいは見つかると思いますよ」
「な、なんてことなの……。天災級が、本当にあと二体も……?」
ミラさんがガタガタと震えだす。
「早く、国に……ギルマスに報告しないと……!」
「そんなに慌てることですか? あいつらには、それぞれ決められた出現地域や移動経路があります。何なら、時間はかかりますが俺が倒してきますけど……」
「……何を言ってるんですか!!これまで、どれだけのS級以上の冒険者が帰ってこなかったと思ってるんですか!!それを倒してくるですって?! 思い上がりもいい加減にしてください!!」
「まぁまぁ、落ち着いて……。言ったでしょう?あいつらは基本、決まった行動範囲から大きく外れることは……」
「決まった行動範囲……? 誰が、何をもって決めたというんですか!」
ミラさんが、机を強く叩いた。
「十二年前、『天鯨』がそれまでの進路を突然変えました。それだけで港町が一つ、地図から消えたんです……!」
声が震えている。
「このギルドから救援に向かった冒険者も、百人以上が帰ってきませんでした。遺体すら残らなかったんです……!」
「……」
「それでもあなたは、あのバケモノたちが決められた場所から出ないと言えるんですか?!」
は……?
決められた移動経路から、外れた?
『レムオン』の七災には、それぞれ出現地点や行動範囲が設定されていた。
ネレイアは決められた海域を泳ぎ、ゼフィロスは決められた空路を巡り、サハルは決められた順番で水源を渡り歩く。
そのはずだった。
だが――誰が今も、その設定を強制している?
そこで、思考が止まった。
そうだ。
……ここはゲームじゃない、現実なんだ。
あいつらは、もうシステムに縛られたモンスターじゃない。
ミラさんも、門兵たちも、街ですれ違った人々も、決められた台詞を話すNPCじゃない。
この世界で生きている。
傷つけば痛い。
大切な人を失えば悲しい。
そして、死んだら終わりだ。
次はない。
それは、俺だけじゃない。
この世界に生きるすべての人間が同じなんだ。
俺は、七災の倒し方を知っている。
攻撃パターンも、弱点も、攻略手順も、すべて頭に入っている。
けれど――
あいつらが、なぜそこにいるのか。
俺は、何ひとつ知らなかった。
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