39:覇王、玉座を退ける。
魔術通信塔を出た瞬間、俺は後悔した。
「リンドウ様!」
「初代様だ!」
「本当に帰ってきたんだ……!」
通りにいた住民たちが、いっせいにこちらへ集まってくる。
さっきまで瓦礫を運んでいた奴も。
負傷者へ肩を貸していた奴も。
涙で顔をぐしゃぐしゃにしたまま、必死に子どもの手を引いていた母親も。
その全員が、俺の顔を見ようと押し寄せてきた。
「待て待て! 押すな! 怪我人がいるだろ!」
戦闘中より身動きが取れねぇ。
魔術通信塔の壁をぶち抜いたときより、よっぽど危険な状況だった。
「リンドウ様、握手を!」
「こっちもお願いします!」
「うちの息子の頭を撫でてやってください!」
「なんでだよ!?」
いつの間にか、俺は縁起物か何かになっていた。
人の波へ揉まれながら周囲を見回していると、その奥に見覚えのある顔を見つける。
煤で汚れた作業着。
日に焼けた太い腕。
こちらを見ながら、呆れたように笑っている大男。
「……おっさん?」
「おう、ガキ」
鍛冶屋の親父――ジンだった。
だが、俺を取り囲んでいる住民たちの顔を見てから、気まずそうに頭を掻く。
「いや、もうガキじゃねぇんだったな。リンドウ様」
「やめろよ。気持ち悪ぃ」
「なんだよ気持ち悪ぃって!」
ジンの怒鳴り声に、周囲から笑いが漏れる。
ほんの一か月前。
俺はこの男の工房で武器を打ち、いつか自分の技術を教えると約束した。
あのときは、まさかその直後に国をひっくり返すことになるとは思ってなかっただろう。
「あのときは、ただの威勢がいいガキだと思ってたんだがな」
ジンは、半壊した王城を見上げる。
「本当に国へ喧嘩を売って、しかも勝っちまうとはな」
「俺は有言実行するタイプだからな」
「違ぇねぇ!」
ジンが豪快に笑う。
それから、俺へ大きな手を差し出した。
「で。あのときの約束は、忘れてねぇだろうな?」
「ああ」
その手を握り返す。
「俺の技術を、あんたに教える。そういう約束だったな」
その言葉を聞いた瞬間。
ジンの後ろにいた男たちが、一斉に身を乗り出した。
「お、俺にも頼む!」
「初代様! わしも鍛冶師です!」
「俺は鋳造専門だが、参加していいのか!?」
「魔導鍛冶は教えていただけますか!」
「待て待て待て!」
ジンが両腕を広げ、押し寄せる鍛冶師たちを止める。
「てめぇら! 俺が先に約束したんだぞ!」
「技術は独り占めするもんじゃねぇだろ!」
「そうだそうだ!」
「なんだと!?」
今にも鍛冶師同士の殴り合いが始まりそうだった。
「お前ら!」
声を張ると、全員がこちらを見る。
「街の片づけが終わったら、この街にいる鍛冶師を全員集めろ!」
一瞬、辺りが静かになる。
「武器鍛冶も、防具鍛冶も、鋳造も魔導具も関係ねぇ!俺が知ってる技術を、基礎から全部見せてやる!神匠の技だ!一つでも多く盗んでみろ!」
「うおおおおおおっ!」
鍛冶師たちが拳を掲げた。
さっきの演説より、こいつらの反応のほうが分かりやすい。
「ただし!」
浮かれ始めた連中へ、指を突きつける。
「まずは街を直せ!」
「工房だけ直して終わりじゃねぇぞ! 住む場所をなくした奴らの家からだ!」
「おう!」
「任せろ!」
返事だけは立派だ。
「さっきも言ったが、お前らはもう、心のままに生きていい!学びたい奴は学べ!強くなりてぇ奴は俺のところへ来い!鍛冶と戦闘くらいなら、俺が叩き込んでやる!」
再び歓声が上がる。
その勢いのまま、俺はパーティ通信を開いた。
『全員、聞こえてるか?』
『聞こえてるぞ』
最初に返事をしたのはアウラだった。
背後からは、大鍋をかき混ぜるような音が聞こえている。
『今は王都の復旧を手伝え。夜になったら王城の玉座の間へ集合だ。作戦会議をする』
『承知した。こちらは炊き出しを始めている』
『足りてるか?』
『食料は問題ない。ただ……』
アウラが言いづらそうに口ごもる。
『本当に、双竜の肉をすべて使っていいのか……?』
『余ってんだからいいだろ』
『国家の式典でも滅多に出されない食材だぞ……』
『今日は国家がひっくり返った日だ。式典みてぇなもんだろ』
『そういう問題か……?』
気にするな。
インベントリの中には、二頭分の竜肉が山ほど残っている。
俺たちだけで食っていたら、何年かかるか分かったものじゃない。
『街の連中に、腹いっぱい食わせてやれ』
『了解した』
次に、テオへつなぐ。
『テオ、そっちはどうだ?』
『既に十三名を拘束したぞ』
『十三?』
『奴隷商と、その協力者だ。地下水路から逃げようとしてた』
『仕事が早ぇな』
『まだ残ってる。日没までには、すべて捕らえてくる』
『頼んだ。俺の国に、もう奴隷商はいらねぇ』
『分かった』
ノアは、奴隷市場から救出された子どもたちの治療に当たっている。
長い間まともな食事を与えられず、歩くことさえできない子もいた。
『ノア。子どもたちの様子は?』
『命に関わる状態の子はいません』
その言葉に、少しだけ肩の力が抜ける。
『ですが、衰弱している子が多いです。傷だけでなく、魔力回路にも奴隷紋の影響が残っています』
『……やっぱり、簡単には消せねぇか』
『はい。解除しようとすると、本人の魔力まで引き剥がしてしまいます』
『無理はするな。今は飯を食わせて、寝かせてやれ』
『分かりました』
奴隷紋。
あれだけは、放っておけない。
自由になったと宣言しても、身体に命令の術式が残ったままじゃ、本当の意味で自由とは言えない。
必ず壊す。
そのための方法も、心当たりはある。
ただし、まずは目の前のことからだ。
ザフィラには、クライブ伯爵と共に復旧作業全体の指揮を任せた。
ミラは王城に残されていた記録を整理し、国民へ公開する準備を進めている。
カレンには、捕らえた王族と貴族の監視を頼んだ。
『カレン。元王は大人しくしてるか?』
『さっき逃げようとしてました!』
『懲りねぇな、あいつ』
『ですので、広場の檻に放り込んでおきました!』
『手枷は?』
『足枷もつけました!』
『飯は食わせろよ』
『分かってますけど、石を投げられるところまでは止められないかもです』
『そこは止めろ』
『止めるんですか?』
『裁判前に死なれたら困るだろ』
個人的には、石の一つや二つくらい文句を言うなと思う。
だが、新しい国の最初の裁きが、怒りに任せた私刑じゃ格好がつかない。
『何をしたのか、全部吐かせる。そのうえで、裁く』
『わかりました!』
通信を切った。
さて。
人へ仕事を振った以上、俺だけ休むわけにもいかない。
「おっさん」
「なんだ?」
「使える職人を全員集めろ」
「何する気だ?」
俺は崩れた建物が並ぶ通りを見る。
「夕方までに、屋根をなくした家を全部塞ぐ」
「全部って……正気か?」
「俺一人なら無理だ」
収納から工具を取り出す。
「だから、お前らにも働いてもらう」
ジンは一瞬だけ呆れた顔をしたあと、豪快に笑った。
「神匠様に命令されちゃ、断れねぇな!」
「その呼び方はやめろ!」
♢
それから日が沈むまで、俺たちはひたすら街を走り回った。
崩れた家を支え。
道を塞いでいた瓦礫を退かし。
折れた水道管をつなぎ直し。
怪我人を避難所へ運んだ。
通りの中央では、大鍋から竜肉のスープが配られていた。
最初は遠慮していた住民たちも、匂いに耐えられなくなったらしい。
子どもたちは何度も列へ並び、大人たちは久しぶりの温かい食事に涙を流していた。
味わって食えよ?
双竜なんて、そう何度も食えるもんじゃねぇからな。
♢
夜。
俺は、王城の玉座の間に立っていた。
床に散らばっていた瓦礫は片づけた。
壁を覆っていた王家の紋章も外した。
そして、部屋の奥にあった巨大な玉座を――端へ退けた。
「そこに座らないのですか?」
クライブ伯爵が尋ねる。
「座らねぇよ」
「しかし、初代覇王であるあなた以外に、この国を統べられる者は――」
「統べる必要なんてねぇ」
俺はインベントリへ手を入れる。
取り出したのは、一つの巨大な円卓だった。
『レムオン』時代。
俺たちが毎晩のように集まり、馬鹿みたいに騒いでいた場所。
戦闘職も。生産職も。サポーターも。初心者も。
ここでは、誰もが同じ高さで言葉を交わした。
玉座の間の中央へ、円卓を置く。
俺は、懐かしい木目をゆっくりと撫でた。
「……懐かしいな」
返事はない……。
分かってる。あいつらはもう、ここにはいない。
「俺は元気にやってるぞ」
声にすると、胸の奥が少しだけ痛んだ。
「お前らの分まで、好き勝手やってる」
目を閉じれば、今でも思い出せる。
円卓の上へ足を乗せて怒られた奴。
攻略会議の途中で寝落ちした奴。
新しい武器ができたと、子どもみたいにはしゃいでいた奴。
くだらないことで笑い。
負ければ言い争い。
それでも次の日には、また同じ場所へ集まった。
「今度は、こいつらと使わせてもらう」
扉が開いた。
「リンドウ!」
最初に入ってきたのは、ザフィラだった。
その後ろから、アウラ、カレン、ノア、テオたちが続く。
二十五人の仲間たち。
クライブ伯爵と、彼に同調して援軍を率いてきた二人の貴族。
ミラ。
鍛冶師、商人、冒険者の代表。
各地区から選ばれた住民たち。
そして、奴隷市場から救出された者たちの代表もいた。
全員が巨大な円卓を囲む。
「さて」
俺は、自分の椅子へ腰を下ろした。
「今後のアルセディアについて決めるぞ」
「リンドウ様が王位へ就かれるのではないのですか?」
商人代表の男が、おそるおそる尋ねる。
「就かねぇよ」
即答すると、部屋中がざわめいた。
「俺は戦うことと、作ることなら得意だ。国を一人で動かすのは、死ぬほど向いてねぇ」
「自覚があったのですね」
ミラが呟く。
「だから、国の方針はここで決める」
円卓を軽く叩く。
「各地区、各職業、各種族から代表を出す。その代表が話し合って、国の法律と予算を決める。名づけて――国民評議会だ」
「すぐに代表を選ぶのは不可能です」
ミラが冷静に指摘する。
「住民の把握も終わっておりません。選出方法も、任期も、権限も決まっていないのですよ」
「だから当面は、ここにいる奴らで臨時評議会を作る」
「議長はミラな?」
「お断りします」
「即答かよ」
「なぜ私が、そのような重責を負わなければならないのですか?」
「向いてるから」
「根拠になっておりません」
「じゃあ、民主的にいこうじゃないか。ミラが議長でいいと思う奴。ほら、手ぇあげろ」
円卓を囲んでいたほぼ全員が、黙って手を上げた。
ミラの顔が引きつる。
「誰が採決を求めましたか!?」
「全会一致だな」
「今のは採決ではありません!」
「民主主義で決まったんだ、今更辞めるたぁ言わねぇよな?んじゃ、初代議長よろしくぅ!」
「リンドウ様!」
懐かしい。
『レムオン』の時も、面倒な仕事はこうやって押しつけ合ったものだ。
「次。貴族制度についてだ」
クライブ伯爵たちの表情が引き締まる。
「いきなり全部なくせば、地方の統治が止まっちまうだろう。だから、領地を管理していた者は、当面その仕事を続けてもらう」
安堵しかけた彼らへ、続きを告げる。
「ただし、世襲は廃止だ。徴税権も、私兵を好き勝手に動かす権利もなくす。これからお前らは貴族じゃない。国から任された土地を管理する――『領政官』だ」
さらに、と俺は続けた。
「任期を設けるし、仕事が悪ければ解任する。金の流れも、国民へ全部公開する」
「承知しました」
クライブ伯爵が、静かに頭を下げる。
「私は、爵位を守るためにここへ来たのではありません」
「民を守るために必要であれば、いかなる立場でもお引き受けいたします」
「助かるね。これで貸し一つチャラにしてやってもいいぞ?」
「お戯れを。それは別で返させていただきます」
こういう奴まで、元王たちと同じ扱いにする必要はない。
必要なのは、身分を消すことじゃない。
身分を使って、人を支配できなくすることだ。
「元王と、罪を犯した貴族たちの処遇は?」
冒険者代表が尋ねる。
「明日から証拠の公開と、被害申告の受け付けを始める。裁判は準備が整い次第、公開で行う。ミラが集めた証拠を、全部国民へ公開する。もちろん被害者の証言も聞く。王族だから隠すことも、俺が嫌いだからその場で殺すこともしない」
円卓を見回す。
「俺たちが今から作る国の最初の裁判だ。好き嫌いだけで判決を決めたら、ラングレイ王家と何も変わらねぇだろ」
「……そのとおりです」
ミラが頷いた。
「各地区から陪審員を選出し、評議会が判決を確認する形を提案いたします」
「そんじゃ、それでいこう。死刑になろうが、情状酌量が認められようが、俺は口を挟まねぇ。ただし、やったことは一つ残らず明らかにする」
次は奴隷制度について。
ノアが立ち上がった。
「奴隷市場から救出された方々の治療を行いました。遠隔命令は停止していますが、奴隷紋そのものは残っています。契約術式が、本人の魔力回路へ深く結びついている状態です。通常の解除魔術では、身体へ深刻な損傷を与える可能性があります」
「分かってる」
俺は円卓へ、一枚の設計図を広げる。
「だから、こいつを作る」
紙に描かれているのは、小さな短剣だった。
人を傷つける刃ではない。
人間と術式の境界だけを見つけ出し、契約を断ち切るための武器。
「『破邪の短剣』つってな、奴隷紋を術式ごと切り離す」
「そんなものを……本当に作れるのですか?」
救出された者たちの代表が、震える声で尋ねた。
「作れるんだなぁ、これが」
迷わず答える。
「ただ、必要な素材がある」
頭の中へ、『レムオン』時代の攻略情報を呼び起こす。
「アルセディアから北東へ三日ほど進んだ場所に、鎖の聖女と呼ばれるユニークボスがいるんだ。そいつは、普通に倒しても何度でも立ち上がる。だが、特殊勝利条件を満たせば完全に討伐できる」
ゲームだった頃、俺は何度もあいつを倒した。
通常討伐を繰り返し、経験値と素材を稼いだ。
そして最後には、特殊勝利条件を満たして固有報酬も手に入れた。
だが、あのときの俺は。
聖女がなぜ鎖へ繋がれていたのかなんて、考えもしなかった。
特殊勝利条件なら知っている。
どの攻撃を避け。
何を破壊し。
最後に何をすればいいのかも、すべて覚えている。
だが――なぜそれが、彼女を永遠の戦いから解放する条件なのかは知らない。
俺はあのときも、攻略情報だけを見て。
彼女の物語を、読み飛ばしていた。
「さらにだ、特殊勝利でしか手に入らない一点物の素材が二つあるんだ。片方を使えば、スペルブレイカーの核を作れる」
ついでにもう一つ、と
空中へ、鎖の形を指で描く。
「どこまでも伸び、敵を縛り、攻撃にも使える俺の武器『ズィーヴェン』――別名、『天理の鎖』。そいつも作れる」
「目的は奴隷紋の解除ではないのか?」
ザフィラが呆れたように尋ねる。
「素材が余るんだから仕方ねぇだろ」
「お前は本当に、隙があれば武器を増やすな」
「前にも言ったろ、世界一位は手数が多いんだ」
討伐に出るのは、三日後。
それまでに王都の治安を整え。
負傷者の治療を進め。
公開裁判と、臨時評議会の準備を終える。
それからも話し合いは続いた。
食料の配給。
破壊された住居の修復。
地方への連絡。
国外へ逃げた貴族の追跡。
奴隷だった者たちの住居と仕事。
一つ決めれば、新しい問題が三つ出てくる。
戦闘よりよっぽど面倒だ。
すべてが終わった頃には、夜もすっかり深くなっていた。
♢
王城のバルコニーへ出る。
眼下には、まだ明かりの消えない王都が広がっていた。
復旧作業を続けている者。
炊き出しの鍋を囲む者。
再会した家族と抱き合う者。
昼間よりも静かだが、街はまだ生きている。
俺は、街の住民から渡された煙草を一本取り出した。
「昔は吸ってたっけな」
現実世界にいた頃。
別に美味いとも思っていなかった。
ただ、大人っぽく見える気がして。
格好をつけるためだけに、何度か口へした。
火をつけて、一口吸う。
「ふぅ……」
煙が喉へ刺さった。
「まっず……」
「なら、なぜ吸っている?」
背後から声がした。
振り返ると、ザフィラが壁へ寄りかかっていた。
「別にいいだろ、かっこつけてんだよ」
「誰も見ていないぞ」
「今お前が見てるだろ」
「まずそうに吸ってる姿をな」
「うるせぇ」
ザフィラは小さく笑い、俺の隣へ立った。
しばらくの間、二人で王都を眺める。
「民衆の前で、たいそうな啖呵を切ったものだな」
「あれくらい言わねぇと、この国は変わらねぇよ」
「必ず奴隷紋を壊す、とも言った」
「壊すさ、お前のもな」
「できなかった時は?」
「できないんじゃねぇ、破邪の短剣はそれができちまうんだよ」
即答すると、ザフィラは静かに目を細めた。
「……そうか」
「なんだよ」
「いや、そのだな……」
返事が妙に歯切れ悪い。
いつものザフィラなら、もっと遠慮なく物を言う。
「どうした?」
「何でもない」
「そんな顔で言われても説得力ねぇぞ」
「どんな顔だ……?」
「甘えたそうな顔。溜まってんのか?」
ザフィラは視線を少し泳がせ、ばつが悪そうに答えた。
「……悪いか」
「……マジか。いや、悪い……。冗談のつもりだったんだが……」
ザフィラが、こちらを睨む。
だが、いつもの鋭さはなかった。
怒っているわけでもない。
ただ、何も言わず、熱っぽい視線を俺に向けていた。
「……リンドウ」
「ん?」
「……私では、だめか?」
ザフィラが、夜の街へ視線を戻す。
「ダメってこたぁ、ねぇけどよ……」
煙草を持つ手が止まった。
戦いは終わった。
国も取り戻した。
だが、だからといって、百二十年間背負ってきたものが一夜で消えるわけじゃない。
ザフィラはずっと、一人で戦ってきた。
俺が戻ってくるかも分からないまま。
「……ったく。これ吸い終わるまで、お利口さんにしてろ。そしたら後でいくらでも可愛がってやる」
俺は、小さく息を吐いた。
煙草から昇った煙が、夜風にさらわれていく。
「本当か……?」
ザフィラが俺の腕に尻尾を巻き付けてくる。
俺を見上げる期待に満ちたその眼差しに、耐えきることができなかった。
「……はぁ」
残っていた煙草を、灰皿へ押しつける。
「分かったよ」
「吸い終わるまで待てといったじゃないか……」
「不味いからやめた」
「格好はどうした」
「お前しか見てねぇなら、もういいだろ」
腰を引き寄せ、強引に唇を奪う。
ザフィラは最初こそ固まった。
だが、すぐに力が抜け、俺に身体を預けてきた。
「……初めてだから、優しくしろ」
「んだよ、意外と乙女だな?黒猫」
「だから猫じゃ、んっ」
二度目は短かった。
その代わり、腕に絡まる尻尾は強くなった。
「一回でバテんなよ?」
「……はい」
顔を真っ赤にしたザフィラを連れ、寝室へ向かった。
その夜、俺は思い知らされた。
ザフィラはいつもは気丈に振舞ってるくせに、二人きりになると従順で、極度な甘えん坊に変貌すること。
そして、この黒猫……。
かなりのマゾ気質だった……。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
ようやくアルセディアを取り戻しました。
ただ、国を奪い返したからといって、すべてが元通りになるわけではありません。
壊れた街。
残された奴隷紋。
裁かなければならない者たち。
そして、百二十年の間に失われたもの。
ここからリンドウは、「敵を倒す」だけではなく、もう一度この国を作っていくことになります。
そして次に待っているのは――
鎖の聖女。
ゲーム時代には何度も倒した相手。
けれど、その人がなぜ鎖に繋がれているのかを、リンドウは知りません。
ここから少しずつ、『REMNANT RECORD』という物語の本題へ踏み込んでいきます。
続きも楽しんでいただけたら嬉しいです。
☆やレビュー、感想などいただけると、とても励みになります。




