23:覇王不在、黒豹は群れを率いる。
――国取り宣言から一日目。
リンドウたちが拠点を発った、その日の朝。
「ザフィラ。残る20人はお前に預ける。俺が帰ってくるまでに、全員まともに戦えるようにしろ」
あの男は、簡単にそう言い残していった。
さらに、
「お前自身もレベル80を超えておけ」
などという無茶まで押しつけて。
アウラ、テオ、カレン、ノアを連れ、北へ向かって歩いていくリンドウの背中を見送りながら、私は深く息を吐いた。
「勝手な男だ……」
「ザフィラ、どうする?」
声をかけてきたのはダンだった。
リンドウに鍛えてもらった長剣と小盾を身につけ、残された19人と共に私の指示を待っている。
獣人。
エルフ。
人間。
職業も、得意な武器も、戦い方も異なる。
共通しているのは、奴隷として扱われたか、奴隷狩りによって何かを奪われた者だということだけ。
これまでの私たちは、追われれば逃げた。
捕らわれた仲間がいれば救った。
どうしても逃げられなければ戦った。
だが、自分たちから国を取り戻すために戦ったことなど、一度もない。
「まずは五人ずつ、四つの班に分ける」
「隊長は?」
「まだ決めない」
私が答えると、何人かが不安そうに顔を見合わせた。
「先頭も、指示を出す者も、攻略するたびに替える。誰が何に向いているのか、私もまだ分からないからな」
「俺たちで、グールキングと戦うのか?」
「ああ」
「ザフィラも一緒だよな?」
「同行はする」
安堵した空気が広がる。
私は、その空気を断ち切るように続けた。
「だが、簡単には手を出さない」
全員の表情が固まった。
「リンドウが一か月後に国を落とすと言った。そのとき、あの男一人にすべてを任せるつもりか?」
「それは……」
「私たちが戦えなければ、結局は守られるだけだ。昨日までと何も変わらない」
胸元に残る奴隷紋が、僅かに疼いた気がした。
奪われ、縛られ、誰かに命を握られる。
もう二度と、そんな生き方へ戻るつもりはない。
「まずは第一班からだ。残る三班は後方で待機。攻略を見ながら、自分ならどう動くか考えろ」
私は大鎌『クロノア』を担ぎ、『亡者の地下墓地』へ向かった。
♢
最初の攻略は、酷いものだった。
「前衛、下がれ!」
ダンの盾へ、グールキングの棍棒が振り下ろされる。
衝撃に耐え切れず、その身体が後方へ吹き飛んだ。
「ダン!」
仲間の一人が駆け寄ろうとする。
「来るな!」
ダンが叫ぶが、既に遅い。
巨大な棍棒が、二人まとめて薙ぎ払おうとしている。
「ちっ!」
私は地面を蹴った。
『クロノア』の柄を棍棒へ打ちつけ、軌道を逸らす。
そのまま刃を返し、グールキングの腕を切り落とした。
「今だ! 全員で畳みかけろ!」
五人が一斉に攻撃する。
だが、互いの動きを見ていない。
槍と剣がぶつかり。
弓を放とうとした者の前へ、別の仲間が飛び出す。
回復役は小さな傷まで治そうとして、既に魔力を半分以上失っていた。
「下がれ!」
私は再び前へ出る。
グールキングの爪を避け、大鎌を足首へ引っかける。
巨体を地面へ倒し、その首を刎ねた。
『『グールキング』を討伐しました』
討伐通知が流れ、五人のレベルが上がる。
誰も死んではいない。
負傷者も軽傷だけだ。
「やった……」
「俺たちでも倒せたぞ!」
喜ぶ五人を前に、私は胸を撫で下ろした。
初回なら、悪くない。
危なくなれば私が助ければいい。
そう思っていた。
だが、二班目も同じだった。
前衛が崩れれば、私が止める。
後衛へ敵が迫れば、私が倒す。
回復が間に合わなければ、私が薬を投げる。
三班目。
四班目。
結局、すべての班で私がグールキングへ大きな傷を負わせ、とどめまで手伝った。
全員のレベルは上がった。
誰一人として、死ななかった。
それなのに――。
「どうだった?」
攻略を終え、焚き火を囲んだところで尋ねる。
「ザフィラがいれば、グールキングも怖くないな」
返ってきた言葉に、私は黙り込んだ。
私がいれば。
その言葉が、胸へ引っかかった。
こいつらは確かに強くなった。
だが、戦い方は何も変わっていない。
危なくなれば私を見る。
判断に迷えば私の指示を待つ。
どうせ最後には私が助けると思っている。
これでは、リンドウどころか、私がいなければ何もできない。
『自分が強いことと、他人を強くできることは別だ』
いつだったか、リンドウに言われた言葉が頭へ浮かんだ。
「……腹が立つ」
「え?」
「なんでもない」
あの男の言葉が正しかったことが、一番腹立たしい。
♢
二日目。
第一班がグールキングの部屋へ入る前に、私は告げた。
「今日は、私から助けには入らない」
「昨日も同じことを言ってなかったか?」
「昨日は私が間違えた」
五人が目を瞬く。
「お前たちを死なせたくないと思うあまり、私がすべて片づけた。それでは意味がない」
「でも、本当に危なくなったら?」
「死ぬ寸前なら助ける」
「寸前って……」
「安心しろ。死なせはしない」
ただし、それまでは自分たちでどうにかしろ。
五人が不安を隠せないまま、ボス部屋へ入る。
グールキングが立ち上がった。
「前衛、行くぞ!」
ダンが盾を構える。
棍棒を受け、昨日と同じように体勢を崩した。
反射的に『クロノア』へ手をかける。
だが、動かなかった。
「ダン、下がれ!」
仲間の槍使いが前へ出る。
「何をしている! お前では受けられない!」
「受け止めるんじゃない! 一撃だけ引きつける!」
槍使いがグールキングの足へ攻撃を入れ、意識を自分へ向ける。
その間にダンが立ち上がった。
「交代する!」
二人が位置を入れ替える。
グールキングの棍棒が、再びダンの盾へ叩きつけられた。
「後衛、今だ!」
矢と魔法が巨体へ突き刺さる。
昨日よりも攻撃回数は少ない。
時間もかかっている。
傷も増えている。
それでも、五人は自分たちで戦っていた。
ダンの体力が減れば、槍使いが敵を引きつける。
槍使いが傷つけば、後衛が攻撃を集中させて隙を作る。
誰か一人が倒れるまで戦わせるのではない。
互いに負担を受け渡しながら、戦い続ける。
「ダン、残り体力は!」
「四割!」
「次の一撃を受けたら替われ!」
「分かった!」
残り体力を伝える。
仲間の状態を見る。
自分だけで無理をしない。
その小さな変化が、昨日にはなかった。
最後はダンの剣が、グールキングの喉を切り裂いた。
『『グールキング』を討伐しました』
五人がその場へ倒れ込む。
「……勝った」
「ザフィラが、何もしなくても……」
「何もしていないわけではない。ずっと見ていた」
「見ていただけだろ」
「それがどれだけ大変か、いつか教えてやる」
口ではそう返しながらも、胸の奥に熱いものが広がった。
昨日、私が倒したときより、ずっと時間がかかり、ずっと不格好で。
それでも、今日の勝利のほうが遥かに価値があった。
♢
五日目。
「交代!」
前衛の声と同時に、傷ついた剣士が後ろへ下がる。
代わりに槍使いが前へ出て、グールキングの攻撃を受け流した。
彼らに、この交代を『スイッチ』と呼ぶように教えた。
前衛が一人で耐え続けるのではない。
体力や技能の再使用時間を確認しながら、交代する。
「後衛、残り魔力!」
「六割!」
「私は四割!」
「回復役は温存! 攻撃魔法を減らせ!」
互いの体力と魔力を報告する。
誰かが傷つけば、すぐに回復するのではなく、まだ動けるかを本人へ確認する。
七日目には、前衛が敵だけでなく、後衛の位置まで見るようになった。
「そこに立つな! 棍棒を避けたら後ろの弓使いへ当たる!」
自分が避けられるかではない。
自分が避けたあと、攻撃がどこへ向かうかまで考える。
十日目。
第三班の一人が、グールキングの爪を受けて足を負傷した。
「置いていけ!」
本人が叫ぶ。
「まだ戦える!」
「無理だ!」
「全員で下がるぞ!」
残る四人が負傷者を囲む。
一人が肩を貸し、二人が左右を守り、最後の一人がグールキングを牽制する。
倒すことを諦め、全員でボス部屋から撤退した。
「なぜ逃げた」
帰還後、私は尋ねる。
「このまま戦えば勝てたかもしれない」
「でも、一人死んだかもしれない」
指示役を務めていた男が答える。
「倒すことより、五人で帰るほうを選んだ」
「そうか」
私はそれ以上、何も言わなかった。
だが、尻尾が僅かに揺れるのを止められなかった。
逃げることしかできなかった者たちが……。
今は、仲間を連れて帰るために撤退を選んだ。
同じ逃げるという行動でも、その意味はまるで違う。
♢
二十人の指導を終えたあと。
私には、もう一つの仕事が残っていた。
「……眠い、クソ。リンドウのやつ、帰ったら覚えておけ」
夜。
全員が寝静まった拠点を抜け出し、私は一人で『亡者の地下墓地』へ潜る。
表のルートではない。
壁の奥に隠された通路を通り、『アノマリー・ロード』の待つ部屋へ向かう。
『『アノマリー・ロード』が出現しました』
骸骨の魔術師が杖を掲げる。
亡者の群れが、床から次々と這い出してきた。
「悪いが、今日は急いでいる」
『クロノア』を振り抜く。
大鎌の重さを利用し、亡者をまとめて壁へ叩きつける。
『アノマリー・ロード』が詠唱を始めた瞬間、その懐へ潜り込んだ。
杖を刃で跳ね上げ、柄で胸を打つ。
壁へ追い込み。
逃げ道を塞ぎ。
リンドウから叩き込まれたとおり、反撃する暇を与えず攻撃を続ける。
『『アノマリー・ロード』を討伐しました』
『ザフィラのレベルが上がりました』
通知を確認する。
まだ、Lv80には遠い。
「朝までに、もう一周だ」
昼は二十人を見る、夜は一人でロードを狩る。
眠る時間は削られ、身体の疲労は抜けない。
食事中に意識が飛びそうになり、ダンに声をかけられたこともあった。
「ザフィラ、少し休んだほうがいい」
「問題ない」
「目の下が黒いぞ」
「元から黒い毛だ」
「顔の話だ」
「うるさい」
休んでいる暇などない。
リンドウに任された二十人を、一人も死なせない。
そして、命じられたLv80へ到達する。
あの男が帰ってきたとき、「できなかった」などと口が裂けても言いたくない。
それだけは、絶対に嫌だった。
♢
十四日目。
最初に比べれば、グールキングの周回速度は半分以下になっていた。
五人ずつの班でも、安定して攻略できる。
前衛が後衛を見て。
後衛が前衛の消耗を報告し。
負傷者が出れば守りながら退く。
誰か一人が強いわけではない。
五人が、互いの足りない部分を埋めている。
彼らはもう、奴隷狩りから逃げるだけの集団ではなかった。
仲間を守るために剣を握り、誰かを生かすために盾となり、自分たちの意思で進む方向を決める。
まだ軍隊とは呼べない。
だが、一つの群れにはなり始めていた。
「次は四班を同時に動かす必要があるな……」
問題は、誰に各班を任せるか。
二十人の中にも、指示を出せる者はいる。
だが、王都で強敵を相手にするには、戦力も経験も足りない。
リンドウが連れていった四人。
あいつは、最初から彼女たちを班の中心へ据えるつもりだったのだろう。
「……どこまで先を見ているんだ、あの男は」
単に思いつきで動いているようにしか見えないときも多いが。
♢
国取り宣言から十八日目。
その日の訓練を終えた頃、拠点の外から足音が聞こえた。
私は即座に『クロノア』を手に取る。
敵ではない。
だが、二人でも三人でもない。
複数の人間がこちらへ近づいてくる。
「ザフィラ!」
聞き覚えのある声。
最初に姿を現したのは、大盾を背負ったアウラだった。
その後ろにテオ。
カレン。
そして、『冥杖・ウロボロス』を抱えたノア。
「戻ったか」
「ああ」
四人とも、出発時より遥かに強い魔力を纏っている。
アウラはLv79。
テオはLv77。
カレンはLv80。
ノアはLv78。
数字だけを見ても、別人のように成長していた。
だが、私が最初に気づいたのはレベルではない。
アウラは拠点へ入る前に、全員が揃っているかを振り返った。
テオは周囲を見渡し、二十人の配置と逃げ道を確認している。
カレンは前だけを見て歩かず、ノアの速度に合わせて足を緩めた。
ノアは疲れていながらも、誰かが怪我をしていないかを見ている。
四人とも、自分の周囲だけを見ていない。
仲間がどこにいるか。
誰が疲れているか。
何か起きたとき、誰を守るべきか。
それを無意識に確認していた。
「リンドウは?」
「まだ伏魔殿に残っている」
カレンが呆れたように答える。
「天殻が一枚も出ていないんです……」
「……まさか、出るまで帰らないつもりか?」
「そのまさかですよ……」
容易に想像できた。
あの男なら、本当に素材が出るまで潜り続けるだろう。
「ザフィラ」
アウラが私の前へ立つ。
「リンドウから、二十人を五人ずつ私たちへ預けると言われた」
「あぁ、だと思ったよ」
「私たちに、務まるだろうか」
出発前のアウラなら、不安を隠そうとしていただろう。
今は違う。
自分に足りないものを認め、それでも役目を果たそうとしている。
「務めてもらう」
私は二十人を振り返った。
彼らもまた、帰ってきた四人を見つめている。
「明日から四班を再編する。アウラ、テオ、カレン、ノア。それぞれ五人ずつ率て」
「分かった」
四人が頷く。
強くなっただけではない。
リンドウは、この四人へ他人の命を見る目を持たせたのだ。
ならば、次は私の仕事だ。
四人の隊長。
二十人の戦士。
それぞれに育ち始めた四つの群れを、一つの部隊へ変える。
初代覇王が戻るまでに。
お読みいただきありがとうございます。
ここまで読んで「続きが気になる」と思っていただけましたら、
ブックマークと下の☆☆☆☆☆からの評価で応援いただけると嬉しいです




