↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
REMNANT RECORD~ストーリー未読の世界一位の廃ゲーマーは、倒した敵の物語を知らない~  作者: 霜月ルイ
第一章:技神国奪還編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

34/81

34:覇王、国を取り戻す――黒豹

「ようやく見つけたぞ、サイラス」


 『クロノア』を石畳から引き抜く。

 砕けた石の破片が、騎士たちの足元へ転がった。


 市場の入口に立つ男。


 黒い鎧に、血のように赤い外套。

 右手には、王家の紋章が刻まれた長剣。


 何度、夢の中でその顔を斬ったか分からない。


 燃える家、逃げ惑う人々、背中へ突き立てられた槍。

 鎖でつながれ、連れていかれる仲間たち。

 そして、馬上からすべてを見下ろしていた男。


 騎士団長サイラス・グランツ。


「貴様は……」


 サイラスが私を見た。


 驚きはない、怯えもない。

 ただ、記憶を探るように目を細めている。


「どこかで会ったか?」


 その一言で、胸の奥が熱くなった。


 この男は覚えていない……!


 私の村を焼き、家族を殺し……。

 私たちの人生を奪っておきながら……!


 この男にとっては、思い出す価値すらない出来事だった。


 今すぐ斬りたい……この距離なら届く。


 地面を蹴り、『クロノア』を横へ振り抜けばいい。


 首を落とすまで、三秒もかからない。


 だが――。


「全班、状況を報告しろ」


 私はサイラスから目を逸らさず、通信を開いた。


「何?」


 サイラスが眉を寄せる。

 構わず続ける。


「アウラ」


『西門は維持している』


 通信の向こうから、市民を誘導する声が聞こえた。


『避難者はクライブ伯爵の倉庫へ向かわせている。班員六名、全員行動可能だ』


「門を閉じようとする動きは?」


『今のところない。投降した守備兵も誘導へ加わっている』


「そのまま維持しろ」


『了解した』


「テオ」


『通信塔は無事』


 短い返答。


『北門、東門、南門の開閉機構も固定した。三人とも塔へ戻る途中だ』


「敵の増援は?」


『王城と騎士団本部から動こうとしてる。ただ、どこへ向かうべきか決まってない』


 通信を奪った効果が出ている。


 命令が届かない。


 警鐘も鳴らない。


 兵士たちは、何が起きているのかすら把握できていない。


「塔を守れ。深追いするな」


『分かってる』


「カレン」


『騎士団本部、武器庫、指揮官室を制圧しました』


「負傷者は?」


『治療中ですが、六人とも動けます』


「投降した兵は?」


『武器庫前へ集めています。『白銀剣』アルドも拘束しました』


「メルディアは王城へ向かった。追う必要はない」


『はい』


 最後に、背後へ視線を向ける。


 市場ではノアたちが、解放した者を出口へ誘導している。


 奴隷紋の光は消えていた。


 それでも、歩けない者は多い。


 泣き崩れている者。


 急に自由になれと言われても、どこへ行けばいいのか分からず立ち尽くす者。


「ノア」


『はい』


「避難状況は?」


『歩ける人から西門へ向かわせています。重傷者と子どもは、まだ市場内です』


「中枢魔道具は?」


『遠隔命令機能だけを停止しました。奴隷紋そのものは残っていますが、外から発動させることはできません』


「よくやった」


『……はい』


 声が僅かに震えていた。

 エルネスを殺したことを、気にしているのだろう。

 だが、今それを慰めている時間はない。


「立ち止まるな。残った者を全員外へ出せ」


『分かりました』


 通信を切る。


 西門は維持されている。

 通信塔も無事。

 騎士団本部は制圧。

 奴隷市場の避難も始まった。


 私の役目は、まだ終わっていない。


 四つの班すべてを見なければならない。

 何か一つでも崩れれば、すぐに動く必要がある。


 だが――


「待たせたな」


 『クロノア』を構える。


「私の役目は終わっていない」


 サイラスを真っすぐに見据えた。


「だが、お前を討つ時間はできた」


「随分と余裕だな」


 サイラスが長剣を持ち上げる。


「反逆者が寄せ集めを率いただけで、将にでもなったつもりか?」


「将かどうかは知らん」


 私が背負っているのは、肩書きではない。


 二十四人の命。

 逃げている市民。

 市場から解放された者たち。


「少なくとも、お前よりは後ろにいる者を見ている」


 サイラスの表情が歪む。


「市場を焼け!」


 奴が左手を上げた。

 後ろに並ぶ騎士たちが火矢を構える。


「証拠も奴隷も残すな! 反乱者に利用される前に、すべて処分しろ!」


「正気か!」


 騎士の一人が声を上げた。


「市場には、まだ子どももいるんですよ!」


「だから何だ」


 サイラスが振り返る。


「王家へ牙を剥いた奴隷は、既に国民ではない」


「ですが――」


「命令だ」


 騎士の首元へ、サイラスの剣が突きつけられる。


「放て」


 それでも騎士は弓を引かなかった。


「できません」


「そうか」


 次の瞬間。

 サイラスの剣が振るわれた。


 騎士が地面へ倒れる。


「命令に従えない兵は必要ない」


 残る騎士たちの顔が強張った。


「もう一度言う。火を放て」


 誰も動かない。


「お前たちは、それでも騎士か!」


「それを決めるのは、お前ではない」


 私は一歩前へ出た。


「武器を置け」


 騎士たちへ告げる。


「市場の人間を焼くつもりがないなら、戦う必要はない」


「反乱者の言葉を聞くな!」


「今夜、王家が倒れたあとも、自分がしたことは残る」


 奴隷狩りへ参加した者もいるだろう。

 命令に従い、人を捕らえた者も。

 だからといって、今ここで全員斬るつもりはない。


「武器を置いた者は攻撃しない」


 最初に一人が弓を下ろした。


「申し訳ありません、団長……」


 続いて、隣の騎士も。


「子どもを焼く命令には従えません」


「貴様ら……!」


 半数以上が、武器を石畳へ置いた。

 残った者も、サイラスではなく互いの顔を見ている。

 王家への忠誠ではない。

 命令へ逆らったあとの処罰を恐れているだけだ。


「市場の避難を手伝え」


 私は武器を置いた騎士へ指示する。


「信用できると思うか?」


 サイラスが笑う。


「つい先ほどまで敵だった者たちだぞ」


「完全に信用する必要はない」


 リンドウの言葉を借りる。


「武器を預かって、働いてもらう」


 サイラスの額に青筋が浮かんだ。


「奴隷の分際で!」


 石畳を蹴る。

 一瞬で距離を詰めてきた。


 速い……!


 長剣が、首へ向かって横薙ぎに振るわれる。


 『クロノア』の柄を立てて受ける。


 金属がぶつかり、火花が散った。

 長剣とは思えない衝撃が、腕から肩まで突き抜ける。


「力任せか」


「獣人に言われる筋合いはない!」


 サイラスが剣を返す。

 速さも重さも、王家の騎士団長を名乗るだけはある。


 私は大鎌の柄で受け流し、刃の内側を剣へ絡ませる。


「ふっ!」


 捻る。

 剣を奪うつもりだった。

 だが、サイラスは柄から手を離さない。


 逆に身体ごと引き寄せられた。


「浅い!」


 肩がぶつかる。

 鎧の重さに押され、足が石畳を滑った。

 追撃の剣が迫る。

 身を沈めて避け、『クロノア』を足元へ振るう。


 サイラスが跳ぶ。


 空中へ逃げた身体を追い、大鎌を振り上げた。


「ちっ!」


 剣で刃を受け、サイラスが後方へ着地する。


 互いに距離を取った。


「貴様のような獣人を捕らえた記憶はない」


「だろうな」


「村の名は?」


 答える。

 私が生まれた村。

 家族と暮らした場所。

 燃やされるまで、当たり前に明日が来ると思っていた場所。


 サイラスは少し考えたあと、首を振った。


「知らんな」


 分かっていた。

 それでも、実際に言われると胸が軋む。


「獣人の集落など、いくつも処分した」


「処分……?」


「奴隷狩りではない」


 サイラスは、当然のことを説明するように続ける。


「税を払わず、王家の調査を拒み、森へ隠れて暮らす者たち。反乱の芽を摘んだだけだ」


「子どももいた……」


「成長すれば反乱者になる」


「武器を持たない老人も……!」


「反乱者を育てた者だ」


「抵抗しなかった者まで、奴隷へ売った……!」


「労働によって罪を償わせた」


 何を言っているんだ、こいつは……。

 本気で、それが正しいと思っているのか……?


「秩序には犠牲が必要だ」


 サイラスが剣を構え直す。


「王家へ従わない者を放置すれば、国は崩れる」


「違うな――」


「何がだ」


「お前たちが守ってきたのは国ではない」


 王家へ従う者だけを残し。

 逆らう者を殺し。

 弱い者を奴隷にした。


「王家にとって都合のいい秩序だ!」


「それの何が悪い」


 話すだけ無駄だ。

 サイラスの言葉で、怒りが消えたわけではない。


 むしろ、胸の奥では燃え続けている。

 だが、不思議と頭は冷えていた。

 怒りに任せて振るった刃では、この男には届かない。


 ならば、勝つために振るう。


 『クロノア』を低く構えた。


「もういい……」


「何がだ?」


「お前が何を覚えているかも、何を言い訳にするかも」


 地面を蹴る。


「何もかも、どうでもよくなった」


 サイラスの間合いへ入る直前、急停止する。

 大鎌の重さだけを前へ流し、刃を横へ振り抜いた。

 サイラスが後方へ跳ぶ。


 予想どおり。

 着地地点へ、鎌の柄を突き出す。


「ぐっ!」


 鎧の胸へ直撃した。

 体勢を崩した身体へ踏み込み、石突きを膝へ叩き込む。

 サイラスの身体が沈む。


 首へ刃を回す。


「甘い!」


 長剣が内側から『クロノア』を弾いた。

 強引に間合いへ入り、肘が腹へ突き刺さる。


「っ……!」


 肺から空気が抜ける。

 サイラスの剣が振り上げられた。


『ザフィラさん!』


 ノアの声が通信へ割り込む。


『市場の北側で火災です! 避難路が塞がれました!』


 剣が迫る。


 私は『クロノア』を地面へ突き立て、その柄を軸に身体を回した。


 刃が頬を掠める。

 距離を取る。


「戦いの最中によそ見か!」


 サイラスが追ってくる。


「黙れ!」


 大鎌を横へ振り、近づかせない。


「ノア、状況を言え!」


『倒れた荷車に火が移っています! 奥に四十人ほど残っています!』


「奴隷紋が発動している者は?」


『いません! ですが、煙で動けない人が――』


「骸骨兵を一列に並べて、火と人の間へ壁を作れ!」


『はい!』


「歩ける者へ、負傷者を一人ずつ運ばせろ。班員だけで全部運ぼうとするな!」


『ですが、煙が――』


「魔法盾を天井へ広げろ! 煙を左右へ逃がして道を作れ!」


『分かりました!』


 続けて全班通信を開く。


「テオ!」


『聞こえてる』


「予備の一人を奴隷市場北側へ向かわせろ。最短の路地を案内させろ」


『すぐ送る』


「アウラ!」


『どうした!』


「市場から四十人追加だ。西門内側へ受け入れる場所を空けろ」


『任せろ』


「カレン!」


『はい!』


「騎士団本部で投降した兵の中に、消火魔法を使える奴がいないか確認しろ」


『探します!』


「ザフィラさん」


 ノアの声。


『指示どおり、道を作ります』


「全員連れてこい」


『はい!』


 通信を終える。


 サイラスは、少し離れた場所から私を見ていた。


 口元に、嘲るような笑みを浮かべている。


「復讐より、仲間を選ぶのか」


「何?」


「私を殺すために来たのだろう」


 サイラスが剣を肩へ担ぐ。


「だが、命乞いする奴隷の声を聞くたびに手を止める。そんな甘さで私を討てると思うか?」


 甘さ……か。


 以前の私なら、そう思ったかもしれない。


 目的を一つに絞れず。

 何も捨てられず。

 すべてを抱えようとしていると。


 だが、今は違う。


「仲間を選んだわけではない」


 『クロノア』を握り直す。


「何?」


「仲間を守ったうえで――」


 地面を蹴った。


「お前も討つ」


 サイラスの剣と大鎌がぶつかる。

 何度も真正面から力をぶつける。

 奴の意識が、私の刃へ集中する。


 その瞬間、鎌を手放した。


「なっ――」


 想定していなかったのだろう。

 私の武器は巨大だ。


 大鎌を失えば、戦えないと思っている。

 だから、空いた両手でサイラスの腕をつかんだ。


「離せ!」


「嫌だね」


 身体を捻り、鎧ごと地面へ投げる。

 サイラスの背中が石畳へ叩きつけられた。

 長剣が手から離れる。

 そのまま胸へ膝を落とした。


「ぐっ!」


 サイラスが私の喉へ手を伸ばす。


 頭突きを入れ、動きを止める。


「獣人が……!」


「獣人だからどうした」


 私は『クロノア』へ手を伸ばす。


 大鎌の柄が手の中へ戻る。

 立ち上がろうとするサイラスの肩へ、石突きを振り下ろした。

 鎧がへこむ。


「私たちは、お前に許されなければ生きられない存在ではない」


 もう一撃。


 長剣へ伸びた手を、刃で石畳へ縫い止める。


「ぐああああっ!」


 サイラスが叫ぶ。

 それでも、目には反省も恐怖もなかった。


「王家は滅びん!」


「そうか」


「貴様ら奴隷が何をしようと、秩序は――」


「もう聞いた」


 『クロノア』を引き抜く。

 サイラスが長剣を拾い、最後の力で立ち上がった。


「死ねぇぇぇっ!」


 正面から突っ込んでくる。


 速い。

 だが、もう見切っている。


 剣が届く直前、半歩だけ左へずれる。

 長剣が脇を通り抜けた。


 空いた首元へ、『クロノア』の刃を滑らせる。


「終わりだ、サイラス」


 振り抜いた。

 黒い刃が、夜の中へ長い軌跡を残した。

 サイラスの身体が、その場へ崩れ落ちる。


『騎士団長サイラス・グランツを討伐しました』


『ザフィラのレベルが81へ上がりました』


『ザフィラのレベルが82へ上がりました』


 通知が流れる。


 私は動かなくなった男を見下ろした。


 これで終わった――。


 ずっと討ちたいと思っていた相手を、ようやく討った。

 だが、胸の中が晴れることはなかった。


 故郷は戻らない。

 死んだ者も帰らない。

 燃えた家も。

 家族と過ごした時間も。


 この男を殺したからといって、なかったことにはならない。


 復讐を果たせば、すべてが終わると思っていた。


 でも、違った。


 終わったのは、サイラスの命だけだ。


 私の人生は続く。


「……それでいい」


 故郷を取り戻すことはできない。

 だが、これ以上奪われる者を増やさないことはできる。

 サイラスへ向けていた視線を、市場へ戻す。


 火災は抑えられ始めていた。

 骸骨兵が炎を受け止め。

 投降した騎士たちが負傷者を運び。

 ノアたちが一人ずつ、西門へ送り出している。


「ザフィラさん!」


 ノアが駆け寄ってくる。


「北側の避難路を確保しました!」


「残っている者は?」


「あと十二人です。全員、運び出せます」


「そうか」


「サイラスは……」


「討った」


 ノアは一瞬だけサイラスへ目を向け、それ以上は何も聞かなかった。


「市場の証拠をまとめろ。ヴァンデル侯爵も生きたまま連れていけ」


「はい」


 通信を開く。


「全班、状況を報告しろ」


『西門、問題ない』


『通信塔も維持してる』


『騎士団本部、完全に制圧しました』


『奴隷市場も、間もなく避難が終わります』


 四つの班。


 二十四人。


 まだ全員の声が聞こえる。


 私は『クロノア』を背負い、王都中央へ聳える城を見上げた。


 残っている王家の旗。


 その下では今、リンドウが一人で戦っている。


「全班へ」


 息を整え、告げる。


「残る目標は、王城のみだ」


ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


ついに、ザフィラと騎士団長サイラスの戦いに決着がつきました。

故郷を奪った相手を前にしても、ザフィラが最初に確認したのは、四つの班と仲間たちの状況でした。

復讐だけを目的に生きていた黒豹は、今では二十四人の命を背負う総指揮官になっています。

サイラスを討っても、失われた故郷や家族は戻りません。

それでも、これ以上奪われる者を増やさないために、ザフィラは前へ進みます。

西門、通信塔、騎士団本部、奴隷市場。

残る目標は、王城のみ。

次話――百二十年前に城を築いた初代覇王が、正門から帰還します。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
ここまで一気読みしました。面白かったです。 この更新速度でこの量は凄まじいですね。 あと、なろうにしては不自然なほど誤字脱字衍字が少ないです(褒めてます)。何者なんですか…?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。