22:覇王、カンストしても帰れない。
準備開始から五日目。
俺たちは、相変わらず夜の中にいた。
『蝕月の伏魔殿』には朝も昼もない。
空を見上げれば、いつだって黒く欠けた月が浮かんでいる。
時間を確認する方法は、メニューに表示されたワールドクロックだけ。
そのため、一日が経ったという感覚すら薄れていた。
起きて、飯を食ってダンジョンに潜る。
戻って来たら装備を直し、四人が眠ったら、俺だけでもう一度潜る。
この繰り返しだ。
「今日はアウラが指揮を取れ」
「私が?」
「ああ。進むか、止まるか、退くか。全部お前が決めろ」
アウラは『バスティオン』を背負いながら、僅かに表情を強張らせた。
「カレンたちの意見も聞いていいのだな?」
「当たり前だ。隊長ってのは、一人で全部考える奴じゃねぇ」
俺は四人を見渡す。
「全員から情報を集めて、最後に決める奴だ」
♢
「前方、黒影兵が十六!」
「後方からシャドウウルフが九体! 接触まで十五秒!」
「ノア、残り魔力は?」
「八割以上あります!」
「よし。ここで止める!」
アウラが『バスティオン』を地面へ突き立てた。
「全員、私の後ろへ!」
『庇護領域』が展開され、淡い金色の光が四人を包む。
黒影兵が盾へ殺到する。
前から剣。
後方から狼。
頭上からは月喰いの大蝙蝠。
アウラは、そのすべてを受け止めようとした。
「アウラ! いつまでそこにいるつもりですか!」
カレンが声を上げる。
「敵が途切れるまでだ!」
「ここは敵が途切れないダンジョンですよ?!」
アウラが振り返る。
前方には、倒した黒影兵の後ろから新たな影が湧き始めていた。
「守りを固めすぎです! 止まるほど敵が増える!」
「だが、今動けば後ろから追われる!」
「追わせたらいいんです! 全部倒してから進もうとしないでください!」
カレンがアウラの横へ並ぶ。
「右側なら突破できます。私が道を開きます!」
「しかし――」
「アウラ!」
俺の怒声に、アウラが歯を食いしばる。
「……カレン、右を開けろ!」
「任せてください!」
『望月』と『朔月』が同時に振るわれる。
黒影兵の列へ穴が開いた。
「テオ、後方の敵が追いつくまでの時間は!」
「十秒!」
「ノア、カレンを強化! 全員、走れ!」
四人が開いた道へ飛び込む。
後ろからシャドウウルフが追ってくるが、立ち止まりはしない。
テオが走りながら暗器を投げ、先頭の数体だけを転ばせる。
その僅かな時間で、俺たちは次の区画へ抜けた。
「守るために、立ち止まるだけが正解じゃねぇ」
息を整えるアウラへ告げる。
「味方が戦い続けられる場所まで進ませるのも、お前の仕事だ。脳筋のカレンにまで言われたんだぞ?」
「……ああ」
アウラは盾の取っ手を握り直した。
「次は、もっと早く決める」
その日の攻略時間は、昨日までの三倍近くかかった。
だが、四人は一度も隊列を崩壊させなかった。
双竜戦でも、アウラは味方を守るだけでなく、二頭の位置を調整し続けた。
ヴェルノクスを盾で押し返し、ルナグレスとの距離を離す。
テオとカレンが動ける空間を作り、ノアへ攻撃が届かない位置へ誘導する。
『『黒蝕のヴェルノクス』を討伐しました』
『『狂月のルナグレス』を討伐しました』
『黒蝕竜の硬鱗を獲得しました』
『狂月竜の角を獲得しました』
「天殻は?」
ないんかーい……。
今日も物欲センサー先生は元気だった。
♢
準備開始から七日目。
指揮役はテオ。
こいつは二日前から、魔物が湧く位置を観察し続けていた。
「次の分岐を左へ寄る」
「一本道ではなかったのか?」
アウラが尋ねる。
「道は一本だ。でも、右側を通ると蝕月の魔術師が六体湧く」
「なぜ分かる?」
「昨日と一昨日、同じ場所で湧いたから」
テオの読みは当たっていた。
道の左端を駆け抜けると、魔術師が出現するより先に区画を突破できた。
次の場所では、前方から出る黒影兵の数まで言い当てる。
戦闘回数が目に見えて減り、攻略速度はこれまでで最速だった。
「やるじゃねぇか、テオ」
「このダンジョン、魔物が湧く場所は毎回同じだ。通る位置と速度で、出てくる種類が変わる」
「そいつにいつ気づいた?」
「一昨日」
「……なんで今まで黙ってた?」
テオが不思議そうにこちらを見る。
「まだ確信がなかった」
「アホか!アウラたちに共有して、全員で確かめりゃよかっただろうが!」
「俺が間違えていたら、危険になる」
「情報が間違ってる可能性まで伝えんだよ!」
俺の声が常夜の道へ響き渡る。
「確実ってわかることしか報告しない斥候なんぞ、何の使いもんにもならねぇ!」
「だが――」
「『右から来る可能性が高い』でいい! 判断材料を出せ! 決めるのは四人全員だ!」
テオは口を閉ざした。
少しして、前方の地面を指差す。
「この先、右の影からナイトメア・ストーカーが出ると思う」
「数は?」
カレンが尋ねる。
「三体。だが、四体の可能性もある」
「なら私が右へ出る。アウラは正面を頼む」
「ああ」
「ノアは?」
「麻痺に備えて、解除魔法を用意します」
四人が、テオの不確かな情報を基に作戦を決める。
結果、現れたのは四体。
それでも、誰一人として慌てなかった。
その日の攻略は、前日より一時間以上早く終わった。
『黒蝕竜の翼膜を獲得しました』
『狂月竜の硬鱗を獲得しました』
「天殻は~……?」
クッソがよぉぉぉおおお!なんでこうも出ねぇんだよ!
俺のLUK値結構高いはずだぞ!?
ソシャゲのURくらいなら余裕で抜けるだけのLUK値はあるはずなのに……。
「レアドロップとは、そういうものなのではないか?」
テオが言う。
「正論で殴るな。傷つくだろ」
♢
準備開始から九日目。
カレンが指揮を取る。
「前方の敵を突破します!」
「後ろからも来ているぞ」
アウラが盾越しに叫ぶ。
「分かっています! だから前をこじ開けます!」
カレンが『剣域』を展開する。
自分の間合いへ入った黒影兵の動きを読み、『望月』で剣を弾き、『朔月』で核を切り裂く。
道が開いた。
だが、奥には逃げ遅れた蝕月の魔術師が一体残っている。
以前のカレンなら、間違いなく追っていただろう。
実際、一歩だけ前へ出た。
「カレン!」
アウラの声。
カレンは、そこで踏み止まった。
後方を見る。
アウラの盾へ、複数のシャドウウルフが飛びかかっていた。
「……今はあいつじゃないですね」
カレンが踵を返す。
二本の剣が狼を斬り払い、アウラの横へ戻った。
「道は開いた! 全員、進め!」
倒し切れなかった魔術師が、後方から光弾を放つ。
テオが投げナイフで軌道を逸らす。
ノアが白い障壁を作り、残った衝撃を防いだ。
四人は止まらない。
敵をすべて倒すのではなく、最奥へ進むために必要な戦闘だけを選ぶ。
「やっと分かったみてぇだな」
ボス前の休息地点で、カレンへ言う。
「何が……ですか?」
「戦場で一番価値のある敵は、目の前にいる敵とは限らねぇ」
「……はい」
カレンが『双月』を鞘へ納める。
「私が倒したい敵ではなく、皆が進むために倒すべき敵を選びます……!」
「その調子だ」
双竜戦でも、カレンは最後まで一人で仕留めようとはしなかった。
自分がルナグレスの体勢を崩したあと、アウラへ合図を送り、二頭の核を同時に露出させる。
最後の一撃は、テオとノアを含めた四人全員で合わせた。
『黒蝕竜の爪を獲得しました』
『狂月竜の牙を獲得しました』
「天殻は?」
「今日もありませんね……」
「ノア。言葉にすると現実になるからやめようか」
「既に現実です」
この子、意外と容赦ねぇな。
正論パンチは結構メンタルに来る……。
♢
準備開始から十一日目。
ノアが指揮を取った。
戦闘開始から半分ほど進んだところで、アウラの肩に黒影兵の剣が食い込む。
「アウラさん!」
ノアが回復魔法を使おうとする。
「動ける!」
アウラが叫んだ。
「ですが、出血が――」
「ノア!」
今度はテオの声。
「後方から影喰らいが二体! 俺だけじゃ止められない!」
前方ではアウラが負傷。
後方ではテオが押されている。
カレンも黒影兵に囲まれ、すぐには動けない。
以前のノアなら、全員へ回復と支援をばら撒いていただろう。
だが、今は違った。
「アウラさん、三十秒だけ耐えてください!」
「任せろ!」
ノアが『冥杖・ウロボロス』を掲げる。
地面から四体の骸骨兵が現れ、後方の影喰らいへ飛びかかった。
「テオさん、今のうちに戻ってください!」
「死霊はどうする!」
「置いていきます!」
影喰らいの爪が、骸骨兵を一体ずつ砕いていく。
ノアは振り返らない。
死霊が稼いだ時間を使い、テオを隊列へ戻す。
カレンが前方の黒影兵を切り崩したあと、ようやくノアはアウラへ回復魔法を施した。
「私の死霊が……」
砕け散った骸骨兵を見て、ノアが小さく呟く。
「あいつらが残ってくれたから、全員が進めた」
テオが答える。
「無駄じゃない」
「……はい」
ノアは杖を握り直す。
誰を優先するか。
何を使い、何を残し、何を失うか。
支援役は、戦場のすべてを救える神様じゃない。
限られた力で、全員が生き残れる道を選ぶ役目だ。
その日、四人は一度も俺から指示を受けなかった。
俺は最後尾を歩き、戦いを眺めていただけだ。
♢
準備開始から十二日目。
四人が眠りについたあと、俺は一人で伏魔殿へ潜った。
五十を超えたあたりから何周目かは、もう数えていない。
現れる敵、湧く場所、攻撃の順番、そのすべてを身体が覚えている。
フィーアを投げる。
『座標転移』で敵陣を抜ける。
振り返らずに召喚し直し、後方の敵をまとめて切り裂く。
黒影兵、シャドウウルフ、蝕月の魔術師、影喰らい。
大量の経験値が、次々と俺へ流れ込む。
そして最奥。
ヴェルノクスとルナグレスの体力を均等に削り、ほぼ同時に核を砕いた。
『『黒蝕のヴェルノクス』を討伐しました』
『『狂月のルナグレス』を討伐しました』
『リンドウのレベルが100へ到達しました』
『レベル上限へ到達しました』
「っしゃああああ!おらぁあ! 見たか、カンスト!」
十二年遊んだ『レムオン』では、何度も見た通知。
それでも、レベル1から上げ直して到達すると気持ちがいい。
俺はステータス画面を開く。
今回のレベル上げで獲得し、割り振らずに残しておいたポイント。
その半分近くをLUKへ。
残るポイントをSTRとAGIへ振り分ける。
「これだけLUKに振れば、さすがに出るだろ」
期待を込めて、ドロップ欄を開いた。
『黒蝕竜の硬鱗を獲得しました』
『黒蝕竜の尾棘を獲得しました』
『狂月竜の翼膜を獲得しました』
『狂月竜の魔石を獲得しました』
「……おい」
天殻はない。
「カンスト祝いくらいサービスせぇやクソがぁあああああ!」
俺の声だけが、ボス部屋へ虚しく響いた。
♢
十三日目。
『黒蝕竜の牙を獲得しました』
『狂月竜の角を獲得しました』
出ない。
十四日目。
『黒蝕竜の硬鱗を獲得しました』
『狂月竜の魔石を獲得しました』
出ない。
十五日目。
『黒蝕竜の翼膜を獲得しました』
『狂月竜の爪を獲得しました』
「お前ら、全身素材なのに天殻だけどこへ置いてきてんだよ!」
LUKへ振った。
周回速度も上がった。
レベルはとっくにカンストしている。
それでも、出ないものは出ない。
物欲センサーとは、プレイヤーの努力や能力を嘲笑う世界の理なのかもしれない。
そんな真理、知りたくなかったよ。
畜生め……。
♢
準備開始から十六日目。
四人は、俺が同行しなくても伏魔殿を安定して攻略できるようになっていた。
アウラが一周全体の流れを管理する。
テオが敵の発生と進行速度を予測する。
カレンが必要な場所に突破口を作る。
ノアが消耗を見ながら、回復と死霊を使い分ける。
誰か一人が指揮するのではない。
全員が情報を出し、互いの意見を聞き、最後に進む道を決める。
俺が教えることは、もうほとんど残っていなかった。
最終的なレベルは、
アウラ、Lv79。
テオ、Lv77。
カレン、Lv80。
ノア、Lv78。
当初の予定どおりだ。
「お前らの育成は今日で終わりだ」
四人が食事を取っている前で告げる。
「明日の朝、拠点へ戻れ」
「もういいのか?」
アウラが尋ねた。
「ああ。ここから先は、レベルを一つ二つ上げても大して変わらねぇ」
「なら、お前も戻るのか?」
「俺は残る」
四人の手が止まった。
「まさか、まだ周回するのか?」
「天殻が一枚も出てねぇんだから、帰れるわけねぇだろ」
「もう十分な量の素材を持っているではないか……。それを売ればひと財産、どころか小さな国一つ買えそうだが……。」
カレンが、山のように積まれた双竜素材を見る。
鱗、爪、牙、角、翼膜、魔石。
確かに売れば相当な金になるだろう。
だが、欲しいのはそれじゃない。
「『ツヴァイ』に必要なのは、黒蝕と狂月、二種類の天殻だ」
「別の素材では作れないのか?」
「作るだけならできる」
黒蝕竜の鱗と狂月竜の魔石でも、それなりに強い双剣は作れる。
だが、それでは駄目だ。
「俺が作りたいのは、それなりに強い武器じゃねぇ」
世界一位を目指していた頃から、そこだけは変わらない。
「今の俺が作れる、最高の双剣だ」
「……意地になっていないか?」
テオの指摘から目を逸らす。
「廃人のこだわりと言え」
「意地になっているんだな」
「うるせぇガキだな」
俺は四人へ、拠点へ戻ってからの指示を出す。
「帰ったら、ザフィラの指揮に入れ」
二十人を、五人ずつ四班へ分ける。
アウラは防衛を得意とする五人。
テオは偵察と遠距離戦を得意とする五人。
カレンは突破力の高い五人。
ノアは魔術と支援に向いた五人。
「伏魔殿で覚えたことを、そいつらへ教えろ」
「私たちが教えるのか……」
「何のために隊長へ任命したと思ってんだ」
アウラが自分の手を見る。
「私に、できるだろうか」
「できるかどうかじゃねぇ。やれ」
「無責任だな」
「責任があるから任せてんだよ」
アウラが顔を上げる。
「お前らなら、五人を預けられる」
四人はしばらく黙っていた。
やがて、カレンが立ち上がる。
「分かった。二十人を戦える部隊にする」
「戦えるだけじゃ駄目だ。全員、生きて王都から帰せ」
「……ああ」
テオも頷く。
「俺が、全員の通る道を見つける」
「私は、誰も置いていきません」
ノアが『冥杖・ウロボロス』を抱き締める。
「置いていくべきものは置いていけよ」
「そこは分かっています!」
少しは言い返せるようになったらしい。
アウラは最後に立ち上がり、『バスティオン』を背負った。
「必ず、五人を守り切る」
「頼んだぞ、隊長」
翌朝。
四人は拠点へ向けて出発した。
俺は伏魔殿の入口に立ち、その背中が見えなくなるまで見送る。
これで育成は終わり。
四人は、自分たちだけで伏魔殿を攻略できる。
隊長として、二十人を率いる準備もできた。
俺自身のレベルも100。
戦闘能力だけなら、王都へ殴り込む準備は整っている。
「レベルはカンストした。四人も育った」
残る問題は、一つだけ。
俺は、黒い夜が広がる石門へ振り返る。
「素材が出るまで帰れねぇ……」
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