31:覇王、国を取り戻す――西門
魔術通信塔から流れるミラの声を聞きながら、私たちは西門へ向かっていた。
『奴隷狩りとして襲撃された村の一覧を読み上げます』
夜の王都に、消された村の名前が響く。
道へ出てくる者。
家の窓から顔を覗かせる者。
足を止め、告知用魔道具を見上げる兵士。
誰もが混乱していた。
「隊長、本当に王家が村を襲っていたのか?」
私の後ろを走るダンが尋ねる。
「証拠がある以上、疑う理由はない」
「でも、王都の人たちはすぐには信じないぞ」
「構わない」
百二十年間、正しいと教えられてきた歴史だ。
突然すべてを否定され、すぐに受け入れられる者ばかりではない。
「信じるかどうかを決める時間を作る。そのために、私たちは西門を開ける」
市民が王都へ残るか。
外へ逃げるか。
王家へ従うか、疑うか。
選ぶためには、まず生きていなければならない。
西門が見えてきた。
巨大な二枚扉。
その上には、ラングレイ家の紋章が掲げられている。
門の前には武装した守備兵が二十人ほど。
既に私たちの接近へ気づき、槍と剣を構えていた。
「止まれ!」
先頭にいた男が怒鳴る。
鎧の意匠から、西門守備隊長だろう。
「それ以上近づけば、反逆者として討つ!」
私たちは足を止めた。
ダンたちも武器を構えるが、まだ抜かせない。
「私たちは市民の避難路を確保しに来た」
「避難だと?」
「王都内で戦闘が始まる。門を開け、市民を外へ出せ」
「ふざけるな!」
守備隊長が剣を抜いた。
「王都を襲っている反乱軍が、善人のふりをするな!」
「私たちは王都を襲いに来たのではない」
「なら、その武器は何だ!」
「ラングレイ王家を終わらせるための武器だ」
守備兵たちがざわめく。
何人かは怒りを露わにし。
何人かは、告知用魔道具から流れるミラの声を気にしていた。
『襲撃後に拘束された住民は、奴隷商会へ引き渡されていました』
ミラが、騎士団と奴隷商の金の流れを読み上げる。
「聞け」
私は守備兵たちへ告げる。
「命令書も、送金記録も残っている。お前たちが守っている王家が、何をしてきたのか」
「偽造だ!」
守備隊長が声を上げた。
「反乱軍が作った偽物に決まっている!」
「ならば、武器を置いて確かめればいい」
「何?」
「今ここで戦う必要はない。門を開け、市民を逃がせ。そのあとで証拠を自分の目で確認しろ」
私は『バスティオン』から手を離した。
こちらから攻撃する意思がないことを示す。
「武器を置く者は斬らない」
「我々へ降伏しろと言うのか!」
「違う――」
私は首を振る。
「誰に従うかを、自分で決めろと言っている」
守備兵の一人が、槍を持つ手を下げた。
「隊長……」
「何をしている!」
「今、読み上げられた村に……妻の実家があります」
「敵の戯言だ!」
「ですが、盗賊に襲われて全滅したと……」
「黙れ!」
守備隊長が男へ剣を向ける。
「命令に従え! 反乱軍を討て!」
槍を下げた兵士は動かなかった。
その隣の者も。
さらに一人が剣を地面へ置く。
「俺も戦えません」
「貴様ら……!」
「本当に嘘なら、あとで責任を取ります」
兵士は両手を上げた。
「でも、確かめる前に市民を斬る命令には従えない」
守備兵の半数近くが、武器を下ろした。
残る者は迷いながらも、守備隊長の周囲へ集まる。
全員が敵ではない。
リンドウの言葉を思い出す。
騎士だからという理由だけで殺すな。
罪を犯した者と、命令に縛られている者を同じにするな。
「裏切り者どもめ!」
守備隊長が門の内側へ走り出した。
「閉門しろ! 鎖を下ろせ!」
門の上で、巨大な開閉装置が動き始める。
歯車が回り。
開かれていた二枚扉が、低い音を立てて閉じていく。
「アウラ!」
ダンが叫ぶ。
「隊長を止める!」
「待て!」
追いかけようとしたダンを止める。
「私たちの目的は、あの男ではない」
守備隊長を倒しても、門が閉まれば意味がない。
「重盾二人は門へ! 槍兵は降伏した兵を守れ!」
「了解!」
「ダンは私と開閉装置を押さえる!」
「分かった!」
私たちは門の脇にある階段を駆け上がった。
上から矢が飛んでくる。
『バスティオン』を構え、正面からではなく角度をつけて受け流す。
全部を盾で止める必要はない。
後ろのダンたちへ当たる矢だけを弾けばいい。
「押し通るぞ!」
『庇護領域』を展開する。
淡い金色の光が、六人を包んだ。
守備兵が槍を突き出す。
私は盾を振り、兵士を倒すのではなく壁際へ押しのけた。
「道を開けろ!」
ダンたちが私の後ろを走り抜ける。
敵を一人ずつ倒していては、門が閉じる。
必要なのは勝つことではない。
開閉装置へたどり着くことだ。
伏魔殿で、私は何度も立ち止まった。
敵をすべて受け止め。
すべて倒し切ってから進もうとした。
そのたび、敵は増え続けた。
守るために動けなくなり。
守りたい者まで危険に晒した。
「ダン!」
「見えた!」
開閉装置の前で、守備隊長が大きな操作杖を引いている。
門は半分近く閉じていた。
「止めろ!」
私が叫ぶ。
ダンが小盾を構え、突進する。
守備隊長が剣を振り下ろすが、小盾を斜めに当てて軌道を逸らした。
「貴様!」
「俺たちは市民を逃がす!」
ダンが守備隊長へ体当たりする。
二人が床へ倒れ込んだ。
その隙に、私は操作杖を握った。
重い。
閉門用の魔力が流れ続け、反対へ動かそうとしても戻らない。
「全員、手を貸せ!」
重盾の女と槍兵が加わる。
「治癒師は降伏した兵を呼べ!」
「はい!」
武器を置いた守備兵たちも階段を上がってくる。
「門の魔力線を止めます!」
「補助鎖を外せ!」
「三番歯車を逆へ!」
つい先ほどまで敵だった者たちが、開閉装置へ取りつく。
歯車の回転が止まった。
半分閉じていた門が、再びゆっくりと開き始める。
「西門、確保した!」
ダンの声が響いた。
♢
門が開いたという情報は、すぐに市民へ広がった。
家財を抱えた者。
子どもの手を引く者。
老人を背負う者。
王都の中央から、次々と人が押し寄せてくる。
「走るな!」
私は門前へ降り、声を張り上げる。
「道は開いている! 前を押すな!」
「王家の兵が来るぞ!」
「早くしろ!」
「反乱軍が街へ入ったんだ!」
恐怖に駆られた者たちは、こちらの声を聞かない。
出口へ殺到し、人の流れが急激に速くなる。
「班を二つに分ける!」
ダンたちへ指示を出す。
「三人は門の内側で流れを分けろ! 残りは門の外で伯爵の倉庫へ誘導!」
「アウラは?」
「ここで道を維持する!」
門の中央へ『バスティオン』を置く。
一つだった人の流れを、盾で左右へ分ける。
「右側は歩ける者! 左側は負傷者と子ども!」
降伏した守備兵たちも声を張り上げ始めた。
「荷物を捨てろとは言わない! だが立ち止まるな!」
「門の外へ出たら、街道を西へ進め!」
少しずつ、人の動きが整っていく。
そのとき。
「お母さぁん!」
甲高い声が聞こえた。
人混みの中で、小さな子どもが転んでいる。
手を離した母親が、流れに押されて先へ進んでいた。
「止まって!」
母親が戻ろうとする。
だが、後ろから押し寄せる者たちは止まれない。
子どもの身体へ、何本もの足が迫る。
間に合わない。
考えるより先に、身体が動いた。
「『庇護領域』!」
子どもの前へ滑り込み、『バスティオン』を地面へ突き立てる。
光の膜が広がり、人の流れを左右へ押し分けた。
「ここを通るな!」
盾を倒すのではない。
人を傷つけない角度で押し返す。
盾を中心に、小さな空間を作る。
私は子どもを抱き上げた。
「痛いところは?」
「……ひざ」
「歩けるか?」
子どもは涙を浮かべながら頷く。
「よし。母親のところまで連れていく」
私は盾を持ち上げる。
守るために立ち止まり続けるのではない。
後ろにいる者を、生きられる場所まで進ませる。
それが私の役目だ。
子どもを抱え、開いた道を前へ進む。
「お母さん!」
「よかった……!」
母親へ子どもを渡す。
「門を出たら、伯爵の倉庫まで止まるな」
「ありがとうございます、ありがとうございます……!」
二人が人の流れへ戻っていく。
守るとは、立ち止まることではない。
道を作り、進ませ、生きて帰れる場所まで届けることだ。
ようやく、その意味を理解できた気がした。
♢
「随分と好き勝手をしているようね」
女の声が、西門の上から響いた。
直後。
灰色の炎が夜空へ広がった。
「全員、伏せろ!」
『バスティオン』を頭上へ掲げる。
炎が盾へ直撃した。
熱と衝撃が走る。
両腕が軋み、足元の石畳へ亀裂が走る。
防ぎ切れなかった炎が左右へ流れ、市民から悲鳴が上がった。
「隊長!」
ダンたちが戻ってくる。
「持ち場を離れるな!」
「でも――」
「市民を進ませろ!」
門の上。
灰色の外套を纏った女が、片手に細身の剣を持って立っている。
王家直属のSSランク。
『灰炎』メルディア・グレイン子爵。
「奴隷風情が、王都の門を奪うなんて」
メルディアの周囲に、灰色の火球がいくつも浮かぶ。
「身の程を知りなさい」
「その言葉は、聞き飽きた」
盾を構え直す。
腕が痺れている。
一撃で分かった。
今の私一人では、勝てない。
班員全員で戦っても、市民を守りながら倒すのは難しい。
それでも。
ここを通すわけにはいかない。
「門を閉じなさい」
「断る」
「なら、逃げる民ごと焼くわ」
メルディアが剣を振るう。
灰色の炎が壁のように広がり、門へ向かって落ちてくる。
「アウラ班、私の後ろへ!」
六人が集まる。
「治癒師は防御補助! 重盾は左右を押さえろ!」
「了解!」
「ダン、炎が途切れたら市民を進ませろ!」
「アウラはどうする!」
「私が道を守る!」
『庇護領域』を最大まで広げる。
バスティオンへ炎がぶつかった。
視界が灰色に染まる。
熱で肺が焼けそうになる。
それでも、盾を下げない。
「ぐっ……!」
すべてを受け止める必要はない。
門の中央、市民が通る道。
そこへ落ちる炎だけを防ぐ。
左右へ流れた火は、重盾の二人が角度を変えて逸らす。
「今だ! 進め!」
ダンが市民を誘導する。
炎が途切れた僅かな時間に、何十人もの市民が門を抜ける。
「小賢しい!」
メルディアが門上から飛び降りた。
灰色の剣が、私の盾へ突き刺さる。
その瞬間爆発を起こし、身体ごと後方へ押される。
だが……倒れるわけにはいかない!
「アウラ!」
「構うな! 道を止めるな!」
メルディアが再び剣を振るう。
正面から受けるふりをして、盾を傾けた。
炎を纏った剣が表面を滑る。
「何っ――」
空いた胴へ、盾の縁を打ち込む。
メルディアの身体が僅かに浮いた。
「槍兵!」
二本の槍が左右から突き出される。
メルディアは空中で身を捻り、門壁へ着地した。
「六人で一人前のつもり?」
「違う」
私は荒い息を整える。
「六人だから、お前を止められる」
一人で勝つ必要はない。
今は、倒すことさえ目的ではない。
市民が通る時間を稼げばいい。
メルディアの顔が歪む。
再び灰炎を生み出そうとした、そのとき。
遠くから大きな爆発音が響いた。
騎士団本部の方角。
メルディアが振り返る。
『カレン班、騎士団本部の武器庫へ突入しました!』
パーティー通信から、カレンの声が届いた。
メルディアにも、騎士団本部で異変が起きたと分かったらしい。
「……ここで遊んでいる場合ではないわね」
「逃げるのか?」
「勘違いしないことね」
灰色の炎が、メルディアの身体を包む。
「先に騎士団本部を片づけるだけよ」
炎が弾ける。
次の瞬間には、門壁の上から姿が消えていた。
「追えるぞ!」
ダンが叫ぶ。
今なら、背中を追える。
六人で囲めば、倒せるかもしれない。
王家直属のSSランクを、ここで一人減らせるかもしれない。
だが、門の外では、まだ市民の列が続いている。
負傷者もいる。
子どもも、老人も。
私たちが離れれば、西門を閉じようとする兵が再び現れるかもしれない。
「追わない」
私は『バスティオン』を地面へ立てた。
「だが!倒せるかもしれないんだぞ!?」
「私たちの役目は、あいつを倒すことではない」
ダンたちを見る。
「ここだ」
西門。
王都から外へ続く、ただ一つの避難路。
「私たちの役目は、ここを最後まで開けておくことだ」
全員が短く頷く。
私はパーティー通信を開いた。
「ザフィラ。西門を制圧した」
『市民は?』
「避難を開始している。クライブ伯爵の倉庫へ誘導中だ」
『敵は』
「『灰炎』メルディアが現れたが、騎士団本部へ退いた」
『追わなかったのか?』
「ああ」
私は門を通り抜けていく市民を見る。
「追わない。私たちの役目はここだ」
通信の向こうで、僅かな沈黙。
『よく判断した』
短い言葉だった。
だが、それで十分だ。
私は『バスティオン』を構え直し、門の前へ立った。
倒すべき敵は、まだいる。
守るべき者は、目の前にいる。
ならば、迷う理由はなかった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
西門を制圧し、市民の避難路を確保したアウラ班。
目の前の敵をすべて倒すのではなく、守るべき人たちを生きて帰すために戦う。
伏魔殿で学んだことを胸に、アウラはSSランクを追わず、自分たちの役目を選びました。
しかし、退いた『灰炎』メルディアが向かった先では、既にカレン班が騎士団本部への突入を開始しています。
次話――王家直属のSSランク三人と、カレン班が激突します。




