32:覇王、国を取り戻す――騎士団
騎士団本部の裏門は、既に半分開いていた。
魔術通信塔から流れるミラの声を聞いた兵士たちが、外の様子を確かめようとしている。
『天鯨討伐へ送られた百名の冒険者について、王家と冒険者ギルド総長は、事前に討伐が困難であることを把握していました』
「聞くな! 持ち場へ戻れ!」
騎士の一人が怒鳴る。
だが、若い兵士たちはその場から動かなかった。
「本当に偽物なんでしょうか……」
「王家とギルド総長の承認印があると言っていたぞ」
「反乱軍が作ったものだ!」
「ですが、話しているのはミラさんです。俺も依頼を受けるとき、何度も世話になりました」
迷っている。
王家の命令を信じるべきか。
今、通信から流れている証拠を信じるべきか。
私たちは建物の陰に身を隠し、その様子を見ていた。
「隊長、今なら入れます」
隣にいる槍兵が囁く。
「裏門の兵は七人。奥の廊下にも三人います」
「武器庫の位置は?」
「この先を右です」
騎士を倒すだけなら、ここから飛び込めばいい。
『剣域』を展開し、迷っている兵士たちを斬る。
そのまま奥まで走れば、誰よりも早く指揮官室へ到達できる。
けれど――。
「全員が揃うまで待ちます」
「今ですか?」
「今だからです」
建物の反対側を回っていた残りの三人が、まだ来ていない。
私一人なら進める。
だが、私一人で武器庫を押さえても、その後ろを守る者がいなければ奪い返される。
以前の私なら、こんな好機を待つなんて考えられなかった。
目の前に敵がいれば倒す。
道が開いていれば走る。
追いつけない者が悪いと思っていた。
でも、今は私の後ろに五人いる。
六人で入って、六人で出る。
「来ました」
大剣を背負った獣人の男が、残る二人と共に裏路地から現れた。
「全員、揃いました」
「では、行きます」
私たちは一斉に裏門へ飛び出した。
「何者だ!」
騎士が剣を抜く。
「武器を置いてください!」
「反乱軍だ! 斬れ!」
先頭の騎士が向かってくる。
『望月』で剣を受け流し、『朔月』の柄を顎へ打ち込んだ。
騎士がその場へ崩れ落ちる。
「殺す必要はありません! 武器を捨てた者には手を出さないでください!」
班員へ声を飛ばす。
「我々は騎士団本部と武器庫を制圧します!」
「黙れ!」
別の騎士が槍を突き出す。
槍兵が横から穂先を弾き、大剣使いが柄で鎧を打った。
倒れた騎士へ追撃はしない。
「抵抗を止めてください!」
「王家へ逆らえば、家族まで反逆者になる!」
「その王家を、今夜終わらせます!」
「そんなことができるものか!」
「できます!」
根拠はある。
リンドウさんがいるから。
アウラたちがいるから。
私たちが、ここへ立っているから。
「武器を置いてください!」
若い兵士の一人が、ゆっくりと剣を地面へ置いた。
「俺は……戦えません」
「貴様!」
「今、放送で読み上げられた村に、俺の故郷があります」
隣にいた騎士も迷いながら槍を下ろす。
「俺もだ」
「王家が本当に村を焼いたなら……」
「敵の言葉を信じるのか!」
「なら、証拠を確かめさせてください!」
次々と武器が地面へ置かれる。
全員ではないが、それでも半数以上の兵士が戦うことを止めた。
「武器を置いた者は、壁際へ!」
班員の一人に拘束を任せ、私たちは廊下を走る。
角を曲がった先。
分厚い鉄扉に、剣と盾を組み合わせた紋章が刻まれていた。
「武器庫です!」
扉の前には、完全武装した騎士が十人。
「通すな!」
「時間をかけません!」
『剣域』を展開する。
自分の間合いへ入った剣、槍、盾。
すべての軌道が、手に取るように分かる。
一歩踏み込む。
『望月』で三本の剣をまとめて弾き。
『朔月』で槍の柄を切断する。
「今です!」
私が開いた穴へ、五人が続く。
大剣が盾ごと騎士を押し返す。
槍兵が足を払う。
弓使いが鎧の隙間へ、先端を潰した矢を撃ち込む。
一人で全部倒そうとしない。
私が道を開き。
五人が、その道を広げる。
六人で前へ進む。
「武器庫の扉を押さえてください!」
班員が鉄扉へ取りつく。
魔術錠を壊し、内側へ入る。
大量の剣、槍、弓、鎧。
数百人分の装備が並んでいた。
「入口を封鎖!」
「了解!」
「二人はここへ残ってください! 残りは私と指揮官室へ!」
武器庫を押さえた。
これで、非番の騎士たちが集まっても完全武装はできない。
あとは指揮官室を取れば、命令系統も止まる。
作戦どおり。
ここまでは順調。
そう思った瞬間――。
建物全体が揺れた。
「っ!?」
廊下の壁が、内側へ吹き飛ぶ。
石片と煙の向こうから、巨大な槍が突き出された。
「下がってください!」
『望月』と『朔月』を交差させ、槍を受ける。
重い。
腕が痺れ、身体ごと武器庫の前まで押し戻された。
「ほう」
煙の中から、巨体の男が姿を現す。
分厚い全身鎧。
人間の背丈を超える巨大な穿槍。
『鉄穿』バルガン・ドロスト伯爵。
「小娘にしては、よく受けた」
その後ろから、銀色の鎧を纏った男が歩いてくる。
抜かれた長剣は、刀身そのものが淡い銀光を放っていた。
『白銀剣』アルド・フェルゼン伯爵。
「武器庫を明け渡せ」
アルドの声は静かだった。
「これ以上進むなら、反逆者として斬る」
「こちらからも、一度だけ言います」
二本の剣を構える。
「武器を置いて、投降してください」
バルガンが笑った。
「我らに投降を求めるか!」
「王家の罪は、既に王都中へ流れています」
「偽造された記録だ」
「確かめる前に、私たちを殺すつもりですか?」
アルドの眉が僅かに動く。
「放送された村の鎮圧には、あなたも参加していたと聞きました」
「……あれは反乱鎮圧だった」
「武器を持っていなかった人まで斬ったことも?」
返事はない、迷っている。
罪がないわけではない。
けれど、自分がしてきたことを何とも思っていないわけでもない。
「投降してください」
「できない」
アルドが剣を構えた。
「王家の剣である私が、敵の言葉だけで武器を置くわけにはいかない」
「なら――」
灰色の炎が、廊下の奥から飛んできた。
「全員、伏せて!」
武器庫の前へ飛び込み、二本の剣で炎を切り裂く。
熱が頬を焼いた。
「あら。西門の盾女だけじゃなく、こちらにも随分と生意気な子がいるのね」
灰色の外套。
細身の剣。
『灰炎』メルディア・グレイン子爵。
「メルディア殿。西門は?」
アルドが尋ねる。
「反乱者に奪われたわ」
「何だと!」
バルガンが怒鳴る。
「それで逃げてきたんですか?」
私が言うと、メルディアの口元が引きつった。
「まずは、その口から焼いてあげる」
三人、全員がSSランク。
正直、戦いたい。
『白銀剣』、『鉄穿』、『灰炎』。
剣士として、これ以上ない相手だ。
三人とも倒して、自分の剣がどこまで通じるのか試してみたい。
でも――私はもう、一人で勝つために剣を振るうんじゃない。
「武器庫から離れないでください!」
班員へ告げる。
「ですが、三人を相手にするなら全員で――」
「駄目です!」
ここを空ければ、装備を奪い返される。
一般兵へ武器が渡れば、敵は何百人にも増える。
「二人は武器庫を守る! 残る三人だけ、私と戦ってください!」
「了解!」
勝つ必要はない。
武器庫を渡さない。
指揮官を自由に動かさない。
それが私たちの仕事だ!
「小娘が!」
バルガンが真っ先に突っ込んでくる。
巨大な穿槍が一直線に迫った。
「散開!」
正面からは受けない、まずは左右へ分かれる。
槍が床を突き砕いた。
「弓!」
巨体の弓使いが、バルガンの肩へ矢を放つ。
鎧に弾かれる。
だが、狙いは傷をつけることではない。
バルガンの視線が弓使いへ向いた。
「槍兵、右足!」
「はっ!」
長槍が膝裏へ伸びる。
バルガンが踏みつぶそうと足を上げた瞬間、大剣使いが左側から鎧へ体当たりした。
「ぬっ!?」
僅かに体勢が崩れる。
「今です!」
『望月』で穿槍の柄を押さえ。
『朔月』を鎧の継ぎ目へ滑り込ませる。
硬い。
一撃では切れない。
「なら、もう一度!」
同じ場所へ刃を重ねる。
バルガンが腕を振るい、私を吹き飛ばそうとする。
「させるか!」
大剣使いの男が背後から腕へしがみついた。
「離せ!」
バルガンが男を振り払う。
その隙に、弓が再び肩を撃つ。
槍が膝を突く。
大剣が脇腹へ叩き込まれる。
一人では通らない。
だから、六人で同じ場所を狙う。
「カレン!」
「分かっています!」
四人が作った一瞬。
私は踏み込んだ。
『剣域』の中。
鎧の隙間。
魔力が集中する一点。
『望月』で鎧を押し開き。
『朔月』を差し込む。
「はぁぁぁっ!」
魔力回路を切断した。
全身鎧の光が消える。
「馬鹿な……!」
重量を支えていた魔力が失われ、バルガンの動きが止まった。
大剣使いが、横から全力で鎧を殴りつける。
巨体が壁へ叩きつけられた。
倒れたバルガンの首元へ、私の刃を突きつける。
「降伏してください」
「するものか!」
バルガンが隠し短剣へ手を伸ばす。
その手を、槍兵が貫いた。
「ぐあああっ!」
「武器を取ったのは、あなたです」
朔月を振るう。
バルガンの身体が動かなくなった。
『『鉄穿』バルガン・ドロストを討伐しました』
「バルガン!」
アルドの銀剣が迫る。
左右から連続する斬撃。
速い……!
受けるだけで精いっぱいになる。
「彼は投降を拒否した!」
「だから殺したのか!」
「武器を取って、仲間を殺そうとしたから、です!」
望月で剣を受ける。
朔月で返す。
銀と月白の軌跡がぶつかり合う。
アルドの剣は重く、鋭い。
それでも、迷いがある。
剣先が僅かに鈍る。
「あなたは、何のために剣を握っているんですか!」
「国を守るためだ!」
「王家と国は同じじゃない!」
剣を滑らせ、アルドの懐へ入る。
「あなたが守っているのは、本当に国なんですか!」
アルドの視線が揺れた。
その瞬間。
「今です!」
班員の槍が、アルドの足元を払う。
体勢が崩れた銀剣へ、二本の剣を同時に叩き込んだ。
甲高い音。
銀色の刀身へ亀裂が走る。
「まさか……」
「終わりです!」
『望月』と『朔月』を交差させる。
銀剣が中央から折れた。
切っ先が床へ突き刺さる。
私は残った刃を、アルドの喉元へ向けた。
「もう一度言います」
「……」
「投降してください」
アルドは折れた剣を見る。
床へ倒れたバルガン。
武器庫を守る私たち。
そして、廊下の奥で武器を置き始めた騎士たち。
ゆっくりと、剣の柄を手放した。
「……私の負けだ」
「アルド!」
メルディアが叫ぶ。
「何をしているの!」
「もう、民へ剣を向ける理由が分からない」
「腰抜けが!」
灰色の炎が広がる。
狙いは私たちじゃない……。
武器庫!
「焼かせません!」
二本の剣で炎を切り裂く。
班員たちが武器庫の扉を閉じた。
メルディアは舌打ちし、灰炎を自分の周囲へ集める。
「今夜のことを後悔させてあげる」
「逃げるんですか!」
「王城へ戻るだけよ」
炎が弾けた。
追いかけようと、一歩前へ出る。
倒せるかもしれない。
今なら負傷している。
背中を追えば――。
「隊長!」
武器庫の中から声がした。
振り返る。
拘束したアルド。
床へ倒れている班員。
武器庫の前へ集まり始めた一般兵。
ここを離れるわけにはいかない。
「……追いません」
双月を鞘へ納める。
「武器庫を封鎖! 指揮官室を確認してください!」
「了解!」
班員たちが動き出す。
私はパーティー通信を開いた。
「リンドウさん」
『聞こえてる』
「武器庫、指揮官室を制圧しました」
『SSランクは?』
「『鉄穿』バルガンを討伐。『白銀剣』アルドは投降し、拘束しました」
『メルディアは?』
「王城方面へ逃走しました」
『追わなかったのか?』
「はい。武器庫の維持を優先しました」
短い沈黙。
『よくやった』
その一言で、胸の奥に残っていた迷いが消えた。
『負傷者は?』
私は五人を見る。
肩を押さえている者。
額から血を流している者。
呼吸を乱しながら、それでも武器を握る者。
誰一人、倒れたままではいない。
「六人とも、立っています」
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
騎士団本部へ突入したカレン班。
王家直属のSSランク三人を前にしても、カレンが選んだのは強敵を追うことではなく、仲間と共に武器庫を守り抜くことでした。
『鉄穿』バルガンを討ち、『白銀剣』アルドを捕縛。
しかし、『灰炎』メルディアは王城へ逃走します。
そして次話の舞台は、王都の奴隷市場。
大勢の助けを求める声を前に、ノアは誰を最初に救うのか――。
奴隷たちを縛る“鎖”を断つ戦いが始まります。




