35:覇王、国を取り戻す――王城
今日は四話投稿です。
奪還編、最後まで見届けてください。
王城の正門へ着いた頃には、王都の夜はすっかり騒がしくなっていた。
魔術通信塔から流れるミラの声。
大通りを西門へ向かう市民。
何が起きているのか分からず、持ち場を走り回る兵士たち。
それでも、目の前にある王城だけは変わらない。
高い城壁。
堀に架けられた石橋。
左右へ並ぶ監視塔。
百二十年前、何度も通った場所だった。
「……面影だけは残ってんな」
基本的な構造は変わっていない。
だが、正門の上には巨大なラングレイ家の紋章。
城壁の縁には金色の装飾。
石像や旗まで増やされ、誰が支配する城なのかを嫌というほど見せつけている。
俺が建てた城を、ずいぶん趣味の悪い飾りつけにしてくれたもんだなぁおい。
建築した奴の前で違法改築とは、いい度胸じゃねぇか。
「取り壊すにしても、金属部分は全部回収だな」
溶かせば武器か農具には使える。
建築物を見るだけで再利用まで考えてしまうのは、鍛冶師の職業病かもしれんな……。
まあ、いいさ。
改築費用は、王家の財産からきっちり取り立てるんだからな!
「止まれ!」
正門の上から声が飛んだ。
弓兵が一斉に矢を構える。
橋の向こうでは、白銀の鎧を着た王家直属兵が隊列を組んでいた。
数は、およそ百。
後ろには魔導士。
城門の内側からも、まだ増援が集まってくる。
俺一人を相手にするには、随分と大人数だ。
「武器を捨てろ!」
隊長らしき男が叫ぶ。
「王都を襲撃した反乱者として拘束する!」
「俺一人に百人以上並べといて、拘束で済ませる気あんの?」
「抵抗しなければ命は保証する!」
「じゃあ、こっちからも一回だけ言ってやる」
俺は『フィーア』を肩から下ろした。
巨大な四枚刃が夜の光を反射する。
「武器を置け」
「何?」
「ラングレイ王政は今夜で終わる。降伏する奴は斬らねぇ」
兵士たちが顔を見合わせる。
全員が事情を知っているわけではない。
通信塔から流れた証拠を聞き、迷っている奴もいる。
それでも、隊長が剣を抜いた。
「放て!」
矢が空を覆う。
話し合い終了……っと。
悲しいねぇ、俺ぁ。
「そっちが選んだんだからな!」
『フィーア』を投げ放つ。
四枚刃が回転し、正面から飛んでくる矢をまとめて弾き飛ばした。
「『座標転移』!」
視界が切り替わる。
飛翔する『フィーア』の座標へ移動。
石橋の上に並んでいた兵士たちの頭上へ出る。
「上だ!」
「遅ぇよ!」
空中で『フィーア』を召喚解除。
巨投剣が光の粒子へ変わる。
「『ツヴァイ』!」
右手に漆黒。
左手に月白。
二本の剣を召喚し、落下しながら振り抜いた。
黒い刃で兵士たちの影を切る。
「身体が――!」
影を断たれた兵士の動きが、一瞬だけ止まった。
月白の剣を横へ薙ぐ。
三日月の斬撃が空中へ残る。
「囲め!」
左右から槍が迫った。
二本を交互に振るたび、次の剣が軽くなる。
『双環加速』。
連撃速度が段階的に上がっていく。
槍の穂先を切り、剣を弾き、盾の縁を断つ。
一歩進むたび、兵士が武器を失っていく。
「下がれ!」
「隊列を崩すな!」
「魔導士、撃て!」
後列から魔法陣が展開された。
火球、氷槍、雷撃。
飛んでくる魔法を見ながら、俺は月白の剣を振るう。
一つ。二つ。三つ。
空中へ残った『残月』が、少し遅れて魔法へ走った。
火球が裂ける。
氷槍が砕ける。
雷撃の軌道に隙間が生まれた。
その間を抜け、黒い剣を地面へ突き立てる。
「『影断』!」
魔導士たちの足元から伸びる魔法陣の影を切断した。
展開途中だった術式が崩れ、魔力が霧散する。
「馬鹿な……魔法そのものを斬っただと!?」
「人の武器を見て驚いてる暇があったら、早く降伏しろ!」
兵士の一人が、震える手から剣を落とした。
「俺は……戦えません」
「貴様!」
「通信で聞いたんです! 王家が村を焼いたことも、冒険者を死地へ送ったことも!」
さらに二人。
三人。
武器を置く兵士が増えていく。
「壁際へ下がれ! 武器を持たない奴には手を出さねぇ!」
それでも向かってくる者は、斬る。
致命傷を避けられるなら避ける。
だが、俺を殺そうとしている相手へまで遠慮するつもりはない。
『フィーア』を再召喚し、城壁の上へ投げる。
「『座標転移』!」
兵士の列を飛び越え、正門の内側へ移動。
着地する前にフィーアを解除。
再びツヴァイ。
黒と白の斬撃で門の開閉装置を守る兵士たちを吹き飛ばした。
正面突破。
ゲームだった頃なら、もっとスマートな侵入方法も使えた。
隠密。転移設備の悪用。
空から直接中庭へ降りる。
だが、今日はこれでいい。
俺が正面で暴れるほど、敵はここへ集まる。
その分、ほかの二十五人へ向かう兵が減る。
『全班へ。残る目標は、王城のみだ』
ザフィラの声が通信へ流れた。
「そうか」
西門。
通信塔。
騎士団本部。
奴隷市場。
全部、あいつらがやり遂げた。
サイラスも討ったのだろう。
……よくやった。
顔を見て言ってやるのは、全員で帰ってからだ。
「なら、こっちもさっさと終わらせるぞ!」
ツヴァイを振り抜き、王城の正門を守る最後の兵士を倒した。
♢
城内へ踏み込んだ瞬間、灰色の炎が廊下を埋め尽くした。
「死になさい!」
聞き覚えのない女の声。
だが、姿には見覚えがある。
灰色の外套。
細身の剣。
王家直属のSSランク。
『灰炎』メルディア・グレイン子爵。
「西門と騎士団本部から二回も逃げた奴だな」
「撤退よ!」
「逃げた奴は、みんなそう言うんだよ」
メルディアの顔が引きつる。
「奴隷どもが調子に乗ったくらいで、王家が倒れると思わないことね!」
剣先から灰炎が広がる。
俺ではなく、廊下の窓へ向かって。
その先には城下街。
「王都ごと焼く気か!」
「反乱者へ協力した民に、生きる価値などないわ!」
「お前ら、全員同じこと言うなぁ?!」
月白の剣を振るう。
『残月』が幾つも空中へ残り、窓へ向かう炎を切り裂いた。
灰色の火が細かく分断され、城壁へ届く前に消える。
「私の炎を……!」
「まだ終わってねぇよ……っと!」
メルディアの足元へ踏み込む。
漆黒の刃を、彼女の影へ突き立てた。
「『影断』!」
床に広がっていた灰炎の起点が切れる。
メルディアの周囲に浮かんでいた火球が一斉に消滅した。
「嘘……」
「スキルへ頼りすぎなんだよ」
月白の剣を首元へ突きつける。
「投降しろ」
「私が、奴隷に負けた者へ従うとでも?」
「俺は奴隷じゃねぇ」
「奴隷を率いる者も同じよ!」
「そういうところを反省しろって言ってんだよ!」
メルディアが懐から小さな魔石を取り出した。
内部に、圧縮された灰炎が揺れている。
自爆用か。
城下を巻き込んで、証拠ごと消すつもりだ。
「道連れよ!」
「投降を勧めたからな」
黒い剣で魔石を持つ手を切り上げる。
宙へ舞った魔石へ、月白の刃を振るう。
『残月』が魔石を幾つにも切り裂き、内部の魔力を分散させた。
「な――」
もう一歩。
二本の剣を交差させる。
「終わりだ」
振り抜いた。
メルディアの身体が、その場へ崩れ落ちる。
『《灰炎》メルディア・グレインを討伐しました』
「三度目はなかったな」
♢
王城の奥から、焦げ臭い匂いがした。
「今度は何を燃やしてんだぁ…?」
匂いを追い、階段を駆け上がる。
記憶にある資料室。
以前は国庫の取引記録や、生産職の納品書を保管していた場所だ。
扉を蹴破る。
「全部燃やせ!」
「王が逃げるまで、何も残すな!」
室内には二人の男。
宰相バルガス・ローデン公爵。
財務卿オズワルド・ベイル侯爵。
兵士たちが帳簿を暖炉へ投げ込もうとしていた。
「はい、証拠隠滅の現行犯ねぇ~。おじさん達ぃダメだよ?そんな悪いことしたら」
「誰だ貴様は!」
「今さら自己紹介いる?」
フィーアを召喚し、暖炉へ投げる。
巨投剣が炎の前へ突き刺さり、帳簿を投げ込もうとしていた兵士をまとめて吹き飛ばした。
すぐに座標転移。
バルガスの背後へ移る。
「ぐっ!」
首筋へ手刀を落とし、床へ倒す。
オズワルドが窓へ走った。
「逃げんな、財務担当!」
フィーアを召喚解除し、ツヴァイの柄を後頭部へ叩き込む。
「国の金をどこへ隠したか、あとで全部聞くからな」
二人を拘束。
生きていることを確認する。
「燃えた資料は?」
暖炉の中を覗く。
表面が焦げた程度。
原本の多くは残っている。
「間に合ったか」
回収はあとでミラたちへ任せる。
今は王を逃がさないことが先だ。
♢
王城の最下層。
記憶どおりなら、この先に緊急転移設備がある。
百二十年前。
魔物による王都襲撃や、ユニークボスの侵入に備えて作った脱出用の転移陣。
正直、使ったことは一度もない。ただの飾りだったし。
俺たちは、襲われたら逃げるより全員でボスへ突っ込む連中だったからな。
扉を開ける。
室内では、巨大な転移陣が青白く光っていた。
「起動済みか」
術式は大きく書き換えられている。
転移対象は王家の血族。
行き先は、王都北部の離宮。
王だけは逃がす。
残された市民や兵士がどうなるかは、考えていない。
「最後まで徹底してんな」
管理者権限を試す。
『登録情報が変更されています』
『現管理者権限を確認できません』
「俺が作った設備なのに、俺を締め出すなよ」
解除している時間はない。
なら、壊す。
フィーアを肩へ担ぐ。
「違法改造された設備は、建築主の判断で撤去しまぁす!」
転移陣の中央へ投げ放つ。
刃が中枢核へ突き刺さった。
遅れて魔力が暴れ始める。
暴走する前に、座標転移。
フィーアを掴み、そのまま核を床から引き剥がした。
青白い光が消える。
『王城緊急転移設備が停止しました』
「これで逃げ道は一つ減った」
地下通路はテオ班が押さえている。
転移も使えない。
あとは、玉座の間だけだ。
階段を上がる。
廊下には倒れた兵士。
武器を捨て、壁際へ座り込む者。
俺を止めようとする者は、もうほとんどいなかった。
城の最上階。
大きな両開きの扉の前へ立つ。
金色の装飾。
ラングレイ家の紋章。
その向こうに、現在の王がいる。
百二十年前。
ここに玉座なんてものはなかった。
俺が座っていたのは、会議室に置かれた安物の椅子だ。
内政官や生産職の代表たちと、夜中まで言い合いをした。
誰かが飯を持ち込み。
誰かが机で寝て。
最後には投票で決めた。
俺一人の言葉だけで、国が動く場所じゃなかった。
「さて」
扉へ手をかける。
勝手に作られた玉座と。
そこに座る偽物を見に行こう。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
西門、通信塔、騎士団本部、奴隷市場。
仲間たちがそれぞれの役目を果たす中、ついにリンドウが王城へ到着しました。
『フィーア』による投擲と座標転移。
そして、新たに完成した双剣『ツヴァイ』。
これまで準備してきた多武器戦闘を駆使し、リンドウは王城の正面から帰還します。
『灰炎』メルディアを討ち、宰相と財務卿を拘束。
王家の転移設備も停止し、残された場所は玉座の間のみ。
次話――初代覇王と、百二十年間その名を利用してきたラングレイ王が対峙します。
王を倒すのではなく、王ではなくなる瞬間を見せるための戦いが始まります。




