14:覇王、未来を鍛える
しばらくの間、ザフィラは何も言わなかった。
手にした椀を膝の上へ置き、焚き火越しに俺の顔をじっと見つめている。
黄金の瞳に浮かんでいるのは、驚きと疑念。
幼い頃から憧れていた英雄が、120年後の廃村で豆のスープを啜っているなど、すぐに信じられるはずもない。
「……証拠はあるのか」
「証拠?」
「お前が本当に、初代覇王リンドウ様だという証拠だ」
「ないわそんなもん」
「即答するな!」
ザフィラの尻尾が、苛立たしげに地面を叩いた。
「俺だってな、目が覚めたら120年後でした~、なんて証明書を持ってるわけじゃねぇんだよ」
「なら、どうやって私に信じろというのだ!」
「信じろとは言ってねぇだろ」
口で何を言ったところで、120年前の人間だと証明できるものはない。
だったら、俺が何を知り、何ができるのかを、その目で見てもらうしかない。
俺は残っていたスープを飲み干し、空になった椀を地面へ置いた。
「四日間、俺に付き合え。お前をレベル60まで引き上げる」
「またその話か……」
「その四日間で、俺がただの大口を叩く馬鹿か、本物の覇王か。自分の目で判断すりゃいい」
ザフィラは何も答えなかった。
だが、俺から視線を逸らそうともしない。
どうやら逃げ出すつもりはないらしい。
「それより、明日からの準備だ」
「準備?」
「レベル32から60まで、四日で上げるんだぞ。近所のスライムを殴ってどうにかなると思ってんのか?」
「……どこへ行くつもりだ」
んーむ、どこに行くのがいいかねぇ。
ゴブペン狩っても四日で30から60まで上げるのはちょっとしんどいしなぁ。
適正レベル30以降で、かつ結構稼げる場所かぁ。
あ、この近くだといいとこあんじゃんか。
「よし、『亡者の地下墓地』にいくぞ」
その名前を聞いた瞬間、ザフィラの獣耳がぴんと立った。
「……正気か?」
「失礼な猫だな。俺はいつだって正気だぞ」
「猫っていうな!私は黒豹族だ!それに『地下墓地』と言ったな?!あそこはSランク指定の魔境だ!」
「だからそこでレベル上げすんだろうが」
えぇ~……『亡者の地下墓地』ごときでSランクなのか?
あそこって中級者の狩場だぞ。
しかも裏ボス倒せば結構な経験値になるめちゃくちゃおいしい場所だ。
しかも裏ボスにはゴブペンさんと同様のハメ技が効く。
むしろ通常ボスのほうがハメをするのに5人以上必要だから若干面倒なまである。
「まぁ、流石に俺もミスリルの剣で挑むのはちょっと心元ないとは思ってる」
「ほ、ほら見ろ!やはり戯言ではないか!」
「ほんとに最後まで人の話を聞かねぇ猫だな」
「だから猫じゃない!」
「お前の武器だって用意せにゃならんって言ってんだよ、あとは俺のメイン武器」
「メイン武器だと?お前は剣士ではないのか?」
「誰が剣士なんて言ったよ、俺のメイン職は召喚士だ。それにお前こそ、あの刃こぼれしまくった短剣でSランクダンジョン行くつもりか?」
「っ……それは」
「だから、明日一日付き合え」
「……どこにだ」
「鉱石採掘だよ。せっかく採掘許可証もらったことだしな」
「四日間ダンジョンに潜るんじゃないのか……?」
「余裕をもって四日だ。詰めれば二日で60まで上がる」
「んな……!?」
「だから明日一日は鉱山に付き合ってもらうぞ」
♢
翌朝。
俺たちはクライブ伯爵から採掘許可をもらった北の旧坑道へ向かった。
ザフィラは黒い外套を深く被り、獣耳と尻尾を隠している。
指名手配犯を連れて伯爵領を堂々と歩けば、余計な騒ぎになるからだ。
幸い、俺が許可されたのは既に閉鎖されている旧坑道。
入口で許可証を確認されたあとは、他の採掘者と顔を合わせることもなかった。
「ツルハシの予備まで買ったかいがあるってもんだ」
「なんで私がこんなことを……」
「グダグダ言ってねぇでしっかり掘れよ~?」
「うるさい!!」
文句を言いながらも、ザフィラは手を抜かなかった。
黒豹族の身体能力を生かし、俺が指示した岩壁へつるはしを振り下ろしていく。
採掘の経験はないようだが、力と勘は悪くない。
何度か打つ位置を教えると、すぐに鉱脈の割れ目を狙えるようになった。
こういうところを見る限り、素直じゃないだけで根は真面目らしい。
朝から採掘を始め、今はもう昼過ぎ。
鉄鉱石と魔鉱を、掘り出した端から『インベントリ』へ収納していく。
25人全員の装備を作るには、まだ到底足りない。
だが、俺とザフィラの武器、それに何度か試作する程度の量は確保できた。
「……仲間たちの装備も、お前が作るつもりなのか?」
「当たり前だろ。国を奪うのに、刃こぼれした武器で行かせるつもりはねぇよ」
ザフィラは何も言わなかった。
ただ、つるはしを握る手に僅かに力が入り、それから先は一度も休もうとは言わなかった。
♢
「ザフィラ、帰って俺とお前の装備を作るぞ」
「はぁ、はぁ……もう終わりか?」
「バテ猫が……体力なさすぎだろ」
「だから猫っていうな!」
廃村まで帰ってきた俺は、さっそく簡易鍛冶炉を作成することにした。
特殊なスキルを一切使わないことから、鍛冶師にとっては必須アイテムだった。
必要素材も、粘土や簡単な鉱石ばかり。
現実なら、耐火煉瓦や、モルタルなど普通に用意するのが難しいものばかりなのだが、ここはゲーム内と同じで助かった。
簡易鍛冶炉は、某クラフトゲームのように、素材があればインベントリ内で直接作成できる代物だ。
『インベントリ』には収納だけでなく、基礎的なクラフト機能が備わっている。
武器や防具のように品質判定が発生する物は作れないが、松明や木箱、簡易的な作業設備なら、レシピと素材さえあれば組み立てられる。
俺は粘土と石材、掘り出した鉱石の一部を使い、簡易鍛冶炉を作成した。
廃村の端に残っていた、屋根の半分が崩れた石造りの作業小屋へ設置する。
「おい、お前……今、どこからそれを取り出した……?」
「どこって、インベントリだ」
「そんな巨大なものをどうやって持ち運んでいたんだ!」
「お前のような猫にもわかりやすく言うと、異空間に収納してるんだ」
「だから猫じゃない!」
「後でおやつやるから、そうカッカすんなよ」
「お前ぇぇ!!」
黒猫は無視して早速武器の作成に取り掛かる。
最初に作るのは俺のメイン武器、フィーアだ。
ドイツ語で「四」を表すこいつは、四枚の刃を持ち、真ん中に持ち手のある手裏剣型の巨大な投剣だ。
『レムオン』で俺がこよなく愛していた武器である。
召喚士のレベル30到達時に獲得できる、『座標転移』のスキルと最高に相性がいいのだ。
本来の座標転移とは契約したモンスターの元へ瞬間移動するだけのスキルなのだが、脱獄した召喚士は別の使い方をする。
ゲーム時代ではフィーアを投げ、射線上に転移することで、敵との距離を一瞬で詰めたり、背後に移動したり、回避が不可能な攻撃を避けたりと、多種多様な使い方ができた。
因みに、脱獄した召喚士のレベル到達スキルはこの座標転移を含めた四つしか使い道がない。
半分以上の死にスキルを抱えてなお世界一位を維持できるほど、この召喚士は極めれば最強の職業だった。
鉄を芯材として炉へ入れ、そこへ細かく砕いた魔鉱を混ぜていく。
魔鉱だけでは魔力の保持には優れていても、巨大な投剣として振り回すには脆い。
鉄の粘りと、魔鉱の魔力伝導性。その両方が必要だった。
赤熱した地金を金床へ置き、槌を振るう。
一枚目の刃。
二枚目。
四方向へ伸びる刃の重さを、寸分違わず合わせていく。
僅かでも重心がずれれば、投げたときの回転が崩れる。
刃の角度が違えば、座標転移で移動した直後の姿勢にも影響する。
これは、ただ敵を斬るための武器じゃない。
俺の移動先であり、足場であり、戦い方そのものだ。
四枚の刃が、炉の火を反射して鈍く輝く。
中心部には両手でも握れる持ち手。
全長は、およそ1メートル30センチ。
ゲーム時代に使っていた最高傑作には遠く及ばない。
それでも、形も、重心も、握ったときの感触も間違いない。
『巨投剣・フィーア ランクA』
「できた……」
『鍛冶師のレベルが8へ上がりました』
「フィーア……。今回も、頼んだぞ」
完成したフィーアへ魔力を通したあと、村外れにいたスライムを使い、先日と同じ手順で契約処理へ割り込ませる。
『『巨投剣・フィーア』を召喚対象として登録しました』
フィーアを空へ放り投げ、右手を開く。
「『召喚』」
巨大な投剣が光となって消え、俺の手へ戻ってきた。
これでようやく、『座標転移』を使った本来の戦い方へ戻れる。
そして次は駄猫の装備を作る。
「おい、黒猫。お前の職業はなんだ?」
「だから猫じゃない!私の職業は斥候と狩人だ」
斥候と狩人?ってことは上位職はアレか。
だが、こいつがこれまで戦ってきた相手を考えれば――既に条件を満たしている可能性は高い。
隠し条件を達成している確証はないが、試してみる価値はある。
残ってるのは、プレイヤーレベル、職業レベルを40まで上げることか。
戦闘職には、本人が戦闘で獲得した経験値がそのまま入る。
ザフィラ自身のレベルを40まで引き上げれば、『斥候』と『狩人』も同時に40へ届く。
つまり、上位職の解放だけなら、レベル60まで上げる必要はない。
「槍と大鎌だったらどっちを使いたい?」
「何の話だ?私の職業は今教えたばかりだろう」
「今の話を聞いて、レベル60へ到達する前にやることができた」
「どういう意味だ?」
「それは武器が完成してから教える。でだ、槍と鎌、どっちがいいんだ?」
「どちらも使ったことがないが……」
「じゃあ、どんなステータスポイントの振り方してる?AGIとSTRどっちが高い?」
「だから何の話をしてるんだ!!」
「だぁあ!もうめんどくせぇ!ステータス見せろ!そのほうが早い!」
「待て! 勝手に人のステータスを見るな!」
抗議を無視して、ザフィラのステータスを確認する。
AGIは高いがそれ以上にSTRが上回っている。
というかこいつ、ほとんどポイントをAGIとSTRに振ってるな。
ぺらっぺらじゃねぇか。
俺も人のことは言えねぇが……。
「わかった、大鎌を作る」
「何が分かったんだ!何を見たんだ!おい!」
後ろでにゃーにゃ―言ってる猫は無視して鍛冶に取り掛かる。
STRが高いということは少し重めに作ったほうがいいだろう。
♢
日が落ち、廃村へ月明かりが差し込む頃。
最後の刃を研ぎ終え、俺は完成した大鎌をザフィラへ差し出した。
長い柄は、黒豹族の身体能力を生かせるよう僅かにしならせてある。
魔鉱を混ぜ込んだ湾曲刃は、月光を受けて青紫色に輝いていた。
「持ってみろ」
ザフィラは差し出された大鎌へ、すぐには手を伸ばさなかった。
武器と俺の顔を、何度も交互に見ている。
「どうした。気に入らないのか?」
「いや……私のためだけに武器を作られたことなど、今まで一度もない」
その言葉で、ようやく理由が分かった。
奴隷だった頃に渡された武器は、きっと誰かの命令を実行するための道具だった。
自由になってから使っていた短剣も、何度も研ぎ直しながら使い続けてきた拾い物か安物だろう。
「なら、今日が初めてだな。ほら、持ってみろ」
ザフィラは両手で柄を受け取る。
最初は重さに戸惑っていたが、何度か振るううちに、その表情が変わっていった。
「……重い。だが、不思議と身体に馴染む」
「お前のSTRと腕の長さに合わせた。重心も、振り抜いたあとに次の動作へ移りやすい位置へ調整してある」
「私のために……作ったのか」
「他に誰が使うんだよ」
ザフィラは大鎌の刃を、どこか眩しいものでも見るように見つめた。
奴隷だった頃のこいつが、どんな武器を持たされていたのかは知らない。
だが少なくとも、これは誰かに命令されて振るうための武器じゃない。
自分の意思で仲間を守り、自分の敵を狩るための武器だ。
「銘は『クロノア』。これからのお前の得物だ」
「クロノア……悪くないな」
ザフィラは大鎌をくるくると回しながら、使用感を試していた。
「……借りが増えたな」
「国を取り戻すときに返せ」
「簡単に言ってくれる」
「簡単にするために、俺がいるんだよ」
「……で、さっきの話は一体何だったんだ?」
「お前を上位職へ進化させる」
「上位職……?」
「『斥候』と『狩人』から進化する複合上位職――幽影夜叉だ」
「そんな職業、聞いたこともない」
「俺の知ってる中でも解放者が少なかったからな。隠し条件が面倒すぎるんだよ」
「また、お前にしか分からない話を……」
「『幽影夜叉』には二つの戦闘型がある。AGI特化なら槍。STRも高いなら大鎌だ。今回はお前がSTRに振ってたから大鎌を作った」
「つまり、この武器は……」
「お前が上位職になったあとまで見越して作った」
ザフィラは再び『クロノア』へ目を落とした。
疑いは、まだ消えていない。
それでも昨日までとは違い、俺の言葉をただの戯言として切り捨てることはできなくなっているようだった。
「これで、得物はそろった」
俺は完成したフィーアを背負い、ザフィラは『クロノア』を握る。
「明日から『亡者の地下墓地』へ潜る。まずはレベル40だ」
「レベル60まで上げるのではなかったのか?」
「上げるさ。だが、40に到達した時点で一度『幽影夜叉』へ進化させる。そのあとで、約束どおり60まで引き上げる」
「……上位職になったうえで、さらに20も上げるつもりなのか」
「あと三日もあるんだぞ。余裕だろ」
「お前の言う余裕は信用ならん……」
「三日後に、自分の目で確かめろ」
俺はフィーアの持ち手を握り、夜の向こうにある地下墓地を思い浮かべる。
「お前の知らない領域を見せてやるよ、ザフィラ」
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