28:覇王、奪還の前夜に立つ。
決戦前日。
拠点には、朝から金属を打つ音が響いていた。
俺は『簡易鍛冶炉』の前に座り、二十五人分の武器を一つずつ確認していく。
刃こぼれ。柄の緩み。魔力回路の損傷。防具の留め具。
ほんの僅かな異常でも、明日の戦場では命取りになる。
「次、アウラ」
「ああ」
差し出されたのは、大盾『バスティオン』。
『蝕月の伏魔殿』と地下墓地で何度も攻撃を受け止めた盾には、無数の傷が刻まれている。
表面を指でなぞり、内部へ魔力を流す。
「右側の回路が少し弱ってるな」
「使えないほどか?」
「いや。明日の一晩くらいなら持つ」
そう答えながら、俺は工具を手に取る。
「だが、持つかどうかに賭ける必要はねぇ」
傷ついた魔力線を削り、新しい魔銀を埋め込む。
盾の縁も補強し、持ち手の革を巻き直した。
「これでいい」
アウラへ盾を返す。
「お前の盾が壊れたら、後ろの五人も危なくなる。無茶して一人で全部受けるなよ」
「分かっている」
「本当に?」
「伏魔殿で何度も怒鳴られたからな」
「覚えてるならよし」
アウラは『バスティオン』を構え、重さと感触を確かめる。
「必ず、全員を西門まで帰す」
「門までじゃねぇ」
俺は訂正する。
「戦いが終わったあと、ここまで連れて帰れ」
アウラは一瞬目を見開き、力強く頷いた。
「ああ。六人全員で帰る」
次はテオ。
腰や腕、靴の内側から、次々と暗器を取り出して台へ並べていく。
投げナイフ。細い針。鋼糸。煙玉。小型の鉤爪。
「お前、どこにそんなに隠してたんだよ」
「暗殺者だから」
「便利な言葉だな、暗殺者」
一本ずつ重心を確認し、刃を研ぐ。
毒を塗るための溝が潰れているものは彫り直す。
『影縫』にも魔力を流し、異常がないか確かめた。
「通信塔では、敵を倒すことより報告を優先しろ」
「分かってる」
「姿を消したまま一人で何とかしようとすんなよ」
「分かってる」
「地下通路を見つけても勝手に入るな」
「分かってる」
「本当に?」
テオの狼耳が面倒そうに伏せられる。
「何回同じことを言うんだ……」
「お前が何回も同じことをやろうとするからだ」
テオは暗器を回収しながら、小さく息を吐く。
「もう、一人で逃げるためには隠れない」
その言葉に、手を止めた。
「皆が通る道を作るために、先へ行く」
出会った頃のテオは、自分が見つからないことだけを考えていた。
今は違う。
自分の後ろに、五人がいることを知っている。
「頼んだぞ、隊長」
「ああ」
カレンの『双月』は、二本とも酷使された痕跡が濃かった。
『望月』の長い刃には細かな欠け。
『朔月』の薄い刀身には、僅かな歪みがある。
「お前、絶対訓練中に無茶しただろ」
「していないですよ!」
「刃を見りゃ分かる」
「倒せる敵を倒しただけですぅ~」
「それを無茶って言うんだよ」
刀身を熱し、歪みを整える。
欠けた部分を研ぎ直し、左右の重量差も調整した。
カレンは待っている間も、王都の方角を見ている。
「騎士団本部には、王家直属のSSランクが出てくるかもしれない」
「分かってます」
「一人で追うな」
「それも分かってます」
「本当か?」
「リンドウさんまでアウラたちと同じことを言うんですか!」
「全員に言われてんじゃねぇか」
カレンが不機嫌そうに顔を逸らす。
だが、『双月』を受け取ると、二本を構えたまま告げた。
「私が敵陣へ穴を開けます……」
「ああ」
「ですが、その穴を五人が通るまでは先へ行きません」
以前なら、敵を倒すことだけを考えていた。
今は、自分が開いた道の先に、仲間が続いている。
「それでいい」
ノアの『冥杖・ウロボロス』は、死霊核とエルダートレントの枝を中心に念入りに確認した。
魔力回路に問題はない。
だが、杖を握るノアの指先は少し震えていた。
「怖いか?」
「……はい」
ノアは隠さなかった。
「奴隷市場には、私たちと同じような人が大勢いると思います」
「ああ」
「助けを求められたら、全員をすぐに助けたくなると思います」
「だろうな」
「でも、それでは駄目なんですよね」
「全員を助けるために、順番を決めろ」
歩ける者。
負傷している者。
奴隷紋が発動しかけている者。
子ども。
老人。
すべてを同時には救えない。
「迷ったら、目の前で一番死に近い奴を選べ」
「はい」
「選ばなかった奴を、見捨てたと思うな」
ノアが顔を上げる。
「次に助けるために、今は別の奴を選んだだけだ」
「……はい」
ノアは『ウロボロス』を胸へ抱く。
「一人でも多くではなく、最後には全員を助けます」
「その意気だ」
最後は、ザフィラの『クロノア』。
巨大な大鎌を台へ載せると、作業台が重い音を立てた。
「刃は問題なし。柄も魔力回路も正常」
「当然だ。毎日手入れしている」
「そんなお利口さんな猫には、珍しく褒めてやろう」
「珍しくは余計だ、あと猫じゃない」
刃先を軽く研ぎ、ザフィラへ返す。
受け取ったザフィラは、漆黒の刃へ映る自分の顔を見つめた。
「サイラスは、必ず現れる」
「だろうな」
「奴は騎士団長だ。王家が襲われれば、前線へ出てくる」
「ああ」
「そして、私は奴を討つ」
金色の瞳に、迷いはない。
だが、復讐だけに焼かれてもいない。
「約束を覚えてるか?」
「仲間を見捨ててまで、サイラスを追わない」
「もう一つ」
「全体を見る」
「そうだ」
ザフィラは『クロノア』を背負い、二十四人へ視線を向ける。
「奴を討つのは、私個人の役目だ」
静かに続ける。
「だが、全員を帰すことは、総指揮官としての役目だ」
「花丸満点をやろう」
「お前に評価されると腹が立つ」
「なんでだよ」
♢
主要武器の確認を終えたあとも、作業は続いた。
二十五人分の予備武器。
壊れた武器を拾って使う必要がないよう、各班へ予備を持たせる。
回復薬。
魔力回復薬。
解毒薬。
止血薬。
煙玉。
通信具。
奴隷紋の発動を一時的に抑える魔道具。
使い方を間違えないよう、一つずつ説明していく。
「回復薬は、怪我をしたらすぐ飲め」
俺は瓶を掲げた。
「まだ戦えるからって温存すんな。死んだあとに飲んでも遅い」
「お前はよく瀕死まで戦っているだろう」
ザフィラが突っ込む。
「俺はいいんだよ」
「よくない」
「俺は自分の体力を正確に把握してるから」
「前に、所持金すら把握していなかった男が何を言う」
「今その話関係あるか?」
二十五人から、小さな笑いが漏れた。
決戦前日。
笑っている場合ではないのかもしれない。
だが、ずっと張り詰めていても身体は動かない。
「とにかく」
咳払いして、薬を配り直す。
「予備を使わずに帰ってきても、怒らねぇ。だが、使わずに死んだら俺が地獄まで追いかけて説教するからな」
「死者まで呼び戻せるのですか?」
ノアが真面目に聞く。
「例えだよ!」
♢
日が傾く頃。
四人の隊長は、自分たちの班員を集めていた。
俺は少し離れた場所から、その様子を見ていた。
アウラは西門を描いた簡易地図を地面へ広げる。
「私たちの役目は、敵を倒すことではない」
盾職。
槍兵。
治癒師。
五人がアウラの言葉を聞いている。
「市民が逃げられる道を作り、最後まで維持する。門を守るのではない。門を通る人々を守るんだ」
「騎士が押し寄せた場合は?」
「私が止める。だが、私だけに任せるな」
アウラは一人ずつを見る。
「私が崩れそうなら、必ず言え。誰か一人で受けるのではなく、六人で支える」
テオは、通信塔と周辺の路地を描いていた。
「俺が先に入る。だからといって、勝手に追ってくるな」
「合図は?」
「鳥の声を二回。危険なら三回。通信具が使えなくなった場合は、煙の色で知らせる」
班員から質問が飛ぶ。
テオは面倒がらず、一つずつ答えていく。
「分からなくなったら、無理に動くな。俺が戻る」
自分だけが先へ行くと言いながら、必ず仲間のところへ戻ると約束している。
カレンは、騎士団本部の見取り図へ剣先を当てていた。
「最初に武器庫を押さえます」
「騎士を倒すのが先では?」
「違います」
カレンが即座に否定する。
「目の前の敵に気を取られてはいけません。私たちの目的は、騎士団全体を動けなくすることです」
以前のカレンからは、考えられない言葉だった。
「私が突入します。ですが、全員が追いつくまで奥へは行かないでください」
「隊長が止まるのですか?」
「私一人で勝っても、班としては負けですから」
少しだけ照れくさそうに続ける。
「六人で入って、六人で出る」
ノアは、奴隷市場での救出順を班員へ説明していた。
「私一人へ判断を任せないでください」
ノアの前には、魔導士、治癒術師、弓使い、魔法盾の使い手、拘束魔術師がいる。
「奴隷紋が光っている人。出血が多い人。意識がない人。見つけたら、必ず声に出してください」
「助けを求める者が多すぎたら?」
「役割を分けます」
ノアが答える。
「皆さんが見つけて、私が優先順位を決める。間違えていると思ったら、止めてください」
「隊長の判断へ逆らってもいいのですか?」
「はい」
ノアは柔らかく笑う。
「私一人の目より、六人の目のほうが多くの人を助けられます」
こいつらは、もう俺の言葉を繰り返しているだけじゃない。
自分の言葉で。
自分が率いる五人へ。
何をすべきか伝えている。
頼りなかった四人の戦士は、もういない。
そこにいるのは、二十人の命を預かった四人の隊長だった。
ザフィラは、四つの班を順番に回っていた。
武器を持つ手が震えている者。
俯いている者。
何度も荷物を確認している者。
強がって笑っている者。
一人ずつ声をかける。
「怖いのは、お前だけではない」
「逃げたくなったら、周りを見ろ」
「一人で戦うな」
「私たちは必ず、誰かの視界にいる」
大丈夫だとは言わない。
絶対に勝てるとも言わない。
ただ、怖がっていることを否定せず、その隣に立つ。
俺が伏魔殿へ向かう前。
ザフィラを総指揮官にすると勝手に決めた。
あのときは怒鳴られたが。
「ちゃんと、なってんじゃねぇか」
誰にも聞こえない声で呟いた。
♢
夜。
俺たちは、拠点の中央で一つの火を囲んだ。
豪華な料理はない。
大きな鍋に入った野菜と肉のスープ。
少し硬いパン。
いつもと変わらない食事だ。
それでも、二十五人全員が同じ場所で食べるのは初めてだった。
普段なら班ごとに座る者たちも、この夜だけは関係なく肩を並べている。
笑い声は少ない。
誰もが明日のことを考えている。
敵の強さ。
自分の役目。
帰ってこられるのか。
火の向こう側で、一人の獣人が服の襟へ手をかけた。
これまでは布で隠していた首元を開く。
そこには、黒い奴隷紋が刻まれていた。
隣にいた人間の女も、袖をまくる。
腕へ残された奴隷紋が、火の光に照らされる。
一人。また一人。
奴隷紋を隠していた者たちが、自らその痕を晒していく。
恥ではない。
罪でもない。
誰かに所有されるためにつけられた印。
だが今、ここにいる者たちは、誰の物でもなかった。
「明日が終わったら」
一人の女が、自分の奴隷紋を撫でながら言う。
「これを消せるのでしょうか」
「消す」
俺は答える。
「一人ずつになるが、絶対に全部消す」
「本当に……自由になれるのでしょうか」
「もう自由だろ」
女が驚いた顔で俺を見る。
「奴隷紋が残ってても、お前は自分で武器を取った」
誰かに命令されたからじゃない。
売られたからでもない。
「明日、どこへ行くかも、自分で決めた」
「ですが、まだ王家が……」
「だから倒す」
少し離れた場所から、別の男が尋ねた。
「本当に、私たちが国を変えられるのでしょうか」
火が弾ける。
誰も、すぐには声を出さなかった。
当然の疑問だ。
俺たちは二十六人。
相手は、一つの国を百年以上支配してきた王家。
騎士団。
貴族。
SSランク冒険者。
数だけを見れば、無謀以外の何ものでもない。
「俺一人じゃ無理だ」
全員が顔を上げた。
「俺は世界一位だ。レベルも100。装備も作った」
フィーア。
ツヴァイ。
戦い方だって、誰にも負けるつもりはない。
「だが、俺一人で王を倒しても、この国は変わらねぇ」
王を斬ることはできる。
王城を壊すこともできる。
だが、俺一人では市民を逃がせない。
奴隷市場の人間を助けられない。
通信塔を押さえられない。
騎士団を止められない。
国民へ真実を伝えることもできない。
「だから、お前らがいる」
アウラたちが俺を見る。
「俺の代わりに戦えって話じゃねぇ」
俺のために死ねとも言わない。
覇王へ忠誠を誓えとも言わない。
「自分が取り戻したいもののために戦え」
奪われた家族。故郷。名前。技術。未来。自分の人生。
「俺が取り戻したいのは、百二十年前のアルセディアじゃねぇ」
あの頃の国は、もう戻らない。
俺を慕ってくれたサポーターたちも。
笑いながら装備を受け取り。
世界一位を取れと背中を押してくれた仲間たちも。
この世界にはいない。
「明日から、お前らが生きる国を作る」
俺の国じゃない。
初代覇王の所有物でもない。
「だから、国を変えるのは俺じゃねぇ」
俺は二十五人を見渡す。
「俺たちだ」
火を囲む誰かが、拳を握った。
誰かが自分の奴隷紋へ触れる。
誰かが静かに泣いた。
だが、俯く者はいなかった。
♢
夜明け前。
全員が装備を整え、拠点の外へ並んだ。
東の空は、まだ暗い。
王都へ向けて出発する時刻だ。
ザフィラを先頭に。
アウラ班。テオ班。カレン班。ノア班。
二十五人が、それぞれの武器を手に立っている。
俺はその前へ出た。
「百二十年前」
静かだった森に、俺の声が響く。
「俺たちには、一つだけ決まりがあった」
法律じゃない。
命令でもない。
守らなければ罰せられるものでもない。
世界一位を目指していた俺と。
それを支えてくれた仲間たちが、何度も口にした言葉。
今では、ラングレイ王家によって禁じられた言葉。
「貴族に従えなんて言葉じゃねぇ」
王へ命を捧げろでもない。
「初代覇王を崇めろなんて言葉でもねぇ」
俺は、そんなものを望んでいない。
「立場も、種族も、生まれも関係ない」
強くなりたい者。
技術を学びたい者。
今より前へ進みたい者。
すべての者へ向けた言葉だ。
「明日を誰かに決めさせないための言葉だ」
俺は拳を握る。
「恐れるな」
ザフィラが一歩、前へ出た。
『クロノア』を肩へ担ぎ、俺の隣へ立つ。
「前を向け」
アウラが『バスティオン』を地面へ打ちつける。
重い音が、森の空気を震わせた。
「立ち止まるな」
テオが暗器を握る。
カレンが『双月』を抜く。
ノアが『ウロボロス』を掲げる。
二十五人全員が、自らの武器を空へ向けた。
「進み続けろ!」
声が、夜明け前の森を揺らした。
王家への忠誠ではない。
初代覇王への服従でもない。
誰かに与えられた身分も。
身体へ刻まれた奴隷紋も。
奪われた過去も。
自分たちの未来を決める理由にはさせない。
これは、自分の人生を自分で選び直す者たちの誓いだ。
「行くぞ……」
フィーアを背負い、ツヴァイを腰へ下げる。
「俺たちの国を、取り戻しに!」
二十五人が、一斉に歩き出す。
向かう先は、ラングレイ王家の支配する王都。
偽りの歴史が始まった場所。
百二十年間、初代覇王の名を使い、民を縛り続けてきた場所。
夜が明ける。
新しい一日が始まる。
そして――。
百二十年ぶりに、初代覇王が自ら築いた王都へ帰還する。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
武器、仲間、作戦――すべての準備が整いました。
次話から、いよいよ王都奪還戦が本格的に始まります!
通信塔、西門、騎士団本部、奴隷市場、そして王城。
わずか二十六人で挑む、一夜限りの国取りをぜひ見届けてください!
第一章完結までは、毎日12時・18時の2話更新を予定しています。
続きを追いかけていただけると嬉しいです!




