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REMNANT RECORD~ストーリー未読の世界一位の廃ゲーマーは、倒した敵の物語を知らない~  作者: 霜月ルイ
第一章:技神国奪還編

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26/77

26:覇王、ラングレイ王家の嘘を暴く。

 『ツヴァイ』が完成した翌日。


 朝から続いていた四班の合同訓練を終え、俺は拠点の一室へ入った。

 中央には、ジンから譲り受けた工具箱を台代わりに置いている。


 椅子も机もない。

 国を落とす相談をする場所としては、随分と質素なものだ。


「そろそろ、まともな作戦室が欲しいな」


「国を取り戻す前に、机から作るつもりか?」


 後ろからついてきたザフィラが呆れた声を出す。


「鍛冶師を家具職人みたいに言うな」


「家も炉も武器も作る男が、今さら何を言っている」


「それはそれ。これはこれってやつだ」


 ザフィラのほかには、アウラ、テオ、カレン、ノアも集まっている。

 四人には、これから自分たちが何を相手にするのか知っておいてもらう必要がある。


 敵の数や強さだけじゃない。

 何を守るために戦い。


 誰を討ち、誰を生かして捕らえるのか。


 これから決めるのは、そういう話だ。

 俺はパーティーメニューを開き、ミラへ通信を繋いだ。


『ミラとのパーティー通信を開始します』


「ミラ、俺だ」


『お待ちしておりました、リンドウ様』


 いつものミラの声。

 だが、その隣から紙を動かす音が聞こえた。


「一人じゃないな?」


『はい。クライブ伯爵にも同席していただいております』


 僅かな沈黙のあと、低い男の声が届く。


『ご無沙汰しております、リンドウ殿』


「なんだよ、改まった喋り方して。それよりローズは元気か?」


『おかげさまで。以前よりも顔色がよく、屋敷の中を歩けるまでに回復しております』


「そりゃよかった」


『改めて、娘を救っていただいたことに感謝いたします』


「礼は聞いた。今日は別の話をしよう」


 クライブ伯爵が、短く息を飲む。

 俺が何をしようとしているのか、ミラからある程度は聞いているはずだ。


『……ミラ殿から、あなたがラングレイ王家を倒そうとしていると伺いました』


「ああ」


『そして、ご自身こそが初代覇王リンドウであると』


「そうだ」


 即答する。

 通信の向こうで、クライブ伯爵が言葉を選んでいるのが分かった。


『失礼を承知で申し上げます。私は、あなたが常人ではないことを理解しております』


「褒めてるのか?それ」


『少なくとも、普通のFランク冒険者が一日で娘をレベル30まで引き上げ、治療法まで言い当てることはないでしょう』


「だろ?」


『しかし、初代覇王様は百二十年前にお亡くなりになったとされています』


「だから信じられない?」


『……はい』


 正直でよろしい。

 初対面の男から、「俺は百二十年前に死んだ建国者です」なんて言われて、即座に信じる奴のほうが危ないしな。


「別に、今すぐ信じろとは言わねぇよ」


『では、なぜ私をこの場へ?』


「俺が誰なのかじゃなく、ラングレイ王家が何をしてきたのかを、お前自身の目で判断してもらうためだ」


 俺はミラへ話を振る。


「集まった証拠を教えてくれ」


『承知しました』


 紙をめくる音がする。


『最初に、二代目覇王様の死についてです』


 部屋の空気が僅かに重くなった。


 初代である俺がいなくなったあと。

 混乱したアルセディアを立て直し、約二十年間統治した二代目覇王。


 公式には病死。


 だが、実際には地方統治官たちによって暗殺されたと、ミラから聞いている。


『完全な犯行記録は、やはり残されておりませんでした』


「百年も前の暗殺だ。自白文でも残ってたら、そっちのほうが驚きだわな」


『ですが、複数の記録を照合することで、公式発表に大きな矛盾があることが分かりました』


「続けろ」


『まず、二代目様がお亡くなりになる三日前。王宮の警護責任者が、突然交代させられています』


「理由は?」


『公式記録には、病気による療養と記されています。ですが、その警護責任者は交代した翌日に地方へ送られ、その後の消息が分かっておりません』


「消されたか……」


『可能性は高いかと』


 ミラが別の紙をめくる。


『同じ日、当時の地方統治官七名が、王都にあるラングレイ家の邸宅へ集まっています』


「秘密会合か」


『表向きは、復興事業に関する相談となっております。しかし会合後、ギルベルト・ラングレイ派の商会や私兵団へ、多額の資金が移されていました』


「二代目が死ぬ前にか?」


『はい』


 警護の交代。


 地方統治官たちの会合。


 私兵への資金移動。


 その直後に、二代目が病死。


「死因は?」


『公式には、長年の過労による心臓の病です』


「診断した医師は?」


『二代目様の死後、ラングレイ家から領地と爵位を与えられています』


 分かりやすいな。

 誰がどう見ても怪しいじゃないか。


『さらに、二代目様の死から僅か十二日後。ギルベルト・ラングレイを三代目覇王へ推す文書が作成されています』


「選挙は?」


『国民投票が行われたという記録はありません』


「じゃあ、誰が決めた」


『二代目様の死の直前に集まっていた、七名の地方統治官です』


「真っ黒じゃねぇか!」


 病死とされた二代目。

 その死の直前に警護を入れ替え。

 私兵へ金を流し、死後十二日で次の覇王を決める。


 犯行現場を直接見た者はいない。

 だが、偶然で片づけるにはあまりにも都合がよすぎる。


『これらの記録の原本は、一部をギルド地下の旧書庫で発見しました』


「王家は把握してないのか?」


『廃棄済みとされていた書庫です。恐らく、処分したつもりだったのでしょう』


「よく見つけたな」


『長年、受付嬢をしておりますので』


 さらっと言うことじゃない。

 ミラが長生きしてくれていたことが、ここでも役に立っている。


「次だ」


『ラングレイ王家が正統性の根拠としている、継承文書についてです』


 初代覇王リンドウが、ラングレイ家へアルセディアを託した。


 そんな嘘を、現在の王家は国民へ教えている。


『王家が保管しているとされる原本そのものは、確認できませんでした』


「さすがに王城の中か」


『ですが、貴族や教会へ配布された写しが複数残っています』


「偽物だと証明できそうか?」


『はい』


 ミラの声に、僅かな力が入る。


『まず、文書に使用されている王家の紋章は、リンドウ様がお亡くなりになったとされる八年後に作られたものです』


「死んだ奴が、八年後の紋章を使って署名したのか。器用だな、当時の俺は」


 ザフィラが鼻で笑う。


「お前ならやりかねないと思われているのではないか?」


「死んでから未来の紋章を予言するほど万能じゃねぇよ」


『さらに、署名の形式が当時の正式文書と一致しておりません』


「どんな署名になってる?」


『『初代覇王リンドウ・アルセディア』と』


「誰だよそいつ」


『リンドウ様です』


「俺は国名を名字にした覚えなんかねぇ!」


 そもそも『アルセディア』は、俺がゲーム内で作った国の名前だ。


 俺の姓じゃない。


『当時のギルド記録、装備製作証明書、国庫取引書に残っている署名は、すべて『リンドウ』のみです』


「当然だろ。プレイヤーネームなんだから」


『そして、当時の重要文書は一人の署名では成立せず、内政官や各職業代表者の連名が必要でした』


「ああ。俺一人で勝手に決めたら、サポーター連中にしこたま怒られたからな」


『しかし、継承文書にはリンドウ様お一人の署名しかありません』


 使われた紋章は、俺の死後に作られたもの。


 署名は、俺が使っていた形式と違う。


 当時必要だった、内政官や各代表者の署名もない。


「偽物で確定だな」


『少なくとも、初代覇王ご本人が作成したものではないと示せます』


『……これが事実なら』


 それまで黙っていたクライブ伯爵が、重い声を出した。


『ラングレイ王家は、建国以来の正統な王家ではない』


「三代目の座を奪って、あとから世襲に変えた一族だ」


『我々貴族は、初代覇王様から統治を任された者たちだと教えられてきました』


「俺は、誰にも身分を世襲させてねぇよ」


 ゲームだった頃のアルセディアに、王族も貴族も存在しなかった。

 生まれや血筋で、誰かの価値が決まる国でもなかった。


 そんなもので、誰かの価値を決める国じゃなかった。


「俺が見てたのは、何ができるかと、何を目指すかだけだ」


『では……現在の制度そのものが』


「俺の名前を勝手に使って作った偽物だ」


 通信の向こうで、クライブ伯爵が息を吐く。

 まだ、俺が本物だと信じたわけではないだろう。

 だが、少なくともラングレイ王家の歴史に疑いは持ち始めている。


「ほかの証拠は?」


『『技術保護令』に関する記録です』


 ミラが、次の資料を読み上げる。


『過去百年間で、無許可の技術研究を理由に拘束された職人は、確認できただけで二千三百七十四名』


「二千……」


 アウラが顔をしかめる。


『没収された工房は八百十二か所。そのうち六割以上が、王家か貴族の管理する商会へ移されています』


「設計図は?」


『高位装備、魔道具、回復薬、農業器具など、合計五千点以上。多くが貴族家の秘匿技術として登録し直されています』


「人の技術を奪って、自分たちの物にしたんですか……!」


 カレンの声には怒りが滲んでいる。


『抵抗した職人の一部は、北部鉱山や王家の研究施設へ送られています。帰還記録のない者も多く……』


「技術を守るための法律じゃねぇ」


 知識を囲い込み。


 平民が強くなるのを防ぎ。


 従わない技術者を奴隷にする。


「貴族以外から、未来を奪うための法律だ」


『その運用を統括しているのが、宰相バルガス・ローデン公爵です』


「記録を持ってるのも、そいつか?」


『王都にある宰相府と、ローデン家の私設書庫に原本が保管されている可能性が高いです』


「なら殺すな。捕まえて、鍵を開けさせる」


 ザフィラが俺を見る。


「最初から捕らえるつもりなのか?」


「記録の場所を知ってる奴を、先に殺してどうすんだよ?これだから脳筋は……」


「お前な……」


 逃がすつもりはない。


 だが、殺すことと裁くことは違う。


「次」


『重税と借金奴隷に関する帳簿です』


 以前ミラから聞いた、幾重にも重ねられた税。


 収入税。居住税。所有税。取引税。工房税。

 営業許可税。討伐税。素材売却税。武装税。通行税。


『税を払えなかった民へ、王家や貴族系の金融商会が金を貸しています』


「それで返せなきゃ奴隷か」


『はい。確認できた借金契約のうち、三割以上で本人か家族が担保に設定されています』


 ノアが杖を握り締める。


『契約者が死亡したあと、子供へ債務が相続された記録もあります。中には、生まれた時点で売却先が決められていた子供も……』


「……よくもまあ、ここまでド腐れた仕組みを作れるな」


『徴税と借金奴隷制度を管理しているのは、財務卿オズワルド・ベイル侯爵です』


「こいつも生け捕り。帳簿も全部押さえる」


『奴隷として売られた者の多くは、ゲオルグ・ヴァンデル侯爵が管理する奴隷市場へ送られています』


 王都の奴隷市場。


 人を商品として並べ、値段をつけ、家族を引き離す場所。


「ヴァンデルも捕らえる。売買台帳を確保するまでは殺すな」


 ザフィラの尻尾が低く揺れる。


「抵抗した場合は?」


「殺せ」


 即答する。


「降伏するなら捕らえる。武器を持って逃げるなら脚を潰せ。奴隷を盾にするなら、その場で斬れ」


「分かった」


『続いて、冒険者ギルドに関する記録です』


 ミラの声が少し低くなる。


 長くギルドで働いてきた者として、思うところがあるのだろう。


『天鯨討伐へ送られた百名に対する、王家からの強制依頼書が見つかりました』


「原本か?」


『ギルド総長の承認印がある原本です』


 拒否すれば冒険者資格を剥奪。


 家族の財産を没収。


 抵抗した場合は、反逆罪として拘束。


『討伐対象の危険度についても、王家は事前に把握していました』


「対抗手段がないことも?」


『はい。その記録も残っています』


「つまり、死ぬと分かってて百人を送った」


『……そうなります』


 クライブ伯爵が小さく呻く。


『王家は、国民を守るための英雄的遠征だと発表していました』


「英雄にしたんじゃねぇ。殺して、口を塞いだだけだ」


『責任者は、冒険者ギルド総長ドレイク・ボルザです。王家からの命令を各支部へ伝達し、報酬の一部を横流ししています』


「ミラ。そいつのところへ入れるか?」


『ギルド本部へ入ること自体は可能です』


「証拠を確保できるか」


『内部の協力者が必要ですが、必ず見つけます』


「無理はすんな」


『この記録を見て、何もしないほうが無理です』


 その声に、迷いはなかった。


「分かった。だが、生きて帰れ。証拠よりお前の命が優先だ」


『……はい』


 次に読み上げられたのは、奴隷狩りの記録。


『騎士団の出動命令書が見つかりました』


 ザフィラの耳が僅かに動く。


『表向きの名目は、盗賊討伐、反乱鎮圧、魔物との内通者の排除』


「実際は?」


『襲撃後に生存者を拘束し、ヴァンデル侯爵の奴隷商会へ引き渡しています』


『……村の名前は』


 ザフィラが低い声で尋ねた。

 ミラが、いくつかの村名を読み上げる。

 その中の一つで、ザフィラの身体が止まった。


「そこだ」


『ザフィラさん?』


「私の村だ」


 部屋の空気が凍りつく。


『……命令書には、騎士団長サイラス・グランツの署名があります』


 ザフィラが目を閉じる。

 怒鳴らない。

 大鎌へ手を伸ばしもしない。

 ただ、静かに息を吐いた。


「奴隷商から騎士団への送金記録は?」


『ございます。村の住民を何人確保したかによって、金額が変わっています』


 人を捕まえた数が、そのまま報酬になる。


 騎士団と呼ぶのも反吐が出る。


「サイラスは、私が討つ」


 ザフィラが告げた。


「異論は?」


「ないな、好きにしろ」


 俺が答える。


「だが、復讐だけ見て全体を忘れんな」


「分かっている」


「本当に分かってるか?」


「奴を討つために、仲間を死なせるつもりはない」


 金色の瞳に、揺らぎはなかった。


「なら任せる」


 サイラスは捕縛対象から外す。

 奴隷狩りを指揮し、村を焼き、逃げた者を追い回した。


 今も同じことを繰り返している。

 そんな奴が武器を捨てる姿など、想像もできない。


『奴隷紋に関する資料もあります』


 ミラの言葉に、今度はノアが顔を上げる。


『宮廷魔導師団長エルネス・ヴォルフが、奴隷紋の研究と改良を担当しています』


「改良?」


『逃亡時に苦痛を与える術式。主人へ逆らった場合に身体を動かなくする術式。遠隔で命を奪う術式などです』


「人間で試したのか」


『はい。研究記録には、実験体と記されています』


 ノアの顔から血の気が引く。


『死亡者の数も……残っています』


「そいつの研究施設はどこだ」


『奴隷市場の地下です』


「ノア班に任せる」


「私たちが……」


「奴隷市場を押さえて、研究記録を確保しろ。生き残ってる奴がいたら救出」


「エルネスは?」


「降伏するなら捕らえろ」


 俺は少し考え、続ける。


「だが、奴隷紋を使おうとした瞬間に殺せ。迷うな」


「はい」


『そして最後に、『鉄の掟』禁止令です』


 紙を広げる音。


『発令者は、現在のラングレイ王です』


「理由は?」


『身分を問わず強さと知識を求める思想は、貴族を中心とする国家秩序を乱すため、と』


「……最後まで俺の言葉を理解してねぇな」


『禁止令には、鉄の掟を公の場で唱えた者を危険思想の扇動者として拘束する、と記されています』


「俺の言葉を使って王を名乗りながら、俺の言葉を禁じたのか」


『はい』


「……上等だ」


 腹の底が冷えていく。

 怒鳴る気にはならなかった。

 ここまで来れば、怒りよりもやるべきことのほうが明確だ。


 ラングレイ王家は、ただ腐敗したんじゃない。


 俺たちが作った国を奪い。

 歴史を書き換え。

 民から技術を取り上げ。

 税と借金で奴隷へ落とし。

 逆らう者を殺し。

 俺の名前を、すべての正当化に使った。


「王家直属のSSランクは?」


『三名とも、王都にいることが確認されています』


 『白銀剣』アルド・フェルゼン伯爵。


 職人たちによる抗議を武力で鎮圧。

 武器を持っていなかった者も斬り、反乱討伐として処理した。


 『灰炎』メルディア・グレイン子爵。


 奴隷狩りの際、住民を逃がさないために村へ火を放った。

 生存者を捕らえ、ヴァンデル侯爵へ引き渡している。


 『鉄穿』バルガン・ドロスト伯爵。


 徴税隊と奴隷輸送隊の護衛。

 抵抗した民を公開処刑し、見せしめにしてきた。


「三人とも、武器を持って出てくるだろうな」


 カレンが呟く。


「説得するのか?」


「一度だけ投降を勧める」


「聞かなければ?」


「討つ」


 敵だから殺すんじゃない。

 爵位を持っているから殺すんでもない。


 武器を向け。

 命令に従い、民を殺し。

 今もそれを続けようとしている。


 なら討つ。


『リンドウ殿』


 クライブ伯爵が、こちらを呼ぶ。


『あなたは以前、王族と貴族を全員斬首すると仰っていたそうですね』


 おいミラ……そこまで話したんか己は……。


『事実ですので』


「最初は、そう思ってたよ」


 この国の現状を聞いた直後。

 腹が立って。

 全部まとめて潰してやると考えた。


「だが、貴族の中にも、お前みたいな奴はいる」


『私が善良な人間だと?』


「知らん」


『……随分と率直ですね』


「ローズを助けようとしてた。それだけは知ってる」


 自分の娘だからかもしれない。

 領民へ同じように接しているかは、まだ分からない。


「罪を犯した奴は裁く」


 ザフィラたちへも聞かせるように、ゆっくりと言う。


「武器を向けてくる奴は討つ」


 貴族であろうと。


 騎士であろうと。


 冒険者であろうと。


「だが、貴族だからって理由だけで殺すつもりはねぇ」


『では、貴族制度を残されるおつもりですか?』


「それも今すぐは決めねぇ」


 国を奪い返した翌日に、すべての制度を消せばいいわけじゃない。


 土地を管理している者。

 食料を動かしている者。

 治安を守っている者。


 全部追い出せば、困るのは国民だ。


「使える仕組みは使う。変えるべきところは変える」


 そして、どうしても残してはいけないものは壊す。


「俺が壊したいのは身分じゃない」


 人間を生まれで分ける思想。

 技術を独占する制度。

 働くほど奴隷へ近づく税。

 人の命を商品にする仕組み。


「人を踏みにじる仕組みだ」


 通信の向こうで、長い沈黙が続いた。


『……私の領地からも、毎年多くの税が王都へ送られています』


 クライブ伯爵が語り始める。


『税を減らそうとすれば、王家から監査官を派遣される。足りない分は領主が補填しなければならず、逆らえば爵位を剥奪すると脅される』


「だから従ってきた?」


『領民を守るためだと、自分へ言い聞かせてきました』


 声には、苦いものが混じっている。


『ですが、結果として王家へ金を送り、その金が奴隷狩りや技術者の弾圧へ使われていた』


「今までのことを責めるつもりはねぇよ」


『なぜです』


「過去を責めて、明日の協力が消えるなら意味がない」


 許すかどうかを決めるのは、被害を受けた者たちだ。


 俺じゃない。


「俺に頭を下げろとは言わねぇ」


 忠誠もいらない。


 建国者だと認める必要もない。


「領民を守りたいなら、ラングレイ王家へ援軍を送るな」


『……王家から出兵命令が届けば、拒否した時点で反逆となります』


「だから何だ」


『私だけではなく、家族も領民も反逆者として扱われます』


「王都は一晩で落とす」


『簡単に仰いますが――』


「反逆罪で裁く王家を、翌朝まで残さなきゃいい」


 クライブ伯爵が息を止める。


 俺は冗談で言っていない。


 命令が届き。

 地方軍が集まり。

 王都へ向かうまでには時間がかかる。


 その時間を与えなければいい。


「それと、王都の地図を貸せ」


『地図を?』


「詳細なやつだ。城門、騎士団本部、奴隷市場、冒険者ギルド、通信塔、王城。地下通路があるなら、それも」


『それを使って、二十五人で王都を攻めるおつもりですか?』


「正確には、俺を入れて二十六人」


『増えても一人です!』


 クライブ伯爵の大声が通信越しに響く。


「大丈夫だ。平均レベルはかなり上がった」


『人数の問題です!』


「天鯨討伐へ送られた百人より、こっちの二十五人のほうがよっぽど強ぇぞ」


『比較対象がおかしい!』


 ミラの隣で、頭を抱えている姿が想像できる。


「国全体と戦うわけじゃねぇ」


 王都の民も。

 末端の兵も。

 地方の領主も。


 全員が敵ではない。


「王都の中枢だけを同時に潰す」


 指揮系統。通信。騎士団本部。奴隷市場。王城。


 それらを一夜で押さえる。


「クライブ伯爵には、王都外から増援が入らないようにしてもらいたい」


『私一人で、すべての道を塞ぐことはできません』


「全部じゃなくていい。お前の領地を通る部隊を止めろ。それと、信用できる領主がいるなら声をかけろ」


『何と伝えるのです』


「王都から出兵要請が届いても、夜明けまで待てってな」


『夜明けまで……』


「夜が明けたとき、ラングレイ王政は終わってる」


 再び沈黙。


 長い。


 だが、今度は迷っているというより、決意を固めているように感じた。


『一つ、条件があります』


「言ってみろ」


『王都の民を戦いへ巻き込まないこと』


「当然だ」


『降伏した兵を殺さないこと』


「一つじゃねぇじゃねぇか。まぁそれも約束しよう」


『略奪を許さないこと』


「俺たちは盗賊じゃねぇ」


『そして、王都が混乱した際には、食料と治療薬を運び込むことを認めていただきたい』


「むしろ頼むことになる」


 王を倒したあと。

 店が閉まり。

 物流が止まり。


 民が飢えれば、国を取り戻した意味がない。


『……分かりました』


 クライブ伯爵が、はっきりと告げる。


『王家への援軍は送りません』


 部屋にいた全員の表情が変わった。


『私の領地を通る部隊についても、可能な限り足止めします』


「助かる」


『王都の詳細地図、城門の交代時間、騎士団の配置、地下通路についても提供しましょう』


「避難場所は?」


『王都西側に、私の商会が管理する倉庫があります。戦闘に巻き込まれた市民を受け入れられます』


「食料と薬は?」


『既に集め始めています』


「準備がいいな」


『協力すると決めてから準備したのでは、間に合いませんから』


 俺を信じていたわけではない。


 それでも、可能性に備えて動いていた。


「やっぱり、お前は使えそうだな」


『もう少し言い方があるでしょう』


「頼りになる」


『後から言い直されても、あまり嬉しくありません』


 面倒な奴だ。


 だが、味方としては悪くない。


「クライブ伯爵」


『はい』


「俺が本物の初代覇王か、まだ信じられないか?」


 少しの沈黙。


『正直に申し上げれば、まだ完全には』


「それでいい」


『ですが――』


 クライブ伯爵の声が、僅かに柔らかくなる。


『少なくとも、現在のラングレイ王よりは、あなたへ国の未来を預けてみたいと思っています』


「十分だ」


 通信を終える直前、ミラが告げた。


『地図と資料の写しは、クライブ伯爵家の信頼できる方に届けていただきます』


「いつ届く?」


『今夜には』


「早いな」


『伯爵様が、先に使者を拠点近くまで向かわせてくださっていました』


 やっぱり準備がいい。


「ミラ。引き続き、ギルド内部の証拠を集めろ」


『はい』


「危なくなったら、証拠を捨てて逃げろ」


『承知しております』


「本当か?」


『リンドウ様ほど命知らずではございません』


「それなら安心だな」


『褒めておりません』


 通信が切れる。


 静かになった部屋で、ザフィラが俺を見る。


「本当に、ラングレイ王を殺さないのか?」


「ああ」


「私なら、あの場で首を刎ねる」


「気持ちは分かる」


 王は最高責任者だ。


 死んで当然だと思う者も多いだろう。


「だが、あいつには国民の前で、自分たちが何をしてきたか聞かせる」


 偽造した歴史。

 奪った技術。

 売った人間。

 殺した冒険者。

 焼いた村。


「死ぬより先に、全部失わせる」


 王座も。

 権威も。

 初代覇王の名を利用して作った、正統性も。


「そのうえで、どう裁くかは、この国の人間が決めればいい」


「……そうか」


 ザフィラはそれ以上、何も言わなかった。


 ♢


 その日の夜。


 クライブ伯爵家の紋章を持つ使者が、拠点へ到着した。

 荷台へ積まれていたのは、食料や薬品。

 そして、厳重に封をされた細長い筒。

 俺は全員を拠点の中央へ集める。

 筒から取り出した紙を、即席の台の上へ広げた。


 王都アルセディア。


 外壁。四つの城門。騎士団本部。

 冒険者ギルド本部。奴隷市場。魔術通信塔。

 そして、中央に聳える王城。


 細い通路から地下水路まで、細かく記された地図だった。


 二十五人が、地図を囲む。


 ザフィラが王城を見つめ。

 アウラは門と避難路を確認する。

 テオは地下通路へ目を走らせる。

 カレンは騎士団本部との距離を測り。

 ノアは奴隷市場へ指を置いた。


 俺は、王都全体を見渡す。


 敵は分かった。

 罪も。証拠も。味方も。

 そして、戦場も。


「さて」


 俺は地図の中央へ手を置いた。


「王都の落とし方を決めようか」


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