16:覇王、約束を果たす。
地下墓地を二周して帰ってきたころには、日が傾き始めていた。
俺は火を起こし、飯の準備を始める。
ザフィラはさすがに疲労困憊だったため、焚き火のそばで休ませている。
「おい、飯できたぞ」
「すまない……」
二人で焚き火を囲み食事に手を付ける。
一日でかなり身体を使ったからか、鍋いっぱいに作ったスープも、すぐに空になった。
そして、ザフィラが小さくつぶやく。
「この世界で、お前のような戦い方をする者を私は見たことがない」
ザフィラは焚き火の向こうから、真っすぐに俺を見つめていた。
「『亡者の地下墓地』を散歩でもするように進み、誰も知らない道を開き、あのモンスターたちを一方的に倒した。それだけではない。たった一日で、私を上位職へ導いた」
そこで一度、言葉を切る。
「お前が初代覇王だという話……どうやら、嘘ではなかったようだ」
「だから最初から言ってるだろ。俺が初代覇王だってな」
やっぱりこいつは猫だな。
何が黒豹だ。
警戒心の強いただの猫じゃねぇか。
これで少しでも懐いてくれれば可愛げも出てくるんだけどな。
ザフィラは片膝をつき、俺の目の前で首を垂れた。
「これまでの数々の無礼、心よりお詫び申し上げます。初代覇王、リンドウ様」
「おい、やめろやめろ」
「……何?」
「お前にそんな態度を取られると、なんか気持ち悪い」
「き、気持ち悪いだと!?」
顔を真っ赤にしてぷりぷり怒るザフィラ。
「……今までどおりでいい。嫌なら名前のリンドウでいいぞ、黒猫」
「だから猫じゃない! 私は黒豹族だ!」
うん。
やっぱりこっちのほうが、しっくりくる。
猫はやはり猫だった。
♢
次の日。
俺たちは朝からまたダンジョンに向かった。
今日でザフィラのレベルを60まで上げきるためだ。
一周目のアノマリー・ロードは、昨日と同じ手順で壁へ押しつけて処理した。
二周目のグールキングでは、昨日とは反対にザフィラが前衛を務めた。
『幽影夜叉』へ進化した身体能力と『クロノア』の扱いにも慣れ、もはや俺が一つ一つ指示する必要はない。
たった一日で、見違えるほど動きが洗練されている。
三周目。
アノマリー・ロードへ続く転移陣の前で、俺はザフィラへ告げた。
「今回は、お前一人でアノマリー・ロードを倒せ」
「……何?」
転移陣の上で、ザフィラが聞き間違いを疑うようにこちらを振り返った。
「攻略法は昨日から散々見せただろ。今度は自分でやってみろ」
「待ってくれ!お前の戦い方は、お前にしかできないだろう」
「そりゃそうだ。お前には『座標転移』もフィーアもないからな」
「なら、どうやって倒せというのだ!」
「俺と同じ動きをする必要はねぇよ。相手に何もさせなきゃ、結果は同じだ」
ザフィラが眉間に深い皺を寄せた。
「失敗したらどうする……!」
「死ぬ前には助けてやるよ、安心しろ」
「その基準が信用できん!」
「大丈夫、大丈夫。骨の二、三本くらいなら中級ポーションで治る」
「何も大丈夫じゃないじゃないか!」
にゃーにゃー騒ぐザフィラを連れ、俺たちは紫色の転移陣へ足を踏み入れた。
視界が切り替わる。
壁一面を埋める棺。
天井から吊り下げられた無数の人骨。
墓室の中央では、黒い法衣を纏った骸骨が静かに浮かんでいた。
『『アノマリー・ロード』が出現しました』
紫色の炎を宿した眼窩が、侵入者である俺たちを捉える。
「それじゃ、頑張れ~」
「本当に手を出さないつもりか?」
「だから死にそうになったら助けてやるってば」
「貴様……!」
ザフィラはなおも文句を言いたそうだったが、アノマリー・ロードが杖を掲げたことで意識を切り替えた。
黒い魔力が膨れ上がる。
最初に使うのは、昨日と同じ死霊召喚。
「まずは詠唱を潰せ!」
「分かっている!」
ザフィラが石床を蹴った。
上位職幽影夜叉の補正を受けた身体が、一息でアノマリー・ロードとの距離を縮める。
だが、僅かに遅い。
杖の先に黒い光が集まり、床から腐敗した腕が伸び始めた。
「踏み込みが浅いぞー! 詠唱前に懐へ入れ!」
「簡単に言うな!」
「できるから言ってんだよ!」
「貴様は本当に教え方が乱暴だな!」
悪態を吐きながら、ザフィラは『クロノア』を横薙ぎに振るう。
湾曲した刃がアノマリー・ロードの胴体を捉え、全身を墓室の壁へと吹き飛ばした。
背中から石壁へ激突したロードの詠唱が中断される。
「よし、いいぞ!そのまま壁ハメだ!」
「言われなくとも!」
ザフィラが間合いを詰める。
ロードが体勢を立て直すより早く、大鎌の石突きを胸部へ叩き込んだ。
黒い法衣が揺れ、骸骨の身体が再び壁へ押し戻される。
だが、アノマリー・ロードも黙って攻撃を受け続けるほど単純ではない。
杖の先端がザフィラへ向けられた。
紫色の魔法陣が瞬時に展開される。
「アホが!正面に立つな!」
俺の声より早く、ザフィラの姿が沈んだ。
地面すれすれまで姿勢を落とし、ロードの脇をすり抜ける。
直後、放たれた黒い槍がザフィラの外套を掠め、背後の石床を爆砕した。
そのままロードの背後へ回ったザフィラが、『クロノア』の柄を振り上げる。
「やるね。そこだ!」
「はぁっ!」
石突きがロードの背骨を捉えた。
軽い身体が再び壁へ叩きつけられる。
転移で縦横無尽に飛び回る俺とは違う。
ザフィラは壁際を小さく円を描くように走り、常にロードの死角へ回り込んでいた。
相手が杖を向ければ、その反対側へ。
距離を取ろうとすれば、大鎌の長い柄で進路を塞ぐ。
詠唱を始めれば、刃ではなく石突きで素早く殴りつける。
大振りな一撃で倒そうとはしていない。
攻撃と移動を細かく繰り返し、相手が立て直すための時間を徹底的に奪っていく。
なるほどなぁ。
俺の壁ハメをそのまま真似するんじゃなくて、自分の速度と大鎌の間合いに合わせて組み替えたんか。
これはあの駄猫の評価を改める必要があるな。
「悪くねぇぞ、黒猫!」
「戦闘中くらい名前で呼べ!」
「随分余裕だな。おら!次が来るぞ、準備しろ!」
アノマリー・ロードの眼窩に宿る炎が激しく揺れた。
壁へ押しつけられたまま、杖を石床へ突き立てる。
墓室全体に巨大な魔法陣が展開された。
「分かっている!」
ザフィラが『クロノア』を大きく振りかぶる。
だが、アノマリー・ロードが展開した魔法陣は、既に半分以上が完成している。
普通に斬りつけるだけでは間に合わない。
ザフィラもそれを理解したのだろう。
踏み込む直前、両手で握っていた柄を片手へ持ち替えた。
身体を回転させ、大鎌そのものを投擲する。
「おっ?」
月のような刃が高速で回転し、ロードの肩口へ深々と食い込んだ。
その衝撃で骸骨の身体が傾き、杖の先端が魔法陣から外れる。
完成寸前だった術式が砕け、紫色の光となって散った。
ザフィラは止まらない。
大鎌へ向かって駆け寄り、長い柄を掴む。
そのまま壁へ足をつき、身体を宙へ浮かせた。
「おらぁっ!」
壁を蹴る反動と全体重を使い、食い込んだ刃を下へ振り抜く。
アノマリー・ロードの肩から胸部にかけて、大きな亀裂が走った。
砕けた肋骨の奥。
紫色に脈打つ魔核が露出する。
「見えたぞ! チャンスを逃すなよー!」
「言われるまでもない!」
ロードが初めて壁際から離れようとする。
だが、ザフィラは既に退路へ回り込んでいた。
影へ溶け込むような低い姿勢から、『クロノア』を横薙ぎに振るう。
湾曲した刃がロードの腰へ引っ掛かり、その身体を強引に壁へ引き戻した。
背骨が石壁へ激突する。
杖を持つ腕が上がる。
詠唱が始まる、その直前。
「遅い!」
ザフィラが一歩深く踏み込んだ。
腰を捻り、腕ではなく全身で大鎌を引く。
青紫色の刃が骸骨の胸部へ入り込み、露出していた魔核を正確に捉えた。
「――終わりだ!」
刃が振り抜かれる。
紫色の魔核が身体から抉り出され、宙を舞った。
遅れて、アノマリー・ロードの全身へ無数の亀裂が走る。
眼窩に灯っていた炎が消え、黒い法衣と骨が灰となって崩れ落ちた。
『『アノマリー・ロード』を討伐しました』
静寂が戻った墓室の中央で、ザフィラは荒い息を吐いていた。
床へ落下する魔核を、『クロノア』の刃で受け止める。
「はぁ……はぁ……倒したぞ」
「まぁ及第点だな、俺のサポート無しでよくやったじゃねぇか」
「口は散々出していただろう」
「それは指導だからノーカウントだ」
「相変わらず自分に都合のいい男だな……」
呆れた声を漏らしながらも、ザフィラの表情には確かな達成感が浮かんでいた。
昨日は、俺の後ろで攻略法を見ていた。
一周目では、俺と交代しながら戦っていた。
だが今は違う。
こいつはもう、自分の力だけで隠しボスを攻略できる戦士だ。
「どうだった、初めての単独ボス討伐は」
「二度とやりたくない」
「そうか。じゃあ次レベリングするときは別のハメ技も教えてやる」
「人の話を聞け!」
ほんとによくやったよ、ザフィラ。
これでようやくお前も一人前だ。
崩れ落ちたアノマリー・ロードが完全に消滅すると、俺たちの視界へ立て続けに通知が流れた。
『ザフィラのレベルが62へ上がりました』
『リンドウのレベルが60へ上がりました』
表示を見たザフィラは、しばらく言葉を失っていた。
「……本当に、レベル60を超えた」
「これで約束は果たしたぞ?」
「四日かけると言っていなかったか?」
「詰めれば二日でいけるって言っただろ。もう忘れたのか?」
「だからといって、本当にやる奴があるか……」
さて、今回は結構ドロップ品もおいしそうだ。
レアドロップがあればいいんだけどな。
って、死霊核あんじゃん!?
0.02%引いたか!
いやぁ、これはウハウハですわ。
今日の飯はちょっと豪華にしてやろう。
♢
その夜、少しだけ豪華な飯を作り、ザフィラに振舞った。
「ザフィラ。次は、残りの二十四人だ」
「全員をここへ連れてくるのか?」
「そだな。まずは職業とステータスを見て、育成方法を決める」
「だが、隠れ家までは遠い。全員を連れて戻るとなれば、往復で三日はかかるぞ」
「ちょうどいいじゃねぇか」
「何がだ?」
「その三日で、24人分の武器に使う鉱石を掘っておく」
ザフィラが、呆れたように俺を見た。
「まさか、一人で掘るつもりか?」
「レベル60になったし、それなりにステータスも振った。どれだけ採掘速度が上がったか、試してみたいだろ?」
「普通は思わん、そんなこと」
「明日の朝には出ろ。三日後、ここへ全員連れてこい」
「……分かった」
ザフィラは頷いた。
これでようやく、国を取り戻すための戦力を作り始められる。
25人。
一国を相手取るには、あまりにも少ない。
だからこそ、その全員を常識の外側まで引き上げる。
俺が動き始めたことにすら気づかず、準備する時間を与え続けていることを――今の王家には後悔してもらおう。
お読みいただきありがとうございます。
ここまで読んで「続きが気になる」と思っていただけましたら、
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