19:覇王、反撃の狼煙を上げる
俺が拠点を出る頃には、ザフィラたちも『亡者の地下墓地』へ向かう準備を終えていた。
24人を6人ずつ四班に分け、前衛、後衛、斥候、支援役を配置している。
まだ粗いが、全員を一つの塊で動かすよりは遥かにましだ。
「最初は二階層までだ。ザフィラは各班を順番に見て回れ。危なくなったら即撤退」
「分かっている」
「ノアは前へ出すな。パーティーには入れて、経験値は共有させろ」
「それも聞いた!」
尻尾を苛立たしげに振るザフィラへ手を振り、俺も拠点を出る。
目的地は『ヴェラの樹海』。
狙うのは、樹海の奥に生息する『エルダートレント』の枝だ。
さぁ!木こり生活の始まりだ!
♢
ヴェラの樹海は、昼間だというのに薄暗かった。
巨大な木々が陽光を遮り、湿った土と濃すぎる魔力の匂いが鼻につく。
奥へ進むと、地面が大きく盛り上がった。
次の瞬間、無数の根が槍のように飛び出してくる。
「おっと!」
フィーアを前方へ投げる。
「『座標転移』!」
根の包囲を抜け、巨大な樹木の背後へ転移した。
幹に浮かぶ老人のような顔。
地面を這う太い根。
枝先には、紫色の毒液を蓄えた実。
『エルダートレントが出現しました』
「悪いな。その太い枝、一本寄越せや!!」
『ゴォォォォォッ!』
「交渉決裂っと!」
振り下ろされた枝を潜り、フィーアを幹へ叩き込む。
樹木系は火に弱い。
だが、素材を取りに来たのに燃やしてしまっては意味がない。
狙うのは幹の奥にある魔力核。
根と枝の死角を転移で縫い、幹を削る。
露出した核へ四枚刃を突き込み、一気に砕いた。
『エルダートレントを討伐しました』
『硬化樹皮を獲得しました』
『古木の樹液を獲得しました』
「枝は?」
ないんかーい。
一体目は外れ。
確率0.5%だしなぁ……。
まあ、最初から出るとは思っていない。
♢
五体目。
『エルダートレントの種子を獲得しました』
「違うんだよなぁ……」
十体目。
『濃縮毒液を獲得しました』
「枝を寄越せってんだ、枝を!」
かなり厚くLUKに振っていても、物欲センサーだけは昔から勤勉だ。
「こんなところで仕事してくれなくてもいいんだぞ?!」
十一体目。外れ。
十二体目。外れ。
十三体目。
『エルダートレントの若枝を獲得しました』
「あああぁぁああぁぁ!! お前じゃねぇええええええ!」
そして木こりをすること三十四体目。
飛んでくる根を転移で抜け、三度斬りつけて核を砕く。
巨木が地響きを立てて崩れ、光の粒子へ変わった。
『硬化樹皮を獲得しました』
「はいはい、また樹皮ね」
続いて、もう一つ通知が流れる。
『エルダートレントの枝を獲得しました』
「っっっしゃあああああ、おらぁああああああ!!来たぁぁぁぁ!」
樹海に俺の声が響き渡った。
取り出した枝は俺の腕ほどの長さ。
黒褐色の表面には淡い緑色の魔力脈が走り、切り離されたあとも生きているように脈打っている。
「これならいける、いけるで工藤!!」
生者へ干渉する魔力を受け入れる生命力。
死霊術の魔力にも耐えられる蓄積魔力。
『アノマリー・ロードの死霊核』と組み合わせれば、ノアの二つの力を一本の杖で循環させられる。
♢
夜。
拠点へ戻ると、ザフィラたちはすでに地下墓地から帰還していた。
「成果は?」
「四班とも二階層まで攻略した。軽傷者が三人。処置は済んでいる」
「初日にしちゃ上手くやったんじゃねぇの?」
「装備が変わっただけで、皆の動きが見違えた」
当然だ。
一週間かけて、全員に合わせて調整した武器だからな。
「ノアは?」
「前には出していない。後方から魔力を分け、疲労した者を支えていた」
「もう自分の役割を考え始めてるのか。悪くねぇな、いやほんとに」
焚き火の端に座るノアと目が合った。
俺は『インベントリ』から枝を取り出し、肩へ担ぐ。
「待たせたな。素材はそろった」
ノアの紫色の瞳が大きく見開かれた。
「ここからは神匠の仕事だ」
♢
翌朝から、俺は作業小屋へ籠もった。
まずは『エルダートレントの枝』を杖の芯材へ加工する。
樹皮を落としすぎれば、魔力を循環させる生命脈が死ぬ。
残しすぎれば、魔力の流れに偏りが生まれる。
少し削っては魔力を流し、内側を走る光を確認する。
削り、確かめ、また削る。
そうして、ノアの身長より少し短い長杖へ整えていく。
次に、内部へ二本の魔力経路を作る。
一方は、生者へ干渉する白い魔力。
もう一方は、死者を従える紫の魔力。
完全に分離すれば同時に使えない。
混ぜすぎれば内部で反発し、杖が砕ける。
「だぁぁああ!面倒くせぇ……けど面白ぇじゃねぇか!」
細く伸ばした銀糸を生命脈へ沿わせる。
銀は異なる魔力を中継し、衝突を和らげる。
その上から、砕いた魔鉱と硬化樹皮の粉を混ぜた樹脂で封じる。
杖の上端には『アノマリー・ロードの死霊核』。
戦闘時に砕いた霊核とは別に、討伐報酬として落ちた希少素材だ。
死霊術の魔力を増幅し、余剰分を杖全体へ逃がす。
魔鉱の輪で固定し、銀糸で枝の生命脈へ接続する。
最後にノアを呼んだ。
「両方の魔力を少しずつ流せ」
「はい……!」
ノアが杖へ両手を添える。
淡い白と、冷たい紫。
二色の魔力が別々の経路を通り、杖を駆け上がった。
死霊核が紫色に輝き、黒褐色の枝には白い花の紋様が浮かび上がる。
一瞬、二つの魔力がぶつかり、杖全体が震えた。
「抑えるな! そのまま流せ!」
「壊れてしまいます!」
「壊れねぇように作ったんだ! 自分の力を信じろ!」
ノアが唇を結び、さらに魔力を注ぎ込む。
白と紫。
生と死。
本来なら相反する二つの力が、銀糸を介して杖の内部を循環していく。
死霊の力が生者を蝕まず、生命の力が死霊を消し去らない。
やがて杖の先端で、白い花弁と紫色の炎が同時に咲いた。
『『冥杖・ウロボロス』が完成しました』
『完成ランク S』
うっそだろおい、マジか!
これは僥倖!
今作れる最高の一を作ることができた!
こいつがありゃぁ、冥華の聖女の力を余すことなく出し切れる!
『鍛冶師のレベルが24へ上がりました』
『鍛冶師のレベルが26へ上がりました』
『鍛冶師のレベルが28へ上がりました』
「っしゃあ!レベルアップ気持ちえぇ~!」
一度の製作で6レベル。
希少素材二つを使っただけはある。
「これが……私の杖……」
「『冥杖・ウロボロス』。お前の二つの力を、どっちも殺さずに使うための杖だ」
「死霊術も……使っていいのですか?」
「何度も言わせんな」
俺は杖をノアへ差し出す。
「力に善悪なんてねぇ。何のために、誰のために使うかを決めるのはお前だ」
ノアは震える手で杖を受け取った。
「……私は、この力で皆を守りたいです」
「なら、そうしろ」
「はい!」
その返事に、もう迷いはなかった。
♢
夕食後。
二十四人は新しい武器を手に、班ごとの訓練を続けていた。
アウラが大盾を構え、その後ろから槍と弓が攻撃する。
テオは気配を消し、標的の死角へ回る。
カレンの『双月』が、異なる二本の軌道で木人を切り裂く。
ノアは『冥杖・ウロボロス』を掲げ、仲間へ身体強化の補助魔法を送りながら、足元には小さな骸骨兵を一体だけ従えていた。
「どうだ、ザフィラ」
「まだ粗い。連携も判断も足りない」
「だろうな」
「だが、以前とは比べものにならない。皆、自分たちにも戦えると思い始めている」
武器が変わった。
レベルが上がり始めた。
上位職へ至る道も見えた。
だが、一番変わったのはそこじゃない。
こいつらは、自分たちが奪われるだけの存在ではないと知り始めている。
戦える。守れる。取り戻せる。
その確信こそが、反撃の始まりだ。
俺は訓練を続ける仲間たちを眺めながら、パーティーメニューを開いた。
表示された名前の中からミラを選び、通信を繋ぐ。
『ミラとのパーティー通信を開始します』
「ミラ、俺だ」
返事は、ほとんど間を置かずに届いた。
『リンドウ様! どうされましたか?』
「戦力の目途が立った。国を取り戻すための準備を始めてる」
しばらく、返事はなかった。
驚いているのか。
それとも、俺の言葉の意味を確かめているのか。
『……まさか、もう動き始めておられるのですか?』
「ああ。今、俺の手元に25人いる」
『25人……』
「今はまだ、騎士団と正面からやり合えるほどじゃねぇ。レベルも、連携も足りない」
だが――それは、今の話だ。
「一か月で仕上げる」
『一か月で……ですか?』
「全員に俺が武器を作った。これからレベルを引き上げて、上位職へ進める奴は確実に進化させる。残りも、上位職と肩を並べて戦えるところまで引き上げる」
俺は顔を上げた。
月明かりに照らされた廃村で、新たな武器を振るう者たち。
アウラが『バスティオン』を地面へ突き立て、その背後で仲間たちが陣形を組む。
テオは音もなく木々の間を駆け、標的の死角から投げナイフを放つ。
カレンが『望月』と『朔月』を振るえば、二本の刃が月光を反射し、異なる月の軌跡を描いた。
ノアが掲げる『冥杖・ウロボロス』には、淡い白と冷たい紫――生と死、二色の光が咲いている。
そして、その全員を見渡せる場所には、巨大な黒い大鎌『クロノア』を背負ったザフィラが立っていた。
獣人。エルフ。人間。
生まれた種族も、歩んできた人生も違う。
奴隷として売られた者。
奴隷狩りに故郷を焼かれた者。
家族を奪われ、逃げ続けてきた者。
今の王家は、こいつらから何もかもを奪った。
名前を、居場所を、尊厳を。
自分の人生を選ぶ権利さえも。
価値のない奴隷だと決めつけ、使い潰し、死ねば捨ててきた。
だが、こいつらはまだ終わっていない。
奪われても、傷つけられても、絶望の底へ叩き落とされても。
それでも武器を握り、もう一度立ち上がった。
王家はまだ知らない。
自分たちが踏みつけてきた者たちが、今、初代覇王のもとへ集まり始めていることを。
価値がないと捨てた者たちが、王国を打ち倒す刃へ変わろうとしていることを。
「騎士団と戦える程度じゃ足りねぇ」
『リンドウ様……?』
「騎士団が束になっても止められない。今の王家が、何を差し向けても止められない部隊にする」
120年前。
俺が作ったアルセディアには、奴隷なんていなかった。
人間も、獣人も、エルフも関係ない。
誰もが自分の職業を選び、自分が進みたい道を選べた。
それを、今の王家は壊した。
ならば、取り戻す。
俺一人の力じゃない。
今を生きるこいつらと一緒に。
『……それで、いつ動かれるおつもりですか?』
訓練場へ響いていた武器の音が、ふと止まった。
ザフィラがこちらを見ている。
アウラも。
テオも。
カレンも。
ノアも。
25人全員が、俺の言葉を待っていた。
俺は一度、ゆっくりと息を吸う。
そして、ミラへ。
ここに集まった仲間たちへ。
まだ自分たちの終わりを知らない、王家の連中へ告げた。
「一か月後だ」
『一か月後……』
ミラへそう返し、俺はメニューを閉じた。
そして、俺の言葉を待つ二十五人へ向き直る。
「一か月後――俺たちが、今のアルセディアを落とす」
お読みいただきありがとうございます。
ここまで読んで「続きが気になる」と思っていただけましたら、
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