21:覇王、命を預ける。
翌朝……と言っていいのかどうかは分からないが。
目を覚ました四人を待っていたのは、伏魔殿の黒い月と、焚き火の前でステータス画面を眺める俺だった。
「……いつ戻ったんだ?」
アウラが身体を起こしながら尋ねる。
「少し前だな」
「まさか、本当に一人で潜ったのか?」
「言っただろ。俺のレベル上げと素材集めも兼ねてるって」
「それで、お目当ての素材は?」
「聞くな」
漆黒と月白。
二種類の天殻を使って作る、双剣『ツヴァイ』。
『レムオン』時代に使っていた武器だ。設計なら、頭の中に全部残っている。
あとは素材さえ落ちれば、すぐにでも作れる。
素材さえ落ちれば、な。
「……出なかったんですね」
「ノア。世の中には触れちゃいけない傷もあるんだぞ」
「す、すみません」
まあいい。
物欲センサーとの戦いは、まだ始まったばかりだ。
俺はステータス画面を閉じ、四人を見渡す。
「飯を食ったら、昨日出た上位職を選んでもらう」
その言葉に、四人の表情が変わった。
レベルと条件を満たした者だけに表示される、上位職への進化。
職業を二つ選び、育てられるこの世界では、組み合わせによって進化先が大きく変わる。
ただレベルを上げればいいわけじゃない。
ステータス、取得スキル、戦闘経験。
そして、表には表示されない隠し条件。
すべてを満たしたとき、初めて強力な上位職への道が開かれる。
「最初はアウラだ」
「私か」
アウラが姿勢を正した。
「お前に出てる上位職は、聖騎士だ」
「聖騎士……」
「剣と大盾を扱いながら、仲間を守ることに特化した上位職。攻撃力は剣聖なんかにゃ劣るが、集団戦じゃ代わりがきかねぇ」
アウラは自分の手を見つめた。
こいつが盾を手にした理由は、自分が生き残るためじゃない。
奴隷狩りから逃げる途中、子どもたちを守るためだった。
仲間の前へ立ち、攻撃を受け。
何度傷ついても、盾を捨てなかった。
それが上位職の隠し条件を満たしたのだろう。
「お前は敵を一番多く倒す奴じゃない」
アウラが俺を見る。
「後ろにいる全員を、生きて帰す奴だ」
「……全員を」
「ああ。それがお前の仕事になる」
アウラは短く頷き、表示されていた選択肢へ触れた。
『職業『剣士』と『大盾使い』を統合します』
『上位職への進化条件を確認しました』
『アウラの職業が、聖騎士へ進化しました』
淡い金色の光がアウラの身体を包む。
背負っていた『バスティオン』の表面へ、盾を囲むような光の紋章が浮かんだ。
『スキル『庇護領域』を獲得しました』
試しにスキルを使わせると、アウラを中心として薄い光の膜が広がった。
範囲内にいる味方が受ける衝撃を軽減するスキルらしい。
「私の後ろにいれば、守れる範囲が広がるのか」
「逆だ。スキルがあるからって、何でも受けようとすんなよ。誰を守るか、何を受けるかを選べ」
「分かっている」
「昨日は分かってなかったけどな」
「……今日から分かればいい」
言うようになったじゃねぇか。
「次、テオ」
「俺は?」
「暗殺者」
テオの狼耳がぴくりと動く。
「暗殺者……人を殺す職業か」
「それだけじゃねぇよ」
暗殺者と聞いて、何か思うところがあるのだろう。
テオは追っ手や奴隷商を殺しながら、仲間を守ってきた。
だが、こいつへ求めているのは殺人専門職じゃない。
「見つからずに敵を殺すだけが暗殺者じゃねぇ。敵の場所を探り、危険を見つけ、仲間が通る道を作るのも仕事だ」
「……道を作る」
「お前だけが生き残るために隠れるんじゃない。後ろにいる仲間を通すために、先へ行け」
テオはしばらく考え、選択肢へ触れた。
『職業『斥候』と『暗器使い』を統合します』
『上位職への進化条件を確認しました』
『テオの職業が、暗殺者へ進化しました』
テオの身体から気配が薄れていく。
目の前にいるにもかかわらず、僅かに視線を外すだけで存在を見失いそうになる。
『スキル『影渡り』を獲得しました』
テオの身体が足元の影へ沈む。
次の瞬間には、少し離れた岩陰から姿を現した。
「短い距離なら、影から影へ移動できるみたいだ」
「偵察にも逃走にも使える。だが、一人で勝手に先行するためのスキルじゃねぇぞ」
「……先に言われた」
「お前は言っとかねぇと絶対やるからな」
続いて、カレン。
「お前は剣聖だ」
「剣聖……!」
カレンの目が明らかに輝いた。
分かりやすい奴だ。
「剣士と双剣士の上位職。武器の種類を問わず、剣による攻撃と防御を高い次元で成立させる」
「なら、すぐに進化します!」
「待て。話は最後まで聞け」
選択肢へ伸ばしかけた手を止めさせる。
「突破することと、勝手に突っ込むことは違う」
「昨日のことを言っているんですか……?」
「昨日だけで三回は隊列から離れただろうが」
「倒せると判断しました!」
「お前一人ならな」
カレンの眉が僅かに動く。
「これからは、お前が開けた穴を五人が通る。お前が無茶をすれば、後ろの五人まで死ぬと思え」
「……五人?とりあえずわかりました。」
「本当か?」
「今度は、本当に分かってますよ!」
カレンが選択肢へ触れる。
『職業『剣士』と『双剣士』を統合します』
『上位職への進化条件を確認しました』
『カレンの職業が、剣聖へ進化しました』
二本の剣が同時に震える。
『望月』と『朔月』の刀身へ細い光が走り、左右で異なる軌跡を描いた。
『スキル『剣域』を獲得しました』
カレンが二本の剣を構える。
その周囲に入った落ち葉が、剣へ触れるより先に二つへ分かれた。
「自分の間合いに入ったものの動きを、感覚で捉えられるみたいだな」
「これなら、もっと速く踏み込めます!」
「最初に考えることがそれかよ」
前途多難だなぁ。
こんななりで一番の戦闘狂はこいつかもしれん……。
「最後はノアだ」
「はい……!」
ノアは『冥杖・ウロボロス』を胸の前で抱き締めた。
「お前の進化先は、冥華の聖女」
「聖女……私が?」
「生者を癒やす力と、死者を操る力。その両方を持つ、かなり珍しい上位職だ」
「でも、死霊術師が聖女を名乗ってもいいのでしょうか……」
「職業欄が勝手に名乗ってんだから、文句ならシステムに言え」
「そういう意味では……」
「何度も言ってるだろ。死霊術そのものが悪いんじゃねぇ」
おそらくノアは、死霊術を持っているだけで恐れられてきた。
仲間を守ろうとしても、死体を操る不気味な女だと避けられた。
だからこそ、全員を助けようとする。
自分が役に立つと証明し続けなければ、また捨てられると思っている。
「全員を助けようとすれば、最後には誰も助けられなくなる。それを覚えておけ」
「……はい」
「使える魔力にも、呼び出せる死霊にも限界はある。誰を治すか。誰を守るか。何を諦めるか。その場で決めろ」
「諦める人を、選ぶのですか?」
「違う」
俺はノアの額を指で軽く突く。
「全員を生きて帰すために、今一番必要な奴を選ぶんだ」
ノアは額を押さえながら、ゆっくり頷いた。
『職業『魔導士』と『死霊術師』を統合します』
『上位職への進化条件を確認しました』
『ノアの職業が、冥華の聖女へ進化しました』
白い花弁と、紫色の炎。
二つがノアの周囲へ同時に現れる。
『冥杖・ウロボロス』の死霊核が輝き、相反する二色の魔力が杖の内部を循環した。
『スキル『冥華の加護』を獲得しました』
ノアがスキルを使うと、地面から小さな骸骨兵が現れた。
同時に、骸骨兵の胸へ白い花が咲く。
白い光が広がり、周囲にいる俺たちの疲労が僅かに軽くなった。
「死霊を維持しながら、周囲を回復できるのか」
「はい。ですが、魔力の消費はかなり大きいです」
「使いどころを間違えんなよ。便利なスキルほど、調子に乗って連打すると肝心なときにガス欠する」
「気をつけます」
これで、全員が上位職になった。
使えるスキルも増えた。
だが、これで急に一人前になったわけじゃない。
むしろここからが本番だ。
「それじゃあ、行くぞ」
俺はフィーアを持ち上げる。
「昨日は俺についてくるだけだった。今日は、お前ら自身に進んでもらう」
♢
一周目。
俺は四人の後ろを歩いた。
先頭はアウラ。
そのすぐ後ろにカレン。
中央にノア。
最後尾をテオが警戒する。
前方の闇から、十体を超える黒影兵が現れた。
「私が止める!」
アウラが前へ出る。
『バスティオン』を構え、『庇護領域』を展開した。
黒影兵の剣が次々と盾へ叩きつけられる。
「カレン!」
「分かってます!」
カレンが盾の横を抜け、二本の剣で黒影兵を斬り伏せる。
動きは悪くない。
だが、アウラは前方のすべてを一人で受け止めようとしている。
「アウラ! 右の三体は流せ!」
「だが、後ろへ行くぞ!」
「カレンがいるだろ! 全部自分で受けるな!」
アウラは迷いながらも、盾の角度を変えた。
右側を抜けた黒影兵へ、カレンが斬りかかる。
その直後、テオが後方へ投げナイフを放った。
「後ろは俺がやる」
「何体いる!」
「問題ない」
「数を報告しろ!」
「……狼が五。蝙蝠が八」
「それを最初に言え!」
テオが『影渡り』で敵の背後へ回る。
シャドウウルフの首を一体、二体と切り裂く。
だが、前へ出すぎた。
別の蝙蝠が、テオと残る三人の間へ入り込む。
「自分で処理できるからって、勝手に離れんな! お前の情報を誰が受け取るんだ!」
「まだ見えている!」
「お前からはな!」
ノアが杖を掲げ、『冥華の加護』を発動する。
骸骨兵が二体現れ、アウラの左右を守る。
同時に白い光が四人を包んだ。
「ノア、まだ使うな!」
「皆さんが傷ついています!」
「アウラの傷は浅い! カレンも自分で動ける! 今使ったら、最奥まで魔力が持たねぇぞ!」
「でも……」
「誰も死なせたくないなら、目の前の傷に全部反応すんな!」
上位職の力に振り回されてんなこりゃ。
スキルが増えた分、自分一人でできることも増えたってこともあるが、だ。
だからこそ、また一人で戦おうとする。
アウラは、すべてを守ろうとするし。
テオは、一人で危険を排除しようとする。
カレンは、自分だけで突破しようとする。
ノアは、全員を平等に助けようとする。
これはいっちょ喝入れたらんとあかんかね……。
「隊長は一番強い奴じゃねぇ!」
俺の声が、伏魔殿へ響く。
「自分以外の五人を、戦える状態で帰す奴が隊長だ!」
四人の動きが変わった。
アウラが、カレンへ敵を流す。
テオが、敵の数と位置を声に出す。
カレンが、追撃を止めて隊列へ戻る。
ノアが、魔力を温存しながら必要な場所へだけ補助を送る。
まだ遅い、それに迷いもある。
だが、少しずつ四人の戦いがつながり始めた。
♢
最奥。
二頭の竜が、黒い月の下で立ち上がる。
『『黒蝕のヴェルノクス』が出現しました』
『『狂月のルナグレス』が出現しました』
「昨日と役割は同じだ」
俺はフィーアを肩へ担いだまま、四人へ告げる。
「アウラはヴェルノクスを引きつけろ。カレンはルナグレスを削れ」
「分かった」
「テオは分身体から本体を見つけろ。ノアは狂乱の解除と、影の処理だ」
「はい!」
「体力差を一割以上開けるな。片方を先に倒したら、残った奴が強化される」
二頭が同時に咆哮を上げた。
アウラがヴェルノクスの前へ出る。
「こちらだ!」
黒蝕ブレスが放たれる。
アウラは『庇護領域』を展開しながら、『バスティオン』で受け止めた。
だが、真正面から受け続ければ盾ごと吹き飛ばされる。
「受け止めるだけじゃねぇ! 角度をつけて流せ!」
アウラが盾を僅かに傾ける。
黒い炎が左右へ分かれ、床を焼いた。
一方、カレンはルナグレスの懐へ飛び込む。
『望月』で長い軌道を描き、『朔月』で翼の付け根を切り裂いた。
青白い竜が怒りの咆哮を上げる。
月光が広間へ降り注ぐ。
「カレン、離れろ!」
「もう一撃入れます!」
「離れろっつってんだろ!」
カレンが跳び退いた直後、その場所へ三日月状の斬撃が降り注いだ。
床が深く抉れる。
「倒せると思ったときほど、周りを見ろ!」
ヴェルノクスが五体の分身を生む。
テオが影から影へ移動し、分身体の間を駆け抜けた。
「右奥! 本体は右奥だ!」
「根拠は!?」
「影の向きが月と合ってる!」
「なら印をつけろ!」
テオの投げナイフが、右奥のヴェルノクスへ突き刺さる。
刃に塗られた薬品が淡く光り、本体の位置を示した。
その瞬間、ルナグレスが『狂月の咆哮』を放つ。
耳をつんざく声。
視界が揺らぎ、アウラとカレンの瞳から理性が薄れる。
「ノア!」
「分かっています!」
『冥杖・ウロボロス』から白い花弁が広がる。
アウラとカレンを包んだ狂乱が薄れ、二人の意識が戻った。
だが、ノアの周囲へ無数の影が集まっている。
「死霊を盾にしろ!」
ノアが杖を地面へ打ちつける。
三体の骸骨兵が現れ、影の群れを食い止めた。
四人は互いに声を掛け、互いの隙を埋め、二頭の体力を均等に削っている。
だが、あと僅かというところで、アウラの足元から巨大な影の爪が現れた。
アウラはヴェルノクスへ意識を集中させすぎている。
爪の先には、後方のノア。
「ちっ!」
フィーアを投げる。
四枚刃が影の爪を弾き飛ばし、ノアの目の前で床へ突き刺さった。
俺が介入したのは、それだけ。
「アウラ! 自分が相手してる敵だけ見るな!」
「すまない!」
「謝るのは帰ってからだ! 今は戦え!」
最後は、四人が二頭の核を同時に破壊した。
『『黒蝕のヴェルノクス』を討伐しました』
『『狂月のルナグレス』を討伐しました』
討伐通知が流れる。
四人はその場へ座り込み、荒い呼吸を繰り返していた。
「一周目終了」
「……あと何周だ?」
テオの問いに、俺は指を二本立てる。
「二周」
「今ので終わりではないのか!?」
「今のは俺が助けただろ」
「一度だけではないか!」
「一度でも助けたら、お前らだけの勝利じゃねぇ」
四人から恨めしそうな視線が飛んでくる。
「飯食ったら、もう一回行くぞ」
「鬼か、お前は……」
「覇王で~す」
♢
二周目。
俺はまた四人の後ろを歩いた。
今度はフィーアを『インベントリ』へ入れ、完全な丸腰だ。
「本当に武器を持たないのか?」
「危なくなっても助けないからな」
「せめて持っているだけでもいいだろう!」
「俺が武器を持ってたら、お前らは無意識に頼る」
「素手でも私たちより強いだろう!」
「それはそう。お前らみたいなひよっこと一緒にすんな」
「腹が立つ!」
四人は文句を言いながらも、伏魔殿へ足を踏み入れた。
「前方、黒影兵が十二!」
テオが声を上げる。
「後方は?」
アウラが尋ねる。
「狼が六。蝙蝠が四。十秒で接触する!」
「なら、先に前を抜きます!」
カレンが敵の並びを見る。
「右側が薄い。私が開ける」
「アウラ、持つか?」
ノアが魔力量を確認しながら尋ねる。
「十秒なら問題ない。カレンが開けたら全員で進む」
「了解!」
アウラが決める。
だが、命令しているのはアウラだけじゃない。
テオが情報を出す。
カレンが突破口を示す。
ノアが残り魔力と負傷状況を伝える。
それを基に、アウラが進むか止まるかを決める。
全員が、自分以外の三人を見ていた。
まだ判断を誤ることはある。
敵の数を読み違え。
魔力を使いすぎ。
カレンが突出しかける。
それでも、俺が声を出す前に互いが修正する。
「カレン、戻れ!」
「まだ倒せます!」
「後ろから魔術師が来る!」
「……分かりました!」
「ノア、回復はまだいらない!」
「ですが、アウラさんの腕が」
「動く。ボス戦まで魔力を残せ!」
「はい!」
こいつらは昨日まで、自分が生き延びることと、目の前の役目を果たすことで精いっぱいだった。
誰かへ命令することも。
誰かの命令を信じることも。
自分の弱さを仲間へ伝えることも、できなかった。
それが今は、互いの命を預け始めている。
最奥の双竜戦でも、俺は手を出さなかった。
アウラがヴェルノクスを引きつけ。
カレンがルナグレスの翼を切る。
テオが本体を見抜き。
ノアが狂乱を解除する。
二頭の体力が残り僅かになる。
「黒蝕、残り五分!」
「狂月も同じだ!」
「カレン、次の一撃で合わせられるか!」
「いけます!」
「ノア、影を止めろ!」
「任せてください!」
白い花を咲かせた骸骨兵が、黒い影へ飛びつく。
アウラがヴェルノクスの突進を受け流し、その首を剣で斬りつけた。
同時に、カレンの『双月』がルナグレスの核を挟み込む。
二つの核が、ほぼ同時に砕けた。
『『黒蝕のヴェルノクス』を討伐しました』
『『狂月のルナグレス』を討伐しました』
俺は最後まで、武器を抜かなかった。
「合格――と言いたいところだが」
四人が俺を見る。
「もう一周な」
「まだやるのか!?」
「今のは俺が後ろにいただろ。次は本当に四人だけだ」
さっきまで達成感に満ちていた四人の顔が、揃って絶望へ変わった。
実にいい表情である。
♢
休憩を挟んだあと、俺は四人とのパーティーを解除した。
「今度は俺抜きで行け」
「何かあれば?」
アウラが尋ねる。
「自分たちでどうにかしろ」
「昨日まで、死ぬ前には助けると言っていただろう!」
「隊長候補をいつまでもガキ扱いできるか」
「一日で扱いが変わりすぎではないか!?」
「今日の一周目と二周目で、できることは証明した。あとは俺がいなくてもできるかどうかだ」
四人は石門の前へ並ぶ。
不安がないわけではない。
だが、もう誰も帰ろうとは言わなかった。
「アウラ」
「なんだ」
「お前一人で決めようとするな」
「分かっている」
「テオ。情報を抱え込むな」
「ああ」
「カレン。勝手に英雄になろうとすんな」
「余計な一言です……」
「ノア。全員を助けようとすんな」
「……必要な人を選びます」
「よし」
四人が伏魔殿へ足を踏み入れる。
「行ってこい」
黒い闇が、その姿を呑み込んだ。
♢
さて。
四人が帰ってくるまで、待っているだけというのも暇だ。
俺は入口前の岩へ腰を下ろし、パーティーメニューを開いた。
表示された名前からミラを選び、通信を繋ぐ。
『ミラとのパーティー通信を開始します』
「ミラ、俺だ」
『リンドウ様。そちらの訓練はいかがですか?』
「順調。今、四人だけでダンジョンに放り込んだ」
『……本当に順調なのですか?』
「帰ってきたら順調だったことになる」
『帰ってこなかった場合は?』
「縁起でもないこと言うなよ」
『言わせているのはリンドウ様です!……ちなみに、どちらのダンジョンに?』
「あぁ、伏魔殿って言やぁわかるか?」
『……どこに放り込んでるんですか!!』
相変わらず元気そうで何よりだ。
「それより、頼みがある」
『……国取りに関することでしょうか』
「ああ。王家を落とすだけなら、正面から殴り込めばいい」
『正面から王城へ殴り込むことを、簡単なことのように仰らないでください』
「簡単だよ。問題は、そのあとだ」
王を殺した。
貴族を倒した。
騎士団を潰した。
それだけでは、俺たちが王都を襲った反乱軍になる。
国を奪い返すなら、ラングレイ王家が何をしてきたのかを国民へ示さなければならない。
「今まで集めた情報を、噂じゃなく証拠としてまとめろ」
『具体的には、何をお調べすればよろしいですか?』
「まず、二代目覇王の死に関する記録」
約二十年間、アルセディアを立て直した二代目。
公式には病死。
だが実際は、復興事業で力を持った地方統治官たちに暗殺された。
「二代目が死ぬ直前の警護記録。医師の診断書。地方統治官たちが、いつどこで集まってたか。残ってるものは全部だ」
『承知しました』
「次に、ギルベルト・ラングレイが三代目覇王になった経緯」
『現在の王家の祖ですね』
「ああ。民主的に選ばれたのか、それとも地方統治官どもが勝手に決めたのか。投票記録があるなら探せ」
『分かりました』
「それから、俺がラングレイ家へ国を託したっていう継承文書」
『王家が正統性の根拠としている文書ですね』
「俺はそんなもん書いてねぇ。紙でも石板でも何でもいい。作られた年代、署名、保管された時期を調べろ。偽物だと証明できるものを探す」
『……王家の根幹を揺るがすことになります』
「だから探すんだよ」
続けて、『技術保護令』。
捕らえられた職人の名簿。
没収された工房。
貴族へ渡った設計図。
鉱山や研究施設へ送られた技術者の記録。
「税に関する帳簿もだ。収入税、居住税、所有税、取引税。借金を理由に奴隷へ落とした記録まで全部」
『相当な量になります』
「一人で全部調べろとは言ってねぇ。信用できる奴だけ使え。ただし、王家に気づかれるな」
『はい』
「天鯨討伐の強制依頼書も探せ。百人へ何を命じ、拒否した場合にどんな処罰を与える予定だったのか」
『ギルド内の記録であれば、私にも確認できる可能性があります』
「騎士団と奴隷商の金の流れ。村を襲った命令書。盗賊討伐に偽装した記録。サイラスの署名が入ってるものがあれば最優先だ」
ザフィラの故郷を焼いた罪。
逃げる者を殺し、残った者を奴隷として売った罪。
口頭証言だけでも十分に重い。
だが、国民の前で奴らを裁くなら、逃げ道を残したくない。
「最後に、『鉄の掟』を禁じた王命だ」
『恐れるな。前を向け。立ち止まるな。進み続けろ――ですね』
「ああ。誰が、いつ、何を理由に禁じたのか。原本を押さえろ」
『すべて集めるには、時間が必要です』
「一か月後まででいい」
『……一か月』
「準備はもう始まってる」
通信の向こうで、ミラが小さく息を吸った。
『必ず、集めてみせます』
「無茶はするなよ。見つかったら証拠ごと消される」
『リンドウ様にだけは、無茶をするなと言われたくありません』
「俺のは計算された無茶だから」
『無茶は無茶です』
うるさい百二十歳児だな。
「あとは、クライブ伯爵へ接触してくれ」
『伯爵様へ、何とお伝えすれば?』
「ローズを助けた貸しを返してもらう」
『協力を要求なさるのですか?』
「忠誠なんていらねぇ」
俺が欲しいのは、新しい家臣じゃない。
ラングレイ王家へ代わる貴族の支配でもない。
「領民を守りたいなら、ラングレイ王家へ兵を出すな。それだけでいい」
『それだけで、よろしいのですか?』
「最初はな。話を聞く気があるなら、王都の地図や兵の配置も借りたい」
『拒否された場合は?』
「無理に巻き込むな。ローズ嬢を人質にするような真似もすんなよ」
『するわけがありません!』
「確認だよ、確認」
『伯爵様へは、リンドウ様のお名前を出してもよろしいですか?』
「出していい。ただし、信じろとは言うな」
初代覇王を名乗る男が、王家を落とそうとしている。
それだけ聞けば、頭のおかしい反乱者だ。
「俺が誰かじゃなく、王家が何をしてきたかで判断させろ」
『承知しました』
「頼んだぞ、ミラ」
『お任せください。ですが――』
「なんだ?」
『四人が無事に戻られたら、必ずご連絡ください』
「母親かよ」
『リンドウ様よりは、ずっと保護者に向いている自信があります』
「否定できねぇのが腹立つな」
通信を切る。
それから、どれほど待っただろう。
伏魔殿の入口は、変わらず深い闇を湛えている。
パーティーを解除したため、四人の体力も位置も分からない。
助けを呼ぶ通信も来ない。
俺は岩へ腰掛けたまま、黒い門を見つめ続けた。
信じて送り出した。
だが、心配じゃないわけではない。
「……遅ぇな」
思わず立ち上がった、そのとき。
闇の奥から、金属を引きずる音が聞こえた。
最初に姿を現したのは、盾を杖代わりにするアウラ。
その後ろから、肩で息をするカレン。
テオは片腕を押さえ、ノアのローブも所々破れている。
四人とも傷だらけ。
だが、全員が自分の足で歩いていた。
「お帰り」
「……二度とやらない」
テオが地面へ倒れ込む。
「残念。明日から何周もするぞ」
「鬼……」
「覇王だよ」
アウラがステータス画面から、討伐記録を表示した。
『『黒蝕のヴェルノクス』討伐済み』
『『狂月のルナグレス』討伐済み』
四人だけで、伏魔殿を攻略した。
よくやった。
そう言いたい気持ちを抑える。
「何が悪かった?」
四人が顔を上げる。
「褒めないんですか?」
カレンが不満そうに尋ねる。
「反省点を聞いてからだ」
しばらくの沈黙。
最初に口を開いたのは、アウラだった。
「私は、またすべての攻撃を受けようとした」
「それで?」
「盾を構えたまま動けなくなり、後ろの状況が見えなくなった。テオに指摘されなければ、ノアが襲われていた」
次にテオ。
「最初の後方出現を、自分だけで片づけようとした。報告が遅れて、カレンを戻すことになった」
「うん」
「敵を倒すより、全員へ情報を伝えるほうが先だった」
カレンは悔しそうに二本の剣を見た。
「ルナグレスを追いすぎました。ヴェルノクスとの体力差が開き、あと少しで片方を先に倒すところでした」
「どう直した?」
「自分で体力を調整するのをやめました。テオに残量を見てもらい、アウラの合図で攻撃を止めました」
最後に、ノア。
「小さな傷まで治して、途中で魔力を使いすぎました……」
「それで?」
「最後の『狂月の咆哮』を解除する魔力が足りなくなりそうになりました。だから、回復する人を選びました」
「誰を切った?」
「テオさんです」
「俺だけ回復が来なかった」
「自分で動けると判断しました」
「正解だ」
「正解なのか……」
テオが何とも言えない顔をしている。
だが、それでいい。
全員が、自分の失敗を理解している。
誰かのせいにせず。
結果だけで満足せず。
次にどうするべきかまで考えている。
「よく生きて帰った」
四人の表情が変わる。
「四人だけでの初攻略としては、十分だ」
「……やっと褒めたな」
「褒められることをしたからな」
俺は四人の前へ立った。
「今日から、お前らはただの戦士じゃねぇ」
アウラ。
テオ。
カレン。
ノア。
四人が、疲れ切った身体を起こして俺を見る。
「拠点に残した二十人を、五人ずつお前らへ預ける」
「私たちが……率いるのか?」
「ああ」
アウラには、防衛と正面制圧。
テオには、偵察と潜入。
カレンには、突破と遊撃。
ノアには、魔術と支援。
それぞれの力が最も生きる五人を選び、四つの班を作る。
「お前ら自身が強いだけじゃ足りねぇ」
俺一人で国を落とすことはできるかもしれない。
だが、それでは国を取り戻したとは言えない。
ラングレイ王家に踏みつけられてきた者たちが、自分たちの力で立ち上がる。
そのためには、こいつらが必要だ。
「二十人の命を、四人で背負え」
四人の顔から、疲労とは別の緊張が走る。
「一人で何でもやろうとすんな」
「仲間を見ろ、声を聞け。……全員を、生きて帰せ」
俺は四人を見渡し、告げた。
「お前らを――俺の部隊を率いる、四人の隊長に任命する」
お読みいただきありがとうございます。
ここまで読んで「続きが気になる」と思っていただけましたら、
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