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REMNANT RECORD~ストーリー未読の世界一位の廃ゲーマーは、倒した敵の物語を知らない~  作者: 霜月ルイ
第二章:鎖の聖女『ヘレナ』編

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38/84

38:覇王、帰還を告げる。

 悪政に覆われたアルセディアを取り戻す戦いは、終わった。

 だが、本番はここからだ。


 昨日まで信じていた王が捕らえられ。

 従うべきだと教えられていた貴族が罪人となり。

 絶対だと思われていた国の仕組みが、一晩で崩れた。

 王都の民は、自由になったと言われても、今日をどう生きればいいのかすら分からないだろう。


 だったら、最初にやることは決まってる。


「お前ら、住民たちのことは任せたぞ」


 俺は『フィーア』を肩へ担ぎ直した。


「ここからは、俺の仕事だ」


「リンドウ、何を――」


 ザフィラが言い切るより早く、『フィーア』を魔術通信塔へ向かってぶん投げる。


「――『座標転移(グリッド)』!」


 視界が反転した。


 夜明け前の王都が一気に遠ざかり、通信塔の外壁が目の前へ迫る。


「……やっべ」


 投げることしか考えてなかった。

 着地地点、決めてねぇ……。


「どうすんだ、これ!?」


 『フィーア』が通信室の壁を突き破る。


 俺は空中で召喚を解除し、身体を捻って衝撃を逃がした。

 石壁を一枚、机を一つ、ついでに椅子を二脚ほど巻き込み、床へ転がる。


 土煙の向こうで、誰かが激しく咳き込んでいた。


「ごほっ……リンドウ様!?」


 疲れ切った顔で腰を下ろしていたミラが、目を見開いている。


「よう、ミラ。久しぶり!」


「……」


「少し痩せたか?」


 ミラのこめかみに青筋が浮かんだ。


「久しぶりの再会で、最初におっしゃることがそれですか?」


「元気そうで何よりだ」


「あなたのせいで、目に見えて痩せましたよ。ええ。それはもう、見事なほどに」


「苦労かけたな!」


「軽いですね……!」


「それはそれとして、この設備借りるぞ」


「それはそれとしてで流さないでください。あと、壁の修理費はリンドウ様へ請求いたします」


「国の経費で落とすわ」


「個人負担です」


「初代覇王なのに?」


「初代覇王だからです」


 そりゃねぇぜ、ミラえもん……。

 相変わらず手厳しいやっちゃ。


 だが、こうして言い合えるのが妙に懐かしかった。


 俺は通信装置の前へ立つ。

 王都全域へつながる魔力回路へ手を触れた。


「リンドウ様、何をなさるおつもりですか?」


「決まってる」


 この国には今、命令が必要なんじゃない。


 ――進む方向だ。


 俺は通信を王都全域へ接続した。


『あー、あー。テステス』


 自分の声が、魔術通信塔から王都中へ広がっていく。


『聞こえてるか、アルセディアの民よ』


 通りを走っていた兵士が足を止める。

 避難所で食料を受け取っていた者が顔を上げる。


 消火作業をしていた冒険者も。

 奴隷市場から救い出された者たちも。

 王城の前へ集まり始めていた市民も。

 誰もが、魔術通信塔を見上げた。


『改めて名乗るぞ』


 一度、息を吸う。


『俺の名はリンドウ』


『今日、偽りの王家からアルセディアを取り戻した男だ』


 王都が静まり返る。


『聞き覚えのある名前だろ?』


『お前らが初代覇王と呼んできた男の名だ』


『偶然でも、名前を借りた偽物でもない』


『百二十年前に死んだ、初代覇王リンドウ本人だ』


 ざわめきが広がっていく。


 信じられない者もいるだろう。


 当然だ。


 昨日まで死者だった男が、急に帰ってきたと言われたんだからな。


『信じられないなら、今すぐ信じなくていい』


『王城も、資料も、百二十年前の記録も、全部これから公開する』


『自分の目で見て、自分の頭で考えろ』


『それができる国へ戻すために、俺は帰ってきた』


 通信装置の向こう。


 どこかで、誰かが息を呑む気配がした。


『ラングレイ王家が何をしてきたのかは、ミラが流したとおりだ』


『二代目覇王を殺し、歴史を書き換え、技術を奪い、人を身分で分けた』


『村を焼き、生き残った者を鎖につなぎ、人間を商品として売った』


『お前らにとって、この百二十年がどれほど長かったのか』


『俺には、分かったなんて言えねぇ……』


 俺にとっては、目を覚ますまではゲームだった。


 一日眠って。


 目を覚ましたら、百二十年が過ぎていた。


 その年月を、軽々しく理解したふりなんかできない。


『だから、これだけ言わせろ』


『よく生き抜いた』


 王都に、俺の声だけが響く。


『奪われても』


『踏みつけられても』


『明日が今日より悪くなると分かっていても』


『それでも今日まで生きた』


『よく耐えた』


『よく残ってくれた』


『俺に……帰る場所を、残してくれてありがとう』


 言葉にした瞬間。


 胸の奥に、遅れて何かが込み上げてきた。


 ここは、俺たちが作った国だ。


 だが、百二十年間、この国を残したのは俺じゃない。


 今ここにいる奴らだ。


『お前らに問う』


『お前らは、弱かったから踏みにじられたのか?』


 返事はない。


 それでいい。


『戦う力がなかったからか?』


『知識がなかったからか?』


『技術を持たなかったからか?』


『人間だったからか? 獣人だったからか? エルフだったからか? 魔族だからか?』


『平民だったからか? 奴隷だったからか?』


 握っていた拳へ、自然と力が入る。


『――違う!』


 声を叩きつけた。


『お前らが弱かったんじゃねぇ!』


『弱くさせられてたんだ!』


『学ぶ場所を奪われ!』


『武器を奪われ!』


『技術を奪われ!』


『声を上げれば家族ごと殺される恐怖を植えつけられた!』


『立ち上がれなかったんじゃない!』


『立ち上がるたびに、踏み潰され続けてきたんだ!』


 王都のあちこちで、俯いていた者が顔を上げる。


『だがな』


『奪われたものなら、取り戻せる』


『忘れさせられたものなら、思い出せる』


『……アルセディアにはな、王命より古く、爵位より重い言葉があるんだよ』


 百二十年前。


 世界一を目指して。


 何度負けても挑み続けた、俺たちの言葉。


『――恐れるな』


 声を落とす。


『恐怖を感じるなって意味じゃねぇ』


『怖くても、自分で選べって意味だ』


『――前を向け!』


『王も、貴族も、俺にさえ(こうべ)を垂れる必要はない』


『見上げるなら、次に自分が進む場所を見ろ』


『――立ち止まるな!』


『学びたいなら学べ』


『作りたいなら作れ』


『強くなりてぇなら鍛えろ』


『誰かに許可されるのを待つな』


『――進み続けろ!』


『一度失敗したくらいで諦めるな』


『何度負けても、昨日より一歩先へ行け』


 通りのどこかから、小さな声が聞こえた。


「恐れるな……」


 年老いた男の声だった。


 続いて、別の場所から。


「前を向け」


「立ち止まるな」


「進み続けろ……」


 百二十年間、忘れ去られていた言葉が。


 一人ずつ。


 人から人へ伝わり始める。


『そうだ……』


『それがアルセディアだ!』


『身分も、種族も、年齢も関係ねぇ!』


『好きなことを、好きなだけ極めろ!』


『昨日まで奴隷だった奴も聞け!』


『お前らはもう、誰の所有物でもない!』


『今日、この瞬間をもって、アルセディアの奴隷制度は廃止する!』


『人の売買、拘束、奴隷契約による命令をすべて禁ずる!』


『奴隷商ども。聞いてるよな?』


 少しだけ声を低くする。


『隠した奴隷契約書も、命令具も、全部差し出せ』


『一人でも隠したら――俺が直接取りに行く』


 王都のどこかで、何かが落ちる音がした気がする。


『そして、まだ身体に奴隷紋が残っている奴ら、よく聞け!』


『今すぐ全部消してやる、とは言えねぇ』


『下手に壊せば、お前らの身体まで壊れる』


 都合のいい嘘はつかない。


『だが、必ず壊す……!』


『人間じゃなく、術式だけを切り離す道具を、俺が作る!』


『神匠として』


『初代覇王として』


『必ず、お前らの身体から最後の鎖まで消してやる』


 王都のどこかで、泣き声がした。


『俺が戻ったから、もう安心だ――なんて言うつもりはねぇぞ』


『国は一晩で取り戻せても、暮らしは一晩じゃ戻らねぇ』


『食料が足りない日もあるだろう』


『復旧に時間もかかる』


『今日より明日のほうが、苦しいことだってあるかもしれねぇ』


『それでもだ』


『もう、お前らの未来を王家が決めることはねぇ!』


『誰が学ぶか』


『誰が作るか』


『誰を愛し』


『どこで生きるか』


『自分たちで選べ!』


 俺が国を動かすんじゃない。


 玉座へ座った誰か一人が、全部を決めるんでもない。


『この国を動かしてきたのは、最初から俺じゃなかった』


『武器を作った職人だ!』


『街を広げた建築士だ!』


『畑を耕した奴だ!』


『魔物と戦った冒険者だ!』


『傷ついた者を治した奴だ!』


『そして、今日まで生き延びた――お前らだ!』


 人々の声が、少しずつ大きくなる。


『俺の背を追いかけてこい!』


『世界最強の初代覇王が、先頭を走ってやる!』


『だが、いつまでも俺の後ろを歩くな!』


『学んで! 鍛えて! 作って!』


『いつか俺へ追いつけ!』


『俺を追い越せ!』


『そのとき、アルセディアは百二十年前より、もっとデカくなる!』


 声が返ってきた。


「恐れるな!」


 今度は、一人じゃない。


「前を向け!」


 別の通りからも。


「立ち止まるな!」


 王城の前からも。


「進み続けろ!」


 獣人も。


 人間も。


 エルフも。


 兵士も。


 冒険者も。


 元奴隷も。


 同じ言葉を叫んでいる。


 俺は通信装置へ身を乗り出した。


『最後に』


 王都中が、次の言葉を待っている。


『百二十年も待たせて、悪かったな』


 一度、目を閉じる。


 仲間たちの顔が浮かぶ。


 二十五人。


 ミラ。


 クライブ伯爵。


 そして、今日までこの国を残したすべての人間。


 目を開く。


『――待たせたな、アルセディア』


『お前らの覇王は――帰ってきたぞ!!』


 一瞬。


 王都から、すべての音が消えた。


 静寂の中。


 誰かが、小さく呟いた。


「覇王……」


 その声が、呼び水になった。


「覇王!」


「初代覇王!」


「リンドウ様!」


 声が重なり。


 膨れ上がり。


 やがて、王都そのものを揺らすほどの咆哮へ変わる。


「ウオォォォォォォオオオオオオッ!!」


 通信塔の窓が震えた。


 石壁まで震えている。


 俺の声じゃない。


 王の命令でもない。


 百二十年間、奪われ続けた国民自身の声だった。


 その歓声をしばらく聞いてから、俺は通信装置へ向かって片手を上げた。


『――まだ終わりじゃねぇぞ!』


 声を張り上げる。


 王都を満たしていた歓声が、少しずつ静まっていった。


 兵士も。


 職人も。


 冒険者も。


 元奴隷たちも。


 次の言葉を待っている。


『さぁ、下を向くのはおしまいだ!』


『失ったものを数えるのも、今日で終わりにしろ!』


『焼かれた村もある!』


『奪われた工房もある!』


『帰ってこなかった家族もいる!』


『忘れろとは言わねぇ!』


『許せとも言わねぇ!』


『全部覚えてろ!』


『俺たちが、何を二度と繰り返しちゃならねぇのかを忘れないためにな!』


 王都のあちこちで、唇を噛む者がいる。


 涙を拭い、顔を上げる者がいる。


『だが、いつまでも奪われたものだけを見て生きるな!』


『明日からは、取り戻したものを数えろ!』


『壊された工房を建て直せ!』


『閉ざされた書庫を開け!』


『奪われた技術を、もう一度この国へ取り戻せ!』


『学びたい子どもには学ばせろ!』


『作りたい職人には作らせろ!』


『挑みたい冒険者には、好きなだけ挑ませろ!』


『種族も!』


『身分も!』


『生まれも関係ねぇ!』


『才能がある奴だけじゃない!』


『才能がなくても、諦めの悪い奴が上を目指せる国にする!』


 誰かが拳を掲げた。


 続いて、隣の者も。


 通りを埋める人々の腕が、次々と空へ上がっていく。


『百二十年前のアルセディアは、世界一を目指してた』


『だけどな――昔へ戻すだけじゃ足りねぇ!』


『俺たちは、百二十年前を取り戻すんじゃない!』


『あの頃より、もっと強く!』


『もっと自由で!』


『もっと面白ぇ国を作る!』


 胸の奥から、笑いが込み上げる。


 国を作った頃。


 誰もが世界一なんて無理だと笑った。


 それでも、俺たちは挑んだ。


 負けて。


 壊して。


 作り直して。


 何度でも前へ進んだ。


『俺一人じゃできねぇ!』


『二十五人だけでも無理だ!』


『この国にいる全員の力が必要だ!』


『だから立て!』


『顔を上げろ!』


『胸を張れ!』


『恐れるな!』


「恐れるな!」


 王都から声が返ってくる。


『前を向け!』


「前を向け!」


『立ち止まるな!』


「立ち止まるな!」


『進み続けろ!』


「進み続けろ!」


 声がそろっていく。


 最初はばらばらだった叫びが。


 通りから通りへ。


 人から人へ伝わり。


 やがて、王都全体を一つにする。


『そうだ!』


『それがアルセディアだ!』


『王に守られるだけの国民になるな!』


『自分たちの手で、この国を作り直せ!』


『俺が先頭を走る!』


『倒れそうな奴は支えてやる!』


『立ち止まった奴がいたら、背中を蹴飛ばしてでも連れていく!』


『だから、お前らも俺についてこい!』


 通信装置へ拳を叩きつける。


『さぁ――始めようぜ、アルセディア!』


『百二十年間奪われ続けたものを、全部取り戻す!』


『技術を!』


『知識を!』


『自由を!』


『そして、お前ら自身の誇りを!』


 一度、大きく息を吸った。


 王都中が静まり返る。


 誰もが、その言葉を待っていた。


『技術超大国――』


『アルセディアを取り戻すぞ!!』


 一瞬遅れて。


 王都が、爆発した。


「ウオォォォォォォォォォォォォォォォッ!!」


 それは歓声なんて生易しいものじゃなかった。


 何万人もの足が石畳を踏み鳴らす。


 拳が空へ突き上げられる。


 兵士が。


 冒険者が。


 職人が。


 商人が。


 人間が。


 獣人が。


 エルフが。


 昨日まで奴隷だった者たちが。


 同じ言葉を叫んでいる。


「アルセディア!」


「アルセディア!」


「アルセディア!」


 地面が震えた。


 王城の窓が鳴り。


 通信塔そのものが揺れる。


 それは、初代覇王へ向けられた歓声ではない。


 百二十年間、声を奪われてきた者たちが。


 自分たちの国を、もう一度その手へ取り戻すと誓う声だった。


 隣を見ると、ミラが目元を押さえていた。


「泣いてんの?」


「……土埃です」


「まだ舞ってる?」


「壁を壊したのは、どなたでしたでしょうか」


「俺だけども……」


「修理費は個人負担です」


「感動の余韻くらい残せよ!」


 ミラは涙を拭いながら、ほんの少しだけ笑った。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


第二章、開幕です。


偽りの王家を倒し、百二十年ぶりにアルセディアへ帰還したリンドウ。

しかし、国を取り戻しただけでは、そこで暮らす人々の日常までは戻りません。

百二十年間奪われ続けた技術、知識、自由、そして誇り。

リンドウは初代覇王として、国民と共にそれらを取り戻すことを宣言しました。


そして、身体に残された最後の鎖――奴隷紋。

魔術で解くことができないのなら、神匠として壊すための道具を作る。


次話から、国を取り戻したあとの一週間と、新たな目標へ向けて動き始めるリンドウたちを描いていきます。

第二章も、最後までお付き合いいただけると嬉しいです。

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