36:覇王、国を取り戻す――偽王
玉座の間の扉を押し開ける。
重い扉が床を擦り、耳障りな音を響かせた。
その先にあったのは、俺の知らない部屋だった。
壁を覆う金色の装飾。
天井から吊り下げられた巨大な照明。
左右には、歴代ラングレイ王の姿を描いた肖像画が並んでいる。
そして、部屋の最奥。
何段もの階段の上へ、黄金の玉座が置かれていた。
「……悪趣味だな」
思わず本音が漏れる。
百二十年前、ここは会議室だった。
大きな円卓があって、戦闘職も、生産職も、内政を担当していたサポーターも、全員が同じ高さの椅子へ座っていた。
俺の席だけが高いなんてことはなかった。
そもそも、俺の椅子は一番安かった。
何度も壊して買い替えるのが面倒で、露店にあった中古品を適当に買ったからだ。
それが今では、金色の階段の上に玉座。
誰が上で。
誰が下なのか。
部屋へ入っただけで分かるようになっている。
「初代覇王を名乗る不届き者が、随分と遅かったな」
玉座に座った男が、こちらを見下ろしていた。
年齢は五十前後。
金糸で装飾された白い衣服。
頭には王冠。
指には、いくつもの宝石を埋め込んだ指輪。
現在のラングレイ王。
左右には数人の近衛兵がいたが、俺が中へ入ると目に見えて動揺した。
「王城の警備はどうした」
「貴様が卑劣な手段で混乱させたのだろう!」
「正々堂々正面から来たんだけど?」
「黙れ!」
王が玉座の肘掛けを叩く。
「余の城へ踏み込み、王家の兵を傷つけ、初代覇王様の名を騙るとは……これほどの大罪、死をもってすら償えぬぞ!」
「俺の、城な?」
「何?」
「ここ、俺たちが作った城だから」
王の顔が歪んだ。
「まだ、その世迷い言を続けるか」
「じゃあ聞くけど、お前が座ってる玉座の下に、古い魔力管が三本残ってるだろ」
「……何を」
「一本は地下の転移設備。一本は王都結界。もう一本は、この部屋の防衛機構につながってる」
百二十年前の設備だ。
設計へ直接関わったわけではないが、修理と素材提供は何度もした。
「右側の壁、三枚目の肖像画の後ろには、旧管理室へ続く点検口がある」
王の視線が僅かに動いた。
「天井の照明はあとからつけたんだろ。重量計算が合ってねぇ。左奥の梁が少し沈んでる」
「偶然だ!」
「ここに円卓があった頃、床の中央だけ石材の色が違った。上から金の板を敷いたくらいじゃ隠せねぇぞ」
今度は、近衛兵たちが床を見る。
王は立ち上がらなかった。
「城の構造を知っているだけで、初代覇王を名乗れると思うな」
「別に、お前に信じてもらう必要はねぇよ」
「なら、何をしに来た」
「お前を玉座から下ろしに来たんだ」
近衛兵が一斉に剣を抜いた。
「陛下への無礼は許さん!」
「待て」
王が片手を上げる。
近衛兵たちが動きを止めた。
「聞かせてもらおうではないか」
余裕を取り戻したように、玉座へ深く座り直す。
「仮に、貴様が本当に初代覇王だとして」
「仮にじゃなくて本物だけどな」
「貴様に我らを裁く資格があるのか?」
王の声が、広い部屋へ響く。
「初代覇王は、建国から僅かな年月で姿を消した」
「死んだからなぁ……」
「国を捨てたのだ!」
王が叫ぶ。
「貴様が消えたあと、誰がこの国を維持したと思っている!」
二代目覇王だな。
俺がいなくなったあと。
混乱した国を二十年かけて立て直した奴がいた。
「少なくとも、お前らじゃねぇ」
「何?」
「国を維持したのは二代目だろ。お前の祖先は、そいつを殺して椅子を奪った」
「証拠のない妄言だ」
「警護責任者を入れ替えて、私兵へ金を流して、死後十二日で次の覇王を決めた」
「それが何だ!」
王の声が大きくなる。
「国が混乱していたのだ! 指導者を決めるために動くのは当然だ!」
「国民へ選ばせずに?」
「民衆に国家の行く末が判断できるものか!」
吐き捨てるように言った。
「知識のない者へ選択を与えれば、国は乱れる。力のない者へ自由を与えれば、強者に食われる。だからこそ、正しい血を持つ者が導かなければならない!」
「正しい血ねぇ……?」
俺は、玉座の前へ続く階段を一段上がった。
「王族を作り」
もう一段。
「貴族へ土地を与え」
さらに一段。
「技術を奪い、平民へ使わせないようにした」
「技術は管理しなければならない!」
「奴隷制度も?」
「必要な仕組みだ」
即答だった。
「税を払わず、法へ従わず、国家へ貢献しない者がいる。その労働力を無駄にせず、国へ還元させる。合理的な制度だ!」
「子どもまで売ったな?」
「親の債務は家の債務だ」
「村を焼いて、生き残った奴を捕まえた」
「反逆者へ慈悲を与えただけだ」
「天鯨へ百人を死ぬと分かって送った」
「国民へ希望を示すために、英雄は必要だった」
こいつ……。
本当に、どれも毛ほども悪いと思ってねぇ。
逆に感心するわ……。
王だから。
国を守るためだから。
秩序のためだから。
その言葉さえつければ、何人殺しても正しいと思っている。
フィーアを投げれば終わる。
この距離なら外さない。
ツヴァイなら、瞬きをする間も与えず首を落とせる。
簡単だ、あまりにも簡単すぎる。
腹の底から湧き上がる怒りのまま、一歩踏み込めばいい。
でも、それじゃ駄目だ。
こいつには、自分が王ではなくなる瞬間を見せる。
王座も、権威も。
俺の名前を利用して作った正統性も。
全部失わせる。
「最後に一度だけ聞くぞ?おっさん」
階段の途中で足を止める。
「投降するか?」
王が笑った。
「余が、偽物へ頭を下げるとでも?」
「そう言うと思ったよ」
「近衛兵!」
号令と共に、左右の兵士が動いた。
四人。
全員が高レベルだ。
だが、俺へ斬りかかる直前、玉座の背後へ埋め込まれた魔石が赤く光った。
「王城防衛機構、起動!」
床へ古い魔法陣が浮かび上がる。
『王城防衛機構の起動を確認』
『現王家の血統情報を照合』
『ラングレイ王家を防衛対象として登録します』
「血統認証に変えやがったのか!」
百二十年前。
この設備に、王家を守る機能なんかなかった。
王都へ強力な魔物が侵入した際、会議室へ残った民間人や生産職を逃がすためのものだった。
守る対象は、室内にいる非戦闘員。
発動権限は複数人の合議制。
それを、王族一人の命令で動き。
王家以外を排除する設備へ変えた。
「どこまで腐らせりゃ気が済むんだよ!」
床から光の鎖が伸びる。
フィーアを召喚し、横へ振り払った。
鎖が砕ける。
続けて、壁の装飾が開いた。
中から魔導砲が何本も現れる。
「撃て!」
王の命令。
光弾が一斉に放たれた。
「『座標転移』!」
フィーアを玉座の右側へ投げる。
光弾が直撃する寸前、飛翔する武器の座標へ移動。
背後で爆発が起きた。
空中でフィーアを解除。
「『ツヴァイ』!」
二本の剣を召喚し、玉座へ向かう。
近衛兵が間へ入った。
銀の剣、大盾、槍、魔法杖。
四人が同時に攻撃してくる。
黒い剣で盾の影を切り。
月白の剣で槍を弾く。
身体を沈め、魔法を避ける。
そのまま三歩進んだところで、床から再び鎖が伸びた。
「しゃらくせぇ!」
足首へ巻きつく前に切断する。
だが、一本ではない。
二本。四本。八本。
切るほど増えていく。
昔の術式を、単純に上書きしたわけじゃない。
複数の回路を重ね、元の防衛機能そのものを利用している。
「壊せば止まると思うな!」
王が笑う。
「百年をかけて改良された王家の守りだ!」
「改良じゃねぇよ!」
月白の剣を振り、近衛兵の剣を折る。
「目的を反対にしただけだ!」
本来は攻撃を受けるたび、非戦闘員の周囲へ防壁を増やす仕組み。
今は、侵入者を拘束する鎖へ変えられている。
なら、鎖の数を管理している回路がある。
玉座。床。壁。
魔力の流れを見る。
一つは玉座の右側。
一つは左側の柱。
最後の一つは――天井!
「三系統か」
王の表情が僅かに変わった。
「何を言っている」
「術式を一つにまとめると、壊されたら全部止まる。だから三つに分けた」
黒い剣を投げる。
玉座右側の魔石を貫いた。
床を走る鎖の半分が消える。
「なっ……!」
「一つ目!」
月白の剣で柱へ斬撃を飛ばす。
『残月』が遅れて走り、装飾の裏に隠された魔力管を切断した。
魔導砲の光が消える。
「二つ目!」
「止めろ!」
王の叫びに、近衛兵たちが一斉に向かってくる。
近衛兵を相手にしている暇はない。
俺はフィーアを天井へ投げた。
「させるか!」
大盾が軌道へ割り込む。
フィーアが盾へ食い込んだ。
止められた。
なら、それでいい。
「『座標転移』!」
盾へ刺さったフィーアの位置へ移る。
目の前に、盾を構えた近衛兵。
「悪いな!」
フィーアを解除。
突然重量を失い、近衛兵の体勢が崩れる。
その肩を踏み台にして跳んだ。
空中でツヴァイを召喚。
天井の照明へ、二本を交差させて振り抜く。
金色の装飾が砕けた。
その奥、隠されていた最後の魔力核へ刃が届く。
「三つ目!」
魔力核が割れた。
床の魔法陣が消える。
『王城防衛機構の制御系統に重大な損傷を確認』
『防衛機構を停止します』
光の鎖が消滅した。
魔導砲も。
王家を守る障壁も。
すべて止まる。
「百年かけた割に、大したことなかったなぁ?えぇ?何とか言ってみろよ」
床へ着地する。
王は玉座から立ち上がっていた。
顔から余裕が消えている。
「貴様……」
「次は?」
「近づくな!」
王が右手を掲げた。
指輪の一つが青白く光る。
携帯型の転移道具。
「逃げるのか?」
「戦略的撤退だ!」
「逃げる奴は、ほんとに全員同じこと言うなぁ……」
王の周囲へ転移門が開く。
目的地は分からない。
だが、逃がすつもりはない。
俺はツヴァイの黒い刃を王の肩へ掠らせた。
「ぐっ!」
浅い傷。
倒すためではない。
刃に込めた魔力を、王の身体へ残す。
召喚印を応用した追跡標識。
召喚できるわけではない。
ただ、どこへ移動したかを見失わないための目印だ。
「さらばだ、偽物!」
「誰が逃がすか!」
王が転移門へ飛び込む。
閉じる直前。
フィーアを門の向こうへ投げ込んだ。
「『座標転移』!」
視界が反転する。
転移した先は、王城の裏手にある庭園だった。
王は突然現れた俺に気づかず、前へ走っている。
「どこ行くんだよ?」
「なっ!?」
フィーアを召喚解除し、王の前へ立つ。
「なぜ、先に……!」
「仕様を理解してない奴が、転移で廃人から逃げられると思うな」
王が別の指輪へ手を伸ばす。
その腕をつかみ、背負うように投げた。
「ぐあっ!」
地面へ倒れた王を押さえつける。
両手を背中へ回し、拘束具をはめた。
「離せ! 余は王だぞ!」
「今から無職だよ」
「不敬な!」
「王城へ戻るぞ」
「待て! 余へこのような扱いを――」
「黙って歩け。抱えて運ばれたいのか?」
「触れるな!」
「注文多いな、元王のくせに」
開いたままの転移門へ王を押し込み、玉座の間へ戻る。
残っていた近衛兵たちは、拘束された王を見て武器を下ろした。
「陛下……」
「何をしている! 余を助けろ!」
誰も動かない。
防衛設備は停止。
王城の外から援軍は来ない。
王都中では、王家の罪が流れ続けている。
近衛兵たちにも、もう分かっているのだろう。
ここで戦っても、何も守れない。
「武器を置け」
俺が告げる。
一人目が剣を置いた。
続いて二人目。
最後まで迷っていた兵士も、王の命令ではなく自分の意思で槍を下ろした。
「裏切り者どもが!」
「お前へ従わないだけで裏切り者になる国は、今終わる」
王の指から、王家の印章がついた指輪を外す。
玉座の背後。
王家の紋章へ指輪を近づけると、隠されていた扉が開いた。
「やめろ!」
「やっぱりここか」
中には、厳重に保管された文書が並んでいた。
初代覇王リンドウが、ラングレイ家へ国を託したとされる継承文書の原本。
各地へ奴隷狩りを命じた王命。
技術者の拘束記録。
貴族や商会との秘密帳簿。
税金の横流し。
王家の署名と印章が、はっきりと残っている。
「全部確保」
「それは王家の機密だ!」
「国民に見られたら困ることを、機密って呼ぶなよ」
資料をアイテムボックスへ収納する。
王は拘束されたまま、玉座へにじり寄った。
「余は……正統なラングレイ王家の当主だ!」
階段へ膝をつき。
どうにか玉座へ戻ろうとする。
「百二十年、我らがこの国を治めてきた……!」
その姿を見下ろす。
王冠も。
金色の服も。
玉座も。
全部、こいつを王に見せるための飾りだ。
俺は王の襟をつかんだ。
「何をする!」
「降りろ」
階段から引きずり下ろす。
王冠が床へ落ちた。
金属音を立て、俺の足元まで転がってくる。
「そこは最初から、お前の席じゃねぇ」
王を床へ座らせる。
玉座は壊さない。
あれ自体に罪はない。
それに、壊すよりも。
誰も座らなくなるところを見せたほうが、こいつには効くだろう。
パーティーメニューを開き、ミラへ通信をつなぐ。
『リンドウ様』
「ミラ」
『はい』
「全部流せ」
『すべて、ですか?』
「継承文書の原本も、王命も、裏帳簿も確保した。王本人も生きて捕まえた」
通信の向こうで、一瞬だけ沈黙があった。
『王城を制圧されたのですか?』
「ああ」
誰も座っていない玉座を見る。
床へ落ちた王冠。
拘束されたラングレイ王。
百二十年間続いた嘘の終わり。
「ラングレイ王政は、今終わった」
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
ついに、初代覇王リンドウとラングレイ王が対峙しました。
百二十年間国を維持してきたのは王家だと語り、奴隷制度も技術独占も、国を守るために必要だったと主張するラングレイ王。
しかし、リンドウが奪おうとしたのは、王の命ではありません。
王城の防衛設備。
近衛兵からの忠誠。
偽造された継承文書による正統性。
そして、百二十年間座り続けてきた玉座。
すべてを失い、ラングレイ王は生きたまま玉座から引きずり下ろされました。
王城は制圧され、ラングレイ王政は終わりました。
次話、第一章最終話。
王家の罪が王都中へ公開され、長い夜が明けます。
果たして、二十五人全員が生きて帰ることができたのか。
『技神国アルセディア奪還編』、最後まで見届けていただけると嬉しいです。




