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REMNANT RECORD~ストーリー未読の世界一位の廃ゲーマーは、倒した敵の物語を知らない~  作者: 霜月ルイ
第一章:技神国奪還編

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33:覇王、国を取り戻す――鎖

 奴隷市場へ踏み込んだ瞬間、耳を塞ぎたくなるほどの叫び声が押し寄せた。


「出口を開けろ!」


「商品を逃がすな!」


「王家が倒れるなんて嘘だ!」


「助けてください!」


 逃げようとする買い手。

 奴隷を檻へ押し戻そうとする商人。


 鎖を引きずりながら、どこへ行けばいいのか分からず立ち尽くす人たち。

 市場の至るところに置かれた告知用魔道具からは、ミラさんの声が流れ続けている。


『奴隷狩りによって捕らえられた住民は、ヴァンデル侯爵の管理する商会へ引き渡されていました』


「でたらめだ!」


 商人の一人が叫ぶ。


「王家へ逆らう反乱者の放送だ! 奴隷どもを檻へ戻せ!」


 彼が手にした杖を掲げる。

 その瞬間、近くにいた獣人の男性が首を押さえて倒れた。


「ぐっ……ああああっ!」


 首元に刻まれた黒い奴隷紋が赤く光っている。


「逆らえばどうなるか、分かっているだろう!」


「やめてください!」


 私は『冥杖・ウロボロス』を掲げた。


 白い花弁が舞い、苦しむ男性の身体を包む。

 奴隷紋そのものは消せない。

 それでも、流れ込む魔力を外側から抑えることはできる。


「魔法盾を!」


「はい!」


 班員の女性が男性の周囲へ障壁を張る。


「治癒術師は状態を確認してください!」


「ノアさん!」


 別の方向から声が飛ぶ。


「南側の檻に、意識のない子どもが三人!」


「こちらでは女性が腕を切られています!」


「奴隷紋が光っている人が、ほかにも五人!」


 一度に声が押し寄せる。

 どこを見ても、助けを求める人ばかりだった。


 倒れている人。

 泣いている子ども。

 鎖で壁へつながれた老人。

 血を流しながら、それでもほかの誰かを支えている女性。


 全部へ行かなければ。

 そう思った。


「私が治療を――」


「隊長!」


 弓使いの声で、伸ばしかけた足が止まる。


「指示をください!」


 五人が私を見ている。


 私が走れば、一人は助けられるかもしれない。

 けれど、残る五人は何をすればいいのか分からなくなる。

 全員を助けようとすれば、最後には誰も助けられない。

 伏魔殿で何度も言われた言葉が、頭へ浮かんだ。


 今、一番危険な人を選ぶ。


「魔法盾は、奴隷紋が発動している人を一か所へ集めてください!」


「分かりました!」


「治癒術師は出血している人を優先! 意識があって歩ける人は、まだ治療しなくて大丈夫です!」


「はい!」


「弓使いは檻を開けて、動ける人を西門へ誘導してください!」


「子どもたちは?」


「拘束魔術師と一緒に運んでください! 歩けない人と子どもを優先します!」


 魔導士の班員が私を見る。


「私は?」


「奴隷紋を発動させている商人を止めてください!」


「了解!」


 指示を受けた五人が散る。


 目の前にいる全員を、自分一人で見る必要はない。

 五人の目を借りればいい。


「奴隷紋が光っている人は、こちらへ!」


 障壁の中へ、苦しむ人たちが運ばれてくる。


 私は杖を地面へ突き立て、『冥華の加護』を展開した。

 白い花を胸へ咲かせた骸骨兵が現れる。


「驚かないでください! この子たちは皆さんを守ります!」


 骸骨兵を見て悲鳴を上げかけた者もいた。

 それでも、死霊が商人から放たれた魔法を受け止めると、すぐに意味を理解してくれた。


「檻が開いたぞ!」


「西門へ行け!」


「走らないでください!」


 人が一斉に出口へ押し寄せようとする。


「歩ける人は、自分で西門へ向かってください!」


 私は声を張り上げた。


「負傷者と子どもを先に通してください! 出口は閉じません! 全員、必ず外へ出します!」


 本当に全員を助けられるのか。

 そんな不安が胸をよぎる。

 でも、それを声に出すわけにはいかない。


 私が迷えば、逃げる人たちはもっと怖くなる。


「西門にはアウラさんたちがいます!」


 それだけは自信を持って言える。


「道は、必ず守ってくれています!」


 ♢


 避難の流れが整ったところで、私は散っていた五人を呼び戻した。

 まだ市場の混乱は続いている。だが、奴隷紋を止めなければ、救助そのものが終わらない。


「動くな!」


 市場の奥にある管理棟。


 私たちが扉を開けると、肥えた男が奴隷の少女を抱え込んでいた。

 少女の首元には太い金属輪。

 男の手には、奴隷紋を操作するための魔道具が握られている。


「近づけば、この娘の紋を発動させる!」


「その人を離してください」


「黙れ!」


 ゲオルグ・ヴァンデル侯爵。


 王都の奴隷市場を管理し、人を商品として売ってきた男。

 机の上には、分厚い帳簿が何冊も積まれていた。


 名前。種族。年齢。買い取った金額。売却先。


 一人一人の人生が、商品の記録として並んでいる。


「私が誰か分かっているのか!」


「分かっています」


「なら、武器を捨てろ! 私は侯爵だぞ!」


 侯爵。


 そんな肩書きがあれば、人を盾にしても許されると思っているのだろうか。


「最後に警告します」


 私は杖を構えた。


「その人を離してください」


「できるものなら助けてみろ!」


 ヴァンデルが魔道具へ力を込める。

 少女の奴隷紋が赤く光り始めた。


「お願い……助けて……」


 震える声。

 正面から魔法を撃てば、少女にも当たる。


 ヴァンデルも、それが分かっている。

 だから、私だけを見ていた。

 自分の背後に生まれた影には気づいていない。


「お願いします――」


 私ではなく、足元へ呼びかける。


「その人を離してあげてください!」


「何を――」


 床から伸びた骸骨の腕が、ヴァンデルの手首をつかんだ。


「なっ!?」


 さらに二体。


 片方が魔道具を持つ手を押さえ。


 もう片方が少女を引き離す。


「今です!」


 拘束魔術の光がヴァンデルの身体へ巻きついた。


「離せ! 私は侯爵だ!」


「少女をこちらへ!」


 治癒術師が少女を受け止める。


 私はヴァンデルの手から魔道具を取り上げた。


「貴様らなど、王家がすぐに処刑する!」


「その王家を、私たちは止めに来ました」


「奴隷風情が……!」


 少女の身体が強張る。

 私はヴァンデルの前へ立ち、彼女から見えないように遮った。


「売買台帳は、これですべてですか?」


「誰が答えるものか!」


「なら、自分たちで探します」


 班員たちが机と棚を確認する。

 隠し金庫。

 地下へ運ばれた者の名簿。

 騎士団から引き渡された村人の記録。


 ヴァンデル侯爵の印が押された売買台帳が、次々と見つかった。


「台帳を確保しました!」


「写しを作って、ミラさんへ送ってください」


「はい!」


 ヴァンデルは生きたまま拘束する。

 国民の前で、何人を売ったのか答えさせるために。


「地下へ行きます」


 管理棟の奥。

 厚い鉄扉の向こうから、嫌な魔力を感じる。

 地上で奴隷紋を発動させている力の元。


 中枢魔道具がある。


 ♢


 地下研究施設には、窓がなかった。


 白い石壁、薬品の匂い。

 棚へ並べられた魔石と、無数の研究記録。

 部屋の中央には、人の背丈を超える黒い魔道具が置かれていた。


 幾つもの魔力線が壁や床へ伸びている。


 その一本一本が、市場にいる奴隷たちの紋へつながっているのだろう。


「ようやく来たか」


 中枢魔道具の前に、一人の男が立っていた。


 細い身体に、灰色の髪。

 黒い法衣の胸には、王家の紋章が刺繍されている。


「宮廷魔導師団長、エルネス・ヴォルフ」


 私が名前を呼ぶと、男は薄く笑った。


「奴隷に名を覚えていただけるとは光栄だ」


「全員の奴隷紋を止めてください」


「断る」


「なら、止める方法を教えてください」


「それも断る」


 エルネスの指が、中枢魔道具へ触れる。


「私を殺せば、装置を維持している魔力が途切れる」


 黒い魔道具の表面へ、赤い術式が浮かび上がった。


「その瞬間、登録されているすべての奴隷紋が発動する」


 班員たちの表情が変わる。

 地上には、何百人いるか分からない。

 ここで間違えれば、その全員が死ぬ。


「嘘だと思うなら、殺してみるがいい」


 できない。

 少なくとも、仕組みが分からないまま攻撃はできない。


「研究記録を確認してください」


 私は小さな声で班員へ指示した。


「何?」


 エルネスが眉を上げる。


「あなたが話してくれるまで、待つことにします」


「時間稼ぎのつもりか?」


「そちらもですよね」


 私たちをここへ引きつけている間に、王家の援軍が来る。

 あるいは、地上の奴隷を処分する準備をしている。


「中枢魔道具を止める方法は、必ず記録してあるはずです」


「素人が見て理解できるものか」


「一人では無理かもしれません」


 魔導士と拘束魔術師が研究記録をめくる。

 魔法盾の女性は、中枢魔道具から伸びる回路を確認する。

 私はエルネスから目を離さない。


「でも、私たちは六人います!」


「くだらない……」


 エルネスが鼻で笑う。


「奴隷は命令されるために存在する。考える必要などない」


 その言葉に、胸が冷たくなる。

 以前の私なら、怖くて何も言えなかったかもしれない。


 死霊術を持っているだけで避けられ。

 役に立たなければ捨てられると思っていた。


 だから、誰にでも従った。


「私たちは、もう奴隷ではありません……!」


「紋が残っている限り、所有者の命令からは逃げられない」


「なら、今夜終わらせてみせます!」


 班員が一冊の記録を掲げた。


「ノアさん! 緊急停止術式の記録があります!」


 エルネスの表情が変わる。


「読んでください!」


「中枢核の維持回路と、命令回路は分離されています!」


「つまり?!」


「維持回路を残したまま、遠隔命令だけを遮断できます!」


 殺されれば発動する。

 それは完全な嘘ではないのかもしれない。

 だが、彼の命が装置そのものを支えているわけではない。


 緊急停止の手順は存在する。


「回路の場所は?」


「裏側です! ただ、操作には管理者の魔力鍵が必要です!」


 全員の視線が、エルネスの右手へ向く。


 指には、赤い魔石を埋め込んだ指輪。


「それが鍵ですね」


「……近づくなぁあああ!」


「指輪を渡してください」


「断る!」


 エルネスの手が、中枢魔道具の操作盤へ伸びた。

 赤い術式が一気に広がる。


「ノアさん!」


「一斉発動術式です!」


 考える時間はなかった。

 一人を殺さなければ、大勢が死ぬ。

 正しいことだとは思えない。


 命を奪うことを、正しいなんて言いたくない。


 それでも。


 選ばなければならない。

 支援役は、戦場のすべてを救える神様ではない。


 だからこそ。


「今、助けるべき人を選びます」


 杖を振り下ろした。

 エルネスの足元から、骸骨兵が飛び出す。

 一本の剣が、操作盤へ伸ばされた腕を貫いた。


「ぐっ……!」


 エルネスが振り返る。

 その胸へ、もう一体の骸骨兵が刃を突き立てた。


「貴様……奴隷の分際で……」


「私は、ノアです」


 杖を握る手は震えていた。


 それでも、目は逸らさない。


「もう……誰の所有物でもありません!」


 骸骨兵が刃を引き抜く。


 エルネスの身体が、操作盤の前へ崩れ落ちた。


『宮廷魔導師団長エルネス・ヴォルフを討伐しました』


 息を止めて、中枢魔道具を見る。


 赤い術式は、まだ完全には広がっていない。


「指輪を!」


 魔導士がエルネスの指から魔力鍵を外す。


「緊急停止を開始します!」


「維持回路には触らないでください!」


「命令回路を切り離します!」


 私は『ウロボロス』から魔力を送り、中枢核の揺れを抑える。


 白い花弁と紫色の炎が、黒い魔道具を包んだ。


 一つ、二つ、三つ。


 赤く光っていた魔力線が、順番に暗くなっていく。


「最後です!」


 魔力鍵が操作盤へ差し込まれる。


 中枢魔道具から、低い音が響いた。


『奴隷契約管理装置の遠隔命令機能が停止しました』


『登録された奴隷紋への命令伝達が遮断されました』


 完全に壊したわけではない。


 奴隷紋も、まだ身体に残っている。


 それでも、遠くから苦痛を与え、身体を止め、命を奪うための鎖は――もう届かない。


「……止まりました」


 膝から力が抜けそうになる。

 ですが、まだ終わっていない。


「研究記録をすべて回収してください」


「はい!」


「地上の人たちへ、遠隔命令が止まったと伝えます!」


 エルネスの亡骸を見る。


 私が殺した……。


 その事実は消えない。

 でも、今は立ち止まれない。

 選ばなかったのではない。


 地上にいる大勢を助けるために、今はそちらを選んだ。

 後悔するのは、全員を安全な場所へ届けたあとでいい。


 ♢


 地上へ戻ると、奴隷紋の光は消えていた。


「痛くない……」


 首を押さえていた男性が、呆然と呟く。


「命令が……聞こえない」


 誰かが泣き始める。

 誰かが、隣の人を抱き締めた。


「まだ奴隷紋そのものが消えたわけではありません!」


 私は市場全体へ声を張る。


「ですが、遠隔で命令する力は止まりました! 歩ける人から西門へ向かってください!」


「自由に……行っていいのか?」


「はい」


 その一言を口にするだけで、胸が熱くなった。


「どこへ行くかは、自分で決めてください」


 市場の外から、鎧の音が聞こえた。

 一人や二人ではない。

 まとまった数の騎士が近づいてくる。


「ノアさん!」


 弓使いが入口から戻ってくる。


「騎士団です! 市場を包囲しようとしています!」


 先頭に立つ男が、長剣を抜いた。


 黒い鎧。


 血のように赤い外套。


 騎士団長サイラス・グランツ。


「反乱者どもを逃がすな!」


 サイラスが叫ぶ。


「市場の出入口を封鎖しろ! 帳簿も研究記録も、奴隷ごと焼却する!」


 騎士たちが火矢を構える。

 逃げている人たちを、証拠を……。

 すべて一緒に消すつもりだ。


「骸骨兵を入口へ!」


 私が杖を掲げた、その瞬間。


 巨大な漆黒の刃が、サイラスと市場の間へ振り下ろされた。


 石畳が砕ける。

 騎士たちが足を止める。

 黒い尻尾が、夜の中で低く揺れた。


 大鎌『クロノア』を引き抜きながら、ザフィラさんが顔を上げる。


「ようやく見つけたぞ、サイラス!!」


ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


王都の奴隷市場へ突入したノア班。

助けを求めるすべての声へ向かおうとしたノアは、仲間へ役割を託し、今助けるべき命を選びました。

奴隷紋そのものは、まだ消えていません。

それでも、遠くから人を苦しめ、命を奪っていた命令の鎖は止まりました。

そして市場へ現れたのは、ザフィラの故郷を奪った騎士団長サイラス。

次話――『黒豹』ザフィラが、長い復讐に決着をつけます。

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