25:覇王、天殻を双剣へ変える。
目を覚ました俺は、天井を見上げたまましばらく動けなかった。
「身体が……重い……。あと、全身いてぇ……」
三週間近く、常夜のダンジョンへ籠もり続けたんだ、そりゃそうなる。
レベルはカンストしたし、欲しかった天殻も二種類そろった。
代償がこれかぁ……生身でやれる限界を見るのにいい機会だったのかもなぁ……。
「起きたか」
声のした方を見ると、入口にザフィラが立っていた。
「あぁ……ザフィラか。今、何時だ?」
「昼を少し過ぎたところだ」
「昼!?」
慌てて身体を起こす。
だが、頭へ鈍い痛みが走り、再び寝台へ沈みかけた。
「無理をするな。昨夜戻ってから、半日以上眠っていた」
「鍛冶が……俺のツヴァイが……」
「天殻は逃げない」
「お前、素材がそろった状態で半日待たされる鍛冶師の気持ちが分かるのか!?」
「寝言でも天殻がどうのと騒いでいた男の気持ちなど、分かりたくもない」
ザフィラが呆れた顔で食事を差し出す。
「まず食べろ。鍛冶場で倒れられても困る」
「……わぁったよ」
俺は素直に受け取った。
♢
食事を終えると、すぐに作業小屋へ向かった。
中央の台へ、二枚の天殻を並べる。
光さえ呑み込む漆黒の『黒蝕竜の天殻』。
淡い月光を放ち続ける『狂月竜の天殻』。
二枚が隣り合っただけで、周囲の魔力が僅かに震えている。
「これが、お前の欲しがっていた素材か」
ザフィラの後ろには、アウラ、テオ、カレン、ノアも集まっていた。
「そうだ、そうだよ……。こいつをドロップするために何十回あの双竜をシバいたことか……!!」
「途中から数えていなかっただろう」
「五十からあとは数えてない、精神衛生上よろしくないからな」
幸い、ただ無心で周回していたわけじゃない。
天殻が落ちるまでの間、通常素材を使って何度も試作を重ねていた。
黒蝕竜の鱗に狂月竜の角。
翼膜、魔石。爪と牙。
天殻そのものではないが、素材が持つ性質を調べるには十分だった。
黒蝕竜の素材は、熱と魔力を吸収する。
普通の炉へ入れても、周囲の熱を呑み込むばかりで、なかなか軟化しない。
無理に高温へ晒せば、内部に溜め込んだ魔力が一気に噴き出す。
狂月竜の素材は、その逆だ。
与えた魔力を増幅し、光として外へ放出する。
加工自体は黒蝕より容易だが、魔力を流しすぎれば素材が勝手に形を変える。
さらに厄介なのが、この二つを近づけたとき。
黒蝕が狂月の魔力を吸い。
狂月が奪われた以上の魔力を生み出す。
その結果、際限なく魔力が循環し、最後には両方とも砕ける。
「つまり、相性が悪いのか?」
アウラが尋ねる。
「単純に一つへ混ぜるなら、最悪だな」
「では、なぜ二つを使う?」
「相性が悪いからだよ、頭使え黒猫」
ザフィラが眉をひそめる。
「意味が分からん!あと私は猫じゃない!」
「同じ性質の素材で二本作っても、ただの双剣だ。反対の力を持つ二本だからこそ、互いの欠点を補えるんだよ」
黒蝕は、魔力を吸収するほど重くなる。
狂月は、魔力を放出するほど制御が難しくなる。
なら、黒蝕が吸った魔力を狂月へ送り。
狂月が生み出した余剰魔力を、黒蝕へ戻せばいい。
二本の剣に、鏡合わせの魔力回路を刻む。
それぞれを独立した武器として作りながら、一対の装備として循環させる。
「単体では不完全なんだよ、こいつは」
俺は二枚の天殻へ触れた。
「二本そろって、初めて完成する」
だから、片方だけでは帰れなかった。
♢
『簡易鍛冶炉』へ火を入れる。
最初に加工するのは、『黒蝕竜の天殻』。
炉の温度を上げるが、黒い天殻は熱を吸い込み続ける。
周囲が赤く染まっても、素材そのものは漆黒のままだ。
「まだ足りねぇな」
魔鉱を砕き、燃料へ追加する。
さらに炉へ魔力を流し、内部の温度を一気に引き上げた。
天殻の表面に、僅かな赤い亀裂が走る。
「よっしゃ、今だ!」
火ばさみで取り出し、金床へ載せる。
槌を振り下ろす。
甲高い音。
腕へ跳ね返る衝撃だけで、骨が軋みそうだ。
それでも止めない。
叩くたび、漆黒の天殻が少しずつ細長い形へ変わっていく。
刃の長さは、片手で扱える程度。
フィーアよりも遥かに軽く、小回りが利く、接近戦で振り回し続けるための剣だ。
「黒蝕は、影へ干渉する」
黒い刃へ魔力を流す。
刀身の輪郭が薄れ、床へ落ちていた俺の影へ食い込んだ。
刃が床へ触れていないにもかかわらず、影だけが切れている。
「影を使った移動、分身体、隠密。そういうスキルごと斬れるようにする」
「テオの『影渡り』もか?」
「うまく当てればな。スキルを切るのは判定が結構シビアなんだよ」
テオの耳が警戒するように立った。
「俺には向けるなよ」
「悪いことしなきゃ斬らねぇよ」
「その言い方が一番怖い」
刃の形を整えたあと、中心へ細い魔力回路を刻む。
黒蝕が吸収した魔力を、柄の末端へ流すための経路だ。
次は『狂月竜の天殻』。
炉へ入れた瞬間、青白い光が内部を満たした。
黒蝕とは逆に、熱へ反応して魔力を放出している。
「死んでまで暴れんなよ……このクソ竜が!」
魔力の流れを抑えながら、天殻を軟化させる。
金床へ載せ、槌を振るうたび、青白い火花が散った。
同じ長さで同じ重量。そして同じ重心。
だが、性質は真逆。
完成へ近づくほど、白銀の刃から月光のような斬撃が漏れ始める。
軽く振っただけで、空中へ細い三日月が残った。
「触るなよ」
俺が告げた直後、三日月が少し離れた木材を切断した。
カレンが興味深そうに刀身を見る。
「斬撃が、その場へ残るんですか?」
「ああ。振った軌道へ月の刃を残す。回避したと思った相手を、遅れて切り裂く」
「厄介極まりないですね……」
「だろ?」
狂月の刃にも、黒蝕と鏡合わせになる魔力回路を刻む。
黒が吸って、白が放つ。
白が溢れれば、黒へ流す。
黒が重くなれば、白が魔力を引き抜く。
二本の剣を銀糸と魔鉱で作った環へつなぎ、一時的に魔力を循環させる。
瞬間、作業小屋全体が大きく揺れた。
「リンドウ!」
「動くな!」
漆黒と月白。
二色の光が、二本の剣の間で激しくぶつかり合う。
黒い剣が白の魔力を呑み込む。
月白の剣が、さらに強い光を放つ。
循環が速すぎる。
このままでは、天殻そのものが耐えられない。
「やっぱり、ただつなぐだけじゃ駄目か!」
魔力回路の一部を、槌の先で潰す。
流れを止めるのではない、狭める。
送り込む魔力の量を、それぞれ違う幅へ調整する。
黒蝕は、多くを吸わせすぎない。
狂月は、一度に放出させすぎない。
二本の中を流れる魔力が、徐々に一定の速度へ落ち着いていく。
やがて、漆黒と月白の光が互いの柄へ吸い込まれた。
「……成功か?」
ザフィラの問いには答えず、二本の剣を手に取る。
右手に黒。
左手に白。
黒い刃を振るう。
直後、月白の剣が一瞬だけ軽くなった。
続けて白を振るう。
今度は、黒い剣の重さが消える。
「っ!」
交互に振るたび、次に振る剣が軽くなる。
片方が生んだ運動と魔力を、もう片方へ渡している。
連撃を止めなければ、速度は際限なく上がっていく。
だが、片方だけを使えば、この効果は発生しない。
「完璧だ」
二本を金床へ置き、最後の調整を施す。
柄頭の魔力回路を完全に閉じる。
握りへ黒と白の糸を巻く。
刀身へ、二本を一対として認識させる術式を刻む。
そして――最後の一打。
槌を振り下ろした。
高く澄んだ音が、作業小屋から空へ響き渡る。
『双剣が完成しました』
『完成ランク:S』
『固有効果《影断》が付与されました』
『固有効果《残月》が付与されました』
『武器効果《双環加速》が付与されました』
『鍛冶師のレベルが上がりました』
レベルアップ通知が立て続けに流れる。
確認すれば、《鍛冶師》はLv28からLv34へ到達していた。
「っしゃあああああ!」
思わず両腕を上げる。
「最高だ! これだから鍛冶はやめらんねぇ!」
「先ほどまで倒れそうだった男とは思えんな」
「新武器が完成したんだぞ!? 疲労なんか吹っ飛ぶに決まってんだろ!」
「吹っ飛んではいない。足が震えているぞ」
「これは感動による震えなんですぅ!」
俺は二本の剣を持ち上げる。
黒い刃は、光だけでなく気配さえ薄い。
意識して見なければ、刀身の長さを見誤りそうになる。
月白の刃は淡い光を放ち、振るう前から空中へ細い三日月を描いていた。
「これが……『ツヴァイ』」
二本で一つ。
俺の接近戦を担う、新しい武器だ。
♢
だが、完成しただけでは終わらない。
この二本を、召喚対象へ登録する必要がある。
あらかじめ捕まえておいた二体のスライムを、作業小屋の外へ運ぶ。
「また、あの外法を使うのか」
ザフィラが腕を組む。
「外法じゃねぇ。『召喚士の脱獄』だ」
「名前からして外法だろう」
「仕様の隙を突いた、由緒正しき高等技術です」
最初のスライムへ『契約』を発動する。
契約処理が始まった瞬間、黒い剣をスライムへ触れさせた。
対象認識が、魔物と武器の間で揺れる。
処理が確定する直前に、契約を強制解除。
『契約処理に異常が発生しました』
『召喚対象として武器が登録されました』
「一振り目、成功」
続いて、月白の剣。
同じ手順で処理を割り込ませる。
『契約処理に異常が発生しました』
『召喚対象として武器が登録されました』
「二振り目も成功!」
「本当に、そのような使い方をして問題ないのですか……?」
ノアが心配そうに尋ねる。
「120年前は問題なかった」
「今も大丈夫だという根拠になっていませんが……」
「今成功したから大丈夫!」
俺は二本を一度『インベントリ』へ収納した。
「それじゃ、試し斬りといくか」
♢
拠点の外。
訓練場から離れた空き地へ、全員が集まった。
俺が手にしているのは、巨投剣『フィーア』だけ。
「ツヴァイを試すのではなかったのか?」
カレンが尋ねる。
「最初から持ってたら、多種武器戦闘にならねぇだろ」
フィーアを持ち上げ、遠く離れた岩へ狙いを定める。
「行くぞ!」
全力で投げ放つ。
四枚刃が回転し、地面を削りながら岩の上空へ飛んでいく。
「『座標転移』!」
視界が切り替わる。
一瞬でフィーアの位置へ移動し、上空へ放り出された。
落下が始まる。
空中でフィーアを召喚解除。
巨大な投剣が光へ変わり、手の中から消えた。
「『ツヴァイ』!」
代わりに、両手へ漆黒と月白の剣が現れる。
武器を取り出す動作はない。
鞘から抜く隙もない。
着地と同時に黒い剣を振り抜いた。
岩へ伸びていた影が切断される。
影を失った部分から亀裂が入り、巨岩が大きく傾いた。
続けて月白。
三日月の斬撃が岩の表面へ残る。
さらに黒。
交互に振るたび、剣の重量が消えていく。
連撃速度が上がる。
斬撃の間隔が縮まり、黒と白の軌跡が一つの円へ変わった。
最後の一撃。
二本を交差させ、岩の中心へ叩き込む。
少し遅れて、空中へ残っていた無数の三日月が一斉に走った。
巨岩が、細かな破片へ崩れ落ちる。
「……やっべぇな」
これは想定以上だ!
フィーアで座標を作って転移、そのあと空中で召喚解除したうえでツヴァイへ切り替える。
着地と同時に接近戦。
相手が距離を取れば、再びフィーアを召喚して投げる。
武器を持ち替えるタイムラグは、一切ないと来た。
召喚と解除を繰り返せば、戦況に合わせて攻撃方法そのものを変えられる。
『レムオン』時代と大きくシステム的なものは変わらない。
というか、ゲーム特有のタイムラグがない分、若干調整が難しいんだが……。
まぁ慣れりゃ何とかなる話だな!
うむ、余は満足じゃ。
「お前は一体、いくつ武器を持つつもりだ……?」
ザフィラが、砕けた岩を見ながら呆れている。
「んーそうだな、全盛期と同じ七つだな」
「七つだと!?それを全て扱えるというのか……」
「世界一位を取るのに、手札が多すぎて困ることなんかねぇよ」
フィーアは、投擲と転移。
ツヴァイは、接近戦と高速連撃。
まだ二種類。
『アイン』から『ズィーヴェン』まで。
七つすべてを携えたとき、俺は世界一位だった頃の戦闘スタイルを完全に取り戻す。
レベルは100。
二十五人の戦力も整いつつある。
フィーアとツヴァイ。
そして、俺が鍛えた仲間たちの武器。
国を取り戻すための刃は、これですべてそろった。
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